第二十四話
「へぶぐぅ」
背中になにかぶつかった衝撃があった。
うめき声も聞こえてきたため、誰かがレオの背中に衝突したのだろう。
そこで、視界が少し鮮明になる。
レオが巻き戻ったのは鎧骸骨たちがいた部屋に向かうための廊下。
あと数分も歩けば目的地に着くというところ。
レオに衝突した、アンティリエが腕を振り回しながら、
「ちょっと! 突然歩くのやめないでくださいよ!
ぶつかっちゃったじゃないですか!!
レオくんにはもう少し、レオくん?
おーい、レオくん?」
「しっ」
レオは人差し指を唇の前にもっていき、黙るようにジェスチャーで伝える。
伝わるかは賭けであったが、なにやら察したらしく、アンティリエは口を結ぶ。
俺はポラリスをいつでも庇えるように位置を取り、息を大きく吸って、
「メラク、付けてきてるのは気づいてるんだぜ。
出てこいよ、話があるなら面と向かって言いやがれ!
不意打ちとか、卑怯なこと考えてんじゃねぇ!」
突然、この場にいない人物であるメラクの名前を出し、ストーカー行為を暴露する。
アンティリエやポラリスの頭の中は???が浮かび、マルカブは『不意打ち』という単語に反応して木剣に手を掛ける。
マルカブとアンティリエとポラリスにだけ聞こえる声で、
「話し合いで決着つけようと思うけど、戦いになることも覚悟しておいてくれ。」
「は、はい。」
「わ、かったよ。」
「おう。」
それだけ伝えると、レオはメラクがいる回廊の曲がり角に視線を向けて、
「出てこないなら、こっちから向かってーー」
言い切る前に、メラクがレオの注意していた角から飛び出ると、一撃で人を葬るだけの威力を孕んでいる投擲物を投げる。
(覚悟を決めろーー)
レオはその投げられた凶器ーーメラクが携えていた、一度レオの頭を割って殺すことになった戦斧の前に出て、狙われたポラリスを守る。
(タイミング、タイミングをよく見るんだーー)
高速回転するその戦斧の柄を掴み取る。
少しでもタイミングがずれれば、レオは真っ二つになる。
自身の動体視力がずば抜けているわけではない。
しかし、生きるか死ぬかの駆け引きで、レオの能力は極限まで研ぎ澄まされていた。
勘とも直感とも言えない、確かな信頼のもとに自分の選択を手繰り寄せて、最大限の効果を手にする。
戦斧を掴み取ったレオを見ていたアンティリエたち3人の顔は驚愕に彩られていた。
そして、それは3人だけじゃない。
戦斧を投げ、ポラリスを殺そうとした張本人の顔から血の気が引くのが分かる。
「な、なんて奴。」
「あぶねぇ、死ぬかと思ったわ。」
それだけ言うと、レオは後方へと掴んでいた斧を投げ飛ばす。
投げたことに対して訝しむような視線を向けるのは敵対しているメラクだ。
「なぜ武器を捨てたのですか、レオ殿。」
「こんなもんで人を殴ったら死ぬだろうが。」
レオの言葉に、マルカブは顔に笑みを浮かべて、握っていた木剣を腰に携えなおす。
ポラリスやアンティリエの間にあった緊張も少し解ける。
しかし、レオだけはその警戒を解かずに、少しでも3人からメラクの距離が遠ざかるように、彼との距離を詰める。
「俺たちを殺しにきたのは分かるけど、討論はどうなるんだよ。それは無かったことにするつもりなのか。」
「そんなことはないですよ。討論は討論。それ以外はそれ以外です。」
レオは内心で、言うことがまるで変わっていない。本心でレオたちを憎々しく思っているんだろうと悟った。
しかし、レオはメラクに誓った。彼の偏屈な考えも変えてやると。だから彼と正面から向き合う。
「別に俺はお前と違って殺し合いなんて望んでない。ポラリスだってそうだ。アンティリエやマルカブも。メラク、ちょっと考えてくれよ。
『光輝教団』の教えに従うだけがお前の生き方なのか?
お前はお前らしく生きたらいいじゃないか。」
「知ったようなことを。」
「だいたいお前がポラリスに何されたってんだ。
守られたことはあっても殺されそうになったことは愚か、襲われたことすらないじゃないか。」
「知ったような口を聞くなああああああああああああ!!!!!!!」
メラクは地団駄を踏みながら壁に頭突きをすると、そのまま額から血を流しながら右手にギュッと力を入れて拳を作り、「裁く」と呟くと巨体からは考えられない速度で加速し、レオの顎に一撃喰らわせる。
「くほ」
「メラクウウウウウウ!!!!」
レオの真後ろで待機していたマルカブが木剣を橙色に淡く輝かせて、薙ぎ払う。
その剣先には確かな切れ味と殺意が宿っていた。
首筋に流れるように吸い込まれるが、メラクが丸太のように太い腕でマルカブの渾身の一撃を防ぐ。
しかし、致命傷は避けたものの、重傷には変わらない。
近くにいたレオには、メラクの左腕の骨が折れる音が聞こえた。
「あああああああああああ、、、、」
絶叫しながら、その場に身悶えするメラク。
そのメラクへと、マルカブが止めを刺そうとするが、レオは「待て!!」と制止させて、
「一旦退避だ!!
ポラリス、アンティリエも!!!」
と声を張り上げて4人全速力で『安地』へと向かった。
***
『安地』へと息を切らしながら駆け込んできた4人を見たメサルティムは、
「ど、どうかしましたか?」
と、こちらを気遣うように問う。その問いにアンティリエが、「メラクさんに襲われました。」と言うと、目線で「本当?」と尋ねてきたため、レオは顎を小さく引いた。
その答えを聞くと、メサルティムはため息をつくと、
「そのメラクさんはどこに?」
「今骨折られて悶絶中。」
「え、誰がですか?」
「メラクが、骨を折られた。」
レオがそう伝えると、口を丸くぽかんと開けて、その後頭をブンブンと振ると、アモン角を二度叩くと、
「誰が折ったんですか?」
と、意を決して問うてくる。
彼女の裏葉色の瞳に少し見惚れていると、後ろから真紅の瞳に睨まれているような気がしたので、一つ咳払いをして、
「マルさんが、木剣で一撃入れた。」
「え、マルカブさんが、、、。」
にわかには信じられない話だ。
直接見ていたポラリスやアンティリエ、近距離で見ていたレオ、折られたメラクですら驚愕しただろう。
「私はてっきりレオさんが折ったのかと。
その、顎が、赤くなってるので。」
「あ、えーと、殴られたから。」
「それはメラクさんにですか、、、?」
綺麗な真っ白な眉を顰めて訊ねる。
その問いにも、レオは顎を小さく引く。
「レオさんたちが安地から出た後に、メラクさんが「少し外に出ます」と言っていたので、襲われたのはレオさんたちで間違いないと思いますが。
腕を折るのはやりすぎだと思います。」
怒ったようにマルカブを睨む。
その視線に居心地が悪く、マルカブの背中が小さくなる。
ただ、彼はレオのことを守ろうとしただけ。
「庇うようだが、マルカブは俺を守ろうとしてくれただけなんだ。俺が殴られて、それで多分カッとなったんだと思う。」
「・・・・」
少しの静寂ののち、部屋の奥の扉が開かれた。
そこには鴇色の瞳にピンクの長髪で黒い三角帽子の女、アルゲディが立っていた。
アルゲディは呆れたようにため息をつくと、
「また彼は暴走したのね。予想できなかったわけじゃないけれど。」
だったら止めてくれよ、とレオは内心で悪態をつく。
突然顔を見せたアルゲディやメサルティムがなんだか久々の再会のような気がする。
実際は20分くらいしか離れていないはずなんだけど、濃密な時間を過ごしすぎたせいだろう。
走って帰ってきてクタクタになっているレオたちを睥睨し、
「なにか収穫はあったかしら?
討論の話は聞いているわよね。それとも、何も収穫はなしかしら。」
鴇色の冷たい視線がレオの心臓を射抜く。
「後者だよ。」
彼女の言った通り、メラクに恐れ慄いて急いで逃げ帰ってきたところだ。
収穫などない。あるとすればメラクは頭がおかしく、マルカブは本当に妖精使いだったと言うことだろう。
レオの返答にアルゲディは、
「使えないようなら即刻切るからね。
別に貴方達を甘やかせるつもりも、贔屓するつもりもないの。そこの魔物を守りたいなら、メラクをなんとかするか私を説得できるように準備なさい。」
「わーってるよ。そんなこと。ただ、メラクのことは本当に信じても大丈夫なのか?
討論があるってわかってて俺たちのこと不意打ちしようとしてたんだぜ。正直、命がいくつあっても足りねぇよ。」
「比喩かしら。」
「いや、そのまま。」
「そう」とだけ言うと、後ろに回していた手を胸の前まで持っていく。
握っていた石板をレオ達に見せると、アンティリエが案の定のノンデリ発言をかます。
「アルゲディさん、貧乳ごっこですか?
ただでさえ胸がないんだからそんな重そうな石板で胸潰したら無くなりまぼけふ」
握っていたステッキから水弾を放射するとアンティリエが後方に倒れる。
アルゲディからは鬼のようなオーラを感じる。
こりゃまな板じゃなくて胸筋かn
「そげぶ」
「お兄さんまで! まだ何も言ってなかったのに。」
「ムカつくから撃っただけよ。文句あるかしら?」
「大有りだ! なんで俺だけ石ぶつけんだよ痛いだろ!」
マルカブが木剣を淡く黄緑色に発光させるとレオの額へと翳す。
少しづつだが痛みが引いていく。
治癒されながらも話は続く。
パン、パンと石板を左手で叩くと、いつも仏頂面のアルゲディには珍しく、少し興奮しているのか頬には朱が刺し笑みをこぼしながら、
「確定情報ではないのだけれど、おそらくこの石板には『ヴァンデミアトリックス幽域』からの脱出方法が記されているわ。
『解放』や『外界』、『繋がる』みたいな単語が結構散りばめられていたから、外に出る手立ては見つかったかもしれないのよ!」
「そりゃすごい。さすがはアルゲディ様ってところか。」
「まさか、貴方私を褒めているの?」
は? 何言ってんだ。それ以外にどう受け取るのだろうとレオは思うが、顔に出さずに内で毒を処理して、
「そうだけど。」
と、肯定する。
すると、調子に乗ったのか、
「私みたいに結果を出せば貴方達の意見も少しは通るかもしれないわよ。もちろん、私と違って、貴方達が優秀には見えないから、それは難しいかもしれないけれど。」
「へいへい、ムカつく嫌味をどうも。頑張って働かせてもらいますよい。」
ふふふんと口元を石板で隠しながら、目を細めて、体を揺らしながら鼻歌混じりに部屋を出ていく。
どんだけ嬉しかったんだよ、とツッコミを入れながらそれを見送る。
「クズ」
「ええ、あれはアルゲディがおかしいだろ。」
「師匠様は最近褒められ成分が不足していたので、いつもああだとは思わないことです。それに、少しでも下心を見せたら、」
「み、見せたら」
固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「腹を割いて腸を引き摺り出して口につなげて排泄物を胃に流し込んで殺しますから。」
その様子を想像して、ゾッとする。今までで一番怖い死だ。
そんなのは嫌だ。そう同様に思ったらしく、言われていないアンティリエまで怯えていた。
彼はいつ腸を口に繋がれるんだろう。時間の問題だろう。その時は庇わない。
彼の場合は有罪判決ののちの死刑だろうから。
甘んじてその罰に報いてくれ。
「メサルティムちゃんも変なこと考えないの。」
「アマネさん、いつからそこに、」
「腹を割いてのとこから、」
「うう、よりにもよって一番聞かれたくないところを、」
アモン角を両手で押さえながら項垂れている。
その場に絶望しているが自業自得だ。
「みんな帰ってきてたのね。」
「龍怜さん。」
「八神くん。」
頭を灰色にして、いったい彼女は何をしていたのだろう。
レオの視線に気付いたのか、彼女からは自身の頭を撫であげると、
「埃です。ちょっと色々物色していましたので。」
「なるほど、それでか。龍怜さんの方は何か発見あった?」
「さっき上機嫌のアルゲディ見たからなんとなく予想ついてると思うけど、脱出方法を見つけたのが唯一の発見かな。」
「先を越されてるっぽくて正直心が折れるよ。」
肩をすくめて、その場にへたり込む。
両手を後ろに突いて天井を仰ぎ見ると、そのレオの表情を覗き込むように龍怜が被さる。
「八神くんたちも脱出方法探してたんですか?」
「そうだな、っても目的は脱出のためじゃなくて、ポラリスの有用性をアルゲディに示すためなんだけど。ポラリスは知らないらしいし。」
「うう、ボクは無能、、、」
話を聞いていたポラリスが泣き言を言うが、マルカブが背中をさすってやっている。
レオもポラリスの元まで向かって頭を撫でてやる。
「なんかアドバイスとかないかな龍怜さん。アルゲディを説得するための。」
「うーん」
瞳を閉じて、頬杖をつき、唸りながら思案している。
目を閉じたまま、
「彼女は一応研究者だから、ポラリスさんの研究対象としての提示とかしてみてはどうですか?
あまり褒められたやり方じゃないかもしれないですけど、案外彼女は気にいると思いますよ。」
「なるほど、、、、ポラリス、今の話はどうだ?」
渦中の人物に是非を問う。
いつのまにか俺の腹に抱きついていたポラリスは首を上げると目が合う。
レオも撫でていた手をポラリスの後頭部に添える。
「それで生き残ることができるなら、、、」
「マルさんやアンティリエは、どうかな。」
「俺は反対しないぜ。少年だけじゃなくポラリス嬢も反対してないんなら尚のこと、俺が反対する理由がないぜ!」
「アンテも危険なことしなくて済むならそれが一番ですよ。
もう外に出て死にかけるなんて、それも仲間に襲われるなんてまっぴらごめんですよ。」
「ーーーー、だな。」
まさか仲間に襲われるなんてのはレオも予想していなかったが。
最初から龍怜にアドバイスを求めていれば、こんなことにはなっていなかったのかもしれないという考えに陥る。
しかし、そんな考えを持ってもしょうがない。
過ぎた話は変えることはできない。なんて、今のレオが言えた立場ではないが、今時が巻き戻ってもまたメラクに襲われる直前に向かうだけだ。
「ありがとう龍怜。おかげでなんとか乗り切れる気がしてきたよ。」
「どーいたしまして。この借りは高くつくぞー」
「借り作るのかよ!!」
***
レオたちが安地へと戻ってしばらくして、メラクは折られた左腕を庇うようにして安地へと戻ってきていた。
そのメラクの帰りを待っていたかのように立っていたのはアルゲディだ。
アルゲディと目が合い、自身の醜態を晒すことになったことへの苛立ちから視線を晒すが、顎を一突きされて顔を持ち上げられる。
「馬鹿なあなたは。単細胞狭信徒。」
「あなたには、私のことなど理解できるはずもない。」
「当たり前でしょ。わかったら早く腕を見せて」
「な、何を言っているのですか。」
「そのままって訳にもいかないでしょ。軽く応急措置だけするから、そのまま骨が治ったら腕が変な曲がり方するだけよ。それは貴方も嫌でしょう。
だったら、少し我慢しなさいよ。」
そう言うと、アルゲディは持ってきていた木の板と紐のように切られた薄い布で腕を固定する。
かなり強引な手つきに、メラクは歯軋りする。
それをなんとか耐えて、
「ありがとうごさいます。まさか、あなたがここまでしてくれるなんて思ってもいなくて。驚きましたよ。」
「今の私は気分がいいから。感謝しなさいよ。」
ふふふん、と鼻を鳴らしている様子を見て、
「何かいいことでもありましたか?」と問うと、「さあ? どうでしょうね。」とわかりやすい返事がいただけた。
おおかた、なにかこの『ヴァンデミアトリックス幽域』についての謎が一つ暴けたと言うところだろう。
「どうして討論まで待てないのよ。あなたは自制心というものがないのかしら。
可哀想。私は自制心しか存在しないから、自分の欲求に素直に従って奔放な行動をしたことがないからわからないのだけれど、それは随分と恥ずかしいことだとか思わないの?
可哀想。どこまでも可哀想だわ。本当、自制心のある体に産んでくれた母には感謝しても仕切れないわね。
貴方を見ていて、つくづく感じたわ。」
「押さえられないんですよ。魔物や魔人族への嫌悪感は。今もあの人間の真似事をする存在のことを、私は殺さなければならないと言う使命感に逆らえない。」
「使命感なんて聞こえのいい言葉で飾って、結局は自制心がないだけじゃない。
ああ、可哀想。自制心のない大人にはなりたくないものね。自分の感情ベースでものを考えるから、頭がおかしい人だと思われるのよ。」
「あなたも、私のことを知ったような口を聞くんですね。」
アルゲディに何度も「可哀想」と言われたことや、まるでメラクのことを知っているかのように語られることにひどく腹が立った。
メラクの信じる『光輝教団』の聖典に書かれた教えを読んでなお、そんな言葉を紡いでいることに驚きもある。
「我慢のできない子は我慢のできない大人に。
我慢のできる子は我慢できる大人に。当然に帰結よ。
貴方の親は苦労したでしょうね。」
「、、、、、そうなんですかね。今となっては分かりませんが、そうなのかもしれませんね。」
「絶対そうよ。手のかかる、わがままで人の話を聞かない嫌われ者だったに違いないって貴方を見てたらわかるわよ。」
「、、、、」
「なにかしら。」
物言いた気にアルゲディを睨みつけていたメラクに言葉を促す。
しかし、メラクが反論することはなく、「腕、ありがとうございました」とだけ伝えて奥の、眠らされていた寝室へと向かった。
***
夕食を終えて、あともうしばらくすればメラクとの討論会ということになっている。
食事の話メラクは現れなかった。
まあ、流石にポラリスと食事はしたくないよな。
と、レオは思っていたが、なぜだかな、ポラリスは食事を取らなかった。
魔物というのは不思議な生き物だこと。
「あ、、レオくん。」
アンティリエの呼びかけに反応すると、部屋に入ってくるメラクの姿が。
折られた腕は誰かしらに、あるいは自分で処置したのか。首から下げた布と括り付けた板で固定されていた。
「準備はできてますか、レオ殿。」
「当然だ、逆に聞くが、お前こそそんな体たらくで俺たちとまともに論舌できるのかよ。」
「はは、私は用心深い男なのでね。」
「そのくせに、さっきは随分な目にあってたが。」
「吠えるなよ、そのうちわかる。」
睨み合いを続ける2人の間にメサルティムの杖が入る。
「2人とも、喧嘩するなら討論の場でやってください。それでは、始めたいと思います。
最初にメラクさんからの提案の時間としようと思います。
では、メラクくん。」
「みなさん、この『ヴァンデミアトリックス幽域』にくる前から、この世に生を受けてからというもの、魔物や魔人族に我々人間は脅威に立たされてきました。
彼らに言葉はなく、会話もなく、ただ意味もなく人を襲う。
魔人族だって、己の繁殖と繁栄のため、人間の命を無価値なものだと決めつけ二度にわたって侵略し、その度に我々人間に多大な犠牲を強いてきました。
彼ら、いえ、奴らに殺されてきた、奪われてきた、襲われてきた人たちがいるのにも関わらず、その人たちの犠牲を等閑視するのか。
断じて否であると、私は思います。
そして、そんな奴らに、仲間である人間が加担しようとしているなら、武器を持ってでも止めなければならない。
これは個人間の問題じゃない、人間と、魔物との問題なんです。
私たちだけじゃない。もし、この『ヴァンデミアトリックス幽域』から脱出した時に、世間はそこの魔物を受け入れるのか。
そんな甘い世界じゃない。殺されるのか、せいぜい森に放たれるのが関の山です。
私は、ここにいるみなさん全員で、諍いを起こすことなく、信頼して協力し、この危機を乗り越えたいのです。
それなのに、魔物に加担して仲良くするなんて言語道断。言語道断なわけです。
アルゲディ殿、私はかの魔物がいつ本性を見せるのか、気が気ではありません。
私は、かの魔物は猶予なしに、殺処分すべきであると、進言いたします。
これは、教義を守るだけじゃない。人間の信頼と命を守るために必要なことだと、私は信じるものです。
以上を持って私の提案とさせていただきます。」
「それでは、質問といたしましょうか。レオたち4人は4人ということで、事前に1人代表質問者とさせていただいてます。
ヤガミレオくん。」
「私から、今の答弁を聞いて、3つ指摘したいことがあります。
一つ目は、歴史について。提言者は二度魔人族による侵略があったといいますが、二度目の侵略戦争の前には人間だって戦争を起こしてたじゃないですか。なぜ、それを伏せたんですか。そこを伏せる理由が分かりません。
それは、あなたが通したい意見や結果だけを見て、それこそ歴史を等閑視する行為だと思いますよ。
二つ目は世間の目についてです。私は必ずしも全ての人が、ポラリスのような、前例のない魔物に敵対的ではないと思います。
確かにポラリスは魔物だし、本人も魔物であると言ってるけど、こうやって人とコミュニケーションを取れている点で魔物とは異なるし、人を無闇矢鱈に襲わない点で魔人族とは異なります。
これは、もはや魔物や魔人族という分類とは異なる生き物という確たる証拠ではないましょうか。
考え方を変えるのは、今を生きる私たちです。世間がなんだ、変えてやりますよ。
三つ目に、信頼と命について。これは、あなたが言えたことじゃない。先に信頼を裏切って襲いかかってきたのは、あなたじゃないか。
先に攻撃してきたあなたにそんな言葉を並べる資格はないと思います。
それとも、過去のことは覚えていないとでもいうのですか?
それこそ信頼を損なうことだと思います。
以上三つ、私たちからの質問とさせていただきます。」
「質問者からの質問が終わりました。それでは、今の質問に答えてください。メラクくん。」
「歴史の内容を伏せたのではなく、時間の関係もありますから、あえて省いただけです。あなたたちの答える時間もありますから、私ばかり話す訳にはいかないでしょう。
これは、私なりのあなたたちへの配慮だと受け取って欲しい。等閑視するなんてそんなことない。
次に、私はあなたたちほどオプティミズムに走る者ではないですから、世間は変わらずポラリスの排除に走ると思います。
今ここで排除しなければ、それこそあなた方も巻き添いを受けることになる。悪いことは言いません。殺処分するべきです。
最後に、私が信頼を損なう行為をしたなんて、私の腕を折った人間がいる陣営に言われるのは、まったく受け入れられませんよ。
あなたたちは魔物に踊らされている。今は熱に浮かされているだけです。そして必ずしもしっぺ返しがくる。そういうものなんですよ。」
「以上でメラクくんからの提案を終了とさせていただきます。それでは攻守交代、ヤガミレオくん。」
「魔物や魔人族について、私たちはまだ知らないことだらけです。
知らないから危険に晒される。私はメラクの言う、殺処分には反対。むしろ、ポラリスは有効活用するべきだと思います。
彼女の生態はまだ不透明です。調べる余地もふんだんに残っている。
そんな彼女を、ろくに調べることもせずに殺処分にするんですか。
私は、そのことの方がよっぽど人間への敵対行動だと思います。人間に少しでも貢献したいのならば、彼女の協力のもとで、魔物や魔人族の謎を暴くのが最優先にするべきじゃないですか。
古い価値観や感情ばかりを先行させるのではなく、科学と理性で結論を導き出したい。
彼女の存在が、人間が魔物を知る大きな一歩になることは間違いないです。
私は、彼女に利用価値があるのに、それを捨てるのは怠慢だと思います。働きましょうよ、自分たちの死力を尽くしましょう。」
「それでは質問といたしましょう。メラクくん。」
「魔物や魔人族がなぜ忌避されるのか。それは人間への攻撃性、凶暴性だということは老若男女、都市田舎者誰もが知る周知の事実です。
あなたの答弁の中に、魔物の危険性への排除の話が全くといいほど出なかった。
あなたは魔物を、知りもしない魔物の安全性を、説明もなしに担保するんですか?
無茶苦茶ですよ、そんなの。奴の安全性をしっかりと説明、説明してください。
加えて、あなたが提案する内容で、奴のことについて事細かに調べるつもりらしいが、だったら殺してから解剖でもなんでもすればいいじゃないですか。
なぜ生かすのですか。生かす意味は、それこそ感情ですよ。あなたは論を立てて、自分の感情をひた隠しにしている。
それは、あなたが奴を守っていることからも明白です。
あなたのいう感情抜きの議論をしたいなら、まずは殺処分するのは道理じゃないですか。そこにも説明お願いします。」
「質問者からの質問が終わりました。ヤガミレオくん、今の質問に答えてください。」
「魔物の凶暴性や危険性を排することがができるなんて私は言いません。ですが、今までの彼女の行動から私たちへの敵対心がないのは火を見るよりも明らかですよ。
それに、凶暴性や危険性の話をするのであれば、我々人間はどうなんですか。
ポラリスよりよっぽど人間に牙を向く人が大量にいるじゃないですか。
なぜ彼らは良くてポラリスはダメなんですか。私は、魔物なら誰でもいいとかそんな話はしてません。彼女に危険性はほぼ皆無といっていいでしょ。それはもう、助けられた時から覆しようのない事実じゃないですか。
その事実をわざわざあげつらうことは致しません。
次に、殺処分してから調べればいいと指摘ありましたが、私はそれは適切じゃないと思います。
まず初めに、生態は、なにも肉体で起こる反応だけじゃないです。生き物それぞれの営みや、文化です。
それを調べることは殺してしまっては確認のしようがない。
あなたは水の中で火をつけられるんですか?
そのレベルの話ですよ。
それに、彼女はスライムです。殺した時に、我々人間のように原型をとどめているのか。もしゼリーみたくなったら、解剖なんてできないですよ。
迂闊なことをして、知識を得る機会を棒に振るなんてごめんです。
以上から、私が感情でなく理論で言葉を紡いでいるのは明白だと思います。あなたが指摘するようなことは、まったくの間違いであると、最後に申し述べておきます。」
「以上でヤガミレオくんからの提案を終了させていただきます。
師匠様、ご決断を。」
やれるだけのことはやった。
話も準備したし、龍怜のアドバイスを受けて、限りなく論理的になるように努力した。
みんなで意見も出し合った。
4人で、アルゲディの決断を、固唾を飲んで見守る。
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「私はヤガミレオくんの意見に賛成だわ。
よってポラリスは私の研究対象となりました。」
その言葉に、レオたち4人は肩を抱き寄せて喜び合う。
「お兄さん! お兄さん!!」
「少年!! すごかったぞ!!」
「本当ですよ! よく勝ちました!!!!!!」
「ああ、本当、みんなありがとう!!!」
俺たちが喜びを分かち合う中、アルゲディは言葉を続ける。
「ってことで、納得よね、メラク?」
その問いかけに、机に突っ伏したままのメラクは応じない。
「なにか言ったらどうかしら。」
「はは、ああ。負け、ですか。そうですか。」
「ええ、あなたは負けたのよ。」
「はは、はははははは。あはははははははははははささははははははははははははははははは!!!!!!!!!!」
突如腹を抱えて笑い出したメラクに、メラク以外のメンバーは眉を顰めて警戒する。
「一番きついのを仕込んだのは、そろそろかな。」
メラクがボソリとつぶやいた時だった。
レオの手が微かに震え、指先が机に触れるたびに軽い音を立てていた。
部屋は静寂に包まれ、レオの心臓の鼓動の音だけが脳裏に響いていた。
静寂を破るように、アルゲディが、
「あ、貴方」
と、メラクを鴇色の瞳を細めて問いただす。
その瞬間、喉の奥にわずかな違和感が走った。
かすかに金属のような、苦い後味が舌に残った。
最初は気のせいだと思った。
レオは深呼吸をして心を落ち着けようとした。
しかし、身体に異変が現れ始めた。
胃のあたりに鈍い疼きが生じ、まるで内側から何かが這い上がってくるような感覚が広がった。
レオは眉をひそめ、腹部を軽く押さえたが、疼きは収まるどころか、徐々に鋭さを増していった。
「ぐ、くぼ」
やがて、疼きは焼けるような痛みに変わった。
レオの胃は、まるで内部で火が燃えているかのように熱く、締め付けられるような感覚が全身を襲った。
レオは椅子にしがみつき、背を丸めて耐えようとしたが、痛みは容赦なく波のように押し寄せた。
額に冷や汗が滲み、滴となって顎を伝い、テーブルに落ちた。
視界がわずかに揺れ、部屋の輪郭がぼやけ始めた。
レオは目を閉じ、深く息を吸おうとしたが、肺が思うように動かず、浅い呼吸しかできなかった。
「ふふふ、ふあははははははは。
本人は、もしかしたら気づいてるでしょうね。」
毒だ。レオの頭にその言葉が浮かんだ。食事に何か盛られたのだ。
胃の痛みは腸にまで広がり、まるで内臓が一つ一つ溶けていくような錯覚に襲われた。
レオは呻き声を上げ、テーブルに両手をついて立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、膝がガクンと折れた。
床に崩れ落ち、冷たい石の感触が頬に触れた。レオ
の指は無意識に床を掻き、
「レオくん、レオくん!!!
え、どうして、なにが!!」
「毒ですよ。皆さんの食事にも盛ってますよ。
私は慎重な男なので。ただ、そこのヤガミレオの分は多めに入れたので、少し早く反応したんでしょうね。」
心臓が不規則に鼓動し、胸の奥で締め付けられるような圧迫感が広がった。
まるで誰かに心臓を握り潰されているようだった。
呼吸はさらに浅くなり、肺に空気を送り込むたびに鋭い痛みが走った。
レオの視界はますますぼやけ、仲間の顔も霞んで見えた。
口の中が異様に乾き、舌がまるで砂を噛んでいるかのようにざらついていた。
唾液を飲み込もうとしたが、喉が締め付けられ、飲み込むことすら苦痛だった。
「八神くん、嘘でしょ。メラクさんあなた私たちにまで。」
「魔物に味方するからこうなるのです。申し訳ないと思ってますよ。」
「ふざけるなあ!!!!」
奥でマルカブが叫んでいる声を最後に、何も耳に入ってこなくなる。
筋肉が痙攣し、手足が勝手に震え始めた。
腕を動かそうとしても、まるで自分のものではないかのように重く、思うように動かなかった。
腹部の痛みは全身に広がり、まるで無数の針が皮膚の内側から突き刺さるような感覚だった。
レオの意識は朦朧とし、過去の記憶や断片的なイメージが頭をよぎった。
レオの呼吸はさらに弱くなり、胸がわずかに上下するだけになった。
心臓の鼓動は速くなったり遅くなったりを繰り返し、まるで最後の抵抗を試みるように不規則に跳ねていた。
口から漏れる吐息は、かすかな呻きとともに白く曇った。
レオの目は半開きのまま、焦点を失い、虚空を見つめていた。
部屋の静寂は、レオの苦しみを嘲笑うかのように重くのしかかっていた。
やがて、毒はレオの全身を支配した。
筋肉の痙攣は止まり、代わりに全身が鉛のように重くなった。
痛みは依然として存在したが、感覚そのものが遠のいていくようだった。
レオの意識は、まるで深い海の底に沈んでいくようにゆっくりと薄れていった。
視界は完全に暗くなり、月明かりも、時計の音も、すべてが消えた。心臓の鼓動はますます弱まり、ついには一瞬の静寂とともに止まった。
レオの身体は床に横たわり、動かなくなった。
レオの青白い顔が、まるで彫刻のような静けさを湛えていた。




