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第三十三話



 右足首に左足の甲が絡まって前方に倒れ込む。

 胸骨を地面に強く打ち付けて、肺がキュッと締め付けられる。

 顎先から倒れたが、幸というべきか舌を噛むことはなかった。

 

 「いってて」

 「レオくん!!」

 

 倒れた少年、八神玲央の肩を抱えて起き上がらせてくれたその真紅の相貌と目が合う。

 長髪を銀の簪で纏めた男、アンティリエが前を走っていたレオが転んだことに動揺していた。

 その動揺がレオにも伝わってくる。

 直前の記憶がドッと流れ押し寄せてきて、目の前にいるアンティリエに負の感情を抱いてしまうが、それを表に出さないようにして表情を取り繕う。

 

 「アンティリエ、ありがとう。」

 「まったくレオくんは。まさかあんな格好悪い姿、ポラリスさんが見たら引かれるかもですよ。」

 「──う」


 ポラリスのことを思うと、どうしても背筋が凍ってしまう。

 目眩がし、か細い腕の中から強引に立ち上がりそのまま走り出す。


 「───」


 あの青い魔物が無性に怖いと感じることは、果たしておかしいことだろうか。

 ポラリスのことを、レオは仲間だと思っていた。だが、彼女は連日レオを殺そうとしたのだ。

 

 アンティリエは知らないのだ。だから、何を言ったって意味がない。

 誰も信じてくれない。


 「───確証が欲しい」


 乾いた声が、1番近くにいたアンティリエにすら聞こえない、か細い声が漏れ出る。

 その言葉に嘘はないとすぐにわかった。レオはポラリスがレオを殺そうとした確証が欲しい。

 きっとそれがあればみんなポラリスを殺すことを肯定してくれる、はずだ。

 『蛟』のことはその後でもいい。

 ポラリスを、ポラリスをなんとかしなくては。


 ***


 今回は二度目に当たる。

 だが、一度目と違うこともした。それは、「『蚊王』がレオを目標にして登場している可能性」について。

 

 「私たちは『蛟』に殺されて・・・。今戻ってきた情報はそれだけかしら?」

 「ああ。」


 そして、新たに嘘をついた。我ながら演技派であった。

 突然叫び出して、その場で取り乱すような行動をした。横にいたアンティリエを殴り、龍怜を押し飛ばして部屋を出ようとしたところをメラクに捉え抑えられ、そしてアルゲディに「落ち着きなさい!!」と説教させた。

 本当は20分ほど前に帰ってきていたが、今数秒前に帰ってきたことにした。

 その方が都合がいい。きっとみんなだって許してくれる。

 ついていい嘘というものだ。


 「『(アイツ)』を召喚してすぐに、長い尾を振り回して潰していった。」

 「少年、それは、なんとも、絶望的な状況ではないのか?」


 マルカブの言う通りだ。レオ自身死んだ原因は『蛟』ではないにしても、アルゲディたちは敗北した形跡があった。

 だから──


 「だったらやめときましょうよ。アンテたちが行ったって殺されるだけですよ。聞いた感じ、蛇よりも龍みたいじゃないですか。

 龍なんて関わりたくないですよアンテは。」


 「ちょっと!!」


 アンティリエは話などないと言って部屋を後にしようとするが、それをアモン角の少女が引き止める。

 裏葉色の瞳が大きく見開かれて、引き止められた本人は邪険な視線を彼女へ向けていた。


 「貴重な情報をなかったことにするっていうの!?

 なんでそうやってアンテは全部、ぜーんぶ始める前から諦めるのよ!」

 「メサルティムさんはバカなんですか!?

 それとも極端なオプティミストなんですか!?

 龍ですよ龍。そんなのと戦って、人間が勝てるわけないじゃないですか!!」

 「勝てないから諦めるの!?」

 「勝てないなら諦めるでしょ。なんでアンテがおかしいみたい言い方するんですか。そんなの変ですよ。変だ。アンテだってここから脱出する方法を模索するの諦めるって言ってるんじゃないですよ。

 他の方法がある、無理な選択をする必要はないって言ってるんですよ。」


 間に入ってメラクが止めようとするが、2人の喧嘩はヒートアップするばかりだ。


 「アンテはメサルティムさんのためを思って言っているんですよ。メサルティムさんが傷ついてほしくないから言ってるんです!

 なぜわかってくれないんですか!? こんなに思いやってあげてるのに!?」

 「そんなの、私頼んでない!! それに私より強い人がいうなら説得力もあるけど、アンテが言ったってムカつくだけよ。何様なわけ!? ありえないありえない。ほんとーにありえない。

 結局、弱くてビビりなのを、人のためを思ってとか助けてあげたいとか、耳聞こえのいいことばっかりいって取り繕ってばかりじゃない」

 「黙れ、黙れ黙れ黙れ!!」

 

 不意打ちで氷を発生させようとしたアンティリエを、メラクが気絶させる。

 一触即発の雰囲気であったから、常に眠らせられる準備は万全だったということだ。

 フライパンみたいな手がアンティリエの細井首に吸い込まれていく。

 そのまま白目を見せて倒れるところを抱えた。


 魔術を放たれそうになった少女の瞳は揺れていた。

 まさかアンティリエが、、、という気持ちもあるだろう。こればかりは彼女のみぞ知る。


 「メサルティム、貴女も言い過ぎだったわよ。少しは自重なさい。」

 「すみません、師匠様。───次からは、はい。反省します。」


 自分の魔法杖を抱えて席につく。メサルティムの視線は眠っているアンティリエへと向けられていたことに気付いたものはいただろうか。


 「さて、『蛟』を倒すために必要なだけな攻撃力があるかってところなのだけれど。」

 「ああ、アイツの表皮を覆っている鱗をなんとかしないと有効なダメージが入る気がしない。

 この中で主力になりそうなのは、魔術の使えるアルゲディとメサルティムになるかな。」


 『不死鳥』はHPが無限にあるタイプの耐久力をしていた。それに対して『蛟』は防御力が異常なくらい高いタイプの敵。

 持久戦に持ち込めば持ち込むだけこちらが不利となる。

 戦うならば短期決戦が妥当だと結論になった。

 だが───


 「確かに、一般的にはう人の筋力よりも魔術の方が、大型魔獣への殺傷力は高いと思うわ。

 でも、限度がある。聞くところだと、私たちの魔術では到底『蛟』に届きそうにないのだけれど。」


 いつもの彼女からは想像もつかないような、弱気な言葉にレオはアルゲディを見て、「自信がないのか」と言った。


 「ここであるって言いたいけれど、命がかかってるもの。はっきり自信がないわ。」

 「私もです。」


 2人とも十全に役目を果たすことができないと。

 ならばメラクはと問いただすが、


 「レオ殿で無理ならば、私でも厳しいと思いますよ。たとえ鱗を剥がして肉を切れたとしても、その間に何回殺されるかわかったものじゃないです。」


 と、これまた胃の痛くなるような返答がくる。

 レオは一度目にして、『蛟』はレオが殺せるようなものではないからと他の人に頼ったのだ。

 マルカブだって、未知数な龍怜も厳しいのだろう。

 重苦しい空気の中、それを突き破るように声を上げたはポラリスであった。


 「あの、お兄さんなら、私、やれると思うんです!!」


 彼女の、いや、それは違和感があるな。

 魔物が人語を使ってそう企む。その魔物は


 「ボクは何度もお兄さんたちと戦ってきました。直接『蛇さん』も見てます。だから思うんです。お兄さんならなんとかしてくれるって。

 でも、全部任せるなんてしないです。私たちが支えてあげるんです。

 メラクさん!」

 「は、はい。なんでしょうか」


 突然声をかけられ、少し上擦った声で返事をする。


 「メラクさんの斧をお兄さんに貸してあげて欲しいんです。あの斧と、お兄さんのパワーが噛み合わされば、きっと『蛇さん』にも攻撃が通ると思うんです。」

 「それはもちろん。私にできることならなんでもしたいです。はい。」


 頬を少しだけ染めながらメラクが穏やかな表情で、ポラリスに協力を約束する。

 そんな2人のやり取りを見ていて、レオはドス黒い嫌悪感が魔物へと生まれてきたのがわかった。

 魔物は新しい寄生先を見つけて、レオなんてどうでも良くなって捨てる気でいるのだと。

 そう思うと無性に彼女のやったことを暴きたくなるが、それをして仕まえばレオの頭がおかしくなったのだと誤認されてしまう可能性がある。

 耐えて耐えて、耐え忍ぶ。


 「アルゲディさんたちには、お兄さんがトドメを刺すために援護を任せたいんです。」

 「貴女に頼まれるのは癪だけれどいいわよ。」

 「師匠様がそうおっしゃるなら私も異存ないですね。」

 「うげ、ボクそんなにアルゲディさんに嫌われてますか〜。」

 「ふふ、冗談よ。魔物にはわからなかったかしら?」

 「いや冗談に聞こえないから。俺もまじで言ってると思ったぞ。」


 あやしく思われないようにそれらしく話にも加わる。

 まずい、魔物が集団の中で発言力を増している。

 この危機を知っているのはレオだけであるのに、それをいうことが1番難しい立場にあるのがレオだなんて。

 どれだけ嵌められれば気が済むのだ。

 自分の愚行を顧みて状況の悪さに絶望することしかできないことが、悔しくて悔しくてたまらなかった。


 ***


 寝静まった刻、物音を立てないように最新の注意を払い、息を殺して歩む者が1人。

 その歩み、というのには少し語弊があったか。

 また、1人というのにも語弊があったか。


 1人の魔物が、体を粘性の物体に変えて足跡を立てないように、1人の男の眠る部屋へと向かっていた。

 魔物は部屋の前にたどり着くと、皆が見慣れた人型に相貌を変化させる。

 青く艶のあるフォルムで、人でいう十代程度の姿になる。

 扉に手をかける。

 光源が部屋に一本筋を通す。

 その光を頼りに部屋を見渡す魔物の姿を背後に収める。


 「何してるんだよ、ポラリス。」


 びくり、と肩を震わせてこちらに振り返る。

 

 「・・・お兄さん。」


 まるで夜な夜なゲームをしていた子供がそれを親に見つかった時のような、バツの悪そうな表情であった。

 少女の姿をした魔物、彼の者の双眸には不安に怯えながらも、固く決意した男がいた。


 「そんな顔するなよ、俺が悪いことしてるみたいじゃんか。なあポラリス。」

 「・・・」


 無言で押し黙る魔物の動揺は隠せていない。

 大方、なぜ自分が来ることを知っているのかと言いたいのだろう。

 ただ、それだけならこんなに動揺するわけない。

 レオの中での疑念は確信に至った。


 「話したいことがあるんだろ?

 こんなところだと聞かれるかもしれないし、外で話そうぜ。」


 地面を睨みつけてこちらと一切目を合わせない魔物の様子に、怒りも違和感もない。

 そこにはただ哀れで見るに耐えないもの、計画が破綻して絶望していることが理解できた。


 レオはあらかじめアルゲディの所持品の中から盗んでいた筒を使用する。


 全身の血が、煮えたぎるマグマのように熱くなる。


 「ああああああああ!!!」


 周囲には青い粘性の物体が散乱していた。

 その物体はレオの右腕や服にも付着していた。

 手についたそれを服で拭う。

 眼窩には痛みに苦しみながらもがき苦しむ魔物の姿があった。


 「ああああああああああああああ!!!!

 はぁはぁはぁ、いぃ、ううああ、おおおええぐぼぇぁぁぁあぁ。ひ、ひぃ、、ひぃひぃ、ふーう、ぐぼえあ。」

 「よくも、騙してくれやがったな。」


 振り上げた拳を魔物の、人でいう左足に落とす。

 ここは人々が眠り、かつ静まり返る『ヴァンデミアトリックス幽域』。

 さらに、懸念していた『蚊王』も筒のおかげで来ない。


 「いやああああ、ああ、ああ、ああ、ああ。

 お、おにお、おにおおお、おにお、おぉにぃい、さん。どぼして。」


 瞳孔が何度も広がっては収縮する。

 指は震え、だんだんと形をとどめていられなくなる。

 既に自己再生が始まっている。

 突き破った腹部がじわじわと穴が塞がる。

 そうはさせない。

 レオはアンティリエの持っていた大量の簪を、カバンをひっくり返すことでばら撒く。

 

 「ああああああああああ!!!」


 レオのやったことを人で例えるならば、傷口に無数の針を流し込むのに等しい。

 あるいは内臓、胃の中に針を流す。

 

 「ゆびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼん、のーます!」

 「ああああああああああああああああ!!!」


 彼女の小指に自分の指を絡めて、懐かしの歌を歌う。

 小指に力を入れて、勢いよく振り落とす。


 「ゆーび、きったー!」

 「あああああああああああああ!!! 

 いたいいたいいだいいだああああああいいいい!!!!!」


 人でいう左手の小指が魔物からなくなる。

 もし人であれば指の骨が折れただろうことだ。


 「はぁはぁ、あああ、、なんで・・・」

 「なんでだとおおおお!!」


 魔物の右の肩を左足で蹴り飛ばす。

 さらに粘性物体は弾け飛び、周囲に飛び散るそれが赤かないことが人でない証拠だ。

 こんな化け物を、なぜ仲間だなんて思ていたのか不思議でならなかった。


 「お前が先に俺を殺そうとしたんだろうが!!!」


 馬乗りになって顔面に拳を叩き込む。


 「だから、これは、俺が、間違って、ないだろ!!」


 殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。


 「俺は、俺は信じてた。なのに、なのに、なのに、なのに、なのにお前は、俺を騙して殺そうとした!!

 それでいてなんでだなんて、笑わせるな!」


 魔物に騙されるなんて馬鹿な話だ。

 魔人族に大切な人を奪われたのは誰なんだ。

 拳を振り上げているオマエだろうが。

 淵上を、エレナを助けるんだろ!

 何をやっているんだオマエは。


 「なんの、はな、し」

 「くっせえ口開くんじゃねえ!

 お前なんか大っ嫌いだ! 死ね、死ねよ、死ねって、死ねってば、死ねば、死んで、死んでくれ、死ねばいい、死んだほうがいい、死ぬまで死ね、死んで死ね、死ぬために死ね、死んでから死ね、死ぬ時のために死ね、死んでも死ね、死んで死んで、死に切れなくなって死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねええええええええええええ!!!!!」


 魔人族や魔物に善は存在しないんだろ。

 なぜ人と姿形が似ていて、それだけの理由で自分は悪くないと決めつけていたのか。 

 甘かった。甘かったのだ。


 「その再生能力、、、反吐が出る。反吐が反吐が反吐が反吐があああああああ!!!」


 センドルワヤーも、カトリゼリュファも、ポラリスも、みーんなすぐに再生するんだ。

 だから、みんな再生するやつは悪いんだ。

 だめなのだ。殺さなきゃだめなのだ。


 「・・・」


 「コロス、ゼッタイ・ニ・コロス」


 耳には石くれが転がる音がする。

 

 「そこまでよ。」


 突如として、レオの耳には新たに別のナニカの声がした。

 急いで振り返ると、いつもの三角帽子はしていない、ただステッキはこちらに向けて細心の警戒はしている様子のアルゲディが、化け物を見ていた。


 「アルゲディ、話をしよう。」

 「貴方、話ができるのかしら。到底信じられないのだけれど。」


 驚きに満ちた様子でレオを見ている。彼女はステッキを化け物からおろして、レオの元へと近づいてくる。

 そっと指を伸ばして、レオの頬を拭う。


 「付いてるわよ。」

 「あ」


 彼女の指には青い粘性物体が付着している。

 返り血ならぬ返りスライムをその場で拭き取ってくれた。


 「ん」

 「あ、ありがとう?」


 「ほら、もう死んでるわよ。再生もしてないわ。」

 「ぇぃあ」


 そう言われてレオは馬乗りになっいてた魔物を見下ろす。

 原型はなく、何度も殴りつけた頭部はない。

 あるのは地面が陥没しているだけ。

 いつのまにか殴りすぎて貫通していたようだった。


 「話はできるかしら?」

 「・・・」

 「・・・」

 「あ、ああ。できるよ。」


 いつもの傲慢な姿はない。本当に魔法少女みたいな子だ。あるいは天使かもしれない。

 そう思わせるほどに今の姿は、荒みきったレオにとってかけがえのないものに見えた。


 「俺は悪くないんだよ。これは仕方のないことだったんだよ。だから、これはみんなには黙っていて欲しくて、それだよ、俺は悪くない。まず、これはいいよな?」

 「うん。」


 興奮していた脳みそが徐々に落ち着きを取り戻す。

 それもこれも、全て目の前にいる女の子のおかげだ。

 鴇色の瞳、その中に潜むハートの瞳孔が優しく見つめてくれるだけで、レオは少しづつ安心して来ていた。


 「昨日、俺が外で、殺されたのはさ、全部ポラリスが悪いんだ。ポラリスが俺を殺そうとしてたでも俺は生きていた。

 だからポラリスを殺すしかなかった仕方なかったそうだ仕方ないんだよ。

 俺は悪くない俺のせいじゃない俺は仕方なくこれは仕方のないことだったんだ。

 ここまでおーけー?」

 「うん。」


 真剣な眼差しで、でも慈愛に溢れている瞳がレオに寄り添う。


 「えっと、だから、そう、ポラリスは俺を騙した。俺を騙してみんなも騙した。だから、仕方なく、必要性に駆られた末に、独断で、殺さなきゃならなかった。

 みんなは、騙されているんだ。アルゲディ、本当なんだよ信じてくれお願いだ頼むよ。」

 「うん。」


 「俺は、みんなを守ったんだ。俺は悪くない。ポラリスが悪い。俺を騙してみんなを殺そうとしたアイツが悪い。俺は悪くない。俺は正しいことをした。

 側から見たら、写り悪いかもだけど、俺はやらなきゃならないことをした。

 必要悪とでも言ってくれてもいい。俺は悪くない。だから、俺は悪くないんだ。」

 「うん、レオくんは悪くないよ。」

 「・・!!!」


 「貴方だって、本当は大切に思ってたポラリスさんのことを殺したかなんてなかったよね?」

 「・・・!!! そうだ、そうだよ。俺は、ポラリスのことが、、、大切だった。なのに、アイツは。」

 「うんうん、辛かったね。苦しかったね。1人でよく我慢できたね。偉いね。」


 彼女の一言一言に感極まり、堰き止められていた感情がバッと溢れ出す。

 彼女の細い肢体をめいいっぱいの力で抱きしめる。


 「ああああああああああ!!!」


 「ポラリスさんのことを大切に思ってて、殺すのは辛かったよね。」

 「うん、そうだよ辛かった。辛かったんだよ。

 でも、みんな、わかってくれないと思ってたんだよ。だから、俺1人でやるしかなくって。」

 「1人じゃないよ。」

 「・・・!!!」

 「1人じゃないよ。私がいるよ。大切な人を殺すのは辛かったよな。でも、仕方ないよね。」

 「そう、だよ。そうだよ。」


 レオの心にポッカリと空いた穴が塞がっていくのを感じる。

 その穴を塞いだのは、脅威を取り除くことによって埋めたものではない。

 別の愛で底から表面まで余白なく埋め立てたのだ。

 だから、もう他に求めないのだ。

 守るべきもの、違う。守られるべきだったのだ。

 

 「俺は弱い。だから、もう、アルゲディ、君しかいない。君だけなんだ。俺を、捨てないで。」

 「・・・」


 レオは渇望する。ここから2人、どこまでも逃げ出したいと。


 「師匠様から、離れろ!!!!!!」


 大岩が結界に阻まれる。

 なぜこんなところに大岩が? なんてことは考えるまでもない。

 アルゲディの1人だけの弟子であるメサルティムが、レオ目掛けて土魔術を撃ち放ったからに他ならない。


 「あ、ああ。」


 しかし、その攻撃を凌ぐレベルの結界魔術を光速で展開して防いだ者もいる。


 「レオくん、貴方は私にとっても大切よ。離れないでね。」

 「う、うん。」


 そう言われてアルゲディの腰の辺りに抱きつく。

 男が女の背中に隠れて見守るなんてかっこいいとも言えないが、そんなことは知らない。

 弱いものは強いものに守られて然るべきなのだ。


 「なんですかこれは。師匠様、それ、ポラリスさんですよね。嘘です。師匠様、そいつ、そいつがやったんですよね?」

 「違う。ポラリスさんが、悲しいけれどレオくんを殺そうとして、仕方なく私が殺したのよ。」

 

 両者手に持った杖とステッキからは強力な魔力が練られ続けている。

 すぐにでも放てるように、準備をしている。

 その空気に当てられて、レオの脳は沸騰しそうであった。

 足も震えて、自然と彼女に縋り付く力も強くなる。


 「嘘、ですよね。私、聞いてました。そこの、その男が殺したって自分の口で──」


 バガアアアアアアアアアアンという音と共にメサルティムが押し黙る。

 否、黙ったのではない。黙らされたのだ。

 アルゲディの放った土魔術によって、殺すことによって黙らされたのだ。


 「私は悪くないわよ。彼女が聞いていたのが悪い。」

 「うん、アルゲディは悪くないよ。あれはメサルティムが俺たちの会話を聞いてたのが悪い。人の話を盗み聞こうなんて恥知らずなことしたからこうなって当然。だからアルゲディは悪くないよ。」

 「うん、レオくん。」

 「アルゲディ、俺たちは悪くない。」


 あれは、不運な事故みたいなもの。

 強いて言うなら整備不良を怠った整備士のせい。運転手や、車を使った人が罪に問われるなんておかしな話だ。

 彼女と抱きしめ合うことで得られる多幸感に、渇ききった心が満ちてゆく。


 「アルゲディ、アルゲディアルゲディアルゲディ」

 「レオくん、レオくんレオくんレオくん」


 「───」



 「───」



 「───」


 

 「2人とも!!!」


 次から次へと、自分たちの幸せを奪おうとする人間の姿を映す。

 そこには息を切らして駆けつけていたメラク、マルカブ、アンティリエ、龍怜の姿があった。

 4人は、レオ達と、青い物体と、音の発信地であろう岩の塊から垂れ滴る血液と周囲に飛び散った肉片を見て絶句していた。

 言葉を失いながらも、真剣な眼差しで声をかけるものもいる。


 「し、少年!!! それにアルゲディ嬢もだ。なにが、ここでいったい何が起きているんだ。」


 2人の時間に水を刺されたことが少し癪ではあったが、それでも答える必要はあるだろう。

 苛立ちを隠しながら、アルゲディから離れて──


 「『蚊王』が来たんだよ。それで、ポラリスとメサルティムを殺したんだよ。それで、俺たちは怖くて身を寄せ合っていた。本当だ、信じてくれ。俺たちは仲間だろう?」


 「なっ!」


 口を大きく開けて、前見た時よりも黄ばんでいる歯が見える。

 

 「あ、あああ。」


 メラクは膝をつき、地面に腕をつけて咽び泣く。

 仲間の死に胸中苦しいことだとレオも察する。

 なんてかわいそうなんだと。

 

 「ここは危険だ。『蚊王』が追ってくるかもしれない。だからこの場は──」

 「それは、変ですよね。」

 

 レオの言葉に合わせるように口を開いたのは龍怜であった。

 彼女は瞳から大粒の涙を流しながら──


 「『蚊王』はいない。2人の横にある(それ)が証拠です。」

 「ち、違う。これは、逃げる時に使っただけで──」


 「ポラリスさん、ですよね、レオくんの足元にいるのは。なんですかその金属。」

 「──これは、、」


 龍怜の言葉にアンティリエが目を見張る。


 「アンテの・・・」


 「それに、レオくん。あなたは自分の様子を、客観的に見れてますか。あなたの服についたその青いものはなんですか。その拳についた青いものはなんですか。」

 「これは、、そうだ、これは。仕方なかった。仕方なかったんだよ。ポラリスが襲って来たから仕方なく応戦しただけで」

 「やっぱり嘘でしたね。『蚊王』なんて来てない。」

 「・・・!!!」


 額から脂汗が滴る。

 胃からなにかがひっくり返って喉を通って外に出そうだ。

 背筋が凍る。平衡感覚を失う。眩暈がする。音がしない立ち眩みが襲う呂律が回らない。頭が働かない。


 「違う。嘘じゃない。『蚊王』はいた。ポラリスも襲いかかって来た。どっちも本当なんだ。」

 「あなたがポラリスさんを殺したことも本当なんですね?」

 「違う。殺してない。あれは正当防衛だから殺人ではない。」

 「レオ殿・・・」


 地面を何度も強く叩いていたメラクの低い視線と目が合う。

 彼は目から血を流しながら、肩で息をして、レオを睨みつけていた。

 あのとき、ポラリスに向けていたものとは似ても似つかない、まるで質の違う憤怒であった。


 「ちがう、なんで、なんでなんでなんで、どうして。俺は違う。俺じゃない。俺は悪くないよ。俺は間違ってない。俺は悪くないんだよ。」

 「そうやって責任から逃れようとして、あなたは、今自分の罪の意識から逃げている。

 私はそれを許さない。」

 「!!!」


 龍怜の言葉に、レオは心臓を握りつぶされるような感覚にされた。

 彼女の言葉による、攻撃は止まらない。


 「アルゲディ、答えて。なんでメサルティムちゃんを殺したの。」

 「殺してないわよ。言いがかりはやめて。」

 「あなたが自分の弟子を殺すなんて理由があったんでしょ?

 どんな理由であれ、それは許されないことよ。罪は必ず裁かれなければならない。それが法なのよ。」

 「何度も言わせないで。貴女、頭大丈夫かしら?

 メサルティムは『蚊王』に殺されたの。」

 「じゃあアレはなんですか。貴女とメサルティムさんくらいですよ。アレだけの威力の土魔術使えるのは。『蚊王』が使ったとでも言うんですか。」

 「そうよ。」

 「!!!」


 毅然とそう答える。そうだ。『蚊王』が殺した。

 ポラリスもメサルティムも。だから、レオ達2人が糾弾されるなんておかしな話なのだ。

 

 「そこまで、言うんですね。だったら、私だって使いますよ。」

 

 そう言うと、龍怜は懐から一本の筒を取り出す。


 「『蚊王』だってすぐにスキル無効を発動できるわけじゃないはず。だったら、発動される前に私のスキルで──」

 「それはダメ。」


 アルゲディのステッキから火球が射出されて龍怜が丸焦げになる。

 肉塊からは腐臭が立ち込め、煙で思わず涙が流れる。


 「それは、ダメ。だから、仕方ない。」

 「そう、仕方ない。龍怜は仕方なかったんだよ。アルゲディは悪くないよ。」

 「うん、レオくん。私は悪くないわ。」


 彼女は、龍怜に脅かされそうになっていた。

 彼女の行動は正当防衛だ。

 許容されるべき行為だ。


 「──ふっざけるな。」

 「ん?」

 「ふざけんな。お前たち2人ともふざけんな。」

 「おいおい、なにをそんなに怖い顔して怒ってるんだよアンティリエ。そんな、大切な人を奪われたみたいな顔して。お前の大切なレオとアルゲディ(なかま)は無事だぞ?」


 真紅の瞳が、煙の奥でレオたちを鋭く睨みつけているのがわかる。

 その瞬間、まるであの時、『蛟』にでも睨まれたのかと錯覚するほどの寒気が走った。

 いや、そんな生やさしいものじゃない。もっと凶悪ななにか。


 「お前、アルゲディ、お前がメサルティムを殺したのか?」

 「私じゃないわ。『蚊王』よ。」

 「とぼけんじゃねーよ。とぼけてんじゃねーよ。

 あの大岩見たら、誰だってお前がメサルティム殺したって見るだろうが。舐めてんのか。」

 「はあ、言いがかりね。」

 「言いがかり? 今目の前で龍怜さん殺したのは、お前だろうが。ふざっけんなよ。バカにするのもいい加減にしろよ。」


 様子の違うアンティリエに、レオは完全に萎縮していた。

 まるで蛇に睨まれたカエルとはこのことだ。

 

 「アルゲディ・・・」


 不安感が身を襲って、か細い声で、そう大切な人の名前を呼ぶ。

 すると彼女は振り返って、天使のような微笑みを返してくれる。

 そして、レオにしか聞こえない声で───


 「大丈夫よ。残りの3人なんて私の相手じゃないわ。適当に殺すわ。それも仕方ないわよね。」

 「うん、アルゲディは悪くないよ。アルゲディと俺を殺そうとしたのが悪いんだからね。」


 「なに小声で話してんだよ。無視か? ふざけてるよ本当に。アンテは、もう誰のためにも戦わないって決めてたのに。」

 「ん?」


 「まさか、まさかだ。嫌いだ〜、ムカつく〜と罵り合ってたメサルティムさんを、たいせつに、おもってた、なん、て・・・」

 「貴方さっきから何を言って」


 「心中相手に、アルゲディなんて、アンテの人生ついてねーよほんとーに。」


 刹那、空気が変わった。

 煙が一掃された。

 ポラリスの体から無数の針が飛び出して、アルゲディの柔肌を襲った。

 肉が裂けた。骨が折れた。内臓が弾けた。

 最後に彼女の苦しむ顔を見た。


 「あ、ああああ。」


 「ぐぼえ」

 

 白目をむいて、口から血を流しながら全身の骨という骨が折れ曲がった男の姿があった。

 彼はそのまま地面に倒れる。


 「そ、そ、そんな、そんなばかな。」


 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!

 アルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディアルゲディ!!!!!!」


 何をした。何が起こった。

 瞬きの間にアルゲディが肉塊になり、その次の瞬きで骨がなくなり、瞬きするままなく血が蒸発して無くなった。

 何もない。ない、なくなったのだ。


 奪われた。奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた奪われた。


 「お前らあああああああああ!!!」


 なぜ、殺した?

 アルゲディを殺した?

 なぜ?

 なぜ?

 そんなの無差別殺人だ。

 おかしい、どうかしてる狂ってる。

 快楽殺人か?

 衝動的に殺したのか?

 そんなことが許されるのか?

 アンティリエは、自分が何をしたのかわかっているのか?

 そもそもあれはアンティリエだったのか? 

 口調も全然違ったではないか?

 黙っていた、騙していた。

 何度殺されようと黙っていた?

 なぜ? 

 なぜ黙っていたんだ?

 おかしい。こんなの間違っている。


 「俺のアルゲディをよくも──」


 背中に衝撃が走った。

 もちろん、レオの背中だ。

 目の前にメラクは?いる。マルカブも?いる。

 ならば、


 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 吹き飛ばされながら、やがて壁に激突する。

 内臓が破裂し、骨は砕けていく。

 頭からは血が流れて、近くに流れていたメサルティムの血と混じり合う。


 「『蚊王』、こんなところに・・・」


 マルカブの声はレオには届かない。彼はすでに鼓膜が破れていた。


 「あああああああ!!」

 

 メラクがその巨体を起き上がらせて『蚊王』と激闘する。

 メラクの拳を避け、鋭利な鎌で左腕を切断する。

 バランスを失いながらも、神父の服を真っ赤に染め上げながらもメラクは唇を切って意識を保ち、次から蹴りを放つ。

 それを『蚊王』は蹴り返す。

 あらぬ方向に捻じ曲がったメラクの足、それを無視して『蚊王』はメラクの首を両断した。


 「はぁ、はぁ、はぁ」


 激突した岩から体を抜き出して地を張っていたそれは、驚きだな、レオなんだよね。


 彼は今までの経験から、驚異的な生存力を発揮して致命傷を避け、ぐちゃぐちゃになった体を動かして『安地』へと向かっていた。


 「あそこに、いけば、『筒』がある。あれを使って、体が治る部屋に行くんだ。そしたら、こんな、怪我は・・・」


 目の前から大量の羽音が聞こえてくる。

 まずい、まずいまずいまずい。

 それは、ダメだ。いやだいやだいやだ。


 渦を巻きながら大量の蚊が押し寄せてくる。

 幾重もの口吻がレオの体に突き刺さる。

 筋肉を突き破り、内臓に刺さる。激痛で頭が真っ白になる。

 

 あの時に味わった激痛、それを何倍にも増幅したものであった。

 

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