人見知りする碧
リレー小説です
第一走者は不詳この私、霧桐くぃかそが務めます!
おぼつかない、生まれたてのバンビ走法ですが、
頑張って最後まで走ります!
海辺の村といえば漁村だと思っている人はいないだろうか。
いや、おそらく大体においてそれは正しいのだろうが、とにかくこの村は違った。
海に面してはいるものの、漁業より温泉が主体の観光業が盛んで、
漁業で生計を立てている者は少なく、市場などには卸されない。
全て近隣の宿や料亭へ直入荷される。
また、ほとんどの人間が旅館や料亭に勤めているため、
数多くの女性が和服でうろつく、一風変わった町でもあり、
少なからず有名なのだそうだ。
が、所詮少なからずであり、そんなに流行っている訳ではなく、
せいぜい数年に一回、マイナーな観光誌に小さく紹介されるのがやっとの田舎村だった。
そんな村にある唯一の砂浜を、一人の少年が歩いていた。
少し茶色い髪は、かなり適当にカットされていて、
頭のあちこちから四方八方にはねている。
セットのように見えなくも無いが、おそらく物臭なだけなのだろう。
服装も、シャツの上に黄色いパーカーを羽織り、
若干色あせたジーンズにスニーカーというシンプルなもので、
お洒落に気を使うようには見えないが、不思議と野暮ったい印象も受けなかった。
波がかからない十分離れた所を、少年の足跡が点々と続いている。
私はゆっくりのんびり歩く少年の隣を、
砂浜に足跡を残さないように遊んで歩いていた。
少年はしばらく砂浜を歩くと、メガネを取り出してかけ、
「行こっか」
と、私を見下ろしていった。
少年は少し、いやかなり変わった上に面倒な身の上だ。
少年には自分の記憶がない。
記憶喪失の一種といえばそうなのだろうが、
忘れているというより進行形で覚えられない、といったほうが正しい。
それも自分に関するものだけ。
そのほかの記憶力は健在で、日本の総理大臣を伊藤博文から
当代まで歴代全て暗唱できる程だ。
しかし自分の事になると、名前も住所も何もかも、
日にちを跨ぐだけで分からなくなってしまう。
さらに、『自分に関する事』という境界もあやふやで、
自分の言ったことは毎日忘れるのに、自分が言われたことは覚えている。
ここに来た当初、自分の名前が覚えられないなら
毎日勝手に新しく名乗ればいい、という村人のいい加減な助言を聞き入れ、
以来毎朝この砂浜に自分の名前を考えに来るのが、少年の日課だった。
「今日はなんと名乗ることにしたんだ?」
砂浜から堤防を超えたところで、少年に尋ねる。
「うん、レイと名乗ることにした」
「由来は?」
「おばさんが今朝、塩をきらしててね」
「なるほど、零と書くのか」
言い当てられて少年、レイは嬉しそうに笑った。
今日はまだマシな由来だ。レイの名乗りはいつもかなり適当で、
よく晴れていれば「晴汰」、
雨が降っていれば「卓水」、
今朝飲んだ牛乳がうまければ「白水」、など、
かなり適当に決めている。
しかも、由来は適当なのにやたらと難しい名前になることがあり、
一度味噌汁が美味くて「駿豆男と名乗ったとき、
村人は誰もなんと言う字を書くのか分からなかった。
だから今日の名乗りは比較的分かりやすく、いい名前の部類に入る。
レイは毎朝私と砂浜を散歩しながら、ニ、三十分ほどかけて今日の名乗りを決める。
適当なくせに何をそんなに悩むのかと一度尋ねたことがあるが、
「人間っぽい名前にするのに苦労している」
と言われて閉口した。
そんなレイの名乗りを、村の皆もレイ自身も楽しんでいて、
レイにその日初めて顔を合わせれば、
「少年、今日は何て名乗りだ?」
とたずねるのが村人の恒例の挨拶のようになっている。
歩きながらレイに毎朝恒例の質問そのニをぶつける。
「今日はどこのバイトなんだ?」
「ああ、今日は図書館のバイト」
レイは幾つかバイトを掛け持ちしている。
しかし、レイはこの村唯一の農家の夫婦にお世話になっていて、
衣食住の大半はそこでお世話になっている。
だからさしてお金に困窮している訳ではなく、
お金の使い所の難しいこの田舎で、特にお金を稼ぐ必要はないのだが、
働いたほうが退屈しなくていいという本人の要望と、
色々な刺激があったほうが記憶にいい影響があるだろうという医者の助言により、
幾つかのバイトを掛け持ちしている。
だからレイはこの村一週間のほとんどが仕事で、
その日のレイの名乗りとバイト先を訊くのが私の日課だ。
「今日も来る?」
「もちろん」
レイの職場について行くのも私の日課だ。……まぁ手伝ったりはしないが。
図書館はレイのバイト先で一番多いところだ。
「私立潮騒図書館」。これをしきるのは、中村美鈴という娘で、
歳は二十代後半にさしかかる。まぁ妙齢といえばそうなるのだろうか……ギリギリだが。
中村美鈴は館長の孫娘で、図書館を切り盛りするレイの直属の上司だ。
館長は還暦がとうの昔に過ぎ去った老爺で、
なかなか図書館にこられないため、基本の管理と運営はその孫娘、
中村美鈴が行っている。肩書きは司書長だが、実質あの図書館のトップだ。
レイと私は、堤防沿いの道を歩きながら、雑談を交わしていた。
少しずつ高くなってくる日が、十月とはいえ汗ばむ程には暑かった。
道中出会う数人の村人は、笑顔でレイの名前を聞いていき、一様に、
「今日はマズマズだな」
というような意味の台詞を残して去っていく。
村人は私と違い難しい名前のほうが好きらしい。
朝の散歩を終えてから三十分ほど歩くと、ようやく図書館に着いた。
離れていた訳ではなく、私たちがダラダラ歩いていたからだが。
図書館はこの浜から少し歩いた場所にある、この村でも大きい部類に入る建物だ。
外見はレンガ造りの洋館だが、内装はいたって普通の図書館だ。
扉も木製の観音開き扉と、ガラス製の自動ドアの二つがついていて、
バリアフリーなのかバリアフルなのかよく分からない構造だ。
しかし名前だけかというと、そうではない。
2階建ての建物内はスロープや手すりが沢山設置されていて、
その辺の公立図書館にも劣らない。事実老人の利用者も少なからずいるそうだ。
海に近いため、微かに聞こえる潮騒が、完全な無音よりも厳粛な、
それでいて海沿いの者には馴染み深い静かな空気を生み出していた。
レイは正面玄関をくぐらず、裏手に回って職員専用入り口から入った。
扉を入ってすぐの所にある更衣室に入った途端、
「おっそい!」
元気の良い叱責がとんでくる。
「遅いって、まだ開館の三十分以上前じゃないですか」
レイが口を尖らせて抗議するが、
「うるさい! 前回来た時、一時間前には来いって言ったでしょうーが!」
と、取り付く島も無い。
今レイを叱り飛ばしているのが、中村美鈴だ。
言動から分かるようにかなり活発な女で、
背が高く、百七十あるレイよりも拳一つ分高い。
髪は黒のショートで、肩に乗るか乗らないかの長さだ。
仕事は図書館の屋内作業なのに、肌は健康的に日焼けしているから謎だ。
服装はタンクトップの上から軽くシャツを羽織り、
さらにその上から黒いエプロンを着けている今日の格好が多い。
最後には「早く着替えろ!」とレイを一蹴し、
エプロンを投げつけると、レイの足元にうずくまる私を見下ろした。
「あら、こんにちは。今日も着いて来たのね。大人しくしてるんだよ」
そう言って微笑み、ズボンのポケットから煮干しを差し出した。
「に、にゃあ」
ぎこちなく鳴くだけで受け取らない私を見つめてレイは苦笑する。
「美鈴さん、そいつ人見知りするからあんまり食べないよ」
「ふ~ん」
中村美鈴は憮然とした表情で床に数匹煮干しを撒く様に置く。
それでも私が上目使いでなかなか近づかないので、
「今時珍しい慎ましやかな猫だねぇ」
と、くるりと背中を向けた。
「そういえば、今日はなんて名乗るんだい?」
「レイです、今朝塩をきらしていて」
「ああ、平凡な名付けだこった」
それだけ言うと、早く来るんだよと背中越しの台詞を残して、
中村美鈴は更衣室から出て行った。
「おーい」
レイに聞こえる程度に声を絞って、控えめに助けを求めると、
エプロンをつけたレイが屈んで顔を近づけてきた。
「君も難儀なものだねぇ」
笑いながら床に散らばった煮干しを拾っていき、一つを口に放りこんだ。
そう、お察しの通り私は猫だ。
名前はまだ……いや、もう無い。
どこで生まれたのか見当も付かないが、
一番古い記憶では人間はまだ袴を穿いていたように思う。
外見のことはよく分からないが、
黒い毛並みとエメラルドグリーンに光る眼が綺麗なのだとレイが言っていた。
私は猫には珍しく、話せるし、人間と同じものが食べられる。
文字も読める。もちろん猫の言葉も分かる。
だから私にとって、煮干しというのは単に食べにくい硬く乾いた小魚であり、
単体で何匹も食べたいものではない。あと、個猫的に味が好きではない。
「その人見知りだけでも治れば暮らし易いんだろうけどねぇ」
レイは私の頭を数回撫でると、私を連れて更衣室を後にした…………
へったくそな文章、
ありふれた設定を詰め込みまくったキャラたち、
全部で百文字と少ししかない状況描写、
リレーする気あるのかという感じですが、
平に謝りますので勘弁してください……
次の人は南 晶様です!
頑張って~(&どうにかして~)