第三十七話
誰の目から見ても彼の様子は異様であった。
石板の部屋に戻った時にはすでに、誰と関わるでもなく、ただ天井を虚な目で眺めていた。
「ねえ、貴方・・・レオくん。」
「・・・。悪い、俺ぁ・・・なんでもねぇや。」
半開きの瞳と視線が交わることはなく、何か言いかけてやめる。『蚊王』に襲われてから何かあったのか。
しかし、つい先ほどまでは受け答えもはっきりしていた。
アルゲディは自分のやったことが起因するのではないかと焦燥に駆られていた。
「アルゲディさん、レオくんは変わらずですかね。」
真紅の瞳の彼、アンティリエがアルゲディの横からぬっと現れる。目の前に座って麻袋の中の水をあおるレオが「間違えた」とひと言呟く。
彼は指をベルトにかけて、不安気味な声音で──
「ここまで帰ってくる途中、雰囲気が変わった瞬間があったんですよ。一度転ぶと、何事もなかったように走り出したんですけどね。
ぼそぼそ喋っていて、何話してるのかなーと思って聞き耳を立てていたら、「どうせここで立ち止まってても『蚊王』に殺されるだけだし、『安地』までは戻るか。」って自分に言い聞かせるように、繰り返し言ってたんです。
アンテはどうするべきかよくわからずに、そのままここまで帰ってきたわけですけど、それからずっとこの通り。
天井眺めてそれで何もしてない。
アルゲディさんは何かわかることありますかね。」
彼の語ってくれた内容に、アルゲディは心当たりが、ないわけではないが。それは言えない。
言えば糾弾されかねないので言わない。
レオの目の前から離れたところに立ち、彼の様子を伺うポラリス。
彼女はいつぞやの簪を自分の手のひらの中で握る。
それがなんだか無性に忌々しく感じて、アルゲディは立っていた場所を移して、ポラリスを視界に入れないようにした。
「わからないわね。どうしちゃったのかしら。」
「そうですよね。アンテはてっきり、アルゲディさんのことだから、レオくん嵌めて精神ぶっ壊すくらいしそうだなって思ったんですけど。」
その言葉にアルゲディは胸が跳ね上がるのを感じる。しかし、そのような感情はおくびにも出さず──
「失礼だわね。次言えば殺すわよ。」
「うげー本気でやりそう。」
「でも気になるわね。具体的に私が何をやりそうなのかしら。言う権利を一時的にあげてもいいわよ。」
とアンティリエに慈悲を与えた。
それを聞いていたアンティリエは表情筋があらぬ方向に捻じ曲がるが、言葉を紡ぐ。
「まず、アルゲディさんがレオくんを殺すじゃないですか。でもレオくんは死なない。時間をやり直しているから。
でもアルゲディさんは狡猾ですよね。だからレオくんは誰に殺されたかはわからない。
レオくんは犯人探しに躍起になる。そこで他人に、適当にポラリスさんあたりにその罪をなすりつける。
自分を味方だと信じ込ませる。」
「それで?」
「レオくんはアルゲディさんを手に入れようと努力すると思うんですよ。アンテの主観ですけど、レオくんは心から他人を信用してないですよね。
その点で言えばアルゲディさんとそっくり。ただアルゲディさんより愛想があるし、誰かと協力しようとするいびつさもある。
誰かと協力したいけど、自分から頼むのは苦手なんだとアンテは思ってます。」
「アルゲディさんはとても賢い。推理するのがここまで遅れるなんて、それこそ手遅れになってからになるなんて、アンテとしては負けもいいところなんですがね。
アルゲディさんはレオくんが取り合ってくることも読んでる、ですよね。いやむしろ自分がどう言う反応をするかも読んでると言うべきか。
自分にわけもなく好意を押し付けてくる人間に、自分はこうするだろうという予想を立てて行動できる。アンテはそう睨んでます。」
アンティリエの言いたいことがアルゲディにはよくわからなかった。また彼の戯言が始まったとメサルティムは呆れていた。
「レオくんはアルゲディさんを味方だと思い込んでいた。それはいくつか前の世界でそうなっていた。それをアルゲディさんは逆手に取った。
どれだけ時間を重ねるかはわからないが、拒絶し続ければ精神が磨耗すると読んでいた。未来予知に近い、天才にしかできない。」
「あの、さっきから貴方がなにを言っているか全くわからないのだけれど。でも、私があらぬ疑いをかけられて、彼が虚になったと言いたいのはわかるわ。不快ね。」
アルゲディは憤りを隠さずにそう嘯く。それを見ていたマルカブが、アンティリエに謝罪を促そうとするが、それをアンティリエは制止する。
「目的はレオくんの廃人化ではない。むしろこの状況はイレギュラーですよね。本当はもっと別の結果を求めてたはず。」
「貴方ねぇ、話聞いているのかしら。」
「・・・」
そこまで考えてアンティリエは押し黙る。
***
アンティリエは一つの結論に達していた。
それと同時に、理解できなくなっていた。
「ありえない・・・アンテがそんなことするわけない。なんだ、なんでそんなことになった。」
アンティリエは違和感を手繰り寄せて考えた。
まず、レオの精神摩耗は度重なる死によるものではないのは自明であった。
アンティリエは知っているのだ。レオが死程度で絶望するような生半可な人間ではないと。
ならば『蚊王』や『不死鳥』や『蛇』以外に理由がある。
「人」、であることは間違いない。ならば誰?
候補者はアンティリエを含めて7人。
この中でアンティリエはアルゲディが1番可能性として高いと睨んだ。
人を錯乱させるのは絶望と安堵のギャップだと考えた。緩急をつけることで壊せるものだと。
「アルゲディさんが何かしらの理由で、レオくん以外を殺そうとした。それを多分アンテが阻止したのか。」
レオの中以外では消し飛んだ歴史である。確認する術はないが、自身が切り札を、オートではなく自発で切ったことになる。
そこが信じられなかった。
阻止した未来がアルゲディの本来望む世界であった。しかし、アルゲディは保険をかけていた。失敗したならばいっそレオの精神を破壊してしまう。何かを隠している。
「独占欲?」
仮にもし、アルゲディが独占欲を暴走させたのならば。もちろん絵空事で中身がなく妄想戯言の類。さらにいえば独占欲を発生させた要因は?
ない。理由がない。だから本当に仮の話であるわけがない。でも、それですべて説明がつく。
「アルゲディさんってレオくんのこと好きだったりしますか?」
それを聞いたアルゲディは心底呆れた様子でこちらを睨んでいた。いつも見慣れた顔である。ただ、相手を見下すのは舐められたくないから。
自身の恋心を暴かれたくないと言う乙女の欲求である可能性は否めない。
「なぜ私がこんなゴミを好きになると言う話になるかはわからないわね。どう言う理屈や。私がこの男のどこを好きになったと言いたいの?」
彼女は舌鋒鋭くアンティリエの空想の話に切り込む。もちろん確固たる理由もなく、アンティリエか、みてもレオを好きになるのはないだろうと思う。レオを好きになるくらいならアンティリエを好きになるだろうと。だから──
「逆ですよ。好きなら説明がつくってだけで。
レオくんに魅力があるとはアンテも思えないので。そうだったらいーなと。」
「はぁ? じゃつまりあなたは何?
人殺し犯が犯行動機を自供しなかったなら、きっと快楽殺人だ。そうだったら筋が通るとでもいうの?
それって暴論よね。だって快楽殺人なら絞首でも惨殺でも筋が通るもの。」
「ぐぬぬ。そうなんですよ。それは、わかるんですけど、もしそうなら本当にアルゲディさんがレオくんをこんな目に合わせたのかもって思って。」
「それでいいなら私でないといけない理由がないわね。」
「いやいやいや、アルゲディさんしかここまで上手くやらないですよ。」
なにを言っているんだとアンティリエは笑った。
マルカブやポラリスがレオを精神崩壊に追い込めるわけがない。他の誰もできないだろうし、レオならなんとかできるとアンティリエは思う。
「だからこれは空想の話では。ふぁんたじーです。
アルゲディさんが嫉妬深くてレオくんが他の女の子と関わっていることにモヤモヤして、我慢できなくて、独占しようとして、悩みに悩み抜いたらどうなるかって空想の話をするんですよ。」
「まずアルゲディさんは素直になれないので、好意を伝えてくれないと踏み込めないんですよ。プライドが高いので。
でも独占欲も強いから、日に日にいい感じになるレオくんとポラリスさんの関係は面白くない。だからポラリスさんを消したいけど、それはしない。
殺してもレオくんの心を自分のものにできるわけじゃないから。」
「だったら? どうする?
レオくんをいっそ消してしまおうと考えた。時間遡行にはタネがあるって見抜いてたんでしょう。それはわからない。が、実際遡行はしなかった。
ただ一つ誤算があった。服だけ破けている様子、血だらけの回廊。殺されかけたのは自明。でもレオくんの体はピンピンしてる。治癒された。
これが一つ目の誤算。」
「でもその誤算すらも利用できるのが天才。アルゲディさんはポラリスさんにレオくんの部屋に向かうようけしかけると思うんですよ。
そうすれば、レオくんは殺された過去がありますからなんとかしてそれを回避するべく正体を突き止めようとする。
ポラリスさんは信頼してますよ。でもね。
その好意を反転させられたら?
レオくんのポラリスさんへの好意は最高潮ですよね。見てたらわかります。そりゃあ。」
「レオくんはポラリスさんへの好意から一転、憎悪へと転嫁させられた。レオくんにポラリスさんを殺させる。そして、それを利用して自分へと向けさせるべく自身が受け入れる姿勢を見せた。」
「レオくんは喜びました。救われたと思いました。アルゲディさんへ信仰に近い愛情を向けていたと思います。アルゲディさんはアンテたちも始末したいと考えると思うんですよ。
アルゲディさんはプライドが高いので、自分の弱みを見せたがらない。負けず嫌いの典型なので、ポラリスさんを殺したことを知られたくないと考える。
当然、アルゲディさんは完璧主義なので完全犯罪をレオくんと2人で成し遂げられた。」
「それだけの能力もある。ただ、ここでプライドが引っ掛かる。仮に1%よりも低い確率で誰かに犯行が見られたら?
だったら最初から犯行を見せることで、アンテたちを一網打尽にする。」
「そこで二つ目の誤算が生まれる。誤算がなければアルゲディさんはその能力の高さでアンテたちを全滅させた。でも、アンテが『龍権』を使った可能性があるんです。」
もうアンティリエの周りで話を聞いているのはマルカブだけになっていた。話を聞かずに、ボケッとしているレオがいるくらいだ。
誰もまともに取り合わない。
「『龍権』を使ったのなら、アルゲディさんでも勝てなかった。『龍権』をアンテが持っていると知らなくても、万が一失敗した時の保険をかけ忘れるアルゲディさんではない。その時はレオくんの精神を破壊するべく拒絶すると思うんです。」
「レオくんはアルゲディさんに受け入れられていると思って、何度も何度もやり直した。でも、アルゲディさんは突き放す。
突き放し続ければいずれ、今みたいになる。それがわかっていた。
アルゲディさんは天才だった。もう手遅れになるまで気がつかなかった。」
「と言うのが空想の話です。これには根拠もない。
でもアンテはアルゲディさんが犯人だと思っているんです。」
アンティリエはレオの元まで歩く。そして、彼の両肩を握る。
「レオ!! お前、この話は何回聞いた。今は何回目だ。いつまでそうやってるつもりだよ。」
「・・・へへ。」
2人のやりとりを見ていたマルカブは拳を強く握りしめる。
「なあ、レオくん。アンテは本当に『龍権』を使ったのかな。そんなこと、ありえないはずなんだよ。アンテがそんなことするわけない。なんとか、言ってくれよ。」
***
「ねえ、貴方・・・レオくん。」
終わらない。
レオの地獄は終わることがない。永遠の牢獄。
同じ時を繰り返し、何度も同じ結末を辿る。
いつもアンティリエが妄言を言って、みんなで馬鹿みたいに『蛟』に突撃して、全滅して。
そしてレオは餓死をする。餓死したら回廊からやり直し。
何度も繰り返したことだった。
そしてこれも、これから続くn回のうちの一回。
「はぁー」
どうせ何も変わらない。だったらいっそのこと──
「お前ら関わってくるんじゃねぇよ気持ち悪いなぁ。」
「え?」
レオはドスの効いた声で、腹の底から憎悪を乗せて混ぜて言葉を削り出す。
その声音にメサルティムは肩を震わせていた。
地獄の底から這い上がるように膝を曲げて席を立つ。
そして、近くにいたアルゲディの手を掴むとそのまま強引に担いで龍怜の立っている方向へと投げ飛ばす。
「きゃっ」
「痛っ!」
急いで2人に駆け寄るポラリスの腹を蹴り飛ばして、レオに杖を向けてきているメサルティムを見据える。
瞳は震えており、息も荒く恐怖が隠せていない。
熱源をステップで回避すると肘を使って後頭部を抉る。
「!!」
「もう終わったんだよ。お前らは死ぬんだよ。俺だってそうだ。飯も底ついて餓死するんだ。途中で洪水起きたりするけどここにいたら結局餓死だけ。
やめちまえよ。お前らは『蛟』に勝てない。勝てなかった。何度やったって勝てなかった。
当たり前だ。お前らじゃ勝てない。もうわかってんだろ。俺はこのループの中でお前らじゃ比にならない力を得たんだ。スキルには頼らなくても生きてける力をつけたんだ。」
レオはマルカブの腰を蹴って、マルカブは地を滑る。寝そべった彼の上にどっかりと座る。
メラクは絶句しアンティリエは目を見開いて何も言えないでいた。
アルゲディたちはレオにどつかれた部位が締め付けるように痛み、動けないでいた。
「でもダメだったんだよ。頑張ってみたけどダメだったんだよ。諦めろよ。俺はお前らなんかじゃ無理だと思う。何回やってもおんなじ死に方しやがって。
無能どもが。
俺だってそうだ。俺は無能だ。その俺に全員のされるんだ。のされちゃったんだよ。」
レオは無意味なループとして、これと一つどうせ消える一つの出来事として、普通では決して言えない本音を包み隠さず言葉にした。
「どうせ時が経てばこの瞬間もなかったことになる。お前らが俺に抱いた失望も何もかも。俺の中に残り続けるだけだ。」
レオのことなんて誰も理解できない。できるはずがない。
だから──
「なによ、それ。」
誰の言葉だったか。そんな言葉を皮切りに、ぞろぞろと部屋を後にしていった。
アルゲディが、メサルティムが、龍怜が、マルカブがアンティリエが。
残ったのはポラリスとメラクだけであった。
2人は地面に寝転がって目を瞑り、鼻歌を歌っているレオのことを見下ろしていた。
そして、ポラリスが口を開く。
「お兄さん、ボクはお兄さんならまだ頑張れるって信じてます。
──お兄さんが辛い思いをしてきたのも、苦しい思いをしてきたのもボクにはわからないです。
でも、お兄さんの力になりたい!
少しでも、何かボクたちにできることを言って欲しいです。何度失敗したって、いつもみたいに、ボクたちを助けて欲しいです。
────ボクは頭が良くないし、おまけに役立たずで、できることは自分の体で誰かを守ることくらいで。それすらも、きっとまっとうできなかったんですよね。
──それでも──」
そこで、レオが目を開き、ポラリスを睨みつける。
レオの鋭い目つきに、ポラリスは一瞬でも身震いをして、すぐに視線を逸らしてしまった。
ポラリスの心中には恐怖が広がり、今までのレオはもはやいなくなってしまったのだと釘を刺されたような気がした。
「お前のこと誰が好きなんだよ。人殺しが。どうせそうやって人様に近づいて最後には殺すんだろ?」
その言葉を聞いて、ポラリスは途端にたじろぐ。近くで聞いていたメラクも目を見開き、ポラリスをじっと見つめていた。
ポラリスの心は恐怖、不安から保身へと変化していく。
「な、なにを言うんですか。ボクが、お兄さんやみんなのことを殺すって。そう言うんですか!?」
「そうだそうだよ。わかってんなら聞き返してきてんじゃねぇよ!!
俺はもう何回もお前に殺されかけたんだ。それが証拠だろうが。」
「そんな、ボクが・・・」
ポラリスが動揺して膝から崩れている様に、レオは無性に腹が立つ。
なぜこの魔物は、今になってなおここまでの演技を続けるのかと。
身を乗り出し身振り手振り少しでも威嚇しようと口を大きく開き──
「そうやって同情票引きだそうとするのもやめろ!
人でもない魔物のくせに、一丁前に泣き真似御涙頂戴やろうったって、そうはいかねぇぞ。
それも何回も見てるんだよ。見た上でまた殺しに来てるんだよ。お前は!!
それがムカつくんだ。イラつくんだ。怖かったさ、お前にわかるか?
殺されるって怯える恐怖が。わからないよなお前は人殺しても何も感じない、魔物なんだから。」
「──お兄さん・・・」
「『お兄さん』って呼ぶなよ。気持ち悪いんだよ。何回言ったらわかるんだよあと100万回くらい言わなきゃわかんないのかよ。俺が何回やめてって言えばやめてくれるんだよ。
嫌がらせをやめたくない理由があるのか?
俺が嫌いだから? そんな人らしい理由じゃないだろどうせ。お前のことだ、少しでも俺の精神を磨耗させたいとか、そんな外道のような考えなんだろ。
わかってるんだよ。ここでお前を殺したって何の解決にもならない。ならなかった。お前は何度も俺に殺された。
こうやって話してる最中にだって俺はお前をいつだって殺せるんだ。実際に殺してきたんだ。
何度もお前を殺したんだ。わかったな!?
これ以上俺に関わってみろ。次のループでも問答無用でお前を殺すからな。」
全ての言葉を言い切る前に、すでにポラリスの瞳には涙が溜まっていた。
歯を食いしばり、一歩、二歩と後ずさる。
「お兄さ──、ごめんなさい!!」
ポラリスはレオに背を向けると、アンティリエたち同様にレオの前から去っていった。
「これで──」
「これで良いんだ。なんて言わないですよね。」
レオが1人呟きかけたところに、最後まで残っていたメラクが被せる。
メラクに視線を向けたレオは少しだけ動揺した。心臓が締め付けられるように傷んだのはもう何回目のループ以来だったかなんて考えていると、彼はやはり、いつもの柔和な表情と穏やかな口調で聞くものを改心させるような神父としての振る舞いを続ける。
「これで良いんだ、諦めて全て投げ捨てよう。これも全て、私たちが死んでほしくないからそう言っているのですね。
わかりますよ。」
メラクの物言いはまるでレオが仲間を慮って嫌われ役を演じているように聞こえてきた。
そんなことはないと否定する。否定しなければならないという衝動に腹の底から駆り立てられる。
「はぁ!? 何気持ち悪い勘違いしてるんだよ。お前も、お前らも全員死んじまって良いんだよ。ただ、どれだけやっても無駄だから諦めろって忠告しただけだっつの。
それをどうやって曲解したら俺が嫌われ役を引き受けることに繋がるんだよ。」
憎々し気な態度のレオに、メラクは噛みつくこともせず、諭すように述べる。
「勘違いではないですよ。レオ殿が私たちを見限るわけがない。それを1番知っているのは私です。」
「知ったような口きくなよ!!」
空気を張り咲くような怒号が部屋を揺らす。巨漢のメラクですら肩がすくみ上がるような怒気と殺気を放ちながらレオは凄む。
「俺がお前たちを見限るわけないだって。そんなわけないだろ。俺だって、俺だって誰かを見限ることだってあるに決まってるだろ。」
そうだ。レオは全ての人の親ではない。無条件に誰かを応援し続けたら、味方代続けたらするわけない。 恋人でもなければ伴侶でもない。そんな人のために、どうして苦しいのも辛いのにも耐えていられようか。
「お前らの知ってる俺はなあ、何度も失敗して殺されて、少しでも自分可愛さに生き残ろうって足掻いて最善を引き当て続けてきた男なんだよ。」
そうだ。レオの人生は最前からは程遠いものだ。いつだって欲しいものは手に届かず。隙間からこぼれ落ちていく。
努力したってなにもレオの中に残らない。
能力がなくとも、同じことを繰り返すことで欲しいものを手に入れていただけに過ぎない。
「時を戻す力があっても、どうにもならないんだよ。これだけの力があっても目の前の壁は分厚いんだ。
見限るとか見限らないとか、もうそんな次元の話じゃないんだ。誰が努力したって、誰がこの力を持ってたって突破できない。
人生どん詰まりした先で死ぬことすらも許されない。」
レオの生きてきた中で死というものが実態を帯びたのは『ヴァンデミアトリックス幽域』に来てからが初だろう。
それまでのレオが『自殺したい』なんて考えが浮かんだことなんてなかったのに、今ではすぐにでも死にたいと思うようになっていた。
「寿命を待つこともできない。寿命で死ぬ前に死んでまた時間をやり直す。
こんなのはスキルや魔術なんてものじゃない。呪いだ。俺のこの呪われた力のせいで、お前らだって死ぬことができない。
お前らはそんなことにも気づかない。」
数多の世界を見てきて、記憶しているのがレオだけでないならどれだけ救われたか。なんて考えたのはいつのことやら。
途方もない時を過ごして身につけた技術すらも使う場面がくることはない。
レオの投げやりな言葉を聞いていたメラクが優しい目つきで眺める。
「助けてくれようとしてくれるのですね。」
その言葉を聞いて、レオの中で振り切れるものがあった。栓をしていた蓋が勢いよく飛び上がるような感情の本流を感じた。
「お前、お前は何言ってるんだよ!!」
「俺がお前たちを助けるだ?
笑わせんなよ。笑わせてんじゃねえよ!?」
レオの表情はこれまでにないほどに怒りをはらんでいた。青筋が立ち頭からは湯気が浮かび上がっていそうなほどであった。
「言ってやるよ。言ってやるさ。俺がこの時を遡る力を、どんなふうに使ったかを。」
一度怒りを抑えつけるように吐き出す。
そして、そこからの言葉はひどく怒りに満ちたものから一変、自己嫌悪に苛まれるような、自分を責め立てるような口調と声音であった。
「お前らのことを殺すために使ったんだ。
うまくお前たちを殺して、好きになったアルゲディを自分のものにするために使ったんだ。
自分の欲に実直に行動した結果、俺が何回お前たちを殺そうとして死んだかわかるか?」
レオはメラクから既に視線を逸らしていた。
地面を睨みつけるその目には光などなかった。メラクの視界にはただ闇に取り憑かれた哀れな男がいるだけだった。
「68237回だ。68237回も俺は女一人の心奪うためにお前たちを殺そうとしたんだ。」
「わかっただろう? 俺はお前たちが期待するようなスーパー完璧超人人間じゃないんだ。
俺だって、俺だって本当はそうなりたかった。誰かに信頼されて、期待されてそれをいい意味で裏切れるような人間になりたかった。」
思い返すのは異世界に来る前のことだ。
レオに期待している人はたくさんいた。同級生や後輩、先輩に監督に家族。
それら全ての人の期待を重く感じて目を逸らしていた。
ただ、本当にそれだけの期待を背負える力があるなら目を逸さなかった。
「この力があれば思いのままに全てうまくいくと思ったんだ。どんな凡人でもやり方次第で成功できるって思ったんだ。
でもダメだった。どれだけやってもうまくいかなかった。
それどころか他人の気持ちを踏み躙り続けてきたんだ。」
声はか細く、心の底から自分への恐怖心に苛まれているようであった。
「ネットで齧った精神疾患の真似事なんかして、お前たちを見えないふりして、幻覚を見てる設定までつけて演技した。
それを肯定するために何度も無意味な会話をしてきたんだ。
本当はずっと見えていたのに。聞こえてたのに。
おかしくなったふりしてお前らを世界から切り離そうとしてたんだ。」
肩の力が抜けてゆき、空気の抜けた風船みたいに萎んで地面にへたり込む。
力なく崩れた足が音を立てて倒れ、体を支える筋肉が仕事を放棄し壁によれかかる。
「俺の人生はずっとそうだ。本当は向き合わなきゃならないもの。
勇気を振り絞って立ち向かわなきゃならないもの。
プライドかなぐり捨ててでも手に入れなきゃならないもの。
そういう全てを言い訳つけて、後回しにして、時間だけ無駄に浪費して逃げ回ってきてた。
ずっと俺は逃げ続ける、逃亡者だ。
誰が追いかけてきてるわけでもないのに。誰が追い詰めてるわけでもないのに。
自分で壁を作ってその壁に追いかけられるように自滅して。ほんと、何がしたいんだよ俺は。」
メラクに視線を戻す。彼はレオと同様、床に腰を下ろしていた。
そして、レオが先ほどまでみていた地面をじっと眺めながら、それでも耳だけはこちらに傾けたままでいる。
その気遣いに気づいてなお、レオは踏み込めない。
「いつだってそうだ。みんないつでも、俺が一歩踏み出せば届く距離にいてくれてるのに。
俺は自分本位で、我儘で臆病で、そのくせ態度だけは芸能人ぶってて相手がアクション起こすまで待ちの姿勢で斜めに構えて見てるだけだ。」
「捨てられた、裏切られただなんて被害者ヅラしてるけど、結局のところ全て過去の俺が差し伸べられた手を取らなかったことが原因で起きてたんだ。
自分から突き放しておいて、都合のいい時だけ仲良くなりたいだなんて虫が良すぎるんだよ。」
「この世界に来てから失ったものも、全部俺が蒔いたタネが発芽して花開いただけに過ぎなかった。
巻いたタネを他人のせいにするなんて無責任にも限度があるだろうぜ。」
地面を強く叩くと陥没する。同時にレオの手のひらの中から血が吹き出す。
「知ってるんだよ。本当はポラリスは俺のことを殺そうだなんて考えていないってことくらい。
ポラリスはただ純粋に俺を心配して、それでいて自分の気持ちに正直になろうと努力してるだけだった。
なのに、俺の勘違いで勝手に殺そうとして、自分の間違いに気付きながらも、やってきた努力を無駄にしたくないからって見なかったことにして、その結果がアルゲディに振られるんだ。」
「笑えよメラク。何一つうまくいかなかった俺のことを見て笑えよ。
お前にはずっと偉そうなことを言ってきたんだ。態度だって上から目線で、その癖に誰かに寄り添ってるつもりだったんだぞ。
滑稽なんて言葉じゃ言い表せないんだ。」
レオの中の自己評価は他に落ちた。
何もできなかったのがヤガミレオだ。
無敵の力に慢心して努力してこなかったのがヤガミレオだ。
急場凌ぎで手に入れた時間遡行の力も私利私欲のために使って、それでも何も得られなかったのがヤガミレオだ。
「俺は自分は諦めが悪い方だと思ってたよ。思ってたさ。実際そうだった。
これだけやり直さなきゃ諦めないくらいには、執着する男なんだ。
もう違うんだ。俺は変わった。
俺はこれから、自分の怠惰と傲慢と、無力と無能と、肥大化した劣等感と縮小した自尊心を抱えながら永遠に自分が払い続けた逃げの精算をしていくんだ。
これは神様が俺に与えた地獄なんだ。
賽の河原だったんだ。
やっと、・・・・・気がついたんだ。」
そうだ。
レオはずっと一人だった。
一人を選んでいた。
だから、ずっと一人で考えて生きていく舞台になら上がっていた。
あれだけ自分が追い求めていた世界に来たのだ。
「なぁメラク。俺は、ちゃんと幸せになれてるんだよ。
だから、この地獄が幸せだって思えるように、もう俺には関わらないでくれ。
俺は一人が好きだった。やっとわかったんだ。」




