第三十六話
「戻るぞ!」
レオはナニカたちと回廊を走り抜ける。後ろからはアルゲディが追いかけてきている、というより同じ目的地に向かっている途中なのだろう。
レオはナニカたちに目線を向けることもなく、たた空に向かって語りかけていた。
「弱音は後で聞く。今は黙って走ってくれ。」
ナニカたちやアルゲディを置いて、レオは誰よりも早く走り抜ける。
誰よりも先に、『安地』へとたどり着くのには目的があった。
扉を開け、いつも通りの動作で目的地へと一直線に向かう。
少しレオがさげるには大きすぎる肩掛けカバンの中から、透明の小瓶を取り出す。
その小瓶をレオは自分の服の中にしまう。
「これは通過点だ。」
そっとカバンを元に戻す。レオは部屋を出て、椅子を引いて腰を下ろす。
「・・・34、35、・・・。お! やっと来たか。何やってたんだよ。遠回りでもしてたか?」
1人でに開いた扉に語りかける。当然返事はない。しかし、レオは続ける。
「まあとは全員が無事に帰ってきてくれたらいいんだけど・・・。」
ナニカたちはレオの周囲に集まると視界いっぱいに覆ってくる。本能的に反応したくなるが、グッと堪える。
「はぁ、はぁ、まったく。なんなのよ。私を、こんな目に、合わせたからには。説明してよね。」
「はは。」
アルゲディが肩で息をしている。とてもかわいい。
このまま抱きしめたいと思ったが、それはやらない方がいいと経験で知っている。
少し時間が経つと、すぐにまた1人でに扉が開く。
「おー帰ってきたか。」
「そう怒るなって。おっ! 最後のメンバーも集合したか。」
「ああ、そうだな。ちゃんとみんなの息が整ってから話をしようか。」
レオは自分の斜め前の席に座るアルゲディと、無人の席にそれぞれ視線を向ける。
12、13、間はこれがベスト。
「落ち着けって。なんでそう言い合いをするかな。アルゲディ、なんとか言ってやれよ。」
「なんで私が貴方なんかに命令されなきゃいけないのかしら。事細かに説明するのは貴方がやりなさいよ。だいたい私の弟子だからってまるで私が監督しなければならないみたいに言うのはやめてくれるかしら。でもまあ、仕方ないわね。どうしてもっていうのだものね。メサルティム、その辺にしておきなさい。」
彼女がそう言ってから五秒後、扉がそっと開かれる。そのまま何事もなかったかのように八秒がすぎる。
「アイツにも話しないとダメじゃね? 誰か呼んできてくれよ。」
レオは咄嗟に横を向く。そして、目を大きく見開き、瞳孔に光を刺させる。
こうすることで、なぜかここのターンはうまくいく。
またしばらくすると扉が開き、中からナニカが数体出てくる。そしてもう一度扉が開く。よし、帰ってきたな。
「まずは心配かけたな。俺はこの通り、割とピンピンしてるから、安心してくれ。」
そう180°眺めて呟く。そして、一呼吸置いたのちに──
「あんまし覚えてないけど。たぶん? 寝ぼけてたのかな。もちろん、誰かに外に連れ出されちゃったってことも考えたんだが、よくよく考えてみればそれはありえないって気づいてさ。だから、今回の騒動は忘れてくれ。」
するとアルゲディは呆れたようにひとつため息をつくと、隣に視線を送る。そして三秒後には──
「そこまで言う!?」
と反応する。アルゲディが笑っている。とてもかわいい。ここで飛び付いてはいけない。それはダメだ。
「そゆこと。」
次のセリフ。それは結構先になる。もちろんそれには理由がある。少しでも時間を稼ぎたいというレオの魂胆もあるが、単純に──
「俺は少しばかり寝たいんだけどダメかな。」
「サンキュ。そんじゃ、っすみー。」
***
レオは一度たりとも瞬きすることなく数字を数え続ける。
「・・・57853、57854、・・・くる。」
そこでレオは漸く瞼を閉じる。睡眠を偽装するために寝息も大袈裟なくらいにする。
歯軋りも入れることでより正確さを増していく。
このタイミングでレオの寝室に誰かがやって来ることはリサーチ済みだ。
音も立てずに誰かが入って来る。それが誰でなんなのかはわからない。
ただ、こうして寝たフリをするのが最適だと知っている。
しばらく寝たふりをしていると、背中に張り付くようにひんやりとした感触が感じられた。
その感触に気味の悪さを覚える。それと同時にいま直ぐにでもこの場を離れたくなるが我慢する。
今のレオは眠っているのだ。
心の中で七十八秒数える。
数え終えるとレオは寝返りを打ち、自身に触れている何かを抱きしめる。
この感触に何度も窒息させられかけた記憶がフラッシュバックして、腹に一筋の汗が伝う。
するとすぐにそのひんやりとしたなにかはジタバタと暴れ出すが、それでも強く抵抗していると言う感じでもない。より一層抱きしめる力を強めると、すぐに暴れるのをやめた。
いったいぜったいどんな原理なのかはいまだによくわからないが、目的遂行のために、この謎を明かす必要はない。
レオにとってのトクベツを手に入れるためには、わざわざ負担を増やす必要もない。
「・・・すきだ」
意味はない。ただこれを言えば、このひんやりとした何かが離れていく。そういうプロセスなのだ。
予想通り、それは三十四秒後にそっとレオの元から離れていく。
そして、来たとき同様にそっと扉を開けると、レオが寝ていた部屋から姿を消した。
レオは瞼を開けてまた数字を数え出す。次に外に出るのは10906秒後だ。
***
部屋を出ると、ちょうどアルゲディと遭遇する。そういうものである。
レオは口を大きく開けてあくびをしながら伸びもする。
そのだらしない様子を、彼女は呆れたように眺めていた。
「どれだけ寝るのよ。」
「えーと、たぶん19時間くらい? そのせいで腹ペコペコだぜ。」
そう伝えると彼女は少し驚いた表情をすると、「妙に正確なのね。すご。」と驚いていた。これもいつも通り。
そんなことを思いながら話を続ける。
「貴方もちろん『蛇』とは戦えるわよね。」
「ぬぁー、やっぱりそれかよ。」
レオは背中を鳴らせながら呟く。あの化け物、蛟に挑んでうまく行った試しがないが、仕方ない。
この案件を避けた場合、アルゲディは確実に死ぬので首を突っ込まないわけにはいかない。
「もちろんだよ。でも、俺はその前にアルゲディの手料理が食べたいんだけど。」
「誰が貴方なんかに手料理を作るのよ。奴隷か何かと思っているなら心外だわ。貴方の方が私の奴隷になりなさいよ。そうしたらゴミでも残飯でも腐ったりカビが生えてる廃棄物を食べさせてあげなくもないわよ。」
「俺のことコンポスターかなにかだと思われている方ですか。」
2人並んで食料の保存されている場所へと向かう。
「まだ起きてるのは俺たち2人だけ?」
「そうね。」
「俺の部屋に来たってことは起こしに来てくれたとか?」
「は? なわけないでしょ。むしろ永眠させたいくらいだわ。」
「うわーネタにマジでキレて来る人がここにいますよーだ。」
レオは間違いなく幸せを感じていた。だから、この幸せを奪われるのが嫌だった。なんとしてでも守り抜く。
そのための力は───
「作戦はもう決まってるわ。貴方とメラクとマルカブが前衛で、私とメサルティムと天音とアンティリエが攻撃する。ポラリスさんは昨日の時点では私たちと同じポジションにつかせるってことになってたのだけれど。」
「けれど?」
「やっぱり『蛇』にそうとう心をやられてるのね。最悪置いて行こうかと思っているわ。」
「そうか、案外覚悟決めてるかもしれないぞ。」
3時間前のイベントをしなければ、話の流れから結局ついてこないか、あるいは強引に連れていくことになるらしいが。
あれをするだけで未来が変わるのだからよくわからないがものだなとレオは思った。
「アルゲディ・・・」
「なによ。」
「俺が、何があっても殺させない。」
「そ、貴方の活躍に砂糖一粒くらい期待しているわ。」
「それ期待してなくね。」
クスクスと笑う彼女の笑顔を見ていてとても心がポカポカとしてくる。
レオの全身から力がみなぎる。これは、心が折れそうになるレオにとっての大事な儀式のようなもの。
「君のためならなんだって・・・」
***
「おーす。」
空に向かって挨拶をする。すると、ガタンとものが落ちる音がして、突然ベルトが現れる。
「起きるのおせぇよ。このままだとみんな待ちくたびれちまう。早くしてくれ〜。」
足を動かして誰かを急かす。ここに誰がいて何をしているのかなんて知らない。関係ない。そういうものなのだ。
足を15回動かす。
「分かるよ。」
「分かるさ! ここで逃げたって死んだ兄は帰ってこないぞ。お前がそうやってウジウジしてたら、死んだ兄も浮かばれないだろうぜ。」
三秒後だ。
「そうだよ。お前から聞いたんだ。お前じゃないお前にな。お前を庇って死んだ兄が生きてたら良かったなんて思いたくないなら早く出てこい!」
そう言うと、数秒後、突然氷塊が発生してレオの胴体目掛けて飛んでくる。
それがレオの腹に直撃すると、小さく苦鳴をあげて倒れる。
その衝撃が内臓を揺らす。さっき食事したものが全て食堂を流れてきそうだった。
「なるほど、これはいけないのか。」
そう呟くと、レオは倒れた姿勢のまま、カバンを取り出して、中の液体をあおる。
レオの手が微かに震え、心臓の拍動がうるさいくらいに強く脈打つ。
内臓を疼く感覚、やがてそれは焼けるような痛みに変化する。
全身から汗が止まらない。肺も動かず呼吸もできなくなっていた。
筋肉が痙攣して、腕や足が身勝手に動き出す。
この時点でレオに何か成し遂げる自由はなくなる。
爪を立てて服の上から肉を抉る。これもまた無意識のことであった。
心臓を握りつぶされるような痛みが襲う。口内が乾燥して溢れてきた唾液に喉を詰まらせる。
そこで完全に自分は呼吸できなくなったのだと理解する。
視界が真っ赤に染め上げられていく。水分をどんどん失う眼球が痒い。
誰かに肩を揺さぶられるたびに、全身に苦痛が走る。
遂にレオの意識と心臓の鼓動は同時に途切れた。
アルゲディを脅威から取り除くための作戦は、これで10227回。次はあのターンでなんと言葉をかけようか。
***
「ふぅ。」
一つの山場である説得を終えて、レオとアルゲディ、ナニカたちは一斉に回廊に出る。
レオたちはダッシュで階段を降りていく。筒を使うのは、『蚊王』に襲われないようにするため。
『蚊王』とは何度も戦ったが一度も勝てた試しがないのでレオとしては本当に関わり合いになりたくない。
単純に不愉快。それでいえば『蛟』とも関わりたくないが。
何もない回廊では、各員が会話しないのが1番だと何度もある周回で嫌と言うほど理解した。
単純に走りながら話すのが疲れると言うのもあるが、緊張のようなものがその場にはあったらしい。
それを気づかずに、なんど透明ななにかに攻撃されたことか。
改めて、レオはこの一連の周回を振り返る。
振り返ってもいいことなんてまるでなかったが。
最初の200回近くはアルゲディに拒絶されるのが怖すぎて何度も取り入ろうと、努力したが一度として、あの時のような天使の姿を拝めなかった。
むしろ悪鬼のような、羅刹のような、阿修羅のような、とにかくトラウマになりそうな面持ちをされるだけだった。
「あれは普通にトラウマもんだよ。」
と、誰にも聞かれないようにボソリと呟く。
一度アルゲディに嫌がらせしようと無視してみたりしたが、結局は鎖でグルグル巻きにされるだけだった。
何も考えずに透明のものたちに捉えられた回数は500はくだらないと思う。
「我ながらくだらない死に方多すぎだろ。」
そこから、実は透明のものたちは会話ができ、敵にも味方にもなりそうだと言うことに気がつくのが1500回程度かかった。
それまで何度も透明のものたちに辛酸味合わされた身としては、嫌悪感しかなかった。
ゴキブリを滅菌処理せずに食べろって言われたらそちらを選ぶくらいには拒否反応を催し、最初の方は触れ合うことすら無理だったと言うのに。
レオは自分の感覚が麻痺しているなと感じていた。
そこからは、ヒットアンドアウェイ。自然な会話を見つけるために死に続けた。
最初の会話を自然にするために57回も死んだ。
部屋で3800回ほど死んだのちに、カバンを見つけて毒薬を見つけた時は奇跡だと大喜びした。
これで効率的に死ねる、と。
ただ、もちろん苦しみながら死ぬことになるのだが。変に生き残って長く苦しむこともなく、即死の次にありがたいくらいに思うことにした。
そこからは順調に死ぬことができ、仮眠を取ると言う次のターンに向かうまでにだいたい1800回くらいだったと思う。
仲間を襲いにきたなにかをやり過ごすのに180回。
地獄の説得タイムに12743回。
「あそこだけ地雷多すぎるんだよ。」
やっとの思いで『蛟』に挑める。
そう思ってレオはすでに48003回挑戦していた。
「最初の方は酷かったけど・・・。少しづつ良くなっている。そうだ、そうに違いない。」
レオの心は折れかけていた。絶望していた。
それでも、諦めるわけにはいかない。
「アルゲディは、俺が守るんだ。俺が、俺がなんとかしなきゃいけないんだ。」
これだけの力があるのに、それを誰かのために使わないなんて、そんなこと許されない。
レオはアルゲディのことを第一に考えて、自分を犠牲にして、なんとかして守り抜くと決めているから。
「ふぅ、どうする。すぐに挑む? それとも休憩?」
レオが後ろを振り返りアルゲディに尋ねる。
その後ろにいる大量のナニカたちが手伝ってくれたりしないかなとか思うのは10000回を超えたあたりで諦めた。
逆に、よく10000回も期待したなとも思うが。
そして、20000回を超えたあたりでムカつくようにもなってきた。無害なだけの鬱陶しい存在だと。
「でもいないと寂しい。」
わがままなレオなのだ。
そんなわがままを呟くレオを無視してアルゲディは、
「いえ、筒が勿体無いわ。少しだけ治癒魔術をかけてたら、すぐに入りましょう。」
ここも、いつも通り。
全身の疲労が指先から抜けていく感覚を覚えると、八秒後に扉を開ける。
中は静まり返っていた。これもまた同様。
部屋の中央付近まで近づくと、『蛟』が現れる。
透明の誰かが中央に辿り着くのが十秒後。
「・・・3、2、1!」
地面が発光すると、魔法陣が展開される。
そして、魔法陣から顔を出すのはもう48004回目となる『蛟』だ。
「いっけええええええええええ!!!!」
レオの後ろから大火球、岩石、氷塊、そして無数の針が飛んでいく。
召喚途中の『蛟』に集中砲火される魔術を後ろに、レオは拳を力一杯握りしめて殴りかかる。
「シャアアアアアアアア!!!」
苦しく悶える『蛟』が高速で巨体を動かす。
その攻撃、というか防衛反応に、何度レオが殺されたことか。
事前に見つけていた最短かつ安全なルートで距離を詰める。
背後からアルゲディの声が聞こえてくる。
「アンティリエさん!? 貴方、はぁ!? なにが、はぁ!? どうなって!」
このタイミングで透明のうちの誰かは自爆攻撃を仕掛ける。
なんなのかはわからないが、説得をしてからと言うもの自爆攻撃をしてくれる透明のものがあることに気がついた。
あの破壊力は凄まじい。最初の削りとして申し分ないものだ。
「アルゲディ、思案を!!」
「ええ!? ああ、」
取り乱した様子であったが、すぐに心を入れ替えてくれたらしい。
透明のうち、あの針の攻撃後、動けなくなるのは3人。
それぞれが立ち上がるまで380秒もある。
それまで、レオとアルゲディと、戦いに集中してる残りの透明なもので凌がなければ。
完全に姿を現した『蛟』は、全身から血液を流しながら、長い舌を上下に揺らして深く呼吸をしている。
過去に針なしで戦ったことがなん度もあるが、その場合だと良くて120秒が限界であった。
ただ、この先制攻撃が入れば、ベスト記録が1208秒まで伸びる。
必要な、絶対に必要なピースだった。
「らあああああああああ!」
「斧、投げろ!!」
レオは橙に発光する木剣を床から拾うと『蛟』の傷口に振り下ろす。
空中に投げられた穴を手の取り振りかざす。
鱗が剥がれて剥き出しになった肉を幾度と切り刻む。
この地獄のループで身につけた8連撃技である。
「アアアアアアアアアアア!!!」
金属が擦れるような高い声をあげて、『蛟』は頭の角から雷電を生み出す。
空中に投げ出されていたレオは、事前に確認していたポイントに投げ出される。
そのポイントに付くと、全身をひんやりとした感触が包み込み、落下の衝撃を殺してくれた。
そのまま左前方に斧を投げ返す。あの方角から投げられたため、何度も投げ返して最適な場所を見つけてある。
「アルゲディ、土魔術!!」
「言われなくてもわかってるわよ!!」
土魔術を使って角を攻撃する。直撃する瞬間に雷電に弾かれるが、質量物体が粉々になるだけに終わる。
そして、土埃で『蛟』の視界が奪われたところで、レオは一気に距離を詰めて──
「ここに氷がくるよな!!」
地面から突如発生した氷柱を回避する。
そして、尖っている氷柱を木剣で切ると平らになり、そこを足場に高く飛び上がる。
「斧!!」
真下から飛んでくる斧を左手で受け取る。
「うああああああああ!!!!」
『蛟』の顎と腹の間を木剣で縦から切る。鱗に阻まれて深く刺さらないがこれでいい。空中に引っ掛かることで、左手に持った斧を使って一閃。
どちらの武器も突き刺さったため引き抜かなくてはならない。
だから、ブランコのように体を後ろに下げてその反動で前に出る時に蹴りをお見舞いする。
少し後ろに移動して、木剣も斧も『蛟』の体から抜ける。
そこから×字切りに右から木剣を左から斧を下ろす。
すぐに手を離して今度は逆手にし、さらに×字に左から木剣を、右から斧を上げる。
「キャアアアアアアアアアアア!!!」
「うらああああああああ!!」
斧を振り下ろし、その重みを利用して回転、その勢いのまま、木剣で回転切り。
斧を『蛟』の右側面に刺し、木剣を腹に突き刺す。
「ビャアアアアアアアアアア!!」
「どふぐあ」
強く握っていた木剣だけは引き抜けたが、酸欠で利き手でない左で握っていた斧はまだ『蛟』に刺さったままだ。
まるで大木に刺さってるみたいだななんて思いながら、背中から落下する。
「メサルティム、レオくんを治癒!
天音、マルカブは私の支援!!」
アルゲディが叫ぶと、突風がレオが8連撃入れて漸くできた傷口に襲いかかる。
そこには小さな小岩が載っていて、ただでさえ痛そうな突風とコンボで『蛟』を苦しめる。
脇と膝を抱えられて隅まで連れてかれる。
突然木剣が消えると、すぐに全身の痛みや疲労が引いていく。
「メサルティム! こっち!」
目の前まで迫っていたのは血眼になってレオを殺そうとする『蛟』。
レオはすぐに体を起こし、何度も確認した場所に手を伸ばして斧を掴み、『蛟』の巨体をその勢いを利用して切り付ける。
「うおおおおおおおおおおおらああああああ!!!」
レオはなんとか無事で済んだ。ただ、それでは──
「メサルティムまで・・・」
透明のものが死んでしまうのだ。これは、避けられない。レオがアルゲディを守るためには、こうして凌ぐしかないのだ。
そうでもしなければ、先にレオやアルゲディが死ぬのだから。
「アルゲディ!! 死にたくないなら動けえ!!」
レオはすぐに斧を投げて返す。
そして距離を互いに詰めると、『蛟』の眼球に拳をぶち込む。
すぐに腕を抜く。視界を半分奪われた『蛟』は無作為に雷を落としまくる。
「お前、何やってる!! そっちだ!!」
こう言うのがセオリーなのだ。
「アルゲディ、俺に捕まってろ!!」
レオはアルゲディの体を強引に引き寄せて抱きしめると壁に向かって走り出す。
そして遠心力を利用して壁を走り、天井までたどり着くと、足を止めて──
「アルゲディ!!」
「うん、はあああああああああ!!!」
自身の杖に氷を纏わせたアルゲディが『蛟』へと突貫攻撃を仕掛ける。
「結界を!!」
「わかってるわ!!」
氷の槍と結界の同時併用。これがどれほどの技術なのかわからないが、アルゲディとここまでくるのに39857回死んでいるのだ。
応用の応用、奥の手の奥の手だと思う。
抉る肉の破片や血液が飛び散らないように配慮したつもりであった。そのための結界だったのだが。
「すでに俺が被った返り血で抱きしめたところ赤い・・・」
「ぼさっとしてないの!!」
レオたちが数秒前までいた場所から噴水のように水が飛び上がる。
その光景を見ながら、夏場にニュースの中継で、地面ながら水が出てくる風景などを見たことがあるな、なんて地球に思いを馳せていると、違和感を目にする。
「何であんなところに血溜まりが。今までにはない。なんだ。」
「!? 天音!!!!」
声を裏返して下げはアルゲディ、それが真横で聞こえてくる。
また誰かが死んだ。
「くそっ。」
誰かの死は仕方のないこと。それは、アルゲディを守るためならあって仕方のないもの。
しかし、アルゲディの泣き顔なんて見たくない。
ただ、もっと死に顔なんて見たくない!!
その気持ちがレオを突き動かす。
アルゲディを空中から離す。ここで離せば地面に安全に着地できる。
レオはそのまま天井を蹴って『蛟』に急接近する。
途中で橙に発光する木剣を手に取り、『蛟』を切り刻む。
しかし、それでも肉の見えていたない『蛟』の鱗は硬い。龍鱗、天然の鎧、要塞とでも言えるそれは並外れた筋力を持つレオであったとしても突き破れないでいた。
「・・・くそ、くそくそ、くそ!!」
悪罵が漏れる。背後から迫る大河の暴れ水がレオの体を押し流す。
水の本流に抗えず、レオの全身は壁に打ち付けられた。
「・・!?」
いつのまにかレオは水中にいた。それも当然と言えば当然。
「まずい、まずいまずいまずい。」
レオは急いで土魔術を強引に行使して即席の足場を作る。魔力のステータスが著しく低いレオは、それだけで嘔吐感と虚脱感に襲われる。
それでも下唇を噛んで、痛みで全てを忘れようとする。
壁を走り抜けて、水面から顔を出すアルゲディの所へと向かう。
「手を伸ばせ!!」
その声が聞こえたのか、アルゲディは握っていた杖を離し、レオの方へと腕を伸ばした。
そのか細い腕を引っこ抜く。
そして、壁を蹴って先ほど作った土のタワーへと降りる。
その直後、『蛟』の角が紫電に発光すると、それは『蛟』の全身を駆け巡って水中に伝播する。
真水ではないことは確認している。『蛟』の水は電気を通す。
「もしかして、みんなは・・・」
「もう、俺たちだけかもしれない・・・」
アルゲディが絶望する表情を横目に、レオは一つの提案をする。
「もうダメだ。アルゲディ、早く『安地』に戻ろう。」
「なによ、『安地』ってなによ。」
「あの安全な所だよ。『蚊王』も入ってこれないあそこだ。あそこに逃げよう。」
やっと、やっとだ。
レオは胸の高鳴りに心を落ち着かせることに精一杯になっていた。
自分でも、やっとここまで来たと言う達成感でいっぱいだった。
「何を、言ってるのよ。」
『蛟』は自身の紫電を受けたようだ。少しすればまた活動し出す。奴にだって自爆覚悟の必殺がある。
それは経験済みだ。
レオは息の上がる肺を無理やり押さえつける。
そしてアルゲディの肩を掴んで──
「もうみんな死んだんだ。死んだんだよ。ここまでやったけどもう終わりだ。終わりだよ。無理だったんだ。俺たちだけでも生き残ろう。それで、最後くらい──」
「ふざけないでよ!!!!!!」
アルゲディは、レオの手を払いのける。大粒の涙を瞳に溜めていた。ハート型の瞳孔を見る。見つめる。
その瞳が憎しみに染まっているのが不思議でならなかった。
「みんなが死んだのに、どうして貴方はそうやって笑顔でいられるのよ。意味がわからない。メサルティムだって、本当は抱えて避けられたでしょ。
マルカブやメラクだって抱えて土の柱まで逃げられた。なのになぜそれをしなかったの!?
できなかったわけじゃないでしょ!!
どうして、なんで私だけなのよ!!」
「そんなの、、、、」
アルゲディの眼光が鋭い。その目に見つめられていると、途端に罪悪感に駆られる。
レオは何も悪いことなんてしていない。ただアルゲディを助けたかっただけだ。悪い透明の敵を撲滅して、2人であの時のように愛し合いたかっただけだ。
なのに、なんでこうやって責められなければならないのだ。
「ざっけんな。」
「ん?」
「ざっけんじゃねぇよ!!
俺はお前のためにここまで、辛いのも苦しいのも、痛いのも怖いのも頑張ってきたんだ!! 耐えてきたんだ。お前のためだって信じてたから頑張れたんだ頑張れたんだよ俺はぁ。なのに、そのお前が俺を責めるってどうなってんだよ!!
どうしてあの時みたいに一度も愛してくれないんだよ。好きだって言ってくれないんだよ。どうして何だどうしてなんだよ!!
お前が俺を大切にしてくれるっていったから、されるままじゃダメだって、そう思ってここまでやってきたんだ。お前を脅威から取り除くためにあいつらを殺したんだよ。あいつらがお前に危害を加えようとしたから、俺はお前を守るためにこうやって戦ってんだろ!!
なんでだよ。なんでこんな、悪者みたいな言われ方されなきゃならないんだ。
一度でいいから好きだっていってくれよ。何でだよ。なんでなんでなんで!!」
レオ顔から涙が溢れていた。声も枯れ、しゃっくりも出てきた。鼻を啜り、地団駄も踏んだ。
そんなレオに、アルゲディは甘い言葉をかけることはなかった。
「私、私、私が、私がいつ、そんなそんな、こと頼んだの! いつ好きっていったの? いつメサルティムに天音にアンティリエにポラリスにメラクにマルカブに殺されそうになったのよ!!
殺そうとしてるのは貴方じゃない。この人殺し!! 悪魔!!」
ハッと顔をあげて彼女の顔を見る。
髪はみだれ、いつもの三角帽子はどこかへなくなっていた。片手の、左手の手袋はない。右手もボロボロだ。顔も真っ赤に染め上げられていた。
「やめろ。」
「なんなんだよ、その目は。俺が、俺が間違ってたって言うのか。これだけ、あれだけの死を乗り越えた先でまた未来がこれだったっていうのか!!
なんでだよ。おかしいだろ!!
お前は俺のことが好きなの!! 大好きなの!!
愛してるの!! だから、俺が頑張ってお前を助けたらありがとうって言わなきゃいけないの!!
なんで人殺しにされなきゃならないんだよ。殺したのは『蛟』だろ!
すり替えてんじゃねぇよ。頼むよ。俺と逃げてくれよ。そうしてくれたらさ、今度は、もっと、うまく、やるから。」
レオは心に大量のヒビを入れられていた。
だから、早くヒビを塞がなければ決壊してしまう。心が壊れて仕舞えばどうなるかなんてレオは知らない。
死の先を知っていても、心が壊れた後のことなんて知らない。怖い見たくない。
「今度って・・・。ああ、そうだったのね。」
「・・・・・・・・・はぁ?」
「貴方の動きが妙に洗練されていて、違和感を感じていたの。死ぬ前に謎が一つ解けてスッキリしたわ。」
「おい待て」
アルゲディは帯電しているプールの中へと駆け出す。
一度振り返り、レオの方を見て、レオの目を見て、睨みつけて──
「ひとでなし」
それだけ呟くと、ポチャンという音と共に水中に落下した。
「アリエナイ。」
なぜアルゲディはレオを拒絶した。なぜアルゲディはレオを否定した。なぜアルゲディはレオを批判した。なぜアルゲディはレオに嫌がらせをした。なぜアルゲディはレオの心に深く傷をつけた。なぜアルゲディはレオを見て笑った。なぜアルゲディはレオを愛さなかった。なぜアルゲディはレオを憎悪した。なぜアルゲディはレオを憤怒した。なぜアルゲディはレオから希望を奪った。なぜアルゲディはレオの生き方を無駄にした。なぜアルゲディはレオにあのとき愛してるなんて言った。なぜアルゲディはレオに呪いを植えつけた。なぜアルゲディはレオに絶望を与えた。なぜアルゲディはレオ以外を選んだ。なぜアルゲディはレオの努力から目を逸らした。なぜアルゲディはレオに一度も優しくしてくれなかった。なぜアルゲディはレオを人として扱ってくれなかった。
「は、はは。」
「はははは、ふははははは。」
「なにだ?」
「俺が、やってきたことってなんなんだ。」
「捨ててきたことって、なんなんだ。」
「悪魔に魂を売るような真似して、積み上げた屍の先にあるのがこれなのかよ。」
「だったら俺だって、こんなことならとっくに違うことしてたじゃん。」
「嘘で、好きだなんて、言うなよ。」
「おれ、おれは、」
「おれは、」
「もう、なにもできない。何もしたくない。」
「見たくない。聞きたくない。味わいたくない。匂いたくない。触りたくない。生きたくない。」
「もう死にたいんだ。生き抜いたんだ。後悔はないんだ。」
「雨雲ひとつもない晴天みてぇな気分だから早く死なせてくれやあああああああああ!!!」
「アルゲディ、俺は、なにを信じればいい。」
「もう、死に方も、わからない。」
「あ、ああ、『蚊王』か。いいよ、きて。」




