第二十七話
行きとは1人増えたメンバーで安地へと戻ると、驚愕していたのは全員であった。
龍怜もアルゲディもメサルティムも予想していなかったと言う反応。
「いったいどんな悪魔と交渉したのかしら。
だれが契約したのかしら?」
「別にちょっとぶつかったらメラクが丸くなったんだよ。」
龍怜は、「そんな鉛筆みたいな」と、いったいわけがわからないと言った様子で呟いていた。
メサルティムは、「私はポラリスさんは新しい研究対象になると思っていたので、ちょっとだけショックですね。」と、これまた物騒なことを呟く。
その言葉を聞いて、すぐにレオたちの後ろへと隠れる。
「あー、一応言っておくが、骸骨部屋は攻略しちまったぜ。不可抗力だと言いたいね。」
「そもそも骸骨部屋って何よ。」
レオからの事後報告を受けても、そもそも骸骨部屋――鎧骸骨たちが集められていた部屋は、ポラリスしか知らなかった。
「『ヴァンデミアトリックス幽域』で死んだら俺たちが行く場所だ。」
「つまり?」
「過去にここに来て、そのまま変えられず死んだ人が集められた、白骨化した遺体だらけの部屋があったんだ。
彼らは軒並みスケルトンになってたから、それを俺たち5人が協力して『浄化魔術』で解放したって話。」
アルゲディたち3人は「あー」と、
「最初からそう言いなさいよ。」
「――説明ご苦労様ですくらい言えよ。
まったく可愛げがないな。」
「可愛げとか必要じゃないのよ。特に研究者にとってはね。」
など言っている格好なのだろうか。
明らかに可愛いものが好きな人間の格好にしか見えない。
だってあれだぞ、レオが魔女と言おうとしたら、強引に魔法少女と被せてくるような人間だぞ。
「ぐぼへ」
レオに向けられたステッキから巨岩が生成され、発射される。
一直線にレオのおでこに直撃すると、その後、二発目、三発目に、右足と鳩尾に発射される。
「ど、どおじで」
「私は可愛いもの、好きじゃないから。」
「へ、へい。」
額から流れる血を、マルカブがキューラに頼んで癒してくれる。
血は止まり、肉はつながり、痛みは止む。
マルカブがレオを治癒している様子を見ていたアルゲディたち3人は、信じられないと言葉を残したのちに、絶句する。
言葉を失って棒立ちしているメサルティムの胸に、細い腕が伸びるが、メサルティムの持っていた杖が彼、アンティリエの頭頂部に直撃する。
「ぐぼへ」
「アンカス、お前本当懲りないな。」
「くそう、あとちょっとで悔いのない人生を送れたと確信できそうだったのに。」
メサルティムはいつものごとく、アンティリエを犯罪者を見るような目つきで睨みつけている。
そして、
「アンカスは、女の子なら誰でもいいんですか?
それとも、私だから、―――体を狙うんですか?」
メサルティムの問いかけに対して、アンティリエは数秒だけ深く考えると、
「どうしてそんなこと訊くんですか?」
と、あろうことか逆質問で繰り返す。
確かになぜそんなことを訊いたのかは、レオも気になってはいる。
なんだか、まるで高校生の恋愛みたいじゃないか。
そんなの、そんなのって!
レオが1人胸中で悶々としていると、メサルティムは自分の問いかけがどうして出たのか本気でわからないようだった。
彼女も数秒間、裏は色の瞳を閉じて、「うーん」と喉を唸らせながら、考えると、ゆっくりと瞼を開いて、
「師匠様やアマネさんに、その、胸に手を伸ばしているのを見たことがないので。」
レオは彼ら彼女らとあって数時間程度であるから、確かにわからないが、アルゲディは、
「確かにそうね。」
と、メラクは、
「そう言えば、メサルティムさんが被害者になっているのはよく見かけていましたね。」
と教えてくれる。
「ちょっと訊いてなかったんだけどさ、いやまあ、女性に歳を訊くのは気が引けるんだが。
アンティリエとメサルティムって、歳いくつ?」
「アンテは男ですよ。」
「お前につけた配慮じゃないわ!」
小ボケを挟みつつも、アンティリエは、「17です。」と。メサルティムは、「16です。」と。
レオは少し考える。
お互い同年代。きっと何日も同じ時を過ごしてきたのだろう。
それなら、メサルティムがアンティリエを意識していても、何も変じゃない。
いや、もちろんね? アンティリエの異常行動や数々のノンデリ発言やセクハラ行為は目に余るんだけどさ。
それでも、同年代の異性に好意を向けられれば、少なからず意識はするよね。
レオ自身もそうであったように、きっと彼らもそうなんだと思う。
となると、
レオはアンティリエに肩を回して、他のメンバーに会話がかからないようにぐいっと後方へと連れて行く。
そして耳元で、
「いいか、アンテはメサルティムさんだけしか興味ないって言うんだ。こう言う時に、アルゲディさんは胸がないから興味ないとか、龍怜はそげぶ」
後頭部に鋭い衝撃を感じる。
隣で倒れたレオを見てアンティリエは、「レオくうううううううん!!」と叫んでいる。
思わず後頭部を触ると血がベッタリとついていた。
振り返ると、そこにはまたしてもステッキを構えた、
「アルゲディ! なんでまた魔術を使いやがったんだよ!」
「こそこそ話してたからよ。」
「パーソナルな会話を聞き耳立てることの方がよっぽど問題だろ。まったく、これだから。」
レオがマルカブにまたしても治癒されている間も、
「までも、確かにアンティリエはメサルティムさん以外は興味ないのかもしれないですね。」
と、レオの忠告通りの言葉を言った。
よくやった、と顔で伝えるが、当の本人は、「 ? 」といった表情をしている。
その言葉を聞いてメサルティムはというと、後ろに顔を向けて、長い髪に手を伸ばして、「そう」と素っ気ない反応を示すだけだったのだ。
「ふふふ」
「なに笑ってるんですかメラクさんは。」
「いやあ、微笑ましい光景だなと思っただけですよ。
私はここはまだ危険地帯ですから気を張っているつもりでしたが、なんとも気の抜ける話もあったものだ。」
「同感だな。」
と、メラクの言葉に応じたのはレオだった。
アルゲディは終始???。龍怜はメサルティムを見てドン引きしている。
気持ちはわかる。だって、ちょっと男の趣味が悪いなんて話じゃないし。
「アンティリエさんのこと、私はなんとも思ってませんけどね。強いて言うなら、気持ち悪いくらいかなと。」
「えー、そんな体つきなのにー!」
「か、体つきと気持ちは関係ないでしょうが!」
顔を真っ赤にして振り返り、抗議している。
なんとも微笑ましいこと微笑ましいこと。
「はぁ」
「どうしたんですかレオくん。」
「いやさぁ、俺もどうせならモノホンの恋をしたかったなって。
見栄とか度外視で彼女作るべきだったよ。幼稚だな俺は。」
そのレオの言葉を聞いていた龍怜は、「被害者ヅラだね。」とだけ言っていた。
抗議するだけの気力も、レオの体の電池が突然訪れる。
視界が周り、瞼が重くなる。
肉体時間では数時間だが、精神的な時間軸では、もう何年も寝ていない。
きっと色々と心労が片付いて、それで、
***
レオが突然スリープしたあと、残された7人は、それぞれ何があったかの報告会をすることにした。
最初に、レオたちと共に行動していたマルカブが説明する。
「さっき話した、骸骨の部屋。あそこにはもう何もないな。他にも燃える鳥がいた部屋があって、そこは近づくのは避けた方がいいだろうな。」
「ちょっと待ってね、マルカブ。貴方それ、」
話を始めたマルカブを見て、アルゲディが彼の顔を指さして、否、歯を指さして呟く。
「そんなに黄色かったかしら。明らかに変よ。」
「それは少年たちにも言われた。
ただ、俺としてもまったく心当たりがないどころか、別に体調に変化もないし、困ってないのが本音だ。」
「いやいやいやいや、そもそも歯が黄ばむ方が困るでしょ。
どうして体調の心配が先に出てくるのよ意味がわからない。」
「そ、そうなのだろうか。」
首を傾げてそう訊ねる。
しかしその問いに返答する者はいない。
マルカブは木剣片手に、それを一振りすると、
「俺の体に何が起きて、他の人に何も起きてないんだったら問題ないさ。
なに、それよりも、早くこんなところから出る方が先だろう。
アルゲディ嬢、なにかわかったことがあるんじゃあないのか?」
そう言われれば、誰も反論することはなく、
「わかったこと、ね。
あるにはあるのだけれど、あまり心乗りする話ではないの。」
「ほう。」
アルゲディは別の部屋から石板を持ってくる。
そして、それを何度か繰り返すと、最後に紙の束を持ってくる。
さらに、その石板と紙を指さしながら、
「文法はわからないから、単語を繋げて、なんとなく意味が通るように、翻訳したものなんだけれど」
「おそらく、タイトルのようなものかしら」と呟いて指さしながら、
「ふにゃふにゃちゃらちゃら計画? 実験?みたいなものらしいわ。たぶんこの部分は固有名詞なんだと思う。辞書を引いても出てこないから。」
「となると、何か呼びやすい名前があるといいなって思いませんか?」
と皆に尋ねたのはアンティリエである。
彼の提案に、アルゲディは「それもそうね。」と呟くと、
「『ポラリス計画』ってのは、どうかしら?
かなりいい線いってると思うのだけれど。」
自信満々に伝える。
彼女曰く、アンティリエが来る前からそう名付けようと思っていたようだ。
ポラリスが何かしらの目的でここにいると踏んでのことだそう。
彼女は続けて、「たぶん順番に間違いはないと思うのだけれど、」と前置きして、
「目標、なんちゃらの討伐。なんちゃらを討伐するために、敵のなになにに入る。
―――たぶん、なんちゃらってのは、『蚊王』のことで、なになには、『ヴァンデミアトリックス幽域』のことだと、私は解釈したわ。」
「すごいです、師匠様。ここまで解読できるなんて、流石です本当に!」
「ふふふん、ふふふーーん!
アルゲディ様には、こんなこと朝飯前にできるのよ。」
「アルゲディ、続けて」
胸を張って、弟子に褒められていい気分になっていたところを、友達の龍怜に水を差される。
彼女の言葉にハッとし、周りを見るとぽかんとしていた。
一度咳払いをしてから、
「『蚊王』を倒すために、3つの道具を作り出した。それぞれを、
―――どうやら、この記録を残した人とは別の誰か、3人?に、作り出した『3つの道具』を一つずつ渡したみたいな記述があるわ。」
アルゲディによると、この石板に文字を刻んだ、仮に『著者X』とでもしよう。
著者Xの他に3人の協力者がおり、彼らはみな、『蚊王』を殺すために、あえて『ヴァンデミアトリックス幽域』に潜り込んだ。
殺すための3つの道具と言われるものを生み出して、仲間に与えたようだ。
「それぞれ名前がつけられているみたいでね、もちろん解読不能だったわ。
なんとなくのニュアンスだけは掴めた。
一つ目は、『消すための本』。
二つ目は、『出すための本』。
三つ目は、『蚊王を殺すための剣』。
だいたいそんな感じだと思う。」
さらに彼女説明を聞くと、一つ目と二つ目は本当に意味不明で、本が『蚊王』を殺すための要素になるとは微塵も思えなく、何かしらのヒントが書かれているのではないかということ。
そして、三つ目は、膨大な魔力を消費するとのこと。
「他の石板も、解読してみた感じだと、半ば懇願に近いというか、日記に近いというか、未来の『蚊王』を殺してくれる誰かへの依頼のようなものだったわ。」
そう言うと続けて、
「『蚊王を殺すための剣』を使えるだけの、――たぶん生物だと訳せるかしら。――生物はこの世界には存在しない。
それだけの魔力を一度に保有するのは不可能に近い。
そこで、魔力量の多い、仲間の1人に『蚊王を殺すための剣』を与えた。
仲間は長い寿命を持っている。
私の寿命では足りないので、『ヴァンデミアトリックス幽域』にきた人に、この願いを任せたい。
―――って感じのことが書かれていたわ。」
ひと段落終えたアルゲディは、一度その場に座ると、「うっ」と床から声が聞こえてくる。
その声の主は起きることはなかったが、少し寝心地が悪そうであった。
話を聞いてもなにも入ってこなかったアンティリエがアルゲディに訊ねる。
「まったくわからないですよ。今のところ『蚊王』を殺そうとしてる、その石板に文字を刻んだ人の願いしかわからないんですけど。
そもそも剣とか、『本』とか、、、、あ!」
そこまで訊ねて思い出すことがあった。
それはアンティリエだけでなく、ポラリスやマルカブも同様。
アルゲディはアンティリエの驚きに、何も語ることなく、彼の次の言葉を待つ。
「ポラリスさん、あのときのあの『本』って!」
「はい、ボクも、2冊あるうちのどっちかだと思います。」
「なんですって!!!!!」
アルゲディがレオの上から跳ね上がる。
勢いよく立ち上がられた衝撃で、「うぼえ」と言葉を紡ぎ、さらに降ってくるアルゲディのお尻に潰されて「げぼふ」と苦鳴をあげている。
そんなことを他所に、アルゲディは、
「貴方たち、本の在り方がわかるの?」
と訊ねる。その問いに、ポラリスは、
「アルゲディさんの思っているものかは分かりませんが、2冊ほど、本がある場所を知っていますよ。」
その言葉に、アルゲディは目を輝かせている。
そして、「こんなにことがうまく運んでいるなんて、、、どんな幸運かしら」と微笑しながらはしゃいでいる。
しかし、その言葉にあまり歓喜していないものもいる。
「貴方たち、どうしてそんな暗い顔しているのよ。
ここから出るために、一歩前進したかもしれないと言うのに。変な人たちね。
まあ、貴方たちがその理由を教えてあげたいって言うなら、教えてくれてもいいのだけれど。」
流石に起きていたが、椅子にされていて何も言えないでいるレオは、「普通に聞けよ」と内心でつぶやいた。
「その本が、簡単には回収できないといいますか。」
「む?」
首を傾げて、可愛い仕草で疑問符を浮かべるアルゲディ。
その疑問符に答えるようにポラリスが、
「お兄さん曰く、本を守ってる奴らを倒さないと、回収できそうにないって。」
「守ってる奴ら?」
「鳥さんと蛇さんですよ。」
「うわああああああ、アンテはもうあの鳥とは関わりたくない、、、、。」
マルカブが言葉を引き継ぐ。
「殺しても生き返る鳥がいたんだ。『蚊王』と渡り合えるような奴だ。
それを倒すだなんて、俺たちでやれるのか。
そういうことを、俺たちは言いたいんだ。」
マルカブの言葉に、アルゲディは思案する。
「なっ! 師匠様、流石にそれは、、、」
「文句お有り?」
「だ、だって、」
「うわーレオくんだけずるい。女の子の抱き枕にだってアンテもなりたいのに。」
アルゲディはレオの体を抱き枕にするように、目を瞑って思案し始めたのだ。
完全に起きるタイミングを見失ってしまったと思った。
こんなことになるんだったら早く起きておけばと後悔。
なにやら少しいい匂いが、
「ぐああ」
突如、下半身に鈍痛が走る。
その痛みは果てしなく、肺が詰まり呼吸すらもままならない。
レオの人生の中でも類を見ない激痛。
視界は暗転し、意識は朦朧とするが、股間だけはその生存を訴えるように、脳に直接訴えるように苦しみを共有してくる。
「あ、貴方、大丈夫?
アマネ、やりすぎよ。」
「私はアルゲディの魔の手から八神くんを守っただけですから。」
「な、なぜ俺の金的を、、、」
今もなお俺の体から離れようとしないアルゲディを押し飛ばして、股間を押さえながら、龍怜を睨みつける。
アルゲディに目をやると、なにやら、少し色っぽいというか、恍惚としている。
まさか、こいつ人の不幸で興奮するタイプ?
ではないと思うが、何にしろ、レオは不条理な痛みにもがく。
「あー、レオさん。それアンテもよくメサルティムさんからされるので、苦しみがよくわかりまぐえええ」
アンティリエも股間を真下からメサルティムの杖でぶっ叩かれる。
レオ同様に股間を押さえながらその場に伏して身悶えしている。
「なぜかしら」
「どうかしましたかアルゲディ殿。」
「いや、なんでもないわ。
それで、レオに聞きたいと思っていたことがあるから、聞いてもいいわよね。」
「うううう、お、おう。ばっちこい。」
アルゲディはレオが寝ていたと思って、先の説明をしていくれた。
起きていましたなんて言えるはずもなく、痛みとともに頷いていると、最後に、
「鳥と蛇? について、貴方は率直にどう考えているか聞きたいは。」
と、自分に意見を訊かれる。
「そーだな、蛇についてはしらねぇが、鳥の方は、俺は勝手に『不死鳥』って読んでるぜ。
あれを殺すとかは無理だと思う。
かと言って、倒さずに目的の本を回収できるとも思わない。
ポラリスに言う、蛇を観察してから今後の方針を定めたいな。」
レオの意見を伝えると、アルゲディはアンティリエを指さして、
「貴方は?」
と訊ねる。
突然の問いかけに戸惑いながらも、
「アンテは、なぜ『蚊王』を殺すつもりなのか分かりません。アルゲディさん、あなたは『蚊王』と戦うつもりなんですか?」
「ええ、そうよ。」
「なぜですか、アンテたちの目的はここからの脱出で」
「脱出のために『蚊王』を殺すのよ。」
「え、」
それは、考えてみれば至極当然の話で。
否、むしろ考えるまでもない話で。
「『ヴァンデミアトリックス幽域』は、『蚊王』が作り出した空間よ。出口は『蚊王』に作ってもらうか、殺して解除させるかしかないわ。」
「そ、そんな、、、」
「もちろん、殺しても解除されない可能性だって考えられるわ。
ただ、殺さなきゃ、このまま餓死するか殺されるかよ。
私たちは、もう『蚊王』と戦うしかないの。
そのための可能性が少しでもあるなら、私はそれを手繰り寄せるための努力をする。
それで、貴方の意見を訊かせて頂戴。」
レオはアンティリエの表情を伺う。
アンティリエは考えているのだろう。
自分がどうするべきなのかを。
レオはよくわかる。彼は今怯えているだけなのだと。
『蚊王』といずれは戦うことになるのだと。
さらに、その前には不死鳥とも戦うことがほぼ決まっている。
レオはアンティリエの手を取ると、
「レオくん?」
「死ぬのは怖いよな。でも、ここでやらなきゃきっと」
「違う。違うんですよ。レオくん。
違う違う、そういうのじゃなくて、違くて、アンテは違くて、死ぬのとかじゃなくて、」
「―――アンティリエ?」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」
「お、おい、だ、大丈夫か?」
「は、は、は、は、」
アンティリエが突然息を切らすと、そのまま後ろに倒れる。
隣に立っていたレオが握っていた手に力を入れて引っ張る。
アンティリエの体は軽く、そのままレオの腕の中にスッポリと収まる。
彼は意識を失っていた。
死んではいない、ただ、気絶していた。
あの様子、レオも何度も何度も見た。
ただ、あれは死への恐怖のはず。
アンティリエが否定した死への恐怖だとレオは思っていた。
「貴方、彼が倒れた原因はわかるかしら?」
「わからない。
――どうなってやがるんだ。」
レオはますます混乱する。
アンティリエのことがますますわからなくなる。
まだ知らないことがあるはずなんだ。
知らないことが、それを知らなきゃ。
***
アンティリエが倒れたのち、メンバーは夕食まで一度自由行動となった。
メラクとアルゲディは同じ部屋に残っていた。
アルゲディはメラクのボロボロの様相を見ながら、「派手にやったみたいね。」と。
アルゲディの言葉にメラクは苦笑しながら、
「いろんなことがありました。
私は彼らを殺そうとしてたんですけどね。
追いかけていたこともバレていました。まったく、図体がもう少し小さければバレなかったんでしょうか。」
と、アルゲディの方を見ながら言う。
アルゲディは扉を睨みつけながら話を続ける。
「殺そうとしたって、貴方ならやりかねないと思ったけれど、筋肉単細胞馬鹿阿呆狂信徒なのは本当なのね。」
「なかなか痛恨な評価ですね。
でも、私は本当に狭心的でした。自分はもっとわがままだったというのに。」
「なんの話よ。」
訳がわからないと、面白くないのか、近くにあったものを蹴って訊ねる。
「私はね、敬虔な信徒なんかじゃないんですよ。」
「!!!」
丸い目を大きく開き、口をパクパクさせている。
なにか言葉を出そうとするが、衝撃の告白に、いや、やばい嘘をつき出して驚愕を隠せない。
アルゲディから見ても、メラクは『光輝教団』の教えには熱心に取り組んでいたし、誰が見ても神父の鑑のような男だったのだ。
今更、とんだ大嘘をついてどうしようと言うのか、というのがアルゲディの率直な所感である。
「意味不明よ。だって貴方は、教えを守るためにポラリスを殺そうとしていたんじゃないのかしら。」
「そうですよ。」
「え、なおさら理解できないわ。
彼らにどんな魔術を使われたのよ。」
「魔術なんでしょうか。もし魔術なんだったら、人の心を解いてくれる、世界一優しい魔術だと思いますよ。」
アルゲディは素直に面白くないと思った。頭のおかしなメラクといるのはかなり疲れると感じてはいたが、まるで牙を抜かれたような彼の姿は、普通の人間になったみたで、自分だけがおかしいかのように錯覚するためすごく不快だった。
「私はね、本当は人間とか魔物とかどうでもよかったんですよ。本当は、自分が化け物じゃないかどうかの方が大切だったんですよ。」
「急な自分語りは気持ち悪いわよ。突然なによ。」
「私は神父です。ま、泥被りの猫被りの、つぎはぎだらけのですけれど。
神父の私からは、あなたは迷える子羊に見えたんですよ。
なぜでしょうね。今までそんな風には一度も見えなかった。
むしろ、迷いもなくて凛としていて、立派で少し妬ましくもありましたが、今は。」
「可哀想とでも言いたいのかしら。」
「そこまでは、」
「ふん、いいわよ。遠慮しなくて。」
頭のおかしなやつに心配なんてされたくないし、御免だと言いたい。
いったい、自分のどこを見て、何が可哀想だと言いたいのかアルゲディは気になる。
「私の話ですけれどね、私は昔、魔物と友達になっていた時期があるんですよ。」
「ふーん、それで。」
アルゲディは内心、そんな馬鹿な話があるかと思いつつ、話の続きを促す。
「それが今もずっと好きな人にバレまして、当時は焦ったな。
でも、彼女はそんな私を受け入れてくれました。
その時の衝撃たるや、きっと私は救われていたんだと思います。」
「はー、」
「ま、そこから色々あって、私は魔物を許さないと呼称する可哀想な化け物になるのですが。」
「ちょっと待ちなさいよ。貴方自分が何しでかしたかわかってる!?
一番面白そうで気になるところ端折ってどうするのよ!」
「省略したところは、私だけの記憶にしておきたいんですよ。」
「だったらわざわざそんな面白そうな話を私にしないで頂戴。
まったく、気になってお昼寝できなくなったじゃない。」
こんな頭のおかしな男を受け入れる女がいるわけないとアルゲディは思う。
頭のおかしな人間は、その実力でしか認められない。
頭のおかしな人間の内面なんて誰も好きになれない。
頭のおかしな人間の内面まで好きだなんて言う奴は、嘘つきかこちらの反応を楽しむやつだけ。
きっとメラクのことを受け入れてくれた人もその両者のどちらかだろうとアルゲディは勝手に結論ずけた。
「アルゲディ殿、あなたが抱えているものを、受け入れてくれる人は必ずいますよ。
それがなんなのか、誰なのかなんて、私は知らないですけれど、この人だって人を見つけたら、手放しちゃダメです。
手放したら、きっと後悔するから。
後悔したら、それこそ人生が狂う。これは間違いなく確信してます。」
「そ。」
メラクもきっと生まれながらに頭がおかしい人間だとアルゲディは思っていた。
だから、少しだけ親近感を感じていた。
ただ、ここに戻ってきてからの彼は、どこか今までの彼とは違う。
頭のおかしな人間という特徴が欠けているような気がする。
そんなはずはないのだ。
頭のおかしな人間は、生まれながらにおかしくて、後天的に身につくものではない。
だから、頭のおかしな人間以外に、それが理解できる訳がないのだ。
そのはずなのに。
メラクは生まれながらに頭がおかしい人間だったはずなのに。
生まれながらに頭がおかしい人間は、それを抱えて一生を生き続けるしかないのに。
誰とも理解し合えず、誰とも共感し合えず、誰とも触れ合えず、誰とも添い遂げることなんてできないはずなのに。
「アルゲディ殿?」
「なにかしら、」
「打ち明けたいことがあれば、全部じゃなくてもいいですよ。話したくないことは、話したい相手だけに話せばいい。
ただ、最初から理解し合えないと考えるのは早計なのかもしれない。
話して、時にはぶつかっていかなきゃならないこともありますから。」
違和感。
メラクが、自分とは違う、普通の人のように見える。
こんなことは今までなかった。
たくさんの人と会った。たくさんの人を見てきた。
普通の人間は頭のおかしな人間にはなれない。
頭のおかしな人間は普通の人間にはなれない。
おかしい。
メラクが、後天的に普通の人間になっている。
この事実を事実として、アルゲディは素直に受け取れなかった。




