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第二十五話






 「へぶぐぅ」


 背中アンティリエがぶつかった衝撃があった。

 そこで、視界が少し鮮明になる。

 死の直前の記憶を手繰り寄せる。自分の腹の前に左手を、喉元に右手を添えて押さえる。

 息苦しさも吐き気もない。

 今回も少し冷静な状態で戻ってくることができた。

 

 あと数分も歩けば目的地に着くというところ。

 レオに衝突した、アンティリエが腕を振り回しながら、


 「ちょっと! 突然歩くのやめないでくださいよ!

 ぶつかっちゃったじゃないですか!!

 レオくんにはもう少し、レオくん?

 おーい、レオくん?」


 「あ、あえ、おう。」


 (ーー、どうしたものか。)


 このまま鎧骸骨たちのいる部屋へと向かうことになれば、一周目の焼き直しだ。

 かと言って二周目のように逃走して、三周目は討論で勝っても毒殺、毒殺を回避したとしてもメラクはレオたちを殺すための行動をやめないだろう。

 

 (ここで、ここで決着をつける。そうじゃなきゃキリがない。)


 メラクも、レオが時間の巻き戻りをしている事実は知っている。ただ、アンティリエやマルカブ、ポラリスほど鮮烈に知っているわけではない。

 そんなこともあるか、程度だと思う。

 あまり時間をかけすぎると相手に悟られすぎてしまう可能性もある。

 

 「っしゃ、ポラリス。ここからその、白骨化しているっていう訪問者たちの部屋までどれくらいの時間がかかるんだ?」


 レオがポラリスにわざわざそう訊ねたのは、自分が作戦を考えるだけのタイムリミットを確認したかったからだ。

 レオの時間遡行など知らないでいるポラリスは単純にレオが時間を知りたいだけなのだと思い、


 「んー、7分もかからないんじゃないですかね。お兄さんたちの歩く速度にも寄ると思いますが。」


 7分。どれだけ考えられるだろう。

 もしここで踵を返そうとすれば、メラクは自分の手でレオたちを始末しようとするだろう。

 それは過去二回経験済みだ。

 帰ることはほぼ不可能、に近い。

 

 仮に考えよう、レオたちが『安置所』まで向かい、部屋に入らなかったら?

 メラクなら確実に攻撃するだろう。

 どのみちあの『安置所』へ入らなきゃならないだろう。

 入ることがメラクと正面衝突を回避する唯一の手立てだ。

 ただ、『安置所』に足を踏み入れれば、当然新たな問題が生じるわけで。

 レオが一周目で経験した死は、アンティリエが起動させた鎧骸骨たちに襲われて、アンティリエに突き飛ばされたことを決定打に崩壊した。

 よくよく考えたら、アンティリエもレオたちが生き残るための障害になっていることがかなり多い。

 というか、過去三回のうち、すべてメラクが誘導しているとはいえ、二回もレオを殺したのがアンティリエだなんて、まったくもって笑えない冗談である。


 「はっはっは」

 「え、お兄さん突然笑い出してどうしたんですか?」

 「いや、思い出し笑いといいますか。なんと言いますか。 

 笑わないとやってけない、やってらんないわと思いました、はい。」


 変なのー、とだけ言うと、また歩き出す。

 確か一周目では、色々ベラベラ喋りすぎて、メラクに漬け込まれた。

 それを回避しようと思ったが、かなり序盤に話した内容で遡りようがない。


 問題を整理しよう。

 ①鎧骸骨たち

 ②メラク

 ③アンティリエの裏切り


 ①と②は避けようがない問題だが、③はその時々の状況と、アンティリエの精神的余裕によって左右される。

 この三つが同時に被さるのは避けたいな。

 一周目と同様に、鎧骸骨たちの部屋に入って、メラクに突き飛ばされて奥に入ってくるアンティリエへをいつでも支えられるようにスタンバイしておくべきか。

 だが、仮に起動しなければ、メラクの性格的に、特段動揺することもなく、冷静に状況を鑑みて、斧とかなんでも投げれそうなものを投げ入れて、鎧骸骨たちを刺激し、起動させそうなものである。

 止めても仕方ない。ーー、何をどうすれば良いのか。


 鎧骸骨たちを一掃してから安地まで戻る。

 それができるのか? 一周目は準備不足もあったが、それでも今の戦力で葬れるだけのものとは到底思えない。

 自身の戦力のなさや、意外と戦えるマルカブの戦力を計算の当てはめ直しても、どれだけ切ってもすぐに蘇る、不死身軍団に太刀打ちできるとは到底思えない。

 生前がどうであったのか、今となっては確認する術はないが、鎧骸骨たちは総じて強いと言うことはなく、むしろ戦闘素人のレオやアンティリエが武器を持っても、一対一であれば危なげなく勝てる。

 彼らの本領は、個々人の力量ではなく、集団戦における息のあった連携プレーと、人とは違う残忍性や、人を傷つけることに抵抗のないところ、そして倒しても蘇る。

 この世界に来て、この世界に確か深いとはいえない。

 骸骨たちを殺す手段だってきっとあるはず。

 でなければ、この世界は骸骨だらけに、そこで、ふと一つの記憶が引っ張り出される。

 これなら、これがハマれば、この状況を打破できるかもしれない。

 ただ、歯車を合わせることは至難の業と言えるものである。

 レオだって、自分が万能でないことやスキルに頼りっぱなしだったことへの後悔は、この『ヴァンデミアトリックス幽域』に来てから腐るほどした。

 それでも、諦めずに執念深くしがみついているのは、


 「ふー、覚悟を決めろ。やるぞ。」


 ***


 胸に手を置いて、肺に空気を取り入れて、勢いよく吐き出す。

 突然深呼吸し始めたレオを見ていた3人は不気味に思いつつも、レオの異常行動は今に始まった事ではないかと思い直して、


 「開けるか。」


 錆びて青くなった扉に力を込めて切り開く。

 部屋の中に光が差し込み、その様子が鮮明となる。

 初めて見た時よりもハッキリと死体が顕になる。

 頬を冷えた空気が撫でた。

 肝を冷やすそれは、幽霊屋敷や心霊スポットで感じられるそれよりももっと不気味でおどろおどろしい。


 「うっ、」


 部屋に入る前からその景色が鮮明となることで、目を背けるアンティリエ。

 ポラリスは部屋へと入り、マルカブは扉を撫でながら、壁を観察して、レオやポラリス同様に部屋に入る。


 「あいた、」


 扉の前に突っ立っていたアンティリエがうめき声を上げながら部屋へと入るが、それを、扉の前に立ち、外からは死角となっていたレオが抱える。


 「なっ!」


 思い通りにいかなかったことに驚嘆しているメラクの目の前に飛び出ると、彼の胸ぐらを右手で掴み、彼の右腕を左手で使うむとそのまましゃがみ込む。


 ここで、もう一度、八神玲央の能力についておさらいしておく。

 



<<<ヤガミ レオ 16歳

 体力   D+

 筋力   B-

 防御力  D

 魔力   E

 魔法防御 D

 瞬発力  C


 メインスキル  『剛体化Ⅰ』

 サブスキル   『演算Ⅱ』

 ユニークスキル 『逆転Ⅰ』

 コモンスキル  『加速Ⅲ』

         『無反応性化』



 魔術  『土魔術・初級』>>>


 

 レオは自身のスキルである『剛体化』に怠けて防御方面への成長を怠っていた。

 また、才能といった点で魔力は絶望的である。

 しかし、筋力はどうだ。指標となるステータスはB-。

 これは、車を片手で軽々と投げられたり、素手でコンクリートやアスファルトを粉砕できるレベルのものである。

 もっとも、肉体の防御が貧弱なため、そんなことすればレオの腕もコンクリートとともに粉砕されるのだが。


 メラクの巨躯の下に滑り込むと、自身の左足の裏を彼の腹の下に持っていく。


 「な、なにを!」

 「まずは、こそこそ付けてた仮と、俺たちの話を聞けってことからだ!!!!」


 そう言い切るとレオは、自身の左足を勢いよく蹴り飛ばし、メラクを部屋の中に突き飛ばす。

 筋力B-は伊達ではなく、突き飛ばされた、『巴投げ』からの『蹴り飛ばし』を食らったメラクは苦悶の表情を浮かべながら、全身を脱力し、情けない悲鳴をあげながら骸骨の山に落ちる。

 巨躯が落ちた衝撃で、骸骨たちの体がバラバラになる。


 「ん?」


 ふとしていた時、突然開いていたはずの扉が閉まる。

 そのことに焦ったのはレオだけじゃない。

 当然、レオも驚いていた。メラクは部屋に引き入れたのに、これでは1人でに扉が閉まったと言うことではないか。


 「あああ、ああ。」


 惚けた言葉を残しながらマルカブが扉に向けていた視線をメラクへと、鎧骸骨たちへと向ける。

 カタカタと音を立てながら骸骨が蠢き始める。

 そんな骸骨たちを無視して、レオは、


 「ちょっと思っていた展開とは違うが、概ね、予定通りか。メラク、話し合いのテーブルは、こっちが用意させてもらったぜ。

 つっても、直ぐに話し合いとはいかなそうだが。」


 メラクは立ち上がると自身の右手に戦斧を持つ。

 そして、背後から迫っていた鎧骸骨を一撃で倒すと、


 「最初から、私をここに誘き寄せるために、まさか、私を処分するために、、、、」

 「勘違いするなよな。お前だってノコノコ俺たちのこと追いかけてたんだから、今更文句言うな。

 俺がお前をこのステージに連れてきたのは処分なんて生ぬるい。」

 「なにぃ?」


 眉を顰めて、レオたちから距離を取る。

 レオたちが話している間も、マルカブは木剣を握り、鎧骸骨たちと戦い始めている。

 ポラリスは相性がいいと見た、魔術士とマッチアップ。アンティリエはマルカブとポラリスのサポート。

 予定通りである。


 「ここにいるのがなにかわかるか?」

 「そんなもの、『スケルトン』でしょう。そんなこと訊ねるまでもないことだと思いますが。」

 「ああそうだ。訊ねるまでもない。」


 メラクの返答への、レオの肯定に、さらに訝しむ表情には皺が増す。

 そんなメラクの顔に、「んな怖い顔すんなって」と身振り手振りを交えながら、冗談混じりにレオは呟くと、


 「お前なら、この倒しても倒しても蘇ってくる『スケルトン』を、この生き地獄から救い出す英雄様になれるんじゃないのか。

 『光輝教団』の敬虔な信徒であるメラク。」

 「ーーー」

 

 レオはこの7分の間に思考を巡らせていた。

 過去にエルナがスケルトンを倒していたのを思い出していたのだ。

 エルノーラやエレナは教会で魔術を学んだといっていた。

 それが『光輝教団』関連の宗教組織であるのかは定かではなかったが、


 「なるほど、浄化魔術ですか。」

 

 何か合点がいったようだ。

 浄化魔術について、細部まではわからないが敬虔な信徒で、日々鍛錬を怠らないようメラクならと、賭けであったがどうやら第一関門は突破できた。


 「ただ、私があなたの思い通りに、操り人形になるとでも思っているんですか?

 あなたは、あなたはあなたは、あなたは、どこまでも人をバカにしているバカにしすぎているバカにして、嘲って、見下して、愉悦に浸って、他人を自分の思うがままに、人をモノのように扱う、魔人族そのものだ!

 あなたたちの策にまんまと私はしてやられてしまったようですね。これは、私の落ち度、、、。

 違うな、あなたが私より頭が回ると言うことでしょう。認めます。

 あなたは賢い。賢いだけじゃなくずる賢い。

 利己的で、支配的で、専制的で、なぜそれだけを持ちながら悪道に進む。

 私はあなたのような、自分の目的のためだけに人を利用して、そして用が済めば捨てる人間のことを絶対絶対絶対絶対絶対許せない、許せるはずがない、許していいわけがない、許すはずもない。

 この場にて殺させてもらいます、レオ殿。

 いや、魔物に心を染め上げられ、人として生きることを辞めた半端者めが!!!」


 メラクの握られていた斧が振りかぶられる。

 斧による一撃を左に回避しながら、錆びた盾を拾い上げて正面に構える。

 鈍く光る戦斧を容赦なく巨体から繰り出す。

 それらをレオも脅威的な筋力と動体視力で凌ぐ。


 右、左、防ぎ、顎を盾で叩く。

 まるで車にでも衝突されたかのように後方へと飛んでいくメラク。


 「どうした、その程度か。」

 「それだけの力を持ちながら、盾だけで私を殺すと言うのですね。舐められている。舐められている。

 いっそそこら中に落ちている剣で私の喉元を切り裂けば全てが終わるとわかっていながら、、、、。

 あなたは人としてどうかしているぞ!

 相手を挑発し、武器も持たず、騎士道に反し、それを隠すそぶりすらもなく。

 そんな半端者に、私は、私たちは負けるものかあああああああああああああ!!!」


 蹴りでレオの体勢を崩させると、戦斧を握っていない左拳でレオの右頬を殴り飛ばす。

 いくら筋力が高いといえども、防御方面はスキル頼り。

 迫り来る衝撃に、痛みに悶えながらも唇を噛んで意識を保つ。

 勢いよく戦地に放り出され、レオに衝突された鎧骸骨たちはバラバラになる。

 襲いかかってくる鎧骸骨たちを近くにあった武器を投擲して蹴散らす。


 「死いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいねえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」


 目の前まで迫っていたメラクが体を大きく右に捻って、そのまま腰から回転しながら構えた斧を、まるで斧で大木を斬り倒すかのように振り抜く。

 手に握っていた盾の取手を前に出す。

 

 「ぐぼ」


 左指が何本か折れ曲がる音と、盾を伝って全身にメラク渾身の一撃の衝撃が内臓に伝播する。

 勢いよく壁に衝突すると、その衝撃でうまく呼吸することもできず、酷く縮む胃を抑えて、メラクを睨みつける。

 

 メラクの足元には金属片が散らばっていた。

 間違いなく、レオを守ったことでその役目を終えた英雄の盾であった。

 雄叫びを部屋全体に轟かせながら、レオは動く足を全力で回してメラクに接近する。

 レオの脳天目掛けた剣を回避。

 さらに返す形で逆袈裟を狙う攻撃も体を逸らして回避する。

 間胴体にメラクが蹴りを入れてくるが、右腕で防ぐとそのままメラクの足を掴んで振り回す。

 投げ飛ばさずに、その場の地面に叩きつける。


 「ぐっ」


 白目を剥いたメラクの右手から力が抜けて、一瞬戦斧を手放しかける。

 その隙を逃さず、レオは戦斧の刃に手を伸ばし、それを剥ぎ取ると、勢いよく天井へと投げ飛ばす。


 「な、なな。なにを、」

 「話し合いに武器はいらねぇだろうが。」

 「キサマ、まだそんな、まだそんなことを言っているのかあああああああああああ!!!!!!!」


 天井に刺さった斧は無視して戦いが再開される。

 リーチの長い腕から繰り出される連続パンチを避けながら距離を詰めて跳び上がりメラクの腹に膝蹴りを入れる。

 苦悶の表情を浮かべながらも、メラクはレオの背中を掴むとそのまま地面に叩きつける。

 だが、レオもギリギリのところで両掌とつま先とで衝撃を防ぐ。

 メラクは踏ん張るレオの後頭部に踵落としを喰らわせようとするが、レオも身を転がしながら回避して、立ち上がる。


 「ちょこまかと、」

 「おらおらどうした? 

 ちっとは息上がってきたか?

 話し合いに付き合う気にはなったか?」

 「舐めるなよ。そうやって上から目線で、さっきから何様のつもりだ。

 どれだけ人のことを見下しながら話をすれば、魔物と関わるから、、、!!!」


 メラクのパンチを前腕で防御し、彼の防御が崩れたところに、右ストレートで返事をしてやる。

 すると、さすがの巨体もよろめきながら後方へと倒れて尻餅をつく。

 その隙を逃すまいとレオも距離を詰めようとするが、近くにあった武器を手に取りレオへと投擲した。


 「ふん。」

 「なっ」


 それをギリギリのところで柄の部分を掴んで、近づいてきていた鎧骸骨を切り伏せるのに使う。

 ただ、剣は三振りすれば鉄の塊へと役目を終えてしまった。

 その様子を見ていたメラクは、まなこを迸らせながら恨み言でも吐き出すかのように喉を震わせながら、握った拳を地面に叩きつけて、


 「怪力馬鹿が。」


 と、心無い言葉をかける。

 その言葉をかけるころにはメラクも立ち上がって、


 「どこまでも、どこまでもどこまでも、悪趣味、悪辣、外道、人非人、悪魔付き、下衆、クソ、クソクソクソクソクソ!!!!」


 一撃でも当たれば骨が砕けるかという怒り任せの攻撃を振りかざす。

 それをバックステップで回避したり、前に詰めて一番威力が出る前に威力を殺したり、あらゆる手段を用いて防いでいく。


 「はぁ、、はぁ、、、、

 なぜだああああああ。なぜ、なぜ、なぜなぜ、なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜええええええええええええええええええええええ!!!!!!」


 発狂しながら血の垂れる頭を掻きむしり、耳に指を突っ込むと、そのまま何度もドリルのように回転させ、地団駄を踏みながら唾を吐いている。

 

 「キサマは、私をいつでも殺せたんですよ。

 今だってそうだ。殺せるんだ。殺せるんだよ。殺せるんですよ。殺すことができるんですよ。殺すことを可能としているんですよ。殺しを当然としているはずなのですよ。殺してきた人だっているんですよ。殺してきた人を自分の人生の飾りにしてきたはずなんですよ。なのに、なぜ、なぜ、なぜなぜ、なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ、殺さない!!!

 なぶって、えぐって、潰して、燃やして、壊して、いたぶって、遊んで、煮込んで、切って、砕いて、溶かして、削って、消し飛ばすことができるのにできるのにできるのにできるのにできるのに、できるのにいいいいいいいいいい!!!!!!

 アリエナイ、アリエナイアリエナイ!!!」


 メラクは恐怖していた。

 自分を殺さないレオの様子が、まるで本物の魔人族のようだと感じた。

 人をものとして、殺しすらも愉しんでいるように映った。

 顔は直視していないが、きっと三日月のような形の口から尖った歯を光らせて、鋭利に尖れた爪をこちらに向けてきているに違いないと。


 「どれだけ人の話聞かないんだよ。」

 「喋るな化け物が!!!!!!

 人の言葉を使うな紛い物が!!!

 見るな聞くな触れるな関わるな!!!!!」


 手のひらをこちらに向けて、なにやらボソリと呟くと、眼前に火球を生み出す。


 「らあああああああああ!!!!」


 裏返った雄叫びと共に、火球がレオ目掛けて射出される。

 

 「嘘だろ!!」


 メラクが魔術を使ってくるなんて予想外だ。

 いやまあ、浄化魔術を使うことを期待していたレオがそんなことをメラクに思うのはなかなか自己矛盾を起こしているとも思うのだが、今までの周回で一度も使わなかったから、完全に使えないものだとばかり思い込んでいた。


 「は!!!」


 目の前を顔の大きさほどの丸い水球が飛んでいく。

 その水球はタイミングよく衝突しかけた火球と相殺されて、目の前に水蒸気が発生する。

 水球を飛ばしてレオを窮地から救ってくれたのはアンティリエで間違いないと思うが、水蒸気で一瞬視界が奪われる。

 

 メラクを見失い、急いで眼球を回して探すが見つからない。

 そんなことを考えた刹那、水蒸気の中から錆びた槍を持ったメラクが飛び出してくる。

 今度はもう間に合わない。

 諦めの念は芽生えていなかったが、その一突きだけは避けようがないと脳が理解したが、


 「うううう、ぐぼえへぇ」


 突然膝から崩れて倒れたメラク。

 力を急速に失ったかのように、手に持っていた槍を滑らせると、石畳に落ちたそれはキン、キンと音を立ててその場に転がる。

 メラクも両膝をつき、目の前に倒れ掛かるが、両腕と肘と額をつけて、倒れる。

 肩で呼吸しながら、胃からは吐瀉物が溢れる。

 その中には赤黒いものもあり、


 「メラク、まさかお前は。」

 「おおおおお、ぐぼはっ」


 レオは同じような人間を知っている。否、これはレオと同じ人間だ。

 魔術の適性がなく、一度使うだけでも全身に大きな負担を掛け、その割に大した脅威にもならず、むしろその後周りに迷惑をかけ、自分は戦闘続行困難になるという、最終奥義のようなもの。

 目の前で悶絶しているこの男も、レオと同様に追い詰められた結果に、ろくに使えもしないものに縋りついていたのだ。


 「・・・・」

 「うおっ、げほ。こほ。

 はは、笑えよ。神官でありながら、武芸ばかりを磨き、魔術を使えない私を!!!!!!

 この血が、この巨人族の血があああああああ!!!

 私は、私だって、私だって、くそ、くそ、、、クソ!!!!

 魔術を、、、、使えれば。使えれば。

 こんな状況も、魔人族も、魔物も、一匹残らず根絶やしにできるというのに!!!」


 何度も硬い石畳に額をぶつける。

 その様子をみていられず、近づいたレオがメラクの背中を羽交締めにするが、それを振り解かれて、


 「ヤメロ!!」

 「やめるのはおまえだろ!! そんなことしてどうなるんだよ。死ぬぞ!」

 「お前に何がわかる。お前に、お前のような人間にぃぃぃぃ、、、、

 お前なんか『人間』じゃない!!!


  


 は。」


 その言葉を言って、メラクの表情が怒りから、なにか寂しさや悲しさを孕んだものへと変化する。

 その顔は、一番なりたくない自分になってしまったような、自分の人生をすべて否定するような。

 それも、自分の手で。


 「・・・・」

 「そうだよ、、、キサマは、、、、、、、、、、、、、あなたは人間だ。

 あなたはずっと人間なんだ。人間なんですよ。

 人間じゃないのは、私の方じゃないですか。」


 目からは大粒の涙を流しながら、絶望と自己嫌悪に苛まれるような、助けを欲しているような震える声で、


 「メラク、、、、」

 「私は、」

 

 握っていた拳が開かれて、震えていた瞳の振動を受けた全身が揺さぶられる。

 彼のまっすぐな瞳はレオの瞳と、そしてレオの心の臓を貫いて、

 

 「私は人間じゃないんです。ずっと知っていました。

 私は人間じゃないんです。人間になりたかっただけの、醜く、ひどく暴力的で、哀れな化け物なんです。

 私は人間じゃないんです。人間のフリをした、人間の真似事をして、人間として生きたいと、人間として死んでいきたいと願った、ただの怪物なんです。

 私は人間じゃないんです。ただ人に姿形が似ていて、言葉も喋れるし、人間らしく嘘もつくから、人間のように間違われる、間違っていて欲しい、間違っていてくれと心から願う卑しい卑しい、『巨人族』なんです。」

 「・・・・」


 後ろにへたり込むと、天井を見上げている。

 涙が降り、足元が濡れている。

 彼の背の高さが、助けを求める瞳を見せてくれない。

 彼は、『人間』であるレオから逃げるように視線を逸らすため、『巨人族』としての強みを遺憾無く発揮する。


 「自分のかけた言葉が、すべて自分に返ってくるようで嫌になる。

 ただ、これは『人間』ですらない、私への、『人間』になろうとした私への罰なんですよ。

 きっと神は怒っているでしょうね。

 こんな、こんな私の体たらくに。

 あんな言葉、『人間じゃない』なんて言葉。

 一番、一番私が言われたくない、聞きたくない、聞かせたくない、自分から他人にかけたくもない言葉だったのに。」


 レオはメラクの手を取り、下に力強く引き下ろす。

 それは強引に目線を合わせる行為。

 メラクを『巨人族』の目線から、『人間』の目線へと引きづり下ろす。


 「なにを」


 「お前が『人間』や『魔人族』に執着していたのは知ってるよ。嫌ってほどには。」

 「なにが、この数時間を共にしただけだというのに、、、」

 「ああ、数時間程度だ。

 ただ、その数時間で、お前が『化け物』なんかじゃない、弱くて、臆病で、打算的で、狡猾で、ずる賢くて、どうしようもないやつだったわかってるよ。」

 「くっ、」


 レオのその物言いに、奥歯を鳴らす。


 「それに、どこまでも正義感に強くて、怖いものにも立ち向かって、誰かを想える心があって、抜け目がなくてどうしようもないくらい『人間』臭い人物だってことを、俺はお前より知っている!!!」


 「なっ!!!!」


 「誰がお前に、なんと言おうが関係ない。

 お前はバカで弱虫で、泣き虫な、ちょっと背が高いだけの、俺に殴られて泣きべそ掻くような『人間』だ。

 お前がお前に『化け物』なんて言葉をかけようが、俺はお前を『人間』だと思ってる。

 一番ポラリスを心配してやっていたのはお前だろ!!!!!!

 メラク!!!!!!!」


 巨体が手のひらの中で震え、大きく後ろに飛ばずさろうとする。

 しかし、しっかりと握った手を離さず、ぐいっと、息が掛かる距離まで目線を近づける。


 「お前に石を投げる奴がいるなら、俺がそいつから守ってやる。

 『人間』じゃないって仲間はずれにするなら、一番最初に隣に座る。

 お前は『人間』なんだって、根っこのところが『人間』なんだって、そう伝えてやる。

 今まで自分は『人間』じゃないなんて思いながら生きてきたから、お互いを支え合うのが『人間』らしいことだなんて、自分には合わないとかくだらない考えを持って生きてきたなら全部捨てちまえ!!!!!!」

 「君に、、、、、なにが。」

 「お前は、誰よりも『人間』なんだよ!」


 その瞬間だけは、メラクにとって、自分とレオだけが世界の全てで。

 近くで戦っているポラリスたちや、今にも襲いかかってくる鎧骸骨たちなど世界になくて。


 「あああ、あああ。」


 「俺と戦え。仲間として、アイツらをぶっ飛ばすために、お前の力が必要なんだ。」


 涙と鼻水で服が濡れる。

 視界は霞み、頭はぼんやりとしていて、平衡感覚も危うく、座っていても今にも倒れてしまいそう。

 ただ、目の前の、自分よりも小さな少年が力強く支えていてくれるから、自分は倒れていないのだとメラクは理解していた。

 メラクを『巨人族(化け物)』から、『人間』にしてくれた少年が。

10月10日、午前1時40分ごろに、第二十六話投稿予定です。

この話とセットで読んで欲しいです。

良ければ読みにきてください。

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