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人見知りする碧  作者: くぃかそ 南晶 EARTH 白かぼちゃ うわの空
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不吉な存在

言うべきか言わないべきかと言われたら、レイのためには言うべきなのは分かっていた。

いや、寧ろ私には言う義務があり、レイには聞く権利がある。

何故なら、レイが今ここに私といるのは、少なからず私のせいなのだ。

それ故に、私は言い出せなかった。

言ったが為に、レイが私から離れていくのが怖かった。


黙り込んだ私を見つめたまま、レイは朝日を受けて佇んでいた。

私の答えを期待と不安を抱きながら、静かに待っている。

その瞳には強い意志が宿って、どんな事実も受け止めようという覚悟が見えた。


言わなければならないか・・・。


腹を括った私は、丸くなった姿勢からスっと背筋を伸ばして座り直した。

両手を揃えて、長い尻尾をクルリと体に巻きつける。

それに応えるかのように、レイも私の横に腰を下ろした。


「記憶は曖昧なものだ。だから、私が知ってる範囲で話す。それをどう捉えて、どんな決断を下すのかはレイに任せる。たとえ、それが私達の別れになったとしても・・・だ。」


冒頭から脅しを掛けるような私の言葉に、レイは臆することもなくニッコリ笑った。


「分かったよ。いい話ではないんだね。」


そうだ。

いい話ではない。

私は、記憶がだんだんと浮かび上がってくるのを感じて目を閉じた。

まるで、あの日が目の前に襲い掛かってくるように。

ゆっくりと言葉を探しながら、私はとうとう話し始めた。


「レイ、一年前にここに来る前まで、君は、とある村で暮らしていたんだ。山の中の小さな村だ。冬になると雪が積もって外に出て行くのが困難になるくらい北にある村。そして、今だに古い慣習や迷信が残っているような、ね。その村では不吉と呼ばれる迷信が二つあった。何だか分かるかい?」


低い声で呟くように話す私を、彼は食い入るように見つめている。

やがて、彼が唇を噛み締め、目を少し伏せたのを私は見逃さなかった。

この優しい少年には言葉に出すのが辛いだろうと、私は気を利かせて先に言ってやった。


「・・・もう、予想はついただろう?黒猫だよ。私はその村では忌み嫌われる存在だったんだ。だけど、君は私を離さなかった。最後まで匿ってくれた。それこそ盲目的に私を守ってくれた。だが、その為に君は村から追われる羽目になったんだ。」


そこまで言った私は、黙ったままのレイの顔を凝視した。

少しでも、彼にとってマイナスな反応が見えるようなら、今日は切り上げるべきだと思ったからだ。

だが、レイは聡明な茶色の瞳で私を見つめ返して、笑みを見せた。


「僕は君を見捨てなかったんだね。だったらいい話だ。安心したよ。」


彼の言葉に私はたじろいだ。

そう言ってもらえることに期待はしていたが、同時に彼が離れていく不安もあったからだ。

レイが迷うことなく、そう答えてくれたことに私は驚き、そして感動した。

記憶を失くす前から変っていない彼の優しさに、私はまた甘えてしまいそうだった。

今回は情にほだされる訳にはいかないと、私は熱くなってきた目頭を慌てて前足で撫で上げる。

もう一つ、私は彼に告げることがある。

まだ、緊張を解く訳にはいかなかった。


「レイ、何故、私達が友達になったか、君は知らなければならない。それを受け止める方が君にとっては困難かもしれない。知る覚悟はあるかい?」

「・・・知るも何も、事実なんだろ?僕が自分のことを思い出すためには知らなければならないと思う。」

「辛いことでも?」

「うん。だって、僕には辛い過去があっても、この街での現在いまがあるからね。受け止める事ができると思うんだ。」


穏やかな笑みを浮かべてレイは言った。

その言葉に、変わり者のクロさんや、男らしい美鈴さん、そしていい人なんだけど好みではない、あのゴリラの面々が私の脳裏に浮かんだ。


そうだ。

レイはもう一人じゃない。

あの時とはもう違うんだ。


覚悟を決めて、私は子供に話すようにゆっくりと口を開いた。


「私達が友達になったもう一つの理由は、君自身があの村では不吉な存在だったからだ。私達は忌み嫌われるもの同志、同調しあって一緒にいたんだよ。お互いの傷を舐めあうようにね。何故だか分かるかい?」


穏やかだったレイの顔に緊張が走った。

それに気付かぬ振りをして、私は続ける。


「あの村で不吉と言われたもう一つの迷信、それは双子だ。レイ、君には同じ日に生まれた弟がいるんだ。それ故、君はあの村では忌み嫌われる存在だったんだよ。そして、更に悪いことには、その村には太古の昔から行われてきた慣習があったんだ。私が思うに、記憶がないのはその慣習のせいだ。」

「・・・それ、何?」


レイの顔が恐怖で青褪めてきたのを確認したけど、私は続けるしかなかった。

ここまで話して、止める訳にはいかない。

記憶を取り戻すために、たった一つ残された希望をまだ話していないのだから。


「村では双子が生まれると、先に生まれた方には名前をつけない。出生届を一人分しか出さないからだ。つまり、君には戸籍がないし、はっきり決まった名前は生まれた時からなかったんだ。あの頃から、君は毎朝好きな名前を自分でつけていた。記憶がなくなっても、その習慣だけは残っているのに私は驚いたよ。今、記憶がないのは、名前がなかった為に、常に自分が曖昧な存在だったからだと私は思う・・・。」


レイは話の途中から両手で頭を抱えて、体操座りしている膝の間に顔を埋めた。

これ以上、彼を傷つけたくなかった。

でも、最後にこれだけは言わなければ。

記憶を取り戻す唯一の希望を。


「レイ、君があの村を去ることになる半年くらい前、一人の少女が君に名前をつけた。日替わりだった君の名前が、それから村を出るまでの半年間は定着したんだ。その少女がその名前を再び呼んでくれたら、君の記憶が戻るんじゃないかって、私は思うんだけど。これはロマンチックすぎるかい?」


「でも僕は不吉で、忌み嫌われていたんだろ?その少女って僕の恋人なわけないよね?」


顔を上げたレイの茶色の瞳は潤んでいた。

自嘲的に言った彼に私は思わず体をすり寄せる。


「私が知る限り、彼女は君が好きだった。そして、君もね。彼女は今でもその村で君を待っている筈だ。

レイ、私が今まで黙っていたのは、この海辺の町で君が優しい人達に囲まれて穏やかな生活を手に入れたからだ。忘れたいなら、その方が君の為だと思った。

でももし、君が記憶を取り戻して、自分を確かめたいって言うなら私は止めない。

あの村に戻って、何があったのか思い出す勇気があるのなら、一緒に行こう。

そこで彼女は君が迎えに来るのを待ってる。

彼女の口から、君は本当の名前で呼んでもらうんだ。」


「・・・自分の名前・・・知りたいよ。記憶も取り戻したい。その少女に会いたいし、僕の双子の弟にも・・・。でも、どうやってその村に行くの・・・?」


レイの瞳に決意の光が見えた。

話したら、こうなることは覚悟の上だった。

でもその時、私には今までとは違うという自信があったのだ。

何故なら、レイはもう一人じゃないんだから。


「村への道は私が案内できる。二人だけの旅は心細いから、君の友人達を道連れにしよう。暇そうなゴリラ男と、いなくてもいいような図書館の館長、家事手伝いの黒髪美人を知ってるんだけど、誘ってみるかい?」



私は悪戯っぽくヒゲを前足で撫で上げた。










すいません。

長くなりました。


次は白かぼちゃ様、宜しくお願いします。

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