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実用的拳銃使用法

作者: 久乃 銑泉

 季節は初夏、真夜中の住宅地。普段とっても静かなこの場所に、似合わぬ騒音が響いていた。

「ひゃっほーう! 飛ばせ飛ばせ!」

「はっはは、いい場所見つけたなぁ!」

 …2人乗りで爆走するバイク。まあどこにでもいそうな普通のチンピラ×2である。彼らはつい先日、道が広く真っ直ぐで人も少ないこの場所を見つけた。他にここを根城にした走り屋もいないようだったので、以来数日、毎晩やって来てはバイクを乗り回しているのだ。ちなみにこの2人、無免許である。

 この日も彼らは、気の向くままに騒音をまき散らしていた。だが、後方から白黒カラーに赤ランプの車が接近してきたことで、好き勝手というわけにはいかなくなってしまう。

「げっ、お巡りだ」

「捕まっとマズいぞ、逃げろ逃げろ!」

 さらに速度を上げるバイク。パトカーも追随するが、無論、時速70キロ越えの大型二輪車を簡単に止める術はない。よって、このままでは埒が明かないと思ったのだろう。しばらくすると、パトカーの窓から警官が身を乗り出し、こちらに向かって何かしら呼びかけ始めた。

「こら、君たち、速度違反だ! すぐ止まりなさい!」

「は、誰が止まれ言われて止まるかって!」

 …もちろん、チンピラ2人はそんなもの無視。さらに速度を上げていく。

「止まりなさい! 止まれ! 止まらないと撃つぞ!!」

「へー、止まらないと撃つってさー。ばーん」

「んなもん、スピード違反で撃つ訳ねーだろ。へへ、撃てるもんなら撃ってみろってな!」

 …彼らは知らない。パトカーから身を乗り出していた警官が一度引っ込み、黒光りする物体を持ち出したことを。

「止まれ! 撃つぞ!」

「はは、だから撃てるわけ…」

 …ダァン!!

「…へ?」

「い、今横を掠めていったのって…」

「止まれっ!!」

「「ハ、ハイッ!!」」


……


 住宅地に響きわたっていた騒音は、発生源が捕縛されたことによってなりを潜めていた。夜道に停まるパトカーと小型バイク。そして道向こうの塀には弾痕…

「ここは住宅地だぞ? そんな速度で走り回って、危険だということも分からんのか君らは」

「(いや絶対てめーの方が危険だから!)」

「(言うな、下手に口答えすりゃ()られるぞ!)」

「なんだ、何か言い訳でもあるのか?」

「「な、無いっす!」」

 思わず直立不動の姿勢をとるチンピラ2人。…俗に、荒んだ人間ほど本能的直感は強まるらしい。そして今彼らが感じ取ったのは、掛け値無しに生命の危機だった。そういえば、あの銃撃も威嚇にしては狙いが正確過ぎたような気がする。

「ならいい。…よし、免許を見せなさい」

「「(…あ)」」

 冒頭にも一度言った台詞ではあるが、大事なことなのでもう一度。…ちなみにこの2人、無免許(・・・)である。

「(どうする!? 俺たち免許なんか持ってねーぞ!)」

「(そんなことバレたら…マズい、マズいって!)」

 なんせ、相手はとても実用的に拳銃を使うお巡りさんなのだ。速度違反に加えて無免許運転となれば、彼らの身がどうなるやら分かったものではない。

「どうした、早く免許を出しなさい。出さんのなら、無免許で交番まで来てもらうぞ?」

「(こ、交番もマズいって。 いや何か知らないけど、絶対行ってはダメな気がする…っ!!」

「(…あ、いいこと思いついた)…す、すいません、弟が急病なんすよ!」

 とっさに言い訳をするチンピラA。そしてすかさず、相方のBへとアイコンタクト。

「え、弟…あー、じゃなくて、えーと…ゴホンゴホン!」

「ほら、急がないとダメっすよね!? だから今回だけ見逃して…」

「なに、それは大変じゃないか!」

 そしてまさかの演技成功。目を合わせ、何故か知らんがうまくいったと胸をなで下ろす2人だったが…

「しょうがない、パトカーで病院まで送ってやろう! そちらの方がバイクより速いからな」

「「…え゛」」

「安心しなさい、バイクは別の人に言って移動させるから。ほら、早く!」

 パトカーの戸を開き、早く早くと手招きする警官。しかし、それはそれでやっぱりマズい。病院まで来られては仮病がバレてしまう。

「あ、アレっす、実は母親も病気で…」

「それならば尚更急がないと! ほら、早く乗った乗った!」

「(アホ! それ言い訳にすらなってねーぞ!)」

「(いや、さっきの調子で何とかなるかと…)」

 そう何度も奇跡は起きないものだ。

「何をモタモタしているんだ!? 急がないと命に関わるんだろう!」

「「(んなこと言ってねー!!)」…いや、そ、そうなんすけど…」

 なんとも思い込みの激しい警官である。そもそも、拳銃をぶっ放したあたりから何かしらおかしかったが。

「(そうだ、バイクが親の形見で、他人に触られたくないってのは!?)」

「(あ、よし、それでいくぞ!)そ、そのバイク、親の形見なんすよ。 それで、他人には触ってほしくなくて…」

「よし、なら弟さんだけパトカーに乗せていってやろう! 君は後を付いてきてくれればいい」

「(よし、じゃあお前乗ってけ! 俺は逃げる!)」

「(この野郎、見捨てる気かよ!? それに逃げるったってお前、あのお巡りから逃げられんのか!?)」

「(に、逃げ切れる気がしねぇ…くそ、ダメか!)」

「ほら、早く乗った乗った!」

「あ、いえ、でもいや…」

「何をもたもたしているんだ、地球の存亡がかかっているんだぞ!」

「「(かかってねーっての!!)」」

 ああ言えば、こう言う。いい加減問答にも疲れたチンピラ2人は、だんだんイライラしてきていた。

「(あーうぜぇ、なんなんだよこのオッサン!?)」

「(いい加減諦めろって…!!)」

 しかし、そんな2人の思いなんぞ伝わるわけもなく。

「どうしたんだ君たち、なんか顔色が悪いぞ? …まさか、お兄さんも急病かい!? いけない、早く後部座席に乗って…」

「うーるせぇっ!! もう黙れテメェ!!」

 ついに、チンピラのAがキレた。ちなみに病人役でさえなければ、Bの方も一緒にプッツンしていた。この場合、流れから考えて非はほぼ彼らにあるはず。…はず、なのだが、何故だろう。理不尽なキレ方とは映らないのが不思議である。

「…ほう」

「いい加減ウゼェんだよ! さっきからゴチャゴチャと…」

 …しかし、ただひとつ。彼らの忘れていることがあった。何故、今回このような問答へと発展せざるをえなかったのか。この出来事の、そもそもの発端は何だったのか。

「こっちは急病だってんだから、とっとと行かせろこの…」

 …カチ

「やろ…う…って、お、ぉおいっ…!!」

 黒光りする短い銃口が、チンピラの額を押さえつけていた。興奮によって上昇していた体温が、一気に転げ落ちていく。汗の量だけは絶賛増量中だが。

「ほら、早く乗りなさい」

「な、いや、それはちょっ…」

 ダァン

 空へ一発。

「ほら、早く」

「よ、喜んで乗らせていただきますっ…!」

 顔をひきつらせ、引きずり込まれるかのようにチンピラAはパトカーへと乗り込む。続いて本当に引きずり込まれたB、そして運転席に収まる警察官。完全に騒音とは無縁となった彼らを乗せて、パトカーは静かに走り去っていった。

 あとには、はじめと同じ閑静な住宅地。そして、またこの場所を発見するであろう、哀れなる走り屋の影…


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