第八話
昼食もそこそこに、俺は武闘会会場まで戻ることにした。
「っと」
「すいません」
小走りでの移動中、曲がり角から現れた男性に気づかずぶつかってしまう。
「ああ、大丈夫だよ。」
「本当すいません」
「いや、本当に、大丈夫さ。」
***
「ルリヤ武闘大会本戦!!」
「おおおおああああああああうおおおおああああああああああああ!!!!!」
相変わらずの熱気だ。
やんごとなき鎧の男からのアドバイスを思います。
ウロルガってやつは、上級魔術を使えるほどの実力者だという。
なにを言っているかわからなかったが、おそらく、『〇〇魔術・◯級』←これ関連のことだと思う。
俺は『土魔術・初級』のみを扱える。
すごい力なんだと思う。
実際のところは知らない。
「本線の一試合目は、謎の魔術士、Mr.U!!!」
だれだよそれ。笑えてくるヘンテコな名前。
「対するは、武闘家、レオ!」
「あ? おれ?」
武闘家だったっけ?
「2人とも、今大会初出場のルーキー対決だ!!」
「よろしくお願いします。」
「へへ。ああ、よろしくねえー。」
目の前に現れたMr.Uことウロルガ。
まさかとは思っていたが、名前隠してたのか。
てことは身分も隠しているだろう。
だったらなぜ、やんごとなき鎧の男はこいつが元宮廷魔導士だと知っていたんだ。
それは嘘の可能性もあるのか。
「試合の前に一つ聞きたいんだけれどいいか?」
「? ああ。」
「元宮廷魔導士のウロルガだよな?」
その問いを投げかけると、Mr.Uの表情が歪む。
そして、俺を憎悪の孕んだ瞳で睨みつけてきた。
その瞳に吸い込まれそうになるため、目を合わせないようにした。
「どこで、それを」
「別に、どこでもいいだろ。」
「よくないんだよなーそれが。」
「そうか。」
「どこで知ったか吐け。吐かなきゃ殺す。」
「言うつもりはないけどな。言ったらどうする。」
「歯を全部抜いて喋れなくする。」
「そうか、でも俺は文字も書けるぞ。」
「なるほど、ある程度教養はあるのか。
お前、俺と同じだろ。どこのやつだ。」
むむむ?
何か盛大な勘違いをされているような。
俺は日本に住んでる一般的なピーポーですけど。
パーズンの方が正しいんだっけ。
「文京区」
「ふざけた回答だぜ。」
真面目ですけどね?
文京区〇〇〇〇****☆☆☆☆ですけど?
なんですか?
「悪いが殺させてもらうぜ。」
「やれるもんならな。」
「スタアアアアアアアトオオオオオオ!!!」
「まずはお手並み拝見といこうか!!!」
ウロルガが頭上に三つの大粒の水の玉を生成する。
それらを小さくすると、すべて凍らせ針のように尖らせる。
そのまま回転させると高速で俺に飛ばしてきた。
初撃から次元が違うな。
『加速Ⅱ』を使って高速で回避していく。
蜂の羽音のようにブゥゥゥンと空を薙ぐ嫌な音が背後で聞こえる。
「スピードは格別だ。元宮廷の同僚なだけはある!!」
俺は数日前にこっちにきたばかりだっての!!
鉄のような丸いものを生成する。
さらにそれは高速回転し始め、真っ赤になる。
空気との摩擦でってことか、あれに触れたらやばいよな。
逃げるように鉄球から距離を取る。
「はは」
そう笑うとウロルガは地面から土の柱を生み出し高さを稼いでいく。
どんどん高くなっていく。
なにを、やっているんだ。
「後ろみてみろ!」
そう言われて振り返るとさっきまで壁に突き刺さったままになっていた氷が一点に集中していた。
さらに変形すると今度は水玉になる。
そのまま先ほどの鉄球がこちらにやってきていた。
いそいで回避するが、こちらを追撃する様子はない。
なんだか変だぞ。
「しってるか。脳筋くん」
「、、、」
鉄球が水の中に入る。
その瞬間、水玉の表面だけが凍りつく。
さらに土魔術で氷を覆う。
「水蒸気爆発って」
「知らんよ!」
だけど、爆発ってことはあれだろ。
レンジに生卵入れたら爆発するやつだ。
「圧力変化か!!」
「気づいたか! だがもう遅い!!!」
ウロルガの言葉が聞こえた瞬間。
土魔術が解け、氷にヒビが入る。
「剛体k、、、」
***
爆発と熱風が会場全体を包んだ。
その爆心地でもろに直撃した男と、爆発を発生させた男。
魔術士ウロルガが自身の土魔術で作った塔を崩しながら降りてきた。
「死んだなあいつ。」
会場は静まり返っていた。
明らかに、『やりすぎ』という空気だった。
肉片が残っているだけ、そう思う。
今までもそうだったのだとウロルガは思った。
水蒸気を風魔術で吹き飛ばす。
熱風が観戦者の顔面を吹き抜けた。
中には咳き込んでいる者もいた。
「っなに!!!」
「っぱ、俺は熱には弱いなぁ。」
爆発の瞬間、『剛体化Ⅰ』は間に合わなかった。
それでも『剛体化Ⅰ』を使うのを諦めたわけじゃない。
顔の皮膚は焼け、背中は爛れ、髪はコゲてパーマみたいになり、服は焼け落ちていた。
「嘘だろ!! なんで生きてんだよ!!」
「けほ、こほ、体は動くか。」
焼かれたのは表面だけか、さすが『剛体化Ⅱ』様々だな。
「よくもやってくれたな」
「だまれ!!」
土魔術で塊を生成すると、人形に変形させる。
あれは、戦闘用ロボットみたいなものか。
器用だな。
走ってこちらに近づいてくる。
「必殺」
お地蔵さんアタックで生み出されていく戦闘用ロボを粉砕していく。
「まだだ、くらえ!!」
先ほど使っていた鉄球がまた回転し始め真っ赤になる。
水玉に入った時とは比べ物にならないほどの速さで俺の顔面目掛けて飛んでくる。
それを、真正面から左手を握る。
そのまま『剛体化Ⅰ』を起動させる。
手のひらの中で回転していた鉄球は、やがて回転を止めて冷たくなる。
「ばっけものが!!!」
「!!」
持ってきた杖の先に、黒曜石のような石を発生させると俺に距離を詰めながら走ってくる。
同時に何体もの人形を作って俺と戦わせる。
握っていた鉄球に『加速Ⅱ』を使って投げる。
その鉄球はウロルガが杖を握っていた右腕に衝突すると腕を巻き込んで直進した。
「あああああああああ!!!」
腕がないもんな。
あまりの痛みに絶叫しながら俺を睨む。
そのまま左手を俺に向けて尖った石の槍、まじで長いやつ。
を四肢目掛けて飛ばしてくる。
それら全てを『加速Ⅱ』を使って回避し、そのうち一本を『加速Ⅱ』で減速させ掴み、そのままその場で身を捻って一回転するとウロルガに投げ返す。
「ぐぼ」
喉に槍が刺さるとウロルガは槍とともに壁に突き刺さった。
「かひゅー、かひゅー」
浅い呼吸をしながら俺を空な瞳で見つめている。
やりすぎたかな。
右腕からは止めどなく血が流れている。
首に刺さった槍のせいか、上手く呼吸ができていない。
血が詰まっていたのか、口から血液が咳と共に吐き出していた。
「介錯するよ。」
ウロルガの右半身に寄り添うと、『剛体化Ⅰ』させた腕を薙ぎ、首を落とした。
器用なことに、『加速Ⅱ』と『剛体化Ⅰ』の瞬間的なオンオフが呼吸をするようにできるようになっていた。
ウロルガの瞳から光が失われる。
俺は初めて人を殺した。
***
「しょ、勝者は、レオだあ、、、、」
「、、、、、、、」
歓声が湧かない。無理もないか。
俺はすぐにその場を後にした。
ウロルガはスタッフと思しき人に運び出されていた。
控え室に戻ると、どこからやってきたのかエルノーラが佇んでいた。
「よっ!」
「おお」
「すごかったね、、、」
「ああ」
「強いんだね。」
「、、、」
ウロルガは強い。
少しでも判断を誤れば俺は死んでいただろう。
「あ、すぐに治療を!」
「レオ殿! 治療しにきたぞ!!」
「あ、、」
エルノーラとやんごとなき鎧の男が鉢合わせてしまった。
2人はお互いをよく観察しているようだった。
その間の俺。
「ヒール!」
何事もなかったかのように俺に触れると治癒魔術を使い始めた。
「それじゃ治らないだろ!」
そういうのは鎧の男である。
「これ、使ってくれ!」
「瞬間回復!!」
なに?速攻〇〇みたいな?
俺の背中に何かをぺたりと貼る。
「いっだあああああああいたいたいたいたいたい!!!」
「ヒール!!」
貼ったものの上からさらにヒールを施すエルノーラ。
「うびびびびびびびびがああああああああくはあああわああああああああどひゃひゃひゃひゃひゃうぐぐぐぐこは。」
あまりの痛みに悶絶し、気を失ってしまった。
「だあ!」
「瞬間回復、やっぱりすごい。」
「高かったからな。」
「すごいですね。」
「ちょっとまて、俺はどれくらい気を失ってた?」
「え、気を失ってたんですか?」
なるほど、10秒もなさそうだ。
あの痛みは驚いた。一番驚いたのはあの瞬間だけ『逆転』が反応したということだ。
ちょっと涙ながらに懇願してきた。
使う間も無く気を失ったが。
ただ、気がついたら消えていたし。
ゲリラ豪雨みたいなものだ本当。
「体が戻った。」
「よかったね」
「ああ。と、エルノーラ、この人には」
エルノーラは深く帽子をかぶっている。
みられたわけではないと思う。
背も低いし、部屋に入ってきてすぐ帽子をかぶったし、俺が壁になって耳は見えていなかっただろう。
「大丈夫。」
みられてなかったらしい。
よかったな。
「まさか本当に殺してしまうとはな、私はてっきり君のことだからウロルガを生かしてしまうと思っていたよ。」
「たはは」
殺すつもりはなかった。
ウロルガは魔術士として最高峰のものだったと思う。
知識量もすごかった。
戦略も、手数も。読みも。
俺に対する情報が周到に用意されていたらと思うとゾッとした。
「教えて欲しいことがある。ウロルガは、一体どうして宮廷魔導士としての職を終われたんだ。」
「それか。」
「ああ。」
なにか、恨みを持っているっぽかったしな。
「あいつはな」
***
鎧の男とウロルガは、学生時代の同級生であった。
魔術の才が別格であったウロルガでも、好きな人がいた。
鎧の男とウロルガの好きな人は友達のようだった。
鎧の男もウロルガのことは好意的にみていたようだった。
実力もあり、皆から慕われる存在であったと言った。
ウロルガの好きな人を仮にAさんとしよう。
鎧の男にはAさん以外にも友達があり、その人はウロルガのことが好きだったという。
仮にその人をBさんとしよう。
Bさんはウロルガと付き合いたかったという。
よくある三角関係ってやつだな。
そのまま4人は共に進学し、宮廷魔導士に就職した。
そこでもウロルガは才能を発揮し、鰻登りで手柄を挙げ、どんどんと出世していったそうだ。
そんなウロルガに嫉妬していた人も大勢いたし、好きだった人も大勢いたという。
ただ、渦中の本人が好きなのは変わらずAさんただ1人。
Aさんもその気持ちに気づいてはいたが、少々身分が特殊らしくてね。
気づいていながら無視していたのだという。
そんなこんなで月日は流れ、ウロルガが宮廷魔導士として国王の側近として使えることとなった。
自ら成り上がった地位に自信をもったウロルガは、そのままの勢いでAさんへと思いを告げたという。
ただ、Aさんはそれを振った。
ウロルガは何度も告白したらしいが、その全てを断られたそうだ。
それからである。ウロルガはBさんと交際を始めたという。
その話を聞き、鎧の男は心中複雑ではあったが、Bさんの恋心をずっと知っていた身として、おめでとうと伝えたという。
ほどなくしてBさんは死んだ。
ウロルガに殺された。ウロルガがそう言ったそうだ。
同僚殺しとして、ウロルガは宮廷魔導士としての地位を追放され、公職追放処分となった。
追放されたウロルガは、自暴自棄になり、極めた魔術を使って悪事に身を染めた。
罪のない人を何人も殺した。
しかし、彼は公職追放された身でありながら、政界に太いパイプを作っていた。
国王と対立する勢力に匿われ、実力と引き換えに自らの命を保証してもらっていた。
鎧の男は何もできずにいた。
しかし、巡り巡ってきたチャンス。
どんな因果か、ウロルガがこのルリヤの武闘会に参加するという情報を聞いて飛んできた。
本当に奴がいた。ここであいつを殺す。
過去の友として、自分がケジメをつけると決めたのだ。と。
***
「嫌な役を受けてもらったね。本当にすまないと思っているよ。」
「いや、良いっすよ。」
ヘビーな話だな。
隣で聞いていたエルノーラは涙を流しているし。
最初に聞いていたら、俺はウロルガに同情していたかもな。
追放されたんだもんな。
しかし、引っかかるのは、どうして、ウロルガがBはんを殺したのかということ。
「理由? それを聞きたくてこの街にきたってのもあるけど。聞きそびれちゃったな。」
俺が罪のない人を殺せば、星斗が俺を殺しにくるのか。
そんな仲でもないのか。
コンコンコン!!!
扉を強く叩く音。
扉に近かった鎧の男が対応する。
「おお、控え室におられましたかレオ選手」
「あ、はい。」
「実はですね。」
俺とウロルガの戦いをみていた残り6人の選手のうち、5人が自主退場してしまったという。
6人目も俺が出るならでるが、辞退しても賞金は俺にくれるという。
エルノーラの方を見る。首を振っている。
今出場しても賭け金はあまり膨れない、ということらしい。
ならば、賞金だけ受け取るのもありか。
「わかりました。では優勝者はレオ選手ということで、報告してまいりますね。」
「お願いします。」
金が足りるからわからないが、その時は借金でもなんでもしよう。
「えーと、また今度、剣術教えてくださいね。」
「ああ、もちろんさ。」
***
エルノーラの言ったように、賞金は賭けで稼いだ額より0が一つ少なかった。
これは、賭けして良かったと後になって思う。
晴れない気持ちのまま、武闘会は閉会した。