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第二十八話



 危険な夕食会を終えて、今後の方針について8人で話し合った。

 レオたちの話を受けて、アルゲディは一度『不死鳥』との接触は避け、ポラリスのいう、『蛇さん』とやらの調査に赴くことにした。


 明日から早速行動開始ということで、レオは早い事就寝しようとしていたが、ポラリスに引き止められる。

 彼女は先ほど8人で話していた時よりもやや重たい面持ちをしていた。

 

 「ポラリス、どーしたんだ。1人じゃ眠れないとかか?」

 「違いますよ。そもそも、ボクは睡眠なるものは滅多に取らないです。」

 「冗談だよ。───それよりも、なにか気になることでもあるのか。力になれるかはわからないが、1人で抱え込んじゃあダメだぞ。」

 「──、!」


 レオは青くてひんやりとした手のひらに引かれて『安地』を出る。

 危険だから中で話そう、というか悩んだが、きっと他の人に聞かれたくないことなのだろうと、だから素直に従った。

 螺旋階段のある場所まで向かうと、ポラリスは歩みを止める。

 レオは螺旋階段の一段に腰を下ろして、


 「俺を信じていろ。」

 「ど、どういうことですか。」


 レオの言葉に、ただ頭の中をかき乱されて、戸惑い、疑問符だけが紡がれる。

 その場でたじろぎながらいるポラリスに、レオは左手で隣をポンポンと叩く。

 レオの仕草と視線に導かれて、ポラリスはレオの隣に腰を下ろす。


 「お(まじな)いだよ。ポラリスの心を強くしてくれる。

 こうやって、目を瞑るんだ。」

 「こ、こう!」


 言われるがままに、ポラリスは瞼を閉じる。

 視界は暗転し、それまで得ていた情報量が途端に急減する。

 それと同時に、なんとも説明のつかない不安が胸中を支配するのを感じる。

 なんとなく、瞳を開きたいという欲求が生じた。


 「──ポラリス。」

 「は、はいっす!」

 

 少し上擦った声音で応答する。

 レオはポラリスの手を取ると、ぎゅっと握りしめて、

 

 「話は『蛇』のことだよな。

 それがポラリスにとって不安なものなんだって。」

 「───」


 ポラリスはなにも答えられないでいた。

 薄目でレオの方を見やると、レオはまだ目を瞑ったまま自分に語りかけているのだと気づく。

 そして、再び目を閉じて、今度は自分の手でも目を覆い隠す。

 なぜそこまでしたのか、そこまでしなくちゃいけないと思ったのかポラリスにはわからなかったが、手で塞いだと同時に、胸の奥にモヤモヤとした、なんとも形容し難い不快な重しを感じた。


 「中にいた方が安全だなんてこと、俺たちより理解しているポラリスが、自分で手を引いて外に連れてきてくれたんだ。

 俺としちゃ、真剣に向き合いたいと思っているし、ポラリスにもちゃんと話して欲しいと思ってるんだ。」

 「───、はい。」


 レオの口調は穏やかで、どこか覚えのある温かみのようなものを、ポラリスは感じていた。

 胸の奥にはモヤモヤが大きな顔をして居座ってはいたが、手から伝わる熱が少しだけ、そのモヤモヤを和らげてくれているような気がした。

 

 生まれてこの方、いや、意識や自我があるころから、ずっと1人でいたはずなのに、覚えのあるなんて変な感触だなぁと思いながらも、今はその感触を、感覚を、感じることに心を奪われていた。


 「誰にも聞かれたくない、俺だけに話してくれる気になったことが、俺は心の底から嬉しいんだ。

 きっとたぶん、俺は誰かに必要とされていたかったんだって、求められていたかったんだって、ここに来てから、なんとなくだけど思うようになったんだ。

 変な話だよな、まったく、過去の俺が聴いたら冷めた笑いを送られること間違いなしだ。

 でも、今は違う。ポラリスが頼ってくれている、助けを求めてくれている。

 それに応えたい、助けてやりたい。信頼に応えてもっと必要とされていたいって。

 だから、俺に期待してくれ。

 たとえどんな困難や無理難題だろうが、俺は俺を頼ってきた人を、無碍にしたり、足蹴にしたりなんかしない。

 俺を求めろ。絶対に力になってやるから。」


 ポラリスの心の中に、また新しいモヤモヤが生まれる。

 胸の中に生まれる。

 胸の中に、レオの手のひらはない。

 ないはずなのにも関わらず、手のひらから伝わる熱よりも、もっと熱くて強烈で、鮮烈で苛烈で、苦しくなるのに、不快感はなくて、無性に縋りたくなる気持ちに迷いが生じる。

 

 「───目を開けてくれポラリス。」

 「ん」


 レオの促しに応えて、瞳を開ける。

 隣を向くと、こちらを見据えている瞳と交錯する。

 食い入るようにその瞳に張り付く。

 だが、もっと見ていたいと思う気持ちと相反するように、ポラリスは目を逸らしたいという欲求が生まれ、その欲求が、目を見ていたいという欲求を凌駕する。


 「あ」


 その瞬間、ポラリスはレオを突き飛ばしていた。

 突き飛ばされたレオは、背中を壁に衝突させる。

 突き飛ばすと言っても、『蚊王』やメラクのような力があるわけではない。

 ただ、こんなことがしたいなんて思っていないのに、ずっと目を合わせていることに耐えられなくなり、ついつい突き飛ばしてしまったのだ。


 「ポ、ポラリス!?」


 突き飛ばされたことに驚嘆しているレオの顔を見ることすらできず、その場に立ち上がると、


 「き、きょきょ、きょうきょ、今日は、む、むり、む、む、無理です〜!!」


 と言いながら階段を上がって『安地』へと走っていってしまった。

 あっけに取られたレオは、少しの間惚けているしかできなかった。




 数秒ののちに、レオは自分の言葉を反芻する。


 「───っくぅ〜!」


 思い出して赤面する。

 赤面、と言っても見たわけではない。鏡があるわけでもない。

 ただ、自分の顔が熱くなっているのを感じながら、よくもまあ、あんな恥ずかしいセリフをとうとうと言えたものだと感心しただけだ。


 「もうちょっと言い回しに気をつけるべきだったかな。」


 ポラリスには明日、ちゃんと折り合って謝ろうと思った。

 レオはすぐに帰る方が安全だということくらい脳みそで理解していたが、今の自分を見られることへの恥ずかしさから、熱が引くまで、冷めるまで時間を潰すことにした。



 ***


 

 アルゲディは用心深いというか、しっかりと時計を持参していたため今は朝、日が登って間もないという頃合いであろうか。

 

 「今日は一度『蛇さんのいる部屋(下の階)』に降りてみようと思うの。」

 「決まっていた話だしね。」

 

 アルゲディの言葉に、眠気まなこをこすりながら応答したのはレオだ。

 頭を動かして、ポラリスを視界にとらえる。

 彼女の視線はレオの顔に向けられており、自然と目があった。

 しかし、彼女はすぐに視線を逸らして、地面を睨みつけるように、食い入るように見つめている。


 (──嫌われたかも)


 悲しい事実であるが、仕方ない。

 レオの元いた世界の異性にいったら裏で話題に上げられ馬鹿にされていただろうようなセリフを、異世界の、それも魔物だからと、臭いセリフを吐いたのはレオである。

 レオであるのにも関わらず、後悔しているなんて、なんともな話である。

 これで嫌われてショックを受けているなんてことが他の人に、まして、ポラリスに知られたらレオは立ち直れないかもしれない。

 やっぱり、相手の好意にこちらも同じだけで返すと、かえって嫌われかねないというレオの考えは間違いではなかったと確信に変わった。


 「あ、おはようございますレオくん。」

 「おはさんだぜ。」

 「ん? どうかしましたか?」

 「いやぁなんでもないよ。」

 「なんかある時の返事なんですよそれって。まさか女絡み?」


 『女絡み』という単語に、レオの頭が変な反応をする。

 ポラリスに性別は、ないはず。たぶん。

 でも、女性ぽさは感じていて、彼女が好意を持っていてくれているのはなんとなくわかっていて。

 レオ自身、どうすれば良いのかわからなくて。

 明らかに様子がおかしくなったレオを見ていたアンティリエは、疑惑が確信に変わったという表情に変化する。


 「アルゲディさんとなにかあったんですか!!」

 「はぁ!?」

 「ね、ねぇよ!? アルゲディとはなにも!」


 話を聞いていたアルゲディが眉を挟ませながら2人を睨む。

 レオも必死で否定する。

 本当に何もないから。アンティリエも色恋絡みになると途端に勘が良くなるのかな、と少し感じてしまったが、まったくのダメダメレーダーで、ポラリスのポの字も出なかった。


 アルゲディがステッキを掲げて、アンティリエの顔面に水球をぶつける。

 バシャーンという水飛沫とともに、アンティリエの頭が水浸しになる。

 飛び跳ねた水がレオの服にも掛かる。


 「う、うげぇ〜。」

 「だいたい、どこをどう解釈すれば私とレオくんが、そんな関係になるのよ。アンカスはその脳みそのスペックをもう少し引き上げるための努力をするべきよ。

 私はね、忙しいの。なぜだかわかるかしら。貴方たちみたいなポンコツと違って、」

 「ポ、ポンコツか。」


 ポという文字に反応するが、ポラリスじゃなかったことに少し安堵する。


 「優秀だから忙しいのよ。やらなきゃいけないことがたくさんあるの。だからどれだけ男に言い寄られようが関わらないし、そもそも男に興味なんてないのよ。

 異性に興味が湧くなんて、性欲に脳みそが支配された哀れな半端知的生命物体の行動よ。

 性欲がないと努力できない、そんな人間と一緒にしないで。

 私みたいな天才は、よくのためになにかを成し遂げるなんてことはしないのよ。

 それにね、だいたい貴方は朝から晩まで女性の肉体に興味津々で、本当に拙僧がない。

 気持ち悪い、気持ち悪い、本当に気持ち悪いわ。

 メサルティムに嫌がらせまがいの性欲ぶつけて恥ずかしくないのかしら。

 本当、自制心が効かない可哀想な人。

 私みたいにちゃんと自制心がないと自分の欲に実直になっちゃうんだわ。可哀想。」


 すごい剣幕と、捲し立てるような早口で説教される。

 レオは後半からは何も頭に入ってこなかった。

 それよりも、話の途中でレオたちを、嫌悪するような目つきで睨み、どこかへいってしまったポラリスのことで頭がいっぱいいっぱいになっていた。

 

 ただ、アンティリエはというと、ちゃん朝から話を聞いていたらしい。


 「なんで性欲がないアルゲディさんに、自制心が備わっているんですか?」

 「───っな!」

 「そんな話になってたのか?」

 「───っな、っなな!?」


 思わぬ指摘を受けたことと、そもそも話を微塵も聞いていなかったことに、アルゲディは衝撃を受けて、レオに向けて魔術を放つ。

 ただ、なんとなく、アルゲディの性格を把握してきていたレオはそんな気がしてギリギリで回避する。


 「っぶね!」

 「アルゲディさん、大丈夫? 顔真っ赤だけど。」

 「私に性欲はないわ。ただね、貴方を殺したいって欲求を抑えるだけの自制心があるって話よ。馬鹿2人、貴方たちをよ。

 まったく、これだから頭の悪い人との会話は。貧困な発想で他者を不愉快にするだけに飽き足らず、言葉の揚げ足取りばかりに邁進する愚行を、まるで恥ずかしいとも思わない。あーやだわ本当。

 これだから低脳ごみ劣等クズは嫌なのよ。」

 

 レオのことを睨みつけながら、話し続ける。

 そんなに自分と関係を疑われるのが嫌だったのかと、勝手に傷ついてみたり。

 ただ、ここで終わらないのが、我々のアンティリエだ。

 彼は、絶望的に空気が読めず、ここで話を終わらせばいいものを、


 「はは、これは面白い冗談ですね。笑わせてもらいます。ははは。

 自制心が効く人が、己の感情に振り回されて向こう見ずに魔術ぶっ放すわけないでしょ。

 ははははは、はははは。

 本当に面白いですねアルゲディさんは。朝から晩まで、ははははは。」


 レオに向けていた視線を、キリッとアンティリエへと向けて、すぐさまステッキを向け、

 ると思ったので、急いでアルゲディに飛びつく。

 その直後、アンティリエの頬を鋭い岩石が引き裂く。 

 ツーッと、赤い液が薄い皮膚を裂いて流れる。

 痛みはないが、肌になにか触れた感触があり、手で触れて確かめる。

 そして、自身の手を見て、


 「どわああああああああああ!!!」


 と、1人珍喜劇を発表しだす。

 アルゲディは間違いなく殺せる威力でアンティリエの頭部を異常な精度で狙っていた。

 その事実に、アンティリエはその場にへたりこんで意識を失う。

 

 「どきなさいよ!」

 「ん?」


 顔を真っ赤にし、少し涙ぐんでいるアルゲディが、レオの腕の中にいた。

 飛び出してそのままだと床にアルゲディの肢体が衝撃を受けると思い、咄嗟に庇うように体勢を捻っていたのだと思い出した。

 近くで見ると、本当に綺麗な顔立ちをしていると思う。

 ハートが目の中にある不思議な女の子。

 ちゃんと華奢で、それでもちゃんと自分より強いんだと思った。


 「───な、なによ。」

 

 アルゲディにとっても、アンティリエは目の上のたんこぶなんだろうな。

 アンティリエは気を失ったのだと思う。

 あのおしゃべりで冷やかしに自覚のないアンティリエが、今の2人を見て茶化さない訳がないし。

 茶々入れが入らない時点で、それはないんだろうな。


 「アルゲディ、」

 「は、い。」


 鴇色の瞳に映る自分の顔は、獣のようで、獰猛で目の前の獲物だけを捉えているようだった。

 高慢で高飛車で、誰にでも上から目線にものを語るアルゲディでも、男に押し倒されれば弱々しい姿を晒すことに嗜虐心をそそられる。


 きっと、おそらく、ここで彼女の唇を奪ってしまっても、───


 「お兄、さん、、」

 「師匠様から、離れろおおおおおお!!!!」


 ───ポラリスに呼ばれた方角に視線を向けると、メサルティムと龍怜を引き連れてこちらに目線を向けてきていた。

 ポラリスの声はか細く、ハサミや包丁で簡単に切れてしまいそうな糸屑のようであった。

 悲嘆よりも悲鳴、憤怒よりも怯懦。

 

 「ポラリス、ちがくて」

 「──え、」


 レオの心には動揺が走り、押し倒していたはずのアルゲディの上から離れる。

 そのレオの行動に、拍子抜けしたような、期待を裏切られたような、捨てられたような嘆きを発したのはアルゲディだ。

 

 「ちゃんと説明させてくれ──」

 「師匠様あああああ!!!」


 メサルティムが全身全霊、トラックを思わせるような体当たりをレオにお見舞いする。

 ポラリスに近づこうとして、歩みを進めていたレオの体が飛び、そのままアンティリエと衝突する。


 「ぐおあ、」

 「どわあ」


 体当たりするときのメサルティムのアモン角が鼻に衝突し、顔からは血が流れていた。

 腹の下の横隔膜に肘を捻り込まれたことと、勢いもまさりうまく呼吸できない。

 

 「師匠様、師匠様、大丈夫ですか!?

 あの男に、なにもされてませんか!?」

 「───。あ、うん。」


 レオの肩を背後から掴む手に抑えられ、そのまま地面に叩きつけられる。

 それをした真紅の瞳と目が合うが、すぐにその瞳は抱き寄せあう少女たちの方に向けて、


 「アンテがなにをしたって言うんだ!

 朝からメサルティムさんが暴走して、本当に困った話ですよ。レオさんに怒るのはメサルティムさんのやることじゃないし、そとそもアルゲディさんだってあんまり嫌そうじゃなかったじゃないですか。

 これは納得できないですよ。アンテを巻き込んだことを誤って欲しいです。」


 珍しく、女性に向けて怒りを露わにしている。

 纏められていた長髪が解けている。

 彼はいつも、自身の簪で髪を整えているため、そこまで思い至って、レオはアンティリエがいた場所を見る。

 そこにはポッキリとおられた銀色の簪が無惨な姿で転がっていた。

 

 アンティリエの物言いに、これまた怒り心頭のメサルティムが、アルゲディを強く抱きしめながら、金切り声に近い声で、


 「もういやよ。そもそもアンティリエだって私に気持ち悪い性欲ばかり向けて、本当に気持ち悪いのよ。」

 「アルゲディさんにだってそうですよ。アルゲディさんがアンテに癇癪で魔術ぶっ放そうとしたから、レオさんがそれを庇ってアルゲディさんの魔術妨害したんですよ。

 悪いっていうならアルゲディさんですよ。」

 「どうしてよ!だったらすぐに離れればいいじゃない。どうしてそうやってすぐ男の人って女性の体を長く触っていようとするんですか。

 本当に気持ち悪いです。師匠様だって、嫌だったに決まってます。」

 「アルゲディさん、メサルティムさんに言ってやってくださいよ。私が衝動的な思いつきでアンテのこと殺そうとした、殺人未遂の犯罪者だって!」

 「──なっ、被害者ヅラ!?

 情けないわ。男の癖に、どうせあなたが好き勝手、師匠様に失礼な発言ばかりしていたのでしょう!

 だったら殺されたって文句言えないでしょう!!

 絶対そうよ、いつもそうだったもの。男の人は下半身でしかものを考えられない。

 そうに決まってるわ。もう嫌、嫌よ。早くこんな人と別れたい。」

 

 瞳に大粒の涙を浮かべながら、それでも怒りをはらんだ視線をレオやアンティリエへ向けている。

 それは明確な憎悪であり、今生まれたと言うものでもない。 

 ずっと我慢していた、押さえ込んでいた、蓋をして、隠し通していたものの箍が外れたというべきものだ。

 

 「師匠様、これからは男女で生活空間を分断しましょう。彼ら、いえ、奴らなんて信用できません。」

 「あえ、」

 「アマネさんも、ポラリスさんも。それでいいですよね。」

 「んあえ、」

 「ボ、ボクは」

 「もう見たでしょう?

 あなたの信じていたレオさんも、所詮は欲に飢えた男なんですよ。夢を見るのはここまで。

 関わるだけ無駄ですよ。」


 それを聞いていて、怒るのはアンティリエだ。


 「ちょっとちょっと、何勝手に話進めてるんですか!?

 まだアルゲディさんの承認も得てないし、メラクさんやマル輩だって来てないのに。

 自分勝手すぎますよ。話し合って───」

 「あなたたちとは協力できないって言ってるの!!!!!!

 このままだと、ここで餓死するか。魔物に襲われて死ぬか、あなたたちに襲われて死ぬか。

 あなたたちは、自分たちがどれだけ女性を怯えさせてるか自覚がないんですよ。」


 そう、涙声で訴えかけるメサルティムに、レオもアンティリエも、アルゲディも、龍怜も、ポラリスも黙り込む。

 彼女は正しく怯えていたのだ。

 純粋な恐怖への排除と、自分たちの安心と安寧を築くために最善の一手に指をかけた。

 彼女の生存本能を、誰が、どんな権利を持って棄却することができようか。

 それでも、それでも納得いかない人間だっている。


 「それだと、このまま死ぬことが前提みたいじゃ──」

 「だったら救ってよ!!」


 アンティリエの怒号に対して、同じく怒号で返すメサルティム。


 「無理だよ。もう私たちの運命は決まってるようなものだよ。

 最後の時間くらい、最期の瞬間くらい好きに過ごしたいでしょ。

 だからもう、その時まで妥協しないの。我慢もしない。」

 「───」


 三角座りしながら、だんだんと弱くなる声でそう言う。

 いつのまにか、アルゲディとメサルティムの関係は逆転しており、泣き喚く彼女をアルゲディがあやすようになっていた。


 「───なんだよ、それ。」

 「?」

 「メサルティムさんは、ずっとそうやって諦めてたんですか。なにもする前から、できない、やれっこないって。諦めてたんですか。」

 「───、そうでしょ。だって、そうでしょ。

 私にはもうできない。あなたにだって、私より弱いあなたに何ができるのよ。」

 「っぐ、」


 アンティリエが奥歯を噛み締める音が聞こえる。


 「───弱くない、アンテは弱くなんかない!」

 「弱いわよ!!」


 メサルティムが杖なしで魔術を使い、氷の刃を作り、アンティリエへと放出する。

 それが棒立ちのアンティリエの皮膚を切る。

 鮮血が部屋中を塗り染める。

 床に赤い液体が滴り、見ているだけで痛々しい。

 水滴と血液がまじり、すこし輝く氷が赤黒く変色していく。


 「あああああああああああ!!!」

 「ほらね、あなたは私より弱い。私より弱いあなたに何ができるのよ。無理よ。諦めるしかないのよ。

 師匠様、ごめんなさい。でも、こうするしかない。」

 「メサル、ティム。」


 横になって痛みに悶えて、絶叫しているアンティリエに近づく。

 アンティリエの表情は歪み、呼吸は浅く、このままでは、死んでしまう。


 なにか、なにかしなきゃ、このままじゃアンティリエが死んじゃう。

 

 「アルゲディ、助けてくれ。」

 「レオくん。」

 「師匠様、無視ですよ。無視無視、ほっておきましょう。せいぜいしますよ。これで。」

 「ああああああ、」

 「頼むよ、このままじゃアンティリエが死んじまう!!」

 「!? 師匠様に、その手で触れるな!!!!」


 レオの頭部に火球が降り注ぐ───


 「、!? ポラリスさん!?」

 「あっつ、お、お兄さん。大丈夫っですよ。ボクが、守って、」

 「ポラリス、ポラリス!!!」


 メサルティムとレオの間に身を挺して滑り込み、その爆発を一身に受け止めたその少女の体を抱き止める。

 自然と、レオの目からは涙がこぼれ落ちる。

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。

 アンティリエだけじゃなくて、ポラリスまで。


 「っち、」

 「ぐお、」


 彼女の細い足が、レオの顎に吸い込まれる。

 力が強いわけではないが、靴に何か仕込んでいるらしく、脳が振動し、視界が赤く染まり、喉からは苦鳴が溢れ、口の中には鉄の味が広がる。

 それでもポラリスを抱きしめる手を緩めず、2人して後方へと倒れ込む。


 「な、なんてことだ!!」

 「メサルティムさん、まさかこれをあなたが!!」

 「───、そうよ。あなたたちがいないことはね。」

 

 くそ、意識が、


 

***



 レオが意識を失った後、部屋に入ってきたマルカブは絶句した。

 少し遅れてやってきたメラクは、倒れたレオとアンティリエを寝台に寝かせた。

 そして、マルカブがすぐに、キューラに頼み治療をして、アンティリエは九死に一生を得た。

 レオはそこまで重症ではなく、メラクが応急処置を、アンティリエが意識を取り戻したのちに、マルカブがキューラで治癒をした。


 「──アンティリエ?」

 「おお、レオくん。おはようございますですよ。」

 「マルカブ?」

 「おう。」

 「メラク?」

 「まったく、」


 レオに抱きついて喜ぶアンティリエと、手を優しく握ってくれるマルカブ。頭を抱えているメラク。

 それと、ここには、後1人、たしか、


 「ポラリス、は?」


 そうだ、レオにとって、なによりも大切な人。

 ポラリスはどこだ。

 なによりも優先したい。レオを体を使って守ってくれるくらい、思ってくれる。

 その気持ちに応えたいと本気で思わせてくれる少女を呼ぶが、返事がない。

 そんなレオの様子を痛々しいものをみるように、そして視線を逸らす3人。


 「ポラリスは、どうしたんだ。おかしいな、あいつのことだから、まっさきに心配して抱きついてくるとばかり思っていたんだけれど。

 変な話だ。こんな、これは、どうなってるんだ。」

 「ポラリスさんは、メサルティムさんたちに連れて行かれましたよ。」


 そう言うメラクの言葉を、脳内で反芻する。

 

 「───そ、そうか。」


 しばしの沈黙ののち、マルカブが言葉を発する。


 「一応、話はメサルティムとアンティリエの両者から聞いた。

 たくお前ら若い奴らは朝ぱらから問題ばかり起こすなおい。」

 「──ごめん。」

 「いや、攻めたいわけじゃないんだ。俺だって男だ。アルゲディみたいな可愛い女が目の前にいたら、一瞬くらい、目移りしてしまうよな。」

 「マルカブ殿。レオ殿は、目移りしたことではなく、それが発端になったケンカに対して謝ってるのではないかな。」

 「むう、そうか。それは失敬。」


 咳払い一つして続ける。


 「──女子グループ? は、用事があるとかでしばらく前にここを出てったよ。んで、俺たちはどうするかって話なんだが。」

 「俺が起きるのを待ってくれていたと。」

 「そういうことだ。俺とメラクの意見なら、ポラリスのいう『蛇の部屋』とやらに行こうと思う。

 ただ、その肝心の『蛇の部屋』とやらはポラリスしか知らない始末。どうしたものかなって。」


 マルカブは手を顎にやって、考えるポーズを取る。

 アンティリエが手を挙げて、


 「ここで待ってるってのはダメなんですか?」


 アンティリエの質問に、レオも同調したい。

 ポラリスがいないのに、無闇に『ヴァンデミアトリックス幽域』をふろつき周りたくない。

 どこからともなく、ランダムエンカウントで『蚊王』が出てくるのだ。

 そうすれば一貫の終わり。

 ポラリスが帰ってくるまで、そこまで考えて最後考え直す。


 「ポラリスが帰ってくるのはいつ頃になるんだ。」

 「そんな長く帰らないとなんてことはないと思いますが、」

 「なんとなくだけど、今のメサルティムなら、帰ってくるまでレオ()たちが何もしていなかったって知ったら問答無用で殺しにきそうじゃないか?」

 「ぬ、た、たしかに。」


 一理あると肯定するアンティリエ。

 いつのまにか結われ直していた髪を触りながらで、その仕草でレオは一つ思い出した。


 「アンテ、これ、返しておくよ。」


 ポケットの中から折られた銀色の簪を取り出す。

 それをみたアンティリエは、一瞬だけ顔を輝かせると、すぐにそれをレオの手の中から受け取り、感謝を伝えてくれる。


 「無くなったかと思いましたよ。」

 「俺も無くしたら悲しむと思って拾っといたよ。」

 

 「ありがとう〜」と喜んでくれるのは純粋に良かったなと思う。

 アンティリエの表情が少しだけ綻んだ気がした。

 ただ、まだ少しだけ影がさしているのには変わらないと思う。

 メサルティムとのやり取りで、どんどん闇が深くなったように感じて、少しでも光を当ててやらないとすぐに闇へ吸い込まれてしまいそうな危なっかしさがアンティリエにはあった。

 

 「当たりをつけて探すってのはどうだ?」

 「ほう。それは、レオ殿、どういうことなのかな?」

 「単純さ、俺とアンティリエとマルカブは、一度『鳥の部屋』に行ったことがある。

 あのとき、螺旋階段を登っただろう?

 『蛇の部屋』が同じような構造の中にあるなら、降って、回廊をまっすぐ突き抜けた先にある。

 そうやって当たりをつけて捜索する。

 なかったら、下手に足を突っ込まずにすぐに退散する。今できる最大限の捜索ってとこになると思う。」

 「ふむ、」


 レオの話に、耳を傾けてくれるようになったメラクの存在は大きい。

 大幅な戦力増強にも、ブレーンとしても、ブレーキとしても。

 ただ、ポラリスが抜けた穴は、きっとレオやレオたちが思っている以上に大きい。それは単純な戦略や心の穴以上の大打撃がある。


 「俺は変わらない。少年の選択が最善だと信じてる。最善にしてやるって意気込みもある。」

 「そ、うですね。そうしてみましょうか。」


 マルカブとメラクの同意を得る。

 アンティリエはというと、こちらも親指を立てて、肯定の意を示す。


 「──っし、Mr.メンズ! 出発だ!!!」

 「? おお?」

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