虚勢
甘かった、と言わざるを得ない。
私(猫)が絡んでいるならばあっさりと手を貸してくれるだろうと思っていた大道が、レイの話を聞いて難色を示したのだ。
「なんで俺がお前に協力する必要がある? 昨日会ったばっかりの奴に」
部屋の中から音が消え、代わりに、小さな雨音が外から聞こえてきた。
返答に窮したレイは、居心地悪そうに黄色のパーカーを羽織りなおした。私はそんなレイの様子を隣で見ながら、助け船を出すべきかどうかで迷っていた。
例えば私が『ただの猫でないこと』を知ったら、この動物好きは手を貸してくれるかもしれない。そう、私が一言「お願いします」と言えばいいのだ(ちなみに昨日、レイと大道が階段から落下した際、動揺した私が人語を話したことをこのゴリラは忘れているらしい)。
――ただ。
ただ、それだとレイのためにならない。
これから先、彼が体験する苦難はこれ以上のものだ。大道のこの拒絶なんて、まだかわいい。……レイを人間扱いしてくれているだけ、優しいとも言える。
ここでレイの心が折れてしまうくらいなら、村になど向かうべきではない。
「……お前。他の奴にも声かけてんのかよ? まさか俺だけってわけじゃないだろ」
腕を組んでこちらを睨んでいる大道に、レイは弱々しい声で答えた。
「――美鈴さんを誘いました。このあと、もう一人誘いたいと思っています」
その言葉を聞いた瞬間、大道が、そして周りの空気が凝り固まるのが分かった。それは、驚愕や恐怖や不安ではない、違う感情のせいで。
「美鈴を誘ったのか、お前」
「はい」
「……分かった。俺も行く」
先ほどまでとは打って変わり、急に大人しくなった大道を見て、私もレイも目を丸くした。……私は、素直に驚いていた。レイには分からないかもしれないが、彼がついていくと言い出したのは、美鈴さんを恐れているからではない。
「どうせ美鈴のことだ。ついていくって言ったんだろ。だったら俺も行く。言っておくが、お前のためじゃない。あいつと、――そこの猫ちゃんのためだ」
私のためだと言ってくれても、残念ながらそこまで嬉しくはなかった。
大道は相変わらず硬そうな黒髪をガジガジと掻きながら、
「あー!! なんであいつはこう、なんでもかんでも首を突っ込む!!」
「えっと、大道さん……?」
「放っておけねえんだよ、俺。俺は、あいつに借りがある。しかも、返し方がないんだ。だから頭が上がんねえ」
何かのスイッチを入れてしまったらしい。
大道は自ら、そのことを話し始めた。
「昔からそうだったんだ。あいつはなんでもかんでも首を突っ込む。子供のころ、俺ん家の猫が高い木に登って、降りれなくなった時もそうだった。……俺は怖がりで、猫を助けることもできずに泣いてたんだよ。そしたらあいつ、俺のところに来て『私がつれてきてあげるよ』なんて言ってよ、木に登り始めた。俺はただ、見てることしかできなかった。……あいつが、落ちちまった時も」
レイと私が息を呑んだのに対し、大道は大きく息を吐きだした。
「大怪我ではなかった。ただ、傷が残った。なのにあいつ、『見えない位置だし、死んでないし平気!』で終わらせたんだよ。馬鹿じゃねえか。――いや、馬鹿なのは俺だ」
言葉を吐き出せば吐き出すほど、大道の身体が小さくなっている気がした。
確かに私は、美鈴さんと一緒にいる彼を見た時、違和感を覚えていた。
もしかしたらこの男は、虚勢を張っているだけなのでは、と。
涙を浮かべながら謝り続けるあの姿こそが『本物』で、威張り倒しているあの姿は『嘘』なのではないか、と。
……誰かを守るために、強くなるように。
自分を強く見せるために、ついている嘘。
「――メンバーは、猫ちゃんを除いたら四人か」
回想を終わらせたのか、大道はため息交じりに言った。レイが頷くと、大道は頭を掻きながら、
「それじゃ、俺が車を出す。……美鈴に運転させたら、酷いことになるからな。ああ見えて運転技術は皆無なんだよ、あいつ」
そう言って、力なく笑った。
「美鈴さんと大道さんって、仲がいいんだね」
雨に濡れるとますます貧相に見える大道の家から出たレイは、無邪気な顔でそう言った。……ここまで鈍感だと、かえって清々しい。
「さて、次で最後だな。レイ」
「うん」
傘を持っていなかったレイは、パーカーのフードをすっぽりと被った。パーカーが黄色いせいで、小学生の雨合羽のように見える。
レイはこちらを見下ろすと、ふんわりと笑った。
「濡れるのいやでしょ? 服の中に入れて、抱きかかえてあげようか」
しとしとと降る雨を見ながら、私は首を振る。
「いや、いい。自分で歩く」
「――そう」
少し間をあけてから、一人と一匹は同時に歩き出した。
雨はまだ、やみそうにない。
……突っ込みどころ満載、うわの空でした。
それではくぃかそ様、お願いします!