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第三十四話



 右足首に左足の甲が絡まって前方に倒れ込む。

 胸骨を地面に強く打ち付けて、肺がキュッと締め付けられる。

 顎先から倒れたが、幸というべきか舌を噛むことはなかった。

 

 「・・・」

 「レオくん!!」


 レオは『蚊軍』に襲われた。

 体の至る所に『蚊』が滑り込んでくる感覚がまだ心中に居座り続け、鎖で縛られている気持ちだ。

 見えない内臓に意識を向け、そこで確かに活動がなされていないことを、何度も、何度も確認する。

 レオの顔は青ざめていた。

 彼の顔色がどんどんと変わっていく様子を横で見ていた真紅の双眸はたまらず、


 「ちょっと、えーと、どうしたんですか。」


 と、戸惑いを隠せないでいた。

 ただ、ずっと同じ場所にいるわけにもいかない。

 真紅の瞳の男、アンティリエは額に脂汗を滲ませる。

 

 「レオくん、動いてください。あなた、死にたいんですか!?

 こんなところでぼーっとしてたらまた『蚊王』が来ますよ。来るんですよ!?

 早く、あー、なんなんですか〜。」


 隣で嘆く男の声が届きながらも、レオの心は凍りついていた。

 その原因、それが今、レオの隣で叫んでいるのだから。

 レオはアンティリエが怖かった。

 

 「あっあああ、うああ」

 「どしたんよレオくん。らしくもないですよ。アンテが、レオくんの体支えられるわけないし」


 アンティリエは紛れもなく強かった。

 彼はアルゲディを瞬殺できるだけの力を持っていた。

 今まで幾度の彼の死を見届けてきたが、一度として見ることがなかった。

 彼の身につけていた簪が、ピアスが、高速で、いやもっと速い、雷速で、もっともっとだ、神速で飛び回りアルゲディを殺したのだ。

 

 「ふー、ふー、」

 「呼吸が変ですよ。走ってて疲れましたか?

 でもアンテより先にバテるなんて、レオくんって意外と貧弱ゥ!なのですか?」


 アルゲディを殺せるなら間違いなくレオたち8人の中で最強だ。

 ひょっとしたら、『蚊王』や『蛟』を殺せるかもしれない。

 そう思わせるほどに、彼の用いた力は強力だった。

 あの時迸らせていた迫力は、龍にも迫るものであった。

 レオは今も思い出すだけで胃が縮み、肋骨が強く押しつけられるような、首を縄で縛られるような息苦しさに襲われた。

 それが目の前にいる男の一挙手一投足、一呼吸一発声にて生み出されている。


 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」

 「まじで顔色悪くないですか。どうしたんですか本当に。」

 

 「もう、ほんとうに、まいかいまいかい、この、私を、はしらせて、あーもう!」


 ・・・・・・・・・・あ。

 あの声は。

 あの声、あれは、あれはあれはあれは。

 澄み切った天然水のような声。

 天使を思わせる容姿と、乙女の可愛さを引き立てるハートの瞳孔をもつ少女。


 「あ、あ、あ、アルゲディ!!」


 「ん、ん? んんんんんうあああああ!!!」


 アルゲディだ、アルゲディがいる。

 レオを救ってくれた。支えてくれた。守ってくれた。肯定してくれた。受け入れてくれた。愛してくれた。選んでくれた人がいる。

 そして、無惨にも殺されたアルゲディがいる。


 「ああああああああああああああ!!!」

 「ちょっとレオくん!?」

 「あ、貴方ね、ちょっとぉ。」


 アンティリエを突き飛ばし、天使の元へと駆け寄り勢いよく抱きしめる。

 前腕、三頭間、背筋、胸筋、ありとあらゆる筋肉を使って彼女を抱きしめる。

 鼻腔をくすぐる花の香りも、汗腺から漂う酸っぱい匂いも全て愛おしい。

 すべすべした肌も、質の良い服も全てが神々しい。


 「アルゲディ・・・」

 「ちょっと貴方離しなさいよ!離れて!」

 「好きだアルゲディ、俺はお前が好きなんだ。」

 「はぁ?」

 「は、はぁ、は、はは、はぁ!?」


 大好きだ。愛している。こんなに素敵な子は二度と現れない。

 この子だけだ。本当に、本当に、心の底から、レオのダメなところまで肯定してくれるのは、きっと、生涯で、この子だけだ。

 初めて会った時の印象なんてもうない。

 この子だけがレオを受け入れて、そして救ってくれるし、支えてくれるのだ。


 「アルゲディ、好きだ。」

 「何バカなこと言ってるのよ。突然走り出したかと思えば急になに!? もう少し順序とか、あるでしょ。大丈夫?」


 彼女の疑問には心配よりもむしろ「頭がおかしくなったのね」というような、レオをバカにするようなニュアンスを感じたが、それはレオの思い込みに違いない。

 だって彼女は、レオの全てを受け入れてくれるのだ。

 

 どれだけ引き剥がそうとしても、アルゲディやアンティリエの力ではびくともしない。

 それだけレオの力が強力なのだ。

 

 「赤子じゃないの。」

 「同感ですね。アルゲディさん歩けますか?」

 「なんとかね。」

 「レオくんの処遇は後にして、今は部屋まで戻りましょうか。」

 「そうね。話はそれからにしましょうか。」


 

 ***


 

 後ろから追いついてきたメサルティムにレオが殺されかけるなどのアクシデントはありつつも、レオたちは無事に?『安地』へと戻ってきていた。

 裏葉色の目を尖らせて、今もなお魔法少女に抱きつく幼児退行したと思われている男に魔術杖を向けていた。


 「師匠様、そのゴミを殺すための許可を。」

 「冗談に聞こえないのが怖いわね。」

 「冗談ではありませんよ。」


 殺気を隠すつもりもなく、女の後ろに隠れる汚い男を見据える。

 抱きつかれている師匠、アルゲディは文句は言いながらも、メサルティムのいうような殺人はするなという。

 彼女からしてみれば、なぜ変態を庇うのか理解できなかった。


 「この感じだと、レオ(あなた)は『蛇』のところへは連れていけないかしら。

 まともに戦える戦力に数えていたのだけれど、飛んだ思い違いだったようね。」


 彼女は吐き捨てるようにそう呟くと、レオはまるで見捨てられるような感覚に陥る。

 もう、捨てられたくない。この、アルゲディにだけは捨てられたくない。

 彼女だけが頼りなのだ。情けなさなんてレオにはなかった。


 「アルゲディ、俺を捨てるのか? いやだいやだ、いやだ。やだやだやだやだやーだ。

 捨てちゃやーやーなの!!」

 「気持ち悪っ、師匠様、離れて。燃やします。」

 「気持ち悪いのはわかるけれど、離れないわよ?」

 「なぜですか!?」

 「離れたら殺すでしょ。」


 と、もう何度目かになるアルゲディとメサルティムの押し問答。

 メサルティムの殺気にはまるで関心がなく、反応すら見せないレオであるが、アルゲディの機微にだけは反応が早く、その様子にみな動揺していた。


 「レオ殿に関しては、どうしようもないでしょうね。

 なぜアルゲディ殿に傾倒しているのかもレオ殿の口から語ってくださらないし、アルゲディ殿、なにか心当たりはありませんかな?」


 メラクの問いかけに、アルゲディは少し思案して、


 「心当たりはないわね。貴方たちだって、そうでしょ。朝起きていなくなった間になにかへんな物でも食べたんじゃないの?」

 「食べる? アルゲディは俺を食べるのか?」

 「食べないわよ。」


 アルゲディの言葉に反応はしながらも、話の流れは掴んでいない。

 心ここに在らず、と言ったところなのだろうと推測した。


 「どうするのよ、この調子だと私は身動き一つ取れないのだけれど。」

 「やっぱり強引に引き剥がして殺しましょう!」

 「メサルティムさん、さっきから拙速過ぎませんか?」

 「アンテは黙ってて。」

 「へーいへーい。」

 

 首に巻かれたベルトの金具をいじりながら、アンティリエは椅子を蹴って部屋を離れる。

 彼の行動にメサルティムは綺麗な形の眉を挟ませるだけにとどめた。

 口笛を吹きながら、部屋を出ていくアンティリエの後をマルカブが追いかける。

 2人を見送って、アルゲディが話を続ける。


 「取り敢えず、メラク(あなた)レオ(かれ)をどうにかして頂戴。」


 手袋をした細い指をメラクに向けて言い放つ。

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、メラクは大きな手のひらを使ってレオの首根っこを掴む。


 「うぇ!?」

 「すみませんレオ殿。あとで治癒魔術かけてもらえると思うので許してください。」


 そういうとメラクはレオの顔を掴んで、壁に後頭部を打ち付け────



 ***



 (ん、んうぅ。)


 目を擦りながら瞼を開く。白く眩い光を放つそれが、レオの目の前に広がっている。

 

 (君は誰?)


 《私? 私は、何者でもない。し、何者であるかもしれない。》

 

 目の前の白いそれがレオの問いに、ふわりふわりと宙を舞う木の葉のように、どっちに振れるでもなく宙ぶらりんな返答をする。

 それがどんな姿形をしているのかレオにはわからない。

 目の前にいるのかも、わからない。

 もしかしたら後ろにいるのかもしれない。

 もしかしたら上にいるのかもしれない。

 もしかしたら下にいるのかもしれない。

 もしかしたら右にいるのかもしれない。

 もしかしたら左にいるのかもしれない。

 もしかしたらいないかもしれない。


 (君は人なのかい?)


 《私は人だよ。人だとも。》


 おおよそ人とはにても似つかない。姿が見えないのでそう評するのは間違っているのかもしれないとレオは思ったが、確かにそれは人らしくないと感じていた。

 

 (ここってどこなの? 『ヴァンデミアトリックス幽域』じゃないの?)


 《『ヴァンデミアトリックス幽域』っていうのがなんなのかなんて、今の君には関係のないことじゃないのかい?》


 それの言葉はどうもうまく掴めない。

 頭を捻って考える。瞬間、レオの世界が真っ赤に染まる。

 それもまた同様に真っ赤になる。

 

 (はぐらかさないで教えて欲しい。ここはどこなんだい? 何が起きているんだい?)


 《ここがどこかなんて、君には関係がないはずだろう?》

  

 またしてもはぐらかそうとするそれに、レオはあるかもわからない自分の瞼を絞る。

 それにもレオの感情が伝わったのか、慌てたような仕草を取る。

 といっても、それに姿形はないので、レオがそうなんだと思っただけなのだが。


 《君にそんなことを考える必要はないと私は言っているんだよ。君にとってトクベツなこと。考えなきゃいけないことは一つだけだろう?》


 そう言われてレオは考える。

 自分にとってなにが特別で、考えなければならないのか。

 それこそ、今置かれている状況だと思うのだが。

 するとまた一瞬にして世界がガラリと変わる。

 赤が溶けて、混ざって、割れて、今度は黄色い世界に緑の斑点がたくさんできたみたいな世界に、黒くて頭でっかちで、手足が異常に長い生き物がレオを取り囲む。

 その黒いナニカに、どうしても話しかけたくなった。


 (こんにちは、君の名前を教えてくれるかな。)


 {こんにちは、僕には名前なんてないよ。名前はあるかもしれないね。}


 《君、誰と話しているのかな?》


 それが、ナニカと話しているレオの間に入ってくる。

 ナニカたちはレオの後ろに並ぶと、腕を伸ばしてそれを探し始める。

 その様子がおかしくって、レオは腹を抱えて笑った。

 その瞬間、またしても世界が移り変わる。

 まるで電車にでも乗ったかのように景色が一瞬にして背後に流れていく。

 カラフルな世界が右から左。左から右にと目まぐるしく移ろっていく。


 (あ!)


 移ろう世界の中に、青く煌めくモノを見つける。

 そのモノはレオを見つけると、慌てたように離れていく。


 (あー、あああ、ああー、ああ!)


 《君にとってあれはトクベツではないだろう? 君はトクベツだけを追いかけるんだ。》

 

 {見てくれよ。今からそっちに向かうからね。}


 それだけ呟くと、ナニカたちは、その中心に鋭く尖った牙を鈍く光らせて顕わし、口を開いてピンク色の舌を伸ばしてレオの体を掴むと、力強く引っ張り合い、そのまま飲み込んでしまう。


 (あー、ああ。ああああ。)


 

 ***



 全身を包むように戦慄が走る。

 無数の指が、レオの筋肉の一本一本を念入りに這わせるような恐怖に慴伏する。

 怯えに囚われたレオは、身を丸くして、唇の隙間から洩れるかすかな喘ぎが静寂だ部屋をそっと鳴らす。


 {・・・・・}


 尻や背中には硬い感触があり、自分が床に寝転がされていたことに気がつく。

 それと同時に、眠りにつく前の、メラクに強引に引き剥がされたことを思い出す。

 何に引き剥がされたなんて論じるまでもない。


 「・・・アルゲディ!!」


 上擦った声が喉の奥から漏れ出る。音が視界を伝う。

 伝う?

 自分の口から真っ黒で人の腕くらいの太さのクネクネとした異物が這い出る。

 それがレオの発した言葉を載せて地に足をつける。

 その異物は数本の返しを生やすと、地面に強く根差し、そのままレオの体の中から強引に出てきた。


 {・・・}


 異物が体から推し出てくることに体はの負担はなかった。

 むしろ出てきてくれたことで安らぎを覚えた。

 その異物はどこか見覚えがあるような気がした。

 なんだか無性にその異物と話したくなった。

 真っ黒で頭でっかちなんだけど、四肢は細長くてなんとも言えない可愛らしさがあった。


 「君は誰なんだい?」

 {・・、・・・・・・・・・・。}


 異物は体の真ん中をちょうど左右に真っ二つになるように薄い線が走る。

 その線が上部から噴水のように落下してやがて異物は分裂する。

 分裂を幾度か繰り返して、その異物は見覚えのあるナニカになる。


 「君はどうして俺の中から出てきたんだ?

 どうして増えたんだ?」


 レオの頭の中には疑問符がたくさん浮かんでいた。そもそもレオの体にあんな黒いものが大量に住んでいたことが驚きなのだ。

 なんだか夢でも見ているみたいに、でもそれは現実にいると思う。


 {・・・・・}

 

 なぜか何も喋らない異物。口がないからか?

 でも、異物たちは口があるとレオは思ったのだが。

 なぜ口があると思ったのかわからない。ただ、あると思ったのだ。


 「アルゲディをさがさなきゃいけないんだ。手伝ってくれ。」

 

 レオが異物たちにそう呟くと、異物たちは一斉に腕を地面と水平となるように持ち上げる。

 腕の指す方向は一枚の扉があった。


 「外にいるのは当然だよな。ありがとう。」

 

 それだけ言うと、レオは扉に手を当てる。

 外に出た先には、見覚えのあるメンバーが揃っていた。

 アルゲディと、えーと。


 「アルゲディ、俺はどれくらい寝てたんだ?」


 アルゲディにそう問いかける。

 彼女は懐から時計を取り出して、指を四本立てる。

 それをみた異物たちも同じように四本指を立てた。


 「お前たちは真似しなくていいって。」


 さっき質問したから、これまた親切心でやってくれているのだろう。

 それをみていたアルゲディと、あーと。

 眉を挟ませ、拳を握りしめている。

 そうしてレオに問いかける。


 「貴方どうしちゃったのよ。」


 レオの瞳を見据えながら、冷めた口調で吐き捨てる。

 いつものアルゲディらしい。こういう少し相手を突き放すような言い方をするんだよね。

 彼女の毒を聞き慣れていない人なら勘違いするような言葉もレオにとっては可愛いものだ。

 

 「はは、何ってなんだよ。アルゲディ、お前こそイジられてんのに無反応とか、流石にコイツらでも可哀想だぜ。」


 彼女の性格上、仕草や口調を真似されたら落下の如く怒ると思ったんだけれど。

 案外と異物たちには優しいようだ。

 ますます綺麗な顔に皺がよる。

 そんな顔も素敵だなと思っていると、突然大声で叫ぶ。


 「貴方さっきからなんなのよ! なんでみんなのこと無視するのよ!」

 

 そう言われて周囲を伺う。

 レオの視界には依然として彼女と異物たちしか映っておらず、無視しているのはどちらかと言うと彼女の方だと突っ込みたくなる。

 でもアルゲディはそういうブーメランみたいなことされたら嫌がるのをレオは知っている。

 レオは彼女の理解者なのだ。


 「まあまあ、落ち着けって──」

 「落ち着けるわけないでしょ! メラク、やって!」

 「メラク、やって! って、なんの呪文だげぶふぅ」


 顎に強烈な鈍痛がレオを襲う。

 意識が朦朧とするが直後に襲った背中へ衝撃のおかげで耐えられた。

 

 「な、なんなんだよ。」

 「なんなんだはこっちのセリフよ。貴方本当に気持ち悪いわよ。どうしてみんなのことを無視して私のことだけ、それが好きと関係あるの!?」

 「は、はぁ!? 何言ってんだよ。」


 レオの心臓がうるさく跳ねている。

 異物たちはこちらを心配そうに覗き込んでいた。

 何が起きているんだ。

 わからない、なんで俺は顎に痛みを覚えているんだ。


 それはまるで視覚外からの攻撃。

 

 「アルゲディ!? ここは危ない!!

 敵が襲ってきているんだ!!

 しかも目に見えないんだ! 多分、透明なのか、あるいは微細で肉眼では見えない!

 くぼぉ、」


 今度はレオの鳩尾にさっきよりも固い衝撃が走る。

 さっきのが拳に近いなら、今度は木製の武器と言ったところか。

 きっと服の下を見れば青あざができていることだろう。

 こんなところにいては、きっといずれ殺されてしまう。

 そうだ、殺されてしまう。あのとき、アルゲディが殺されたみたいに。


 「逃げるぞアルゲディ!!」

 「はぁ!?」


 レオは彼女の小さな手のひらを掴んで優しく抱き寄せる。

 そのまま部屋中を強靭な足腰で駆け回る。


 「ちょっと、離して!」

 「ここは危険なんだアルゲディ。大丈夫、俺が守ってあげるから。」

 「もう本当になんなのよ。冗談だったら笑えないし、みんなの顔を見てあげてよ!!」


 レオの腕の中で暴れるアルゲディを強引に力で抱きしめる。

 レオの思いやりはどうやらうまく伝わらないようだ。

 でも、それでも寄り添うのがレオにできることだ。彼女を1人こんな危険なところになんて置いていけない。


 「──うぇ!?」


 レオの体や顔にひんやりとした感触が襲う。

 そして、それはとても柔らかく、レオたちの全身を包み覆っていく。

 全身の細胞という細胞が閉じられるような閉塞感。

 

 「助け──」


 口の中にそれが滑り込んでくる。

 反射で瞼を閉じる。するとすぐその後に瞼にひんやりとした感触が走った。

 少しでも遅ければきっと眼球が傷ついていたことだろう。

 それを想像してゾッとしたのも束の間。

 今度は別の恐怖がレオを襲った。

 

 「───」


 なにも、できない。

 動けない。息ができない。いつのまにか腕の中にいたアルゲディがいなくなっていた。

 いやだ、いやだいやだいやだ。

 また彼女を失うのか?

 そんなのは絶対に嫌なのだ、嫌なのデス!!


 開くことができない瞼の裏に、いつの間にか異物たちが現れていた。

 そのまま─────






 ***




 


 「───ん!」


 強引に繋がれた拘束を破る。

 腕や手首がジンジンとするが気にしない。

 ミシミシという音とともにレオを拘束していた物体から解放される。

 目に巻かれたものも解く。

 そしてようやく気がつく。


 「鎖・・・?」


 レオの手首は真っ赤になっていた。

 腫れているのか血なのかはわからない。

 同様にして縛られていた足と足首の鎖も腕力で千切る。


 異物たちは扉を指差す。

 手を掛けるとびくともしない。どうやら外から鍵がされているのか、あるいは扉の前にものが引っかかっているのか。


 「閉じ込められているのだろうか。」


 理由はよくわからない。ただ、異物たちはきっと外に出ろと言っているのだと察した。

 だから、めいいっぱい拳に力を込めて扉を破壊する。


 なんだか嫌な音が骨を伝って脳に走ったような気がしたが、数秒もすれば気にならなくなった。

 いまだに指差し示してくれている異物たちがいたから気にならなくなったのかもしれない。


 「アルゲディはどこか知ってるか?」

 {・・・・・}

 「黙っていたらわかるものもわからないぜ?

 なぁ、教えてくれよ、お前ら知ってるんだろ?」

 

 またしても異物たちは喋らない。ただ、指を差し続けるのみ。

 レオはなんとも言えない歯痒さをグッと我慢して部屋を出た。

 そのレオの後を追うようにして、異物たちも着いて来た。


 「アルゲディはいないぞ?

 お前ら、本当にアルゲディがどこにいるか知ってるんだろうな。」

 {・・・・・}


 異物たちはうんともすんともいわない。

 ただ、別の扉を指差すだけだ。

 レオは自身の頭をポリポリとかくと、「まあ、それくらいしかすることもないしな。」と呟いてる歩みを進める。

 頬に生暖かい液体が滴るのを感じたが、それも数秒もすれば気にならなくなった。

 なんとなく、異物たちが指差す方向に気を取られているような気がしたからだと思う。


 「なあ、いい加減話さないか? なんかお前らまた増えてるみたいだしさ。このまま黙ってるってわけにもいかないだろ?

 ほらさぁ、アルゲディと合流した時に、ちゃんと話さないとだしさ。」


 {・・・・・・}


 異物たちとの交流が難しい。レオの人生史上もっとも口の硬い奴らだなと感じた。

 やってくれることといったらレオの質問を無視して、ただ指差すだけと来た。


 「どんな原理なんだ?

 突然増えたりするのがわからねぇなー。俺もお前たちがコミュ障なのはわかるけど、理解者がいてもいいと思うじゃん。

 ほら、翻訳者的なさぁ。

 お前らのこと俺が紹介してやるから。」


 なんだか懐かしいやりとりのような気がしたが多分気のせいだ。

 レオは異物たちを眺めながらふと思う。


 「なぁ、名前くらい教えてくれよ。」

 {・・・・・・・・・・・・・・・}

 「なー、流石に俺も傷つくぞ。そんな無視しなくても、いいじゃねぇか。な?

 あれか、もしかして名前がないのか?」

 {・・・・・・・・・・・・・・・・}


 どれだけ話しかけても異物たちはまるで返事をしない。


 「だあー!もういい!

 俺が勝手にお前らのこと一括りにナニカって呼ぶことにした!

 塩対応メンヘラ野郎共にしないのは俺の心の優しさだと思ってくれよ。無表情野郎!」


 ま、顔もないんだけど!

 と内心でぼやく。


 「次はどっち・・・・って、この階段の下ね。りょー。」


 まるで大名行列だ。

 あたり一帯を埋め尽くす黒いナニカ。

 なんだか集団でピクニックに来ているみたいな気分だ。


 「あーるーこー!

 あーるーこー!

 わたしはーげんきー!」

 {・・・・・・}

 「あるくのーだいすきー!

 どんどん、ゆ・こ・おー!」

 {・・・・・・}

 「さっかみちー!

 とんねるー!

 くーさーあーっぱーらー!」

 {・・・・・・}

 「いっぽんばーしーにー!

 でこぼこ!じゃーりーみーちー!」

 {・・・・・・}

「くーものすくぐってー!

 くだり、み、ちー!」

 {・・・・・・・}


 「じゃんじゃんじゃんじゃん」

 

 「じゃんじゃんじゃんじゃんじゃん!」


 「じゃ、じゃ、じゃ、じゃーん!」


 楽しくなってつい歌ってしまっていた。

 ナニカたちもたいそう楽しそうだ。どこから取り出したのかトランペットやシンバルなどいろんな楽器を携えている。

 

 「はははははは!」


 パレードみたいだなと思った。


 「ん?」


 鼻腔を突き刺す鉄のような香りが充満する。

 引き返したかったが、その気は失せた。

 ナニカたちが指差す方から香ってきたが、そっちに行かなければならないから行くのだ。

 自然と足取りが向かう。

 石でも蹴りながら帰宅する帰り道みたいにどんどんと歩みは進んだ。


 「なー、あそこには何があるんだ?」

 {・・・・・・・・・・・}

 「そーだったわ。当初の予定を忘れるところだったぜ。俺たちはアルゲディを探してここまで来てたんだった。いやー、俺ってばだめだなー。

 お前たちがいないとすぐ目的を見失いかけてた。

 まーじさんきゅ!」


 両手のひらを合わせてウインクする。

 それを見ていたナニカたちも手のひらを合わせて小首を傾ける。


 「アルゲディ、そうだアルゲディだよ。

 アルゲディに、会えるんだ。会ったら何話そうかなー、まずナニカたちのことをはなそー。

 そうだ、ナニカ、お前らって名前なんて言うんだ? 名前教えてくれないと紹介するのも難しいぜ?」


 ナニカたちは答えない。ただ進む方角のみ指し示す。

 

 「あ、そうだ。悪い悪い。そうだったそうだった。

 ついうっかりしてたは。助かる〜。」


 レオは指された、少し磯の香りのする部屋の中へと入る。

 

 「アルゲディ?」

 

 「アルゲディだ。おいおい、無視とは、お前も人のこと言えないじゃないか!

 会いたかったぜまったくこのこの!」


 「俺さ、お前に紹介したい奴がいてさ、ナニカって俺は呼ん出るんだけど。おい、ナニカ、お前たちって名前なんなんだ?」

 {・・・・・・・・・}

 「みたいな感じでさ、本当になにも言ってくれないんだよ。でも悪い奴じゃないんだぜ? ここまで俺を連れてきてくれたのもコイツらなんだ。アルゲディも俺に会いたかったよな?

 会いたいよな? 好きだよな? 好きだもんな? 好きなんだだからああやって受け入れてくれたんだよな? 俺だってお前のことが好きだからだからだからお前は俺を好きになるよな?」


 「なあ、なんで無視するんだよ、なぁ、おい。」


 アルゲディが俺を捨てるはずない。

 なのにどうして見向きもしないのだ。

 目が合わないのだ。

 ナニカたちに視線を飛ばす。

 ナニカたちはあいもかわらず指を差している。

 レオに。


 「アルゲディ、俺どうしたらいいんだ?

 なんか、ちょっと頭がグラグラしていてさ。考えがまとまらないんだ。

 なんかさあ、ナニカたちもさあ、さっきまであれだけあれやれこれやれって教えてくれてたのにさあ。今となったら俺とお前を指差してるだけなんだぜ?」


 「なあ、おい。」

 

 「なあ! なあって! 言ってるですよねぇ!?

 イッテマスデスヨ! いいんですか!? ワタシ怒りますね!いいの!?」


 そんなことはないはずだ。

 だってそんなのは変だ。

 一度目は、悪い夢のはずだ。そうだ。

 捨てられるのなんて、現実で起きえない。だから、あれは夢の話だ。

 夢が覚めて、きっと現実では捨てられないのだ。

 だから、これは────




 「ナニカ、俺はまだ寝てるのか?」


 そうだ。寝てるのだ。だって、これじゃあまるでアルゲディが死んでるみたいじゃないか。

 こんなの、夢オチ以外に許せない。

 だれが、こんな、ひどいこと、したんだ。


 「やーだ。」


 額を地面に強打する。


 「やーだ。」

 

 頭蓋が割れて、意識が吹き飛ぶ。


 「やー、───」

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