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第三十五話



 ランドセルの中に昨日の夜に終わらせた宿題を詰め、時間割を確認して教科書を手に取る。

 首から水筒を下げて──


 「玲央くん、今日お母さんね、仕事で忙しくて帰ってこれないかもで。」


 サッカーボールは持っていくのはやめておこう。どうせまた同級生に穴を空けられるだけだと思った。

 それで母に負担はかけたくない。


 「晩御飯は、冷蔵庫の中に作り置きしてあるから、それをチンして食べて。」


 「・・・・」


 靴に足を通して紐を結ぶ。鍵を開けて外に出る。


 「いってらっしゃい」

 「・・・」



 ***




 「ナイシュー!」

 「ふぅ。」


 チームメイトが玲央なゴールを見て、そう呟く。

 たかが練習中の、同じチームメイトから点数を取ったくらいで何をそんなに騒いでいるのだと玲央は少し呆れていた。

 

 「玲央ナイス! 次は俺にもパスだせよ!」

 「おう。」


 微笑みかけてくる、彼の名前を玲央は知らない。

 別に興味もないし、彼と協力する必要もない。

 練習試合再開の合図とともに、彼が敵からボールを奪う。

 

 ドリブルでそのまま1人、2人と抜いていくが、DF2人に囲まれていて攻めるに攻めきれないと言ったところか。


 「こっちだ!」


 玲央は大手を振って彼に声をかける。

 その玲央の声に気がつき、左サイドへとパスを出す。

 パスを受けた玲央はダイレクトシュートを決める。


 「・・・」

 「うおおおおおすげええええ!!」


 やはりと言うべきか、彼が抜けるのはせいぜい2人が限界か。

 それも同じチームの2軍相手になので、本番の試合では1人抜けさせればパスさせるか、あるいは──


 背後からずっしりと重たい感触に襲われる。


 「な、なにするんだよ! 離れろよ!」

 「玲央すげええええぜ。俺も早くお前みたいになりたいぜ!!」

 「わかったからはやくのいて!!」


 体を大きく左右に振って彼を背中から振り落とす。

 まったくもって無理なことだと思う。

 玲央は彼らが練習を終えたあとも自主練に励んでいた。

 彼らがゲームの話をしながら帰っている間もボールと向き合ってきた。

 そんな奴らと、自分が同じなわけがない。

 

 「・・・」


 お世辞でも、「なれるよ!」なんて言えない。

 反吐が出る。



 *



 「ありがとうございました。」


 玲央は今回もスタメンであった。ほっとしたと同時に、当然だと言う気持ちもあった。

 誰よりも努力してきた自負もあるし、誰よりも結果を出してきた。

 隣で天を仰いで唸っている男の子がいる。


 「うああああああ、くっそー。玲央、俺はスタメン外されちったぜ〜。」

 「まじか。」


 パス要員が削られたことに動揺していると、彼が玲央の肩をギュッと掴み、真剣な眼差しで──


 「都大会絶対勝てよ! 俺は、全国のときには、絶対玲央の隣に並ぶから!

 頼むから、な!」

 「当然だ。」


 彼のために戦ってやるつもりはないが、結果を出すのは玲央の仕事。

 

 「俺はストライカーだ。」


 点をとってチームを勝たせるのが仕事。

 10点取られれば11点取る。そういうものだと思っている。

 

 「ああ、頼んだ。」


 それだけ言うと、彼はいつものDFや正GKのもとに駆けていった。

 

 「玲央、話がある。」

 「監督? なんでしょうか。」

 「智哉たちからだな、もう少し、仲間を頼ってほしいって言われているぞ。」

 「智哉?」


 ──ああ、あの彼とよくつるんでいる、キャプテンのDF、佐藤智哉(さとうともちか)のことか。


 「頼ってますよ。実際、俺は守備はわかりませんし」

 「そう言うことじゃなくてだな。玲央、お前が天才なのは間違いない。ただ、同じFWくらいは普段から話しをする努力をしたらってことだ。」

 「は、はい。」


 玲央の中では疑念が渦巻いていた。十分に関わっているし、つるんでいるだろうと。

 試合中も使ってやっているではないかと。


 「それに、次の都大会では、蒼斗(あおと)がスタメンに入っただろう?

 アイツとくらいつるめよ。」

 「わかりました。」


 玲央の中にはなんとも形容しがたいモヤモヤが広がっていた。

 胸中に埃が舞ったような、喉をきつく縛られたような苦しみに襲われた。

 ただ、監督の言うことに従わないわけにもいかないと思う。

 

 「君がえーと、」

 「空野蒼斗(そらのあおと)だよ。よろしくです、八神先輩。」

 「はい、空野さん。」


 ***



 「パスくれ!」

 「はい!」


 


 「こっち空いてるぞ!」

 「は、はい。」



 「ナイスアシストだよ空野さん。次はあの24番が絶対に点を取ろうと攻めてくるから、そこはキャプテンに任せて、俺たちは前に出ていよう。

 俺より少し後ろにいてくれ、そしたら多分、7番がお前に回す。

 そしたら──」

 「あの、」


 玲央の言葉を遮る蒼斗。彼の表情は硬く、どこか懐かしさのある、見覚えのあるものであった。

 彼は口を真一文字に結んでいた。震える唇をゆっくりと開き、一度深呼吸すると玲央の目を見据える。


 「どうして、真野(まの)先輩のこと背番号で呼ぶんですか。同じチームメイトですよね。」

 「え、」

 「確かに俺とポジション変わりましたけど、それでも、ちょっと前まで一緒にコンビじゃなかったんですか。なんか、八神先輩変ですよ。」

 「変って。」


 どうやら、玲央は気づかないでいたが、敵のFWは、あのうるさかった彼、真野幸士(まのこうし)だったらしい。

 なんと言い訳するか考える。


 「本番に、忠実にだ。当然だろ。空野さんの方が変だよ。」

 「そ、うですか。」

 「ほら、早くポジションつけって監督が。」

 「やべ、本当だ。」


 目線をベンチに向けた彼は猛ダッシュで玲央の近くから離れていく。

 その走りを試合に発揮してほしいものだ。

 なんとも迷いがなく、いい足を持っているなと玲央は感じた。

 

 「帰ったら理科の問題解こうかな。今日は国語の気分じゃないし。」


 ***


 始まった都大会。初戦の相手を難なく突破した玲央たちは、2回戦の相手を確認しにいく。


 「玲央ー! 頑張ってるみたいじゃん!」

 「・・・」

 「初戦から8点はやりすぎだろ。あんまし飛ばし過ぎるなっての!」


 微笑みながらそういう彼は、たしか、スタメンを外されてベンチで応援してた子だった。

 彼は会場の誰よりも大きな声で応援していた。

 馬鹿らしい。応援なんてしたところでチームが1点取れるわけでもないのに。


 「あ、俺は蒼斗のとこ行ってくるわ!

 おーい、蒼斗〜!」


 左手をビシッとおでこに貼り付けて、少し茶目っ気のある声音でそういうと、俺にスポドリを押し付けてそそくさ、と去っていった。

 いったい、何がしたかったのかと思う。

 まさか、玲央がスポドリを忘れたと思ったのかと思案する。

 そんな初歩的な、いや、試合以前の問題を1人で解決できないような人間に見られていたのかと少しモヤモヤした。

 別に、玲央は1人でユニフォームの準備だってできるのだ。

 起きる時間だってそうだ。母親を起こさないように静かな目覚ましを譲ってもらったのだ。

 玲央は誰の支えも必要としない。1人でなんでもできるのだ。


 「まあ、捨てるのは勿体無いから、もらっとくけど。」


 可愛い少年向け漫画のキャラクターがラベルになっている、彼からもらった方のスポドリと、いつも自分で買っている方を見比べて、彼からもらった方のスポドリを先に開けることにした。


 2回戦だって、1回戦目の再放送。

 玲央が得点して、1点取られれば2点以上返す。

 

 「次の相手は前回の都大会で三位だったチームだ。試合は一週間後、各自万全を期すこと。今日はお疲れ様。解散!」


 監督の号令とともに、キャプテンが挨拶をする。それに倣って、玲央も挨拶する。

 帰る途中は漢字の勉強をする。

 都大会を勝ち上がり、全国大会に行けば、すぐに受験だ。少しでも時間を見つけて勉強しなくては。


 「八神、ちといいか?」

 「ん? キャプテン。どうしたの?」

 「えーとな、」


 彼は少しだけ言いずらそうに目線を泳がせる。

 手を後ろに回して、緊張しているのが丸わかりだった。

 意を決したのか、頬を二度叩くと──


 「今日はありがとうな。俺たちのミスで取られた点を取り返してくれて。」

 「ああ──」


 そんなことだったのかと玲央は思った。

 別にわざわざお礼だなんて言わなくても良いのに、キャプテンはそういうマメな性格なんだろうと解釈した。

 だからこそ、キャプテンなのか?

 どちらにせよ、当たり前の話なのだ。

 

 「俺はストライカーだ。点を取ってチームを勝ちに導くのが仕事。」


 DFやGKが何点取られようが、玲央が取り返せばいい。それがチームプレイ。ワンフォーオールだ。


 玲央の言葉を聞いたキャプテン、佐藤智哉は少しだけ寂しそうな表情をした。

 彼の顔が夕日の逆光でより一層暗く見えた。

 玲央は当たり前のことを言っただけなのに、なんだか重大なミスを犯したときのような焦燥感に襲われた。

 しかし、感情を論理で丸め込めるのが八神玲央という人間だ。

 今感じた焦燥感は、夕日という状況と主観的な情報から導き出された解であり、蓋然性に乏しい。

 よって棄却する。


 「勉強の邪魔して悪かったね。」

 「ん、ああ。だいじょぶよー。」


 ***


 いつもより少しだけ早く目が覚めた。

 きっと試合での疲れが祟って、勉強を長くできなかったからだろう。

 それで早く寝た分、早起きだったのだと結論づけた。

 母はまだ帰っていない。

 使われていない椅子に座らされている、ここ数週間使っていないランドセルに目を向ける。


 「たまには登校するか・・・」


 受験と試合のダブルコンボで、ここ最近は不登校気味であった。

 もちろん、学校からの承認は取れているため、わざわざ連絡する必要もない。

 むしろ、投稿するときに連絡が必要なくらいだったなと思い出す。


 「めんどくさいな、そっちのが。家で勉強しよ。」


 先日の都大会の様子から、監督がいうに注目するべきDFやGKはいなさそうだとも聞いている。

 お前ならいつも通りプレーしていれば点は取れるとのこと。

 既に得点数だけならば、二位の選手の2倍近くに登る。このチームは玲央の足にかかっていると言っても過言じゃない。

 ただ、その玲央が点を取れなさそうな選手がいないのだ。


 「練習は、問題ないか。勉強に集中しよ。」


 一度ボールに目を向けたが、すぐに頭を切り替えて机に向かう。

 監督の言葉を信じることにしよう。



 ***



 「八神先輩! 見ましたか!」

 「ああ。」


 3回戦目の初ゴールを決めたのは空野であった。いつもよりも動きにキレがあり、きっとこの一週間必死に練習して自信をつけてきたのだと思った。


 すぐに試合が再開する。

 自陣に深く切り込まれ、既にDFのラインも崩されかけていた。

 監督の方へと目線を移すと、全速力で戻ってカバーをしろとのこと。

 

 猛ダッシュで前線から降って行き、敵ストライカーと一対一に持ち込む。

 なぜ自分がこんなことを、なんて悪罵を漏らす暇などない。

 右足のタッチはブラフ、重心は依然として動いていない。

 この状況ならパスするのが妥当。だが、彼はストライカーだ。


 「っく、」

 

 玲央の左を抜けようとしたところに足を出す。

 そのまま、前線に上がっていく。右から3人、1人は5番がマーク。あと2人か。

 ギリギリまで引きつけて、玲央の後ろにつけていた9番にパスを出す。


 彼はドリブルで駆け上がる。

 そう、そうだ、そのまま、


 「こっちだ!パス!」

 「たもっち! 俺にだせ!」


 ストライカー、左右どちらにもパスができる状況。

 ただ、玲央の位置取りは完璧だった。

 DFは一枚だけ、これならドリブルで抜いて安定して点が取れる。

 対する空野はというと、もともと前にいたこともあって壁が厚い。

 あの壁を乗り越えるのは、彼に取っては至難のものだと思った。

 だから当然、玲央の方にパスが回るものだと思っていた。


 「蒼斗たのむ!」

 「・・・・・え、」


 9番がボールを回したのは、レオではなく、空野蒼斗だった。

 きっと見えていなかったのだと自分を丸め込む。

 

 「うおおおおおおお」


 軽い身のこなしでどんどん駆け上がっていくと一瞬のうちに、GKとの一対一の状況ができる。


 「っ!」


 ボールが右コーナーに吸い込まれる。


 「しゃあああああああああああ!!!」


 玲央以外のチームメイトが蒼斗の元へと駆け寄る。

 キャプテンは後ろから抱きつき、GKは髪の毛をぐちゃぐちゃにさせていた。

 

 「ピンチからの逆転だしな。ああなって当然か。」


 いつもなら、玲央が得点した時は、どうだったか。

 たしか、スタメン外れたあの子だけが、「ナイシュー」といって終わってたか。

 玲央の心の中に少しだけ、みんなと距離があるような気がした。

 同じだけの時間をともに過ごして、同じ練習メニューをこなしてきた。

 強いて違いを挙げるなら、1人で練習する時間の差だと思う。

 それで、こんなことになるなんておかしい。

 これは、そう、一点取られるかというピンチからの、逆転だから盛り上がっているだけだと結論づけた。


 「八神先輩! 俺、すごいでしょ!」

 「ん? ああ。」


 とはいえ、玲央のいる左でもできたと思うが。


 その後の試合展開は一方的だった。昨年度三位チームと最初こそ怯えていたチームであったが、調子づいた空野が玲央よりも一点多く得点して勝利した。

 なんだか、いつもの勝ちよりもチームの結束や充足感が満ち満ちている気がした。

 総得点は5点。少ないはずなのにと玲央は不思議でならなかった。


 「玲央〜どうしたんだよおまえ! 今日はあんまし点決めてなかったじゃん。」

 「そだ。」

 「この一週間サボってたのか〜、このこの〜!」

 「やめろばか、くすぐったいだろ。」

 

 スタメンを外された子とすこし話していると、前から空野がやってきた。

 彼はいつもより堂々とした態度で、表情もどこか明るく、怖気ずいている様子もない。


 「先輩方、今日はお疲れ様っす! 真野先輩も応援めっちゃ助けられました!!」

 「おうよ! 試合中、俺の声ばちし聞こえたしょ!」

 「はい、俺、初めて4人抜きしました!」

 「GKを1人にいれんなよ〜このこの〜。」

 「ふへへ、くすぐったいす!」


 頬が緩んでいる空野が、そう、真野さんから離れると玲央の目をしっかりと見据えて──


 「八神先輩もお疲れ様でした。」

 「うっす、おつかれ〜。」

 

 少しモジモジと体をくねらせながら、恥ずかしそうに頬を染めて玲央の目を見る。

 

 「実は、チームのみんなといっぱい今日のために練習してたんです!」


 なるほど、と玲央は思った。その成果が実を結んだのだ。


 「それでなんですけど、八神先輩、いっしょにどうですかね、練習。」

 「あー、」


 練習のお誘い。確かに大会も大切だし、それも悪くないかと思った。

 「お前ならいつも通りプレーしていれば点は取れる」

 その監督の言葉を思い出す。


 「俺はいいよ、受験の勉強もあるし。」

 「そうですか。」


 そういう彼の声音は少しだけしょんぼりとしていた。玲央は荷物をまとめると、鞄の底にあった漢字の単語帳を取り出す。


 「今日はお疲れ様。明日もよろしくね。」

 「は、はい。お疲れ様でした。」



 ***



 「あ、おかえり玲央くん。今日は試合どうだった。」


 玄関を開けた音を聞いた母が、部屋から出てきた。

 視線を合わせることもなく、靴を脱いで揃えると、一言だけ「いつも通りだよ。」と答える。

 自室にカバンを置いて、ユニフォームを取り出す。


 「今日はお母さんがやるよ。」

 「あえ、ああ。だいじょぶ。お母さん疲れてるでしょ。俺は疲れてないからだいじょぶよ。」


 廊下で2人すれ違う。洗濯機の中に放り込むと、洗剤の分量を測ってスイッチを押す。

 お風呂に入りながら、今日の試合のことを振り返る。

 危なっかしいところは結局あのワンプレーくらいで、ミスというミスはなかった。

 監督も一つ目の山場を越えたという表情だった。

 明日の4回戦も、今日の調子であれば順当に勝てるだろう。

 5回戦、準々決勝もなんとかなると思っている。

 問題は一週間後に控える準決勝。

 相手は昨年度の都大会優勝チームだ。

 全国にいけるのは1チームのみ。どのみち戦う相手であるが。


 「今のチームは強い。DFやGKだってみんな。点を取らなくても、守ってくれる。今日の試合はそんな感じだったな。」


 「俺はストライカーだ。」


 ただ、ディフェンダーだってキーパーだっているのだ。


 「ぶくぶくぶくぶくぶく」


 今日は、算数しようかな。理科をしようかな、国語にしようかな、社会もいいな。


 ***



 4回戦、5回戦と危なげなく勝ち抜いた玲央たち。

 次の準々決勝まで一週間ある。

 そんな一週間の真ん中の日である。


 「監督、どうかしましたかね。」

 「最近、蒼斗の調子がいいだろ?」

 「そうですね。」

 「今までウチは、玲央と蒼斗のツートップでやってきた。ただ、次の準々決勝は試しに、蒼斗のワントップでやってみようと思ってな。」

 

 何を言ってるんだ、と思った。もちろん、相手は監督。そんなことを口が裂けても言えるわけがない。

 ただ、内心では動揺しまくっていた。


 「玲央は、大会始まってから、あまり調子がよくないじゃないか。」

 「いや、待ってください。」

 「得点率だって、蒼斗とあまり差がないし。準決勝に、お前を温存しておきたい。」

 「でも・・・」


 それは、事実上のベンチ入りだった。そんなの飲めるはずがない。玲央は今まで、誰よりも練習してきた。結果を出してきた。チームに貢献してきたではないか。

 それなのに、なぜだ。

 なにが、玲央と空野のなにが違うというのか。


 「準々決勝と準決勝は2日連続だ。お前は次の日に残しておきたい。わかるだろ。」

 「いや、それは・・・」


 わかる。わかるのだ。

 感情よりも論理だ。でも、




 そんなの、玲央の、プライドは、どうなるんだよ。




 スタメンじゃないストライカーなんていやだ。




 前後半ずっと走ってたい。




 ゴールを譲りたくない。




 「わ、かりました。」

 「ありがとう、玲央。2日目は頼むぞ。」

 「はい。」


 断れるわけがなかった。玲央は選手で、監督には逆らえない。意見なんてできない。

 玲央のプレーを縛るものはサッカーのルールだけで十分だ。なぜそれ以上のしがらみが必要なのだ。

 監督もチームメイトも、全て不要なしがらみだ。

 

 「じゃあ、応援頼むぞ。」

 「・・・はい。」


 監督が玲央の元をさった後、鏡の前には立たなかった。

 ひどい顔をしてると、思ったからだ。


 ***


 準々決勝当日のこと。

 早朝に目が覚めたが、試合会場には行きたくなかった。

 最初から出ないのだから、会場に行かなくても問題ないのではとも思ったが、そんなこと、ビビリの玲央にできるわけない。

 

 「ベンチか。」


 普段は持って行かないホッカイロの封を開けて外へ出た。

 水筒は重いので、学校用のに変えた。

 ユニフォームは持っていこう。どうせ使わないけど。

 弁当は、おにぎりひとつでいいや。

 いつもより身の軽い装備で、そっと外へ出る。

 まだ日も登っていない、少し霧がかった道を歩んだ。


 「スタメンは以上だ。各員、油断しないように。」

 「「はい!!」」


 監督は予定通り、玲央を外した。

 皆が動揺しないように、明日に向けての戦力温存と通告された。

 玲央は空野の顔を見ることはできなかった。


 「先輩、俺、絶対勝つんで。信じて、待っててくださいね。」

 「うぃ〜。」


 彼が背負ってるプレッシャーから、玲央は目を背けた。

 否、自分のプライドが傷つけられて、他者に気を配る余裕なんてなかった。

 上の空な気分で試合開始のホイッスルが鳴り響く。

 ポケットの中に入れていたホッカイロは熱々になっていた。

 その熱を少しでも感じようと両腕の袖を合わせて一つのカイロで両手をカバーする。

 こんなことになるなら2つカイロを持ってくればよかったと、初めて後悔した。


 「玲央〜、なんだよそれ。村人ごっこか〜。」


 玲央の醜態を隣で見ていた、玲央同様スタメンを外された子が話しかけてくる。


 「違うよ。別に。」


 なにをどうみたらそう思うのか。我慢でならなかった。

 ひとしきり笑うと、玲央の肩を、人差し指でチョンチョンとついてくる。

 彼の方へ視線を向けると、未開封のホッカイロが握られていた。


 「やるよ。」


 そういうと、彼は玲央の方目掛けてそれを投げた。

 慌てて袖から手を出してキャッチする。

 その様子を見ていた彼は、「相変わらず動体視力いいなーお前は〜」と呟き──


 「どーせお前はベンチにくるのが初めてだから、カイロ一つしか持ってこないと思ってたよ。」

 「でも、それだと君の分が・・・」


 途中まで言いかけると、彼は無言で左右のポケットから温められたホッカイロを取り出す。


 「お前のことは、多分俺が1番よくわかるよ。」

 「なにそれ、きも〜。」


 彼が言っていることはよくわからない。その割には、別のチームメイトと仲良くしていたし、パスを出して欲しい時に出さなかったらしたではないかと文句を言いたくなる。

 わかってたならなんとかしろと悪態をつきたくなった。

 それらを我慢して、でたのが「きも〜」なので、本当に我慢できていたのかは微妙であるが。


 



 前半は両者譲らぬ展開で、一進一退の攻防が続いた。

 後半開始すぐのこと、DFをぬけた敵FWがそのまま一対一を制して先制点。


 「まだ一点だ! ここから巻き返すぞー!」


 ベンチに座るでもなく、立っていた監督はチームメイト全員に声が届くように大声で伝える。

 フィールドにいた時とは聞こえ方がまるで違うな、なんて呑気なことを思っていた。

 

 「・・・」


 そのまま、試合時間は緩やかに進んでいく。

 玲央の動悸は高まっていた。

 それが伝わったのか、隣に座っていたスタメンを外された子が玲央の肩をポンと叩く。


 「不安なのはわかる。でも、ここは空野たちを信じようぜ。1番不安なのは、空野たちなんだから、それを取り除くのが俺たちベンチの仕事だろ?」


 ウインクしてそういう彼の目は実に穏やかだった。

 なにをコイツは、言っているんだ。

 玲央は愕然とした。心が銅鏡なら叩いて破滅的な怪音が鳴り響かせるぞ。

 刻々と進む針、遅々として進まぬ攻撃。

 完全守備に回った敵を切り崩すことに悪戦苦闘していた。

 このままでは、本当に負けてしまうではないか。

 温存? そんな余裕なかった。ここは、減点覚悟で監督に進言を──


 玲央が立ち上がるのを先読みしていた彼は、玲央の目の前に立っていた。


 ***



 「な、なんだよ。」


 外された、真野さんは暖かい手で、玲央の冷めた左手と、暖かい右手を掴むと、少し呆れたような顔をしながらも、口を紡ぐ。


 「玲央、キーパーの仕事ってなんだ。」

 「それは、・・・多分、点を、できるだけ取られないように、努力すること、だ。」

 

 玲央の回答を聞いて、真野は苦虫を噛み潰したような表情をした。それでも、彼は問うことをやめない。


 「ディフェンダーの、仕事は?」

 「それも、できるだけ、敵の、妨害をして、それで、」

 「ミッドフィルダーは?」

 「オフェンスとディフェンスの要だろ?」

 

 真野は一呼吸を置いて、意を決したように──


 「ストライカーの仕事は?」

 「決まってる、点をとって、チームを勝たせることだ。」

 

 そうだ。ストライカーが点を取らなければならないのに。

 今のチームのストライカーは玲央ではない。空野だ。

 空野1人で勝たなきゃならない。

 でなきゃチームは勝てない。

 どれだけ守っていても、点を取るのがサッカー。全てはストライカーの実力で決まる。


 「だったら・・・」

 「だったら?」

 「だったら、俺たちの仕事はなんだ。監督に文句言うことか。違う。信じることだ。応援することだ。」

 「違う、俺はストライカーだ。点を決めるのが俺の仕事だ。」


 信じるとか、応援だとか、ストライカーにはいらない。

 信じるのは他人じゃなくて自分だけ。

 他人の応援なんてできない。そんなことするのはストライカーじゃない。

 玲央にはできない。


 「見ろ、空野を。」


 そう真野が指差す先には、頬に滴る汗を服で拭い、濡れた髪をかきあげる空野蒼斗の姿があった。

 

 「アイツは、アイツは今、お前と同じストライカーなんだ。お前になりたい。追いつきたいって、そう思って努力してたストライカーの中の1人なんだ!

 それを、お前が信じてあげなきゃ、アイツが、アイツは・・・」


 真野は瞳を潤ませて、喉を鳴らして、


 「信じようよ! 俺も、お前も!」


 嫌だ、嫌だ嫌だいやだ。


 敵のシュートコースを絞ったキャプテンと、絞られたコースのおかげでしっかりと守り切ったキーパー。

 そのまま、パスを繋いで、あっという間に敵を切り崩していく。


 「がんばれえええええええ蒼斗おおおおお!!!!」


 玲央の隣で、玲央の鼓膜が破れそうな声量で真野がそう叫ぶ。

 やめろ、やめろやめろやめろ。

 そんなの、そんなものは、ストライカーに必要ない。

 トップは1人だけ、空野が止まれば攻撃は止まる。

 

 「アイツは、全員の想いを背負って戦ってるんだ。それがストライカーだ。だから、アイツは──」


 シュートは大きくゴールポストをずれた。

 やはり、3人にマークされた状態からのシュートでは


 「ゴオオオオオオオオオルウウウウウウ!!!!」

 「「うああああああおおおおおああああああ!」」


 ボールが大きく軌道を変えてカーブする。

 そんなの、玲央だってやったことない。

 

 「すげえええええ!!!!」

 

 ベンチで大はしゃぎするチームメイトたち。

 玲央はその様子に呆気に取られていた。

 監督は小さく、ガッツポーズを取っていたのを、玲央は見逃さなかった。

 後半残りわずかな時間で、しっかりと同点に追いついた。 

 フィールド上では、空野がもみくちゃにされすぎて、ベンチからではよく見えない。


 「なあ!? 見たか!? あれ、すごいよなぁ!

 蒼斗、ついにやったんだな!!!」


 興奮して声が上擦り、はしゃいでいる真野の様子を、玲央は冷めた目で見ていた。

 たかが一点だ。

 すぐに追いつかれる。

 だいたい、何度もチャンスはあったのに、それを外しまくってキャッチされまくって、今回だって、どうせ、運良くボールに足が当たって回転がかかってカーブして、それで、偶々、ゴールできただけだ。

 再現性に欠ける。


 まるで自分のゴールみたいに喜ぶ仲間たちとの感情のギャップに、玲央はついていけなくなっていた。

 なんだか、初めて見るスポーツの名場面を見てる気分だ。

 

 「は、はは。」


 ただ、少しだけ握っていた拳の力が弱まったのを感じていた。

 ベンチに深く腰掛ける。

 いつのまにか乗り出していたことにようやく気がつく。

 と同時に、少しだけ安堵している自分がいることにも気づいた。


 「まだ試合は終わってないのに、俺って、ベンチに座りすぎて頭まで冷めてんのか。」


 試合再開の合図とともに、守備に達して体力を温存してた敵チームが一斉に攻撃を仕掛けてくる。

 フィールドでは、キャプテンの佐藤智哉がなにやら全体に指示を出している。

 ここからではよく聞こえないが。

 そこで玲央は気がつく。


 「なにやってるんだよ。バカか。」


 敵は総攻撃で守りが薄い。それはいい。問題は、迎え撃つこっちまで守りを薄くしていることにある。


 「ここは攻守ともに守って、安全に前に上がるべきだろ。周りが見えてないのか。」

 「玲央、空野たちオフェンスは、ちゃんと周りが見えているよ。」

 「なに?」

 「ディフェンスがちゃんと守ってくれるって、そう信じて走り出したんだ。」

 「それは、」


 それは確実じゃない。誰にだって成功失敗はある。

 だから、少しでも失敗しないようにするべきなのだ。

 そのための努力をするべきなのだ。


 「ほら、ボール取り返した!」

 「そんな、ありえない。だって、人数不利を覆せるだけの実力も体力も、もう残ってないはずで」

 「かもね。でも、信じる力があるから。」


 なんなんだよ、なんなんだよそれは。

 信じる力って、なんなんだよ。

 神頼みなんて、努力を嫌う怠惰な人間が、自分を慰めるために使うものだろ。

 誰かに任せるってことだろ。そんなの、そんなの本当の力じゃない。

 そんな力じゃない、力で勝っても嬉しくない。


 「いっけえええええええええ!!!」

 「うあああああああああ!!!」


 ボールが中央まで戻ってくる。

 

 ここまで前線をあげ過ぎれば、帰るのだって一苦労だ。


 「いけえええ、空野おおおおおおおお!!!」


 ボールがコーナに吸い込まれる。

 決勝点を決めたのはストライカーだけじゃない。

 チーム全員で勝ち取ったのだ。

 そして、鳴り響く終了を告げる笛。

 ベンチに座って応援していたのは玲央だけで、全員が立って応援していた。

 そして、勝ちを信じて戦っていた仲間たちは一斉に空野の元へと駆け寄る。


 玲央も遅れて立ち上がり、急いで駆け寄る。

 しかし、まだ状況をうまく処理しきれない。


 「先輩っ!」


 汗でびっしょりのユニフォームに、肩で息をする少年が、玲央のことを真っ直ぐに見据えて、微笑む。


 「勝ちましたよ!! どうですか! すごいでしょ!!!」

 「っ!」


 その空野の顔を、正面から見ることができなかった。



 ***



 家に着く。電気は付いていない。

 いつも通りだ。いつも通りのはずだ。

 机の上には作り置きの晩御飯と、手紙があった。


 『玲央くんへ

 今日も試合お疲れ様! 明日は久しぶりに休みが取れたので、応援に行くからね!

 ご飯はあたためて食べてください! 冷蔵庫にはプリンもあります!』


 いつも通り。


 いつも通り。


 いつも通りに、洗濯物をまとめて風呂に入る。

 そして、今日の反省会。

 最初の一点。あれは取られたのは仕方ない。ただ、その後すぐのワンプレーは修正できるところがあったはずだ。あそこでミスしなければきっと3点は引き離せたと思う。

 ラストのワンプレー。あれはたまたまだ。

 一点返されて焦った相手が、作戦も陣形もなく、ただ無心で攻めてきたのを、運良くボールを奪えただけ。

 順当にプレーされれば、体力の消耗の激しかったこちらが負けていた。自明だ。

 こんな、相手のミスによって得た得点なんて。


 「意味ないのに、喜び過ぎなんだよ。そんなの、変だろ。」


 シャワーとともに水滴が滴る。

 それもまた、いつも通り。


 ***



 「スタメンは以上だ。」

 「「はい!」」

 「ふっ。」


 監督は今回の試合は点の奪い合いになると予想した。

 相手には、今大会最多得点者の原藤真央(はらふじまお)がいる。

 初日時点では玲央が一位だったが、大会が始まって少しづつ差を縮められ、昨日で真央と空野に逆転されていた。

 今では三位である。

 別に玲央はランキングに興味はない。

 ただ、どちらが点を多く取れると言うよりも、防げるかって、試合になると予想したらしい。


 「八神先輩。今日は一緒に頑張りましょう。」

 「そだね。がんば。」

 「うぉ〜い、そらそら〜。今日も頼むぜ〜!」

 「おう! いっちょやりましょぜ〜!」


 チームメイトとハイタッチしていく。

 手とか痛くならないのかな。

 そんなことを心配していると、敵チームベンチから、一際背の高い青年が2人の元へとやってきた。

 否、2人というよりも、1人を目当てにだ。


 「八神〜、やっとお前とか〜。」

 「原藤くんと試合とかしたくね〜。」

 「つれないこというなって。」


 原藤真央と、玲央は知り合いである。

 昨年度の東京選抜でちゃんとした顔合わせをしたことがある。

 何度か対戦したことがある選手ではあったが、話したことはなかった。


 「今日も俺が勝つね。」

 「へいへい。言ってろ言ってろ。」


 適当にあしらいつつ、真央を追い返す。

 玲央たちのやりとりをみていた空野は固まっていた。

 無視するのも忍びなく、なんとなく声をかけてみた。


 「だいじょうぶ?」

 「俺、なんか、疲れてきたっす。」


 さっきまでの威勢はどこへ消えてしまったのか。

 

 「試合始まるぞ。昨日できなかった分、俺に任せておけ。」


 そう伝えると、空野の顔色が少しだけ良くなる。


 「はいっ!!」


 *


 試合開始直後、全速力で駆け上がる。

 

 「まずは一点。」


 開始1分。玲央の先制点で、試合がスタートした。

 その後の展開は、それこそ一進一退。

 一点取れば、すぐに一旦取り返される。

 両者どちらもゴールを外さない。

 一度ボールを持てば、誰にもパスせず駆け上がってゴールまで突き進む。


 「八神先輩、大丈夫ですか?」


 心配そうな声音と表情で駆け寄ってくる空野。

 昨日の自分のことを覚えていないのかと言い返したくなるが、普段とは明らかにペースが違うため、そう言いたくなるのも無理はない。と玲央は思った。


 「問題ナッシングだ。そっちは?」

 「俺ですか? 俺ははい、問題ナッシングっす!」

 「真似すんなし。」


 でもまあ、玲央がへばれば空野がやらなきゃならないんだ。温存しててもらおう。

 原藤に目をやる。

 少し息は上がっているが、まだまだ動けるとみた。

 ただ、今日に備えて一日休んだ玲央と、昨日も前後半走り回った原藤ではどこかで差が生じるのは自明であった。

 消耗戦ならこちらが有利か。

 相手ボールで試合が再開する。


 ボールをもった原藤が真正面にドリブルで突き進む。


 「そう何度もぬかせるかあああああ!!!」


 DFが、奇跡というべき所業で原藤のボールをカットする。

 

 「いっけええええええ!!」


 そして、ボールが回るのは玲央ではない。


 「うおおおおおおおお!!」


 空野のカーブシュートがゴールネットを揺らす。

 と同時に、前半戦を終わらせる笛が鳴る。

 玲央たちは5対3という2点リードで前半を終えた。


 「まだ体力はある。後半もペースを落とさずにすみそうだ。」


 だから、後半も、そのままの展開で進む。


 「監督、後半も今のままで──」

 「いや、後半は玲央をDFまで下げる。」

 「・・・はぁ?」


 だから、そのまま進むはずで。


 「今大会は全員調子がいい。今のDF陣と、玲央の動体視力なら原藤をマークできる。

 それに、」


 それに、と一呼吸開けて告げる。


 「ウチには頼れるストライカー、空野蒼斗がいる。」


 「・・・・・・・・・はぁ?」


 なにが、起きているのか。

 玲央にはまったく理解できなかった。

 

 「待ってくださいよ監督。俺、何かミスしましたかね。」

 「いいや、ここまで4得点も、期待通り、いや、それ以上だ。」

 「だったら、」

 「ただ、体力も限界だろう。いつもより飛ばしすぎている。」

 「なっ!」


 普段から流すようなプレーをする玲央の行動が裏目に出た。

 監督から見て、普段と違うプレーが返って怪しいプレーに見えていた。

 無理をしていると思われたのだとここで理解する。


 「いや、俺、やれますよ。監督!」

 「無理はさせられない。空野、行けるか?」

 「・・・は、はい。えーと、頑張ります。」


 「よし、後半は蒼斗を中心としたワントップ、玲央は原藤をマークし、智哉を守りの要として、全力でこのリードを守り切るぞ!!」

 「「おーー!!」」

 「っ・・・」


 ただ1人、天を仰ぎ見ず、地を睨みつける者がいた。


 ***



 後半戦、それは、監督の作戦通り進む。


 「しゃあああああああああ!!」

 

 「っち、まだまだ一点! リードはあるぞ!」

 「「おー!!」」


 それは、作戦通り進むはずで。


 「しゃああああ、よし。お前ら、どんどん俺にボールを集めろ!!」

 「「「おおおおおおおお!!!!」」」


 「ま、まだだ。まだ同点だ。次で、返すぞ。蒼斗!」

 「っ! はい。」

 「「いくぞー!!」」


 作戦は、作戦でしかなくて。


 「ここから差を広げるぞ!!!」

 「真央ナイスだぜ! いけるぞ!!!」


 原藤真央は玲央が止まる。

 でも、敵ストライカーは1人じゃない。

 1人じゃないのに、最後は真央が決めていく。


 「八神〜、お前いつからDFになったんだよ。」

 「今さっきだよ。」

 「なにそれ。監督アホすぎ!」

 「・・・」

 「俺だったら無視するけど、八神なら従うよね。」

 「・・・」

 「前戻りなよ。蒼斗(あの子)には荷が重いと思うよ。俺八神は泣かしたいけど、あの子泣かしたくないし。」

 

 玲央は泣かしたいのかよ、とツッコミを入れたくなるが無視だ。彼はそういう人間だから。


 「キャプテン、守備任せますよ。」

 「お前、どうする気だ。」


 試合再開。こちらのボールで始まる。

 ボールを持った空野から、原藤が奪い、そのままずんずんと突き進む。


 「止める。」

 「八神〜、とれるかな〜?」


 余裕のある時の原藤からボールを取るのは至難の業だ。体格差もあり強引な手に持ち込めばそれこそ不可能。

 付かず離れずの位置をキープすれば、他のディフェンダーが集まってくる。

 空いたスペースにパスしたくなる。

 そこをカットする。


 「っやべ」

 「っし」


 パスは出せない。彼らは完全に萎縮している。

 玲央は1人駆け上がる。1人、また1人と抜いていく。


 「空野は・・・」


 彼の方向へと視線を向ける。目が合うが、少し厳しいかもしれない。

 監督はというと、空野にパスを出せ、か。

 そして、


 「八神!」


 返ってきていた原藤をまた抜きする。

 一対一、これなら負けるわけない。


 「うおおおおおおおおお!!!」

 「ふっ」


 肩で息をしたいのをグッと堪える。

 ここで少しでも弱みを見せれない。見せたくない。

 俺は、ストライカーなんだ。


 「「八神〜!」」


 笑顔で大手を振って駆け寄ってくる仲間たち。

 それを一瞥すると、彼らは少しだけ駆け寄る速度が遅くなる。

 そして、玲央の目の前まで行くと、ハイタッチだけして、各自のポジションに戻って行った。


 「すみません、先輩。」

 「いや、問題ない。俺が決める。」

 「っ。」


 俺はストライカーだ。点を決めるのが仕事だ。それ以外はできない生き物なんだ。

 やはり、同点にする程度では、チームの指揮は回復しない。

 前半のようなリードをしなければ。

 ただ、少し後ろから攻めた分、消耗が激しいな、と玲央は感じた。

 

 「俺が、不甲斐ないばかりに、先輩や、チームのみんなを。」

 

 そんな一言は誰の耳にも届かなかった。


 *


 

 その後も、玲央が原藤を止めてゴールを決めるか。玲央が止められず原藤がゴールを決めるか。

 そんな攻防が続いた。そして、先に体力が尽きるのは玲央の方だった。


 「はぁ、うっはぁ。ふぅー。」


 差は縮まらない。ずっと一点差。


 「俺が決めたら、チームのみんなの気持ちが一つになれる。それは、先輩のゴールじゃなくて、俺がやらなきゃいけないのに。先輩を1人で全部背負わせちゃだめなのに。」

 

 体力の消耗している原藤を抜いた空野であっても、敵のディフェンスは硬く、突破できない。


 「俺たちが、守って少しでも負担を減らさなきゃ、いけないのに。」


 「しゃあああああああああああ!!」


 玲央の中には焦りが生まれていた。

 未だかつてこんな点の取り方をしたことがない。

 8対10。心臓が破裂しそうで、脳が焼けこげそうで、冬なのに真夏のように暑い。

 どちらが倒れるか、どちらが抜き去るか。

 監督の予想は、悪い意味で的中していたのだ。


 「ふぅ、ふぅ。まだ9。あと一本、取り返さなきゃなのに。」


 残り時間は3分。ワンプレーあるか、ないか。それも相手ボールからの試合再開。


 「もう何回お前とマッチするんだよ。」

 「ブロックしてもブロックしても付きまとうストーカーやろーが。」


 小学生同士とは思えない口汚い罵り合い。

 お互い体力も気力も精神力も集中力も途切れてくる。

 あとに残るのは純粋なパワー対決。


 「らああああ!」


 体格差があればテクニックで勝つ。それが八神玲央という男だ。

 だから、そのテクニックが封じられればなす術なく瓦解する──


 「かああああああああ!!!」


 ファウル覚悟で思いっきり足を振り抜く。

 奇跡的にボールに当たり、そのボールは放物線を描いて、空野の元へと。


 ボールをスカした原藤はその場で尻餅をつく。

 玲央は全身の筋肉を使って、真っ白になる視界の中を走り抜ける。

 

 「うおおおおおおおおおおお!!!」


 ″俺はストライカーだ。点を取るのが仕事。″


 点の取れないストライカーはいらないのだ。


 空野は冷静に、敵の位置と味方の位置を把握した。

 そして、自分が抜き去る頃には玲央がゴール前まで辿り着くと信じた。

 だから、ゴール前まで運ぶ。ドリブルでディフェンス陣を抜き去る。




 ことができない。

 その壁は山よりも高く感じた。

 自分が谷底にでも突き落とされたかのように錯覚した。

 

 「こっちだ!」


 玲央ならば、きっと決めてくれると空野は直感した。

 ただ、それでは勝てない。勝つためには、自分がここでゴールネットを揺らして、チームの指揮を上げるしかないのだと、この大会を通して理解していた。


 「らあああああああああ!!!」


 何度もピンチを救ってくれた、カーブシュート。

 




 不発だった。

 そのボールはまっすぐにキーパーに吸い込まれて、両手の腹で、腹の前でボールを取られた。


 「・・・・・・・・あ。」


 それは、誰の声だったのか。

 八神玲央のものだったのか。

 空野蒼斗のものだったのか。

 原藤真央のものだったのか。

 佐藤智哉のものだったのか。

 真野幸士のものだったのか。

 監督や仲間のものだったのか。

 

 玲央たちの、小学生サッカーは幕を閉じたのだった。



 ***



 汗を吸い込んだユニフォームをジップロックの中に入れる。このままカバンに突っ込めばびしょびしょになって匂いもつくと思うと、それが1番だと思った。

 汗を拭くためのタオルで全身を拭く。このまま下着を着れば、帰る時不愉快になるのは初めての大会で知っていた。

 

 「・・・」


 この敗北は、点を取らなかった玲央のせいだ。

 ストライカーのくせに、点を取らないなんて許されない。それなのに──


 「八神。」


 地獄の空気の中、誰よりも早く支度を整えてロッカールームからでた玲央の元に、まだ着替え途中のキャプテン、佐藤智哉が声をかけてきた。

 玲央は、覚悟した。

 目を瞑ってその言葉を受け入れる準備をしていると、意外な言葉が投げかけられた。


 「俺が、もっと、守れていれば。」

 「・・・」

 「ごめん、ごめん。」


 彼は、謝りながら泣いていた。

 なぜ謝っているのだ。謝りたいのはこっちなのに。


 「みんなは悪くないよ。俺が点を取らなきゃいけないのに。」

 「っ!」


 玲央は慰めたつもりだった。罪悪感なんて感じなくていいんだと、言ってやるつもりだった。

 なのに、とても、傷ついたような表情をして──


 「それすらも背負わせてくれないのか。八神、お前酷いよ。」


 そう、吐き捨てるように言うと、嗚咽を堪えながら、ロッカールームへと入って行った。

 そして、数秒したのちに、室内からは大号泣する声が聞こえてきて、玲央はとても居心地が悪くなった。

 だから、急いでその場を離れた。

 逃げるように廊下を走った。


 ***


 監督はいつもよりも朗らかな表情で、「よく頑張った。」と玲央たちを労ってくれた。

 母も少し不安そうにこちらを見ているだけだった。

 みんな、監督の話を、泣きながら聞いていた。

 玲央はそれがあまりに異様で、監督の話なんて耳に入ってこなかった。

 話の途中に、誰よりも泣いていた、真野幸士の姿を見つけ、玲央はひどく罪悪感を感じた。


 「約束破っちゃった。」


 そのことに気づき、居ても立っても居られず、急いで彼の手を取った。

 だが──


 「ごめん、ごめんなぁ。玲央。俺、出てないのに、お前より、みんなより泣いて。俺のせいで、泣げないよなぁ〜。」

 「な、なんで。」


 なんで、どうして、みんな、みんなして、


 俺に謝るんだよ。


 違う。そうじゃないだろ。

 謝りたいのはこっちなんだよ。


 「俺はストライカーなんだ。点をとって、みんなを勝たせるのが仕事で。それができなかったんだぞ。

 約束だって破った。それなのになんで謝るんだよ。なんで謝るんだよ。なんなんだよ!!」


 ***

 

 彼らが謝る理由なんてわからないまま、玲央は小学校を卒業した。

 学校が違うため、最後まで会うことなく、受験した中学に合格。

 そして、玲央は、また、全てを背負い、仲間に疎外感を与えて、1人、寂しく、サッカーをするのだった。

 彼は何も変わらない。

 高校に上がってもそうだ。


 「玲央〜、今からみんなでカラオケ行くんだけど!」

 「パス、俺サッカーの練習するから。」

 「そ、そうか?」

 「玲央くん、今度のデートさぁ、ディズ──」

 「あー、うん。そこにしよー。あ! 

 このあとサッカーの練習したいから、また明日ね。夜電話するね。ばいばい。」


 誰かの差し伸べた手を、目先の目標のせいで取り逃がす。

 彼をみんなが見捨てたのではない。

 彼がみんなを─────

あけましておめでとうございます。

今年も私と八神玲央くんをよろしくお願いします。

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