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ルミナスの硝子細工たち

作者: マリッジー
掲載日:2026/10/04

「普通でいいんです。……年収は普通以上で、ルックスも普通、価値観が合って、家事も協力してくれて……要するに、普通でいいんです。それが相手に求める条件です」


東京・有楽町の清潔感のあるオフィスの一室。そのカウンセリングルームの硬質な椅子に深く腰掛けながら、私は目の前に座る仲人の女性――佐伯さんの顔を見つめて、そう言った。

アクリルボードの向こう側で、佐伯さんは手元のタブレット端末から視線を外し、濃いアイラインの引かれた目を細めて私をじっと見つめた。その冷徹で鋭い眼差しに、私は思わず背筋を伸ばす。


佐伯玲子、45歳。

彼女の容姿には、年齢という概念を鮮やかに切り捨てるような、研ぎ澄まされた緊張感があった。ゆるみのないタイトな黒髪のボブカットは耳元できっちりと切り揃えられ、一切の妥協を許さない性格をそのまま形にしたようだ。その整った顔立ちは決して老けてはいないが、重ねてきた修羅場と几帳面に人間の嘘を見抜いてきた者だけが持つ、陶器のように冷たく乾いた美しさをまとっている。耳たぶには大粒の冷たい一粒ダイヤが光り、それが彼女の放つ威圧感をさらに際立たせていた。

世間では佐伯さんのことを「有楽町の毒親」「婚活界の処刑人」などと陰口を叩く者もいるらしい。だが、彼女の成婚率が業界トップクラスであることは誰もが知る事実だった。綺麗事や耳当たりのいい嘘で会員の時間を奪い、会費をむしり取るような相談所とは違う。彼女は過去数千件のデータと、数多の愚かな男女を見てきた経験則に基づき、幻想を容赦なく叩き潰す。その容赦のない歯に衣着せぬ物言いこそが、信頼の証なのだ。


私がこの結婚相談所『ルミナス・マリッジ』の扉を叩いたのは、32歳になったばかりの秋だった。

20代の頃の私は、これといって特筆すべき点のない、どこにでもいる平凡な会社員だった。休日は友だちに誘われるがまま時々合コンの席に顔を出したりもしたけれど、自分から積極的に出会いを求めて動くようなタイプではなかった。なんとなく声をかけられ、なんとなく誰かと付き合い、なんとなく時間が過ぎていく――それでいつかは、自然と誰かと結婚するものだとどこかで信じ切っていたのだ。


けれど、30代に突入した途端、周囲の景色は一変した。

仲の良かった友だちは次々と結婚し、子どもを産み、生活の基盤を固めていった。それに伴って、かつてあんなにあった合コンの誘いもピタリと絶えた。気づけば私の周りには誰もいなくなり、取り残された私は焦燥感に駆られてこの場所へとたどり着いた。


中堅の不動産賃貸会社で、お客様にぴったりの物件を紹介する営業の仕事に就いている私にとって、日々の業務は「他人の新生活の条件」をすり合わせることの連続だった。「家賃は共益費込みで12万円以内、駅から徒歩10分以内、できればオートロック付きで築浅がいい」――お客様が口にするそんな理想の条件を聞きながら、予算と現実の折り合いをつけさせるのが私の役割だ。散々わがままを言った挙句に「やっぱり予算オーバーですね」と苦笑いして帰っていく客を何人も見送ってきた。そのくせ、いざ自分の人生の物件探し(結婚)となると、私は自分の市場価値という現実からすっかり目を背け、「いつか好条件の優良物件が向こうからやってくる」と思い込んでいたのだ。初回の面談の際、佐伯さんは冷ややかなトーンでこう告げた。


「当相談所はね、入会金としてしっかり20万円いただくわ。月会費は1万6500円。そして女性の場合は、ご成婚となった際、お相手の男性の年収に応じて加算される仕組みの成婚料をいただくシステムよ。スマホの専用データベースで自分で検索もできるし、私みたいなプロが客観的な現実を容赦なく叩き込んであげるハイブリッド型よ。……で、あなたは何がしたいの?」


「普通でいいんです。……年収は普通以上で、ルックスも普通、価値観が合って、家事も協力してくれて……要するに、普通でいいんです。それが相手に求める条件です」


そのセリフを聞いた瞬間、佐伯さんは呆れたように鼻で笑った。

「おっしゃる通りですよ、結衣さん。その『普通』っていう言葉のどこに脳ミソがあるのかしら。『年収は平均以上で、ルックスも普通、価値観が合って、家事も協力してくれて……』。あなた自身が市場のどこに位置しているかも分かっていないくせに、20代の頃のようにただ待っていれば誰かが連れていってくれるとでも思っていたのかしら? そんな幻想の『普通』をクリアする男性が、今の東京市場でどれだけ希少か考えたことある? 成婚料が男性の年収にスライドするってことはね、あなたが狙うようなハイスペックな男を捕まえようもんなら、それだけ巨額の成功報酬が跳ね返ってくるってことよ。32歳という年齢の重みも自覚せず、自分の市場価値も知らずにそんな高望みをすんなり叶えられるとでも思ったの?」


入会手続きを終えて数日後、佐伯さんから最初の「お勧め」の打診があった。

「ねえ、結衣さん。最初にあなたに合うかもしれない人を見繕ってみたわ。システム任せじゃなくて、私の経験則からのレコメンドよ。どうかしら、この人」

彼女が差し出してきたタブレットの画面に映っていたのは、34歳のIT企業に勤める男性だった。年収は750万円、写真の彼はきっちりと七三に分けられた髪にスーツ姿で、どこか生真面目そうな面持ちをしている。

その画面越しに見える男性のプロフィールを横目に、私は目の前に座る佐伯さんの整えられた赤い爪の指先が、タブレットの縁を冷たく叩く音に小さく身を縮こまらせた。

「プロフィールを見てみなさい。年齢も近くて趣味は『読書と散歩』。自己PR文には『お互いに仕事を尊重し合い、休日は一緒にのんびり過ごせる家庭を築きたい』って書いてあるわ。あなたにとっての『普通』の条件を、きれいに満たしている平均的な優良物件に見えるでしょ?」


私はその画面を食い入るように見つめ、「あ、はい……すごく普通というか、穏やかそうな方ですね」と答えた。

けれど、佐伯さんは冷ややかに鼻を鳴らした。

「ふん、そうやって表面の文字面だけで安心するから甘いのよ。彼ね、年収750万と言っても、実家が地方の自営業で長男なの。今は都内で一人暮らしをしているけれど、将来的に親の面倒や、地元に戻る可能性についてどう考えているかは、まだプロフィールからは見えてこない。それに、彼のこれまでの交際経験はゼロよ。要するに、女性の扱いに慣れていない頭カチカチの理系クンよ。あなたが思い描く『普通に優しい夫』像と、彼が求めている『自分のペースを乱さない妻』像がどこまで噛み合うか、実際に会ってその目で確かめてきなさい。それが、あなたの泥沼の第一歩よ」


こうして、私の容赦ない婚活の歯車が回り始めた。


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