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第二十九話



 レオ、アンティリエ、マルカブ、メラクの4人で部屋を出る。

 初めて降りる螺旋階段の先は『不死鳥』の道へと続く回廊とはにても似つかない。

 やや湿度が高いか。

 歩みを止めずに前へと前進して、


 「霧?」

 「霧、なぞだね。上の階には霧はなかったし、この空間特有のものだろうか。」


 レオの疑問符に、アンティリエが続ける。

 そこまで濃いものではなく、ただ違和感だけがあった。

 これがもし毒性のものであったなら涙がでたり、皮膚に痒みをもよおしたりしたと思う。

 そういった変化の様子もなく、かと言って警戒するのに越したことはない。


 「メラク、霧に似た毒みたいなものってあったりするのか?」


 レオの質問に、メラクは答える。


 「間違いなく魔術か『蚊王』か、誰かしらが作為的に発生させていることは否めませんよね。

 幽域内に無理やり霧を生んでいるんです。何かしらの目的がないなんてことは罷り間違ってもないでしょう。

 人を寄せ付けたくないのか? とも思いましたが、それだったらもっと目に見える形で有害さを示すと思うんです。」

 「なにか隠したいものがあるってことでしょうか。」


 メラクの応答に、アンティリエが言葉を続ける。

 さらに続けて、


 「なんだかまっすぐ進めているのかの核心がないというか。

 簡単に逸れられるというか。一旦散り散りになったらもう二度と集合できなさそうですよね。」


 アンティリエの指摘を受けて、背筋に悪寒が走る。

 進めば進むほど、霧が濃くなっている。

 もう数メートル先も見えない。

 近くを歩いている3人の顔がかろうじて確認できるというところだ。

 つまり、この霧の中心に近づいているということの証左でもあるのではないかと、レオは感じていた。


 「あーあー、あー。おーい、みんないるよな?」

 「レオくん、レオくん? どこですか?

 アンテはここですよ。」

 「ここと言っても、アンティリエ殿、この霧じゃ見えませんって。」

 「おいおい、マルカブの声がしないぞ。」

 「そう言えば、マルカブ殿?」


 3人でマルカブに声をかける。

 それこそ回廊に響き渡るような怒声を挙げるが、マルカブからの返事は一向に帰ってこない。

 逸れたとは考えたくない。

 ただ、


 「おーい、あれ。おかしいな。アンティリエ?」


 「なあ、ちょっと待ってくれよ。嘘だろ。メラク?」


 「おいおいおいおい、まてまてまてまて。待ってくれよ冗談じゃない。冗談じゃねぇ。

 マルカブ、隠れてないで出てきてくれ。アンティリエ、驚かそうったってそうはいかねえぞ。頼むから肝を冷やさせないでくれよ、メラク。

 ただでさえ、こんなところに、1人で取り残されるなんて気味が悪いのに。」


 誰の声も聞こえない。誰もいない。

 レオ1人だけが取り残される。


 

 瞬間、レオの口内に生暖かくて毛深いなにかが滑り込む。


 「───!!」


 声が出せない。

 反射的に吐き出そうと口の中に手を入れて入ってきた何かを取り出し、確認する。

 それは、拳大ほどの大きさの蚊であった。

 違和感に思考が揺れた。


 「──っぁ」


 一匹が顔面に張り付いた。

 重さで頬が歪む。針が皮膚を貫き、骨に届くほどの深さで突き刺さる。


 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 血が噴き出す音が聞こえる。ズブッ、ズブッ。

 吸われるたびに体温が奪われ、血管が空洞化する。


 「いやだ。いやだいやだいやだ。」


 レオは両手で蚊を掴もうとするが、指が滑る。

 体液が粘着質で、剥がすたびに皮膚が一緒にめくれる。

 肉が抉れる痛み。悲鳴を上げると、口内に別の蚊が飛び込む。

 舌の上で翅が震え、喉奥まで針が突き刺さる。

 唾液と血が混じり、鉄の味が広がる。


 「ああっちょあ、ぐおぼあ、とぐぶふぉあ、なっく、あ。あああ。」


 群れが押し寄せる。数百の蚊が渦を巻き、レオの体を覆い尽くす。

 服が裂け、毛が引きちぎられる。乳首に針が刺さり、乳腺が焼けるような激痛。

 腹部では蚊が列をなし、へその窪みに潜り込む。

 腸が直接吸われる感覚。


 「──っゃっ」


 レオは地面に崩れ落ちる。蚊の重みで体が沈む。腕を振り回すが、蚊は避けない。

 逆に翅で腕を叩き、骨にヒビが入る音がする。


 「───っつ、あっか」


 視界が赤く染まる。目玉に蚊が群がり、角膜を突き破る。

 硝子体が流れ出し、視神経が千切れる。

 痛みを通り越して、感覚が麻痺する。

 だが、蚊は止まらない。耳の穴に潜り込み、鼓膜を破る。

 脳に直接羽音が響く。頭蓋骨が共鳴し、思考が砕け散る。

 鼻孔から蚊が入り、脳下垂体を突く。

 ホルモンが暴走し、体が痙攣する。

 尿道に蚊が侵入し、膀胱が破裂する。血と尿が混じり、股間が熱い。


 「───」


 レオの体は蚊の巣と化す。皮膚の下で蚊が蠢き、筋肉を食い千切る。

 骨髄に針が刺さり、造血機能が停止。血が作られなくなり、臓器が萎縮する。

 心臓が不整脈を起こし、蚊の吸血リズムに同期する。


 ドクン、ズブッ、ドクン、ズブッ。


 最後に肺が蚊で満たされる。呼吸ができず、酸素欠乏で意識が遠のく。

 だが、死の直前、蚊の腹部が破裂する。レオの血と体液が噴き出し、床を赤く染める。

 蚊は満足げに翅を広げ、次の獲物を求めて飛び立つ。


 「───はぁ、ああ、」


 レオの体は、蚊の抜け殻と化していた。皮膚は蜂の巣のようで、無数の穴から血が滴る。

 眼球は空洞、舌は腫れ上がり、喉は裂けている。

 肋骨の間から蚊の幼虫が這い出し、腐敗が始まる。

 心臓は最後に一回、弱く脈打った。血はもう残っていない。蚊の羽音だけが、長く続く、霧の濃い回廊の奥に響き続ける。


 だが、死は終わりではなかった。蚊の体液に含まれる酵素が、レオの神経を刺激し続ける。

 体は痙攣し、指が不自然に曲がる。

 脳は機能停止しているのに、痛みの記憶がループする。

 刺咬の瞬間、吸血の感覚、肉が抉れる音。永遠に繰り返される苦痛。

 蚊はレオの体を孵化場とし、数千の卵を産み付ける。

 卵は体温で孵化し、幼虫が内臓を食い荒らす。

 骨まで溶かされ、レオは液体と化す。


 回廊は静かになった。蚊の群れは、次の獲物を求めて移動しただろうか。

 レオの残骸は、冷たい回廊の底にへたり込む。

 

 きっと、きっと、きっ───




 ***




 「うわあああああああああああ!!!」

 「あああああああ、と、とと、とつ、とつと、ととと、とつぜ、とつぜ、突然どうしたんですか、レ、レオくん。耳、み、耳も、耳元で叫ばないでくださいよ。びびっび、びっびっ、びっくりするじゃないですか!?」


 レオは自身の体を抱きしめる。

 己の顔が、皮膚が、舌が、目が、鼻が、耳が、右腕が、右手が、左腕が、左手が、手の指が、胸が、腹が、背中が、肩が、毛が、右足が、左足が、内臓が、なにもかも存在することを、自分の体を、まるで身体検査をするかのように入念に確認する。


 「あああああああ、はあああああああああ。ふぉああああああ、────ああ。あ、ああっくあ。

 えーあ、ああ。ひやふぃ、っく。」


 レオの様子を見ていたアンティリエたち3人は、不気味がるように表情筋を引き攣らせていた。

 レオ当人は、今でも、内臓の見えないところに蚊の幼虫がいるのではないかという、妄想に押しつぶされそうになる。

 あんな気持ち悪い体験、体験なんて生ぬるい。

 あれは一種の拷問だ。


 「心が、こわれりゅ、よ。」


 自分の声で、そうは発して冷静さを少し取り戻す。

 なにやら心配してか、マルカブが肩を貸してくれていた。

 メラクも膝をつき、レオの顔を凝視している。

 アンティリエは周囲を警戒しつつも、レオの変化を機敏に察知しているらしい。

 レオの瞳に輝きが戻ったことを確認したマルカブは、優しく問いかける。


 「一度戻るか?」


 「───」


 首を横に振りかけ、それをやめて縦に振る。

 このまま進めばまた、レオの体は、みんなの体は、悪辣な無数の蚊に喰い殺されることは、想像に容易い。

 

 「そうだな。俺も流石にこれ以上霧が濃くなるのは危険だと思う。

 命を最優先して、ここは一度ひこう。」


 それだけ伝えると、今度はメラクがレオに肩を回す。

 そのまま両脇を抱えて、背中に回し、おんぶしてみせる。


 「悪い、本当ごめんな。」

 「気にすることではないですよ。ただ、無理しすぎてはいけませんからね。」

 「──ああ。ありがとう。本当にありがとう。」


 歩いてきた道を反転、踵を返して帰路に着く。

 まだ霧に差し掛かって少しというところだ。

 レオたちが今から帰ればすぐにでも霧を抜けて、『安地』へとたどり着く。


 無数の蚊、『蚊王』と区別する意味も持たせるために『蚊軍』とでも呼称する。

 『ヴァンデミアトリックス幽域』にきてから、迷い込んでからというもの、碌なめにあっていない。

 

 『安地』についたら、『蚊軍』の対策も講じる必要がある。きっとポラリスなら『蚊軍』についても知っている。

 なんせ彼女は、レオたちよりも『ヴァンデミアトリックス幽域』に詳しくて、この地獄のような幽域から出るための手がかりになり得る人物。


 ただ、やはり、今彼女の手を借りれるのか、と思案する。

 メサルティムと仲違いしている以上、簡単にポラリスと接触できるとも思えない。

 やはり、早いところ誠心誠意の謝罪をする必要があるだろう。


 「ぐぼえ、」

 「ん?」


 アンティリエの悲鳴が隣から聞こえて、彼に目を向ける。

 口から止めどなく血を流す姿、それだけじゃない。

 腹部にポッカリと穴が空いている。

 

 最期の瞬間、アンティリエの瞳には、怯えや苦しみの色はない。

 彼の瞳には、ただその瞬間を、不服に思いながらも、ある種当然のものとでも言いたげな思惑を孕んでいて、受け入れているように感じた。

 前方に顔から倒れる。

 

 たちまち、周囲には内臓が溢れ出したことによる悪臭が蔓延する。

 その匂いに、鼻を曲げることはない。

 おそらく、メラクやマルカブはそうではないかもしれない。

 ただ、それはレオにとってはもう何度も、嫌というほど嗅いだものだから。


 人の記憶とは恐ろしい。

 元恋人の香水の匂いで、人は懐かしさと胸の締め付けを感じられる。

 タンスの奥にしまわれた服を取り出した時の龍脳の匂いで実家に帰ったような気がする。

 甲子園を夢見た人はグラウンドに立つと、流した汗と仲間の涙を想起する。

 

 溺死しかけたことがある人は水に恐怖する。

 焼死しかけたことがある人は炎に恐怖する。

 殴殺されかけたことがある人は人に恐怖する。

 理不尽な暴力や虐待に晒された人はその人に恐怖する。


 だからレオも、刺激されれば簡単に押し隠していたものを取り出せる。

 思い出したくない。二度と思い出したくないと、心の底から感じていた、思っていた、捨てた、捨てたかったものが、まるでホラー番組に出てくる捨てたぬいぐるみみたいに、レオの元へと帰ってくる。


 この匂い、血の匂い。


 この色、桃色の筋繊維に、滴る真紅の血。


 この情報だけが、レオの恐怖心を駆り立てて、


 「───おおおおおえ」


 胃の中をかき混ぜられたような嘔吐感に襲われる。

 誰かに、口の中へ指を突っ込まれて、そのまま腕まで肘まで滑らせて、気道をいじり回してこねくり回して。


 「レ、オ殿。」


 「メラク。」

 

 メラクのような巨人族だって、レオより視線を低く見せることだってあるのだ。

 例えば片膝をついている時、とか。

 例えば椅子に座っている時、とか。

 例えば床に寝転がっている時、とか。

 例えば胴を真っ二つに切り落とされて、鮮血を撒き散らせ、腸を破裂させながらその場に崩れ落ちる時、、、、、、、とか。


 伸ばされた手を取りかけて、届きかけて、メラクの瞳が白く濁る。

 濁った瞳に命の息吹を吹きかけるための心の臓が拍動を断念したのだとわかる。

 力の本流を失った腕が項垂れて、するりと床に引き寄せられる。


 「──またか?」


 レオの喉に、冷たくて、生暖かい感触を感じる。

 冷たく感じたものは、人を殺すことに特化した鎌で、生暖かく感じたのはレオの血と肉と骨だ。


 「ごぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」


 口から血泡を吹いて、足から力が抜ける。

 知ってるよ、『蚊王』がレオたちを蹂躙しているんだろう。

 知ってるんだよ。お前なんて、お前なんて、何度も何度も何度も、何度も、何度も、何度も。

 何度も、何度も何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も。


 「──おごかあああか」


 喉から広がる熱を両の手のひらで塞ぎ込もうとする。

 それがまるで自分で自分の首を絞めているみたいで、レオは視界が真っ赤に染まるのと、思考が痛みや苦しみに染め上げられるのを感じる。

 

 ドチュ、


 両手のひらを見ても、そこには真っ白の骨が姿を見せて、そして、血液が勢いよく飛び出す。

 飛び跳ねた血液がレオの視界を奪う。


 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 目に血が入って文字通り真っ赤だ。

 それを拭う手もないのに、目に入ったものを指で取るという生まれてこの方慣れ親しんだ仕草は無意識に実行され、そしてレオを苦しめる。


 「ああああああああ、くそ、いてええええええええええ」


 指なんてない。

 切られたんだ。かられたんだよ。両手を切られたんだよ。

 だから、指なんてあるわけないじゃないか。

 だから、誰かの涙を拭ってやることもできないんだよ。

 ただ、患部を刺激して、無駄に痛みに苦しむ。

 

 動脈から勢いよく血が溢れてくるのがわかる。

 今までで1番不愉快で足に嫌な悪寒が走る。

 生命の源の栓を外したみたいな感覚だ。

 とにかく不快で、不快で、不快で、不快で、不快で、不快で、不快で、不快で、不快で、不快で、不快で、不快で、不快で、不快で、不快で。


 「うごあ、」


 頭蓋に針が刺さるような感触があった。

 そうだ。

 

 これだ。


 これだよ。


 これこれ。


 これなんだよ。


 これなんだよね。


 これなんだよやっぱり。


 これが、


 これが、


 これが、 


 これが、1番。


 「イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、」


 『蚊王』の口吻が容赦なく脳に突き刺さる。

 頭蓋が砕けて、周辺の骨や神経を伝って内側から吸引音が反響する。

 

  「イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、」


 人の脳みそを吸うなんてどうかしてるし、そんなことを何度も経験している自分がどうにかならないで、元に戻されるのがいやなんだ。

 

 殺してくれと、何度願っても。

 『ヴァンデミアトリックス幽域』で死ぬことが叶ったことはない。

 レオにとって、


 脳みそが、


 脳みそが、

 

 脳みそが、


 脳みそが、


 脳みそ


 脳みそ


 脳みそ


 脳みそ


 脳


 脳


 脳


 脳


 「───────────」


 知ってるんだよ。

 知ってるの。

 知ってるから、知ってるもん。

 知ってるのさ。知ってるんだって。

 知ってるよ、しつこいなあ。

 

 脳内全体を食べ残しがないかのように吸い尽くす。

 そして、自身の体液をレオの脳内に分泌、吐き出す。

 その分泌液、体液がレオの肉を燃やす。


 知ってるってば。

 知ってるでしょ。

 知ってるんだから。

 知ってるに決まってる。

 知らないわけない。


 その分泌液は、レオを殺さない。

 生かすためのものだって知ってる。

 だから、自分が死ねないのがいやなんだ。

 この分泌液のせいで余計に苦しむって知ってるんだよ。


 力なく倒れ伏すレオの足を掴んで、そのまま蚊王は歩き出す。

 床には血や肉、脳漿が滴っていることであろう。

 損傷のない内臓がやけにうるさいし、暑いし、脳みそはないのに頭がいたい。

 

 突然、浮遊感に襲われる。

 そして、そのまま落下するかと思ったが、すぐに床に倒れる。

 また、落下死しないように力加減をされた。

 

 相対速度が限りなく0になるところで床につくように調整されていたのだ。

 レオは『蚊王』に投げられていたのだと理解する。

 そして、また『蚊王』が引き摺りどこかへ連れて行く。

 

 死にたい。

 死にたい。

 死にたいんだよ。

 もう、いいだろ。

 死なせてくれ。

 死なせてくれよ。

 許してくれよ。

 ゆるせよ。

 赦して。

 許さなくていいからさ。

 せめて、気くらい失わせてよ。

 痛みと意識の両睨みなんて、あんまりだろう。

 

 血もほとんどない。

 それでも、分泌液がレオを生かす。

 さっさと殺してくれよ。

 殺してくれたらまた頑張るから。

 

 アンティリエを死なせないから。


 メラクを死なせないから。


 マルカブを死なせないから。


 アルゲディにちゃんと謝るから。


 メサルティムにちゃんと謝るから。


 龍怜にちゃんと謝るから。


 ポラリスにも、ちゃんと謝って、許してもらえなくても、ちゃんと向き合って、それで、嫌われても、話をさせてください。


 レオの世界はずっと真っ赤だ。

 全てのものに真っ赤なペンキを塗ったみたいな世界だ。

 それでもわかるよ。

 レオが蚊王に連れてこられた場所は、見覚えがあったから。


 ここは、連れてこられた場所は、レオが『ヴァンデミアトリックス幽域』で初めて意識を取り戻した、子供読み聞かせスペースに似てる場所だ。

 

 最後に見た時よりも随分と真っ赤だなぁなんて感慨に耽っていた。

 やめてくれよ、それもなんとなくわかるんだよ。

 だから、やめてくれ。

 『蚊王』のやりそうなことくらい、予想がつかないわけじゃ。


 『蚊王』はレオを乱暴に部屋の中に放り投げると、ピシャリと扉を閉める。


 「───!!」


 「───」


 「───!」


 「───」


 「──!」



 ***



 「あのー、レオくん?」


 「おーい、レオくーん。レオくーん?」


 「これでも喰らえ!」

 「くめい」


 腹部に衝撃を感じて、その場にぶっ倒れる。

 お尻に強い衝撃を受けて、左手でお尻を、右手で腹を押さえる。


 「──ってぇ。」


 ん、ん?

 んん、ん、んん?

 痛い、?


 痛い、痛い、痛い──


 「痛いな」

 「そりゃあアンテが殴ったからね。」

 「そ、そそ、、そう、そそ、そうだな。」


 殴られたら誰だって痛い。

 ただ、もっと痛い感覚を、直近でしてたはずなんだけど。


 周囲を見渡してみる。

 

 「アンテ、ちょっと、何してたんだっけか。」

 「はぁ? アンタバカ!?」

 「突然惣流みたいになるじゃん。

 いや、まあ、バカかもだけど。何してたんだっけか。」


 なぜ自分はこんな霧だらけの場所にアンティリエとマルカブとメラクと一緒にいるんだ。

 ポラリスはどうした。

 ポラリスとは、ポラリスとは、

 ポラリスは、あれ、ポラリスは、ポラリス。

 ポラリスはどこだ。

 そもそもポラリスは、

 

 頭が変だ。

 心も、ポラリスのことだけがずっと思考を支配してる気がする。

 こんなことは今までなかったと思う。

 思案しているレオに、アンティリエが答える。


 「レオくんの判断で、『蛇さん』の部屋に向かってるところですよ。

 あ、アンテのこと試しましたね。

 アンテが話も聞かずに、ただ、アホみたいについてきてる思ったんだろう!

 ふはは、ざんねんだったな、アンテはちゃんと話聞いてました。なので、それは──」

 「ああ、そうか。そうだったのか。ありがとう。」

 「うう。」


 恨めしい目でレオを睨むアンティリエ。


 そんなことは無視して、再度思考する。

 そうだ。

 レオたちは朝、メサルティムと喧嘩して、そこから男だけで話し合って『蛇』の部屋まで向かっているところだった。


 そうそう。それで向かったら霧が立ち込めていて、


 霧はだんだん濃くなって──


 最初にマルカブの声が聞こえなくなって──


 次に、アンティリエ、メラクの声も聞こえなくなって──


 最後はレオも『蚊軍』に殺されて──


 そこまで思い出して、全身に汗が湧き出す。

 毛穴の穴という穴から吹き出して、ただでさえ湿度が高いのにこれ以上高くしてどうするのだと思う。

 いや、そんなバカみたいなこと考えている場合じゃない。

 

 それを考慮して、帰ろうとした先だ、『蚊王』とばったり遭遇したんだ。

 進んでも『蚊軍』がいる。退いても『蚊王』がいる。

 いやまて、まてまて、思い出せ。


 冷静になろうと、頭をコンコンと叩く。

 その仕草に、メラクは怪訝な表情をしながら、


 「レオ殿、言ってくれなきゃわからないことだってありますよ。どうかなさったなら、遠慮せずに話してくださいね。

 私たちは仲間なんですから。」

 「ああ、突然だろう。」


 『蚊軍』は前から来たんじゃない。

 後ろから来たと思う。

 方向感覚が失われかけていたが、たぶん後ろだ。


 だとすると、現在の位置関係的に、俺たちが1番前、その後ろに『蚊軍』が付けていて、そのさらに後ろに『蚊王』がいるのか。

 いや、だったら、さっき『蚊王』と会う前に『蚊軍』と会ってないとおかしい。

 現時点の位置関係は俺たち、『蚊王』、『蚊軍』で間違いないはず。

 ただ、『蚊王』と『蚊軍』じゃ進む速度が違うってことだと思う。

 どっかで『蚊王』と『蚊軍』の位置関係が逆転する瞬間がある。

 だから、さっきは『蚊王』と接敵した。

 それくらいしか考えられない。


 「走るか? いや、今からじゃ──」


 今からじゃ、間に合わない──ような気がする。

 『蚊軍』の進行速度と、あるかもわからない『蛇の部屋』の距離がどんかものかはわからないが、後ろに引いたってどうしようもない。

 下がったら『蚊王』か『蚊軍』に殺されるだけだ。

 

 もう、クソ虫に殺されるのはごめんだ。

 勘弁してくれ、勘弁してくださいだ。


 「少年、どうするんだ。」

 「──アンティリエ、マルカブ、メラク。」

 「はい?」

 「むう?」

 「どうかなさいましたかな?」


 三者三様の返事をくれる。

 ただ、彼らのためにも、なにより、自分がもう虫たちに襲われたくないのだ。


 「絶対に救ってやる。だから、許してくれよ。」


 それだけ言うと、レオは壁に走りながら、頭突きをする。

 勢いよく突撃したことで、頭蓋が粉々になり、一瞬で意識を手放す。

 痛みや苦しみがなかったわけではなく、今まで受けた中で1番鮮烈だったかもしれないが、今までのどの痛みや苦しみよりも一瞬で過ぎていって。

 

 「はああああああああああ!?」

 「し、少年!?」

 「そ、そんな、私たちは。仲間じゃないですか。

 目の前でなんて、あんまりだ──。」


 レオの耳に、仲間たちの悲痛な声は届かない。

 ただ、何を言ってるかなんて、レオが予想できないわけがない。

 アンティリエや、マルカブ、メラクがレオの死を悼まないわけないと知っているから。

 


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