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第十九話




 「玲央くん。最近学校はどうなの?

 高校生になって友達とかはできたの?

 ひとりぼっちになったりしてない?」


 俺の母、八神(やがみ)玲衣(れい)がそう尋ねてくるのには訳がある。


 遡ること6年前、俺が小学校3年生の時の話であった。

 俺は小学校1年生、2年生と親友とも呼べる人間がいて、その子といつも一緒に学校生活を送っていた。

 当然、放課後も一緒に遊んだ。

 しかし、その子は親の仕事の関係で海外に引っ越してしまった。

 俺がそのことを聞いたのは、担任の先生が親友、「西城(さいじょう)幸成(ゆきなり)」が1週間後に引っ越すと言った時だった。

 

 「ゆきくん、ゆきくん。ゆきくんはいませんか?」


 彼は引っ越す前、約2週間ほど前だっただろうか。

 その頃から、学校には来なくなっていた。

 当時はわけもわからず、最初は風邪か何かだろうと思っていたが、引っ越しだと聞いて唖然としたのを覚えている。


 今思うと、海外への転勤なのだ。それなりの準備や簡単な会話の学習に時間を割いていたのだろう。

 しかし、子供の俺にとって、大人の事情なんて知る由もない。

 ときどき休みの分のプリントを持っていっていたが、引っ越し1週間前から毎日通うようになった。


 ただ、引っ越しするその日まで、一度として彼と会うことはなかった。

 いまだに心残りである。

 また会いたいと思う反面、もう何年も会っていないのでどんな会話をすれば良いのかという不安もある。


 幸成が引っ越してから、俺の小学校生活というのは一変した。

 もともと一人っ子で対人関係も得意な方ではなかった俺は、新しく友達を作ることもできず、だんだんと孤立していくようになった。


 小学生というものは残酷なもので、容姿が原因でいじめられる子や、リーダー格の子が気に入らない子をいじめるなんてのはザラだと思う。

 同じクラスでいじめられている人がいたらしい。

 その子も例に漏れず、気に入られていない、気に食わないという理由でいじめられていたらしい。


 らしい、らしいというのは、俺には情報が回って来ず、その子をハブっていた子たちの気に触ることをした。

 ありたいに言えば、「普通に接した」ということだ。


 給食は配ってあげるし、プリントは破らないし、物を落としたら拾ってあげたし、授業で関わる機会があるなら無視しなかったし、体育でペアがいなければ一緒に組んでいた。


 まあ、最後のは、俺も友達がいなかったからなのだが、それでも面白くないと思うものだ。

 ものだったらしい。

 いじめっ子たちからしたら、俺は偽善者気取りの正義マンで、自分達とは正反対。

 すごい空気の読めない子供だったと思う。


 あれよあれよという間に、俺が目をつけられるのにそう時間はかからなかった。

 暑い日だった。その日はプールの日で授業から教室に帰って知らない人のパンツがプールカバンの中に入れられていた時の衝撃は、この世で俺くらいしかしてないと思いたい。


 「うわーあいつ***のパンツ盗んでる〜」

 「ぬ、盗んでない!!」

 

 その後のことはよく覚えていない。

 聞く話によると俺がパニックで号泣し事態を聞きつけた先生が集結して渦中の俺と、俺が名指ししたいじめ主犯格の親召喚、児童は昼は自習になり気がついたら日が傾き始めていた。


 主犯格はその場では謝ってくれたようだが、彼らのいじめはこれを気にエスカレートしていった。

 噂を流された。いじめられていた子、女の子だったのだが、その子のことが好きだとか、なんとか。

 俺には父はいない。父は自衛官で、とある震災の救助へと向かって、殉職したのだと。

 俺がまだ小学生になる前の話なのでよく知らない。

 そのことで、人を殺して捕まっただの、人殺しの息子だの散々だった。


 俺はというと、そもそも人との関わりがなさすぎて、酷い扱いをされて違和感は持ちつつも、当たり前だと割り切っていた。

 しかし、俺の中で変化はあった。

 もともと暗かった性格は悪化し、母親とすらまともに会話できなくなった。


 そんな時だった。 

 母の提案で、俺は少し離れた場所でやっている、本格的なサッカーチームに所属することになった。

 もともとスポーツ万能な方だったのですぐに適応し、その魅力に取り憑かれた。

 サッカーボールを学校に持っていくことはできなかったので、あらかじめ朝早く登校し、校舎裏にサッカーボールを隠して休み時間に抜け出してリフティングなどしていた。


 一人でこそこそと行動していると、当然彼らの目に留まるわけで。

 

 「返せよ!!」

 「ほら、これを! こう!!!」


 カッターでサッカーボールに穴を開けた彼らは、何度も踏みつけて原型が無くなると学校中であるにも関わらず校舎を抜けて、近くの川まで行くとその亡骸を無惨にも投げ捨てたのだ。

 

 「ああ、」

 「ムカつくんだよお前。調子乗んなよ。」


 どういう理屈で俺が調子に乗ったのかはわからないが、彼らにとっては感情>理論であるのは明白。

 深く考えても仕方ない。

 俺は彼らとは距離を置きたいと真剣に考えるようになった。


 「地元の中学には行きたくないの?」

 「サッカーをもっと強いところでやりたいんだ。

 最近は試合に出れる回数も増えて、もっと上手くなりたいんだ。」


 という気持ちを素直に親に相談すると、中学受験してみるかという話が出た。 

 その時がちょうど小学校5年生の冬休みごろだったと思う。

 そこから勉強して超進学校に行けるほどの地頭も学力もないので、家で勉強して都内でも文武両道を掲げる学力そこそこスポーツそこそこの私立中学に入学した。


 びっくりしたのは、猿がいないのだ。

 どういうことかわからないと思うが、そのままの意味だ。

 椅子が空中にない、地に足つけてるのをみて感動した。

 黒板消しを使わずに生徒の背中で黒板を消す黒板係がいないことに感動した。

 つまらない下ネタを女子に言って反応を楽しむ人間がいないことに感動した。

 あらゆる全てに感動した。


 中学でも当然、サッカー部に入部した俺は、入部そこそこにしてレギュラーを勝ち取って期待の新人などと言われていた。

 正直、ここだけの話、気分はよかったよ。

 そりゃあ、人間だからね。褒められたら嬉しいし、チヤホヤされて悪い気はしない。

 ただ、俺は人間関係が得意な方じゃない。

 ここでもヘイトを買ったのだ。


 俺のせいでポジションを奪われた先輩。

 同級生女子の視線を奪って嫉妬を向けてくる同級生。

 俺としてはサッカーが楽しくて周りのことなんて考えず、ただひたすらに点数を量産していただけだったのだが、それが不味かった。


 2年に上がって後輩もできた。

 俺はというと、一部の先輩からは可愛がられていたが、それ以外には鬼のように嫌われていたらしい。

 本当に興味がなくて事態が起きるまで気が付かないくらいには鈍感の、鈍ちんなんです。


 「八神のお父さんってどんな仕事してるの?」

 「お父さんはいないよ。俺が小学校上がる前から死んでてさ。生きてる頃は自衛官だったらしいけど。」

 「うわーだからかー。」

 「なんだよ、だからって。」

 「肉体的な単純な仕事しかできないのが、八神らしいなって!!」

 「はあ、なにそれ。」


 父のことはよく知らないが、馬鹿にされていてすごく腹に来たのを覚えている。

 彼らの親は皆、会社の社長や大企業勤め、医者や弁護士などエリートが多かったが、別にそういう子ばかりではなかったし、気にも留めていなかった。

 子供たちにとってのステータスがいじめのリーダーになることだったあの小学校と、親の仕事がステータスになる私立中学。

 どこにいってもいじめは絶えないものだなと感じたよ。


 ちなみに、彼らより、俺の方が何倍も勉強できたからね。

 部活の方針で、勉強できないと試合に出れないから、常にトップの成績を取り続けていた。

 それも面白くなかったのだろう。

 ある試合の帰り道。

 いつものように、彼らは楽しく親の話をしていて、俺はそういうのは苦手で話に入らず後ろで聞いていたのだが、強引に俺の肩に腕を回すと、


 「お前さ、親父いないのなら、母ちゃんが働いてるんだろう?

 可哀想〜。」

 「なにが言いたいんだよ。」

 「ッチ、テメェ、ちょっと運動と勉強ができるからって」

 「できたらどうっていうんだ。実際俺たちはまだ中学生だ。それ以上になにか大切なことなんてないだろ。」

 「あー、お前金ないしなー。遊びに誘われないの気付いてない? 貧乏人。」

 「それは知らなかった。」


 これぐらいの嫌味なら全然、いつものことで我慢できたんだ。


 「可哀想だよな〜。奇数なの。」

 「は? 何がだよ。」

 「だ〜か〜ら〜。親の数!!」

 

 *


 俺は中学には行かなくなった。

 色々あって、1ヶ月停学処分になり、そこから学校にはいっていない。

 学校からは登校しろ、高校に進学できないぞと催促の連絡が続いたが、それでも行かなかった。

 母も何も言わないし、その優しさに甘えていた。

 中学2年から3年にかけて、俺は家で一日を過ごしていた。


 だからといって高校に進学しないわけにも行かず、俺は私立の中学を退学し、席だけは地元の中学に入れて不登校生活を送った。

 適当に受けた自称進学校には余裕で合格。

 もともと中学一年のころにやっていた範囲なので少し拍子抜けではあった。


 高校では実力は抑えて、そうすれば変に目立つこともない。

 部活もそこそこ、勉強もそこそこ、全部そこそこで済ませていた。

 金銭感覚の近い友達と遊べるのは幸せなことだ。

 俺にはなんだかんだ言って私立は合わなかったと確信していた。


 今まで勉強や部活に注いでいたエネルギーを人間関係に注ぐようにすると、これまた面白いことに小中では考えられないような、たくさんの友に恵まれた。

 嫌なことばかりの人生だと思っていたが、これからはいいことが待っている。

 そう思いを馳せて。


 「うん、今度の日曜日はクラスのみんなと体育祭の打ち上げに〜」


 ***


 

 「てことは貴方も不運ね。」

 

 『  』を憐れむような声が聞こえる。

 目の前には、どピンクの長髪に鴇色の瞳をした女の子。黒い三角帽子に大きなリボンが付いており、手には黒とピンクの手袋。ピンクのドレスで主張が強い。

 肘から肩ぐらいの長さの細い杖を持っており先端にはハート、リボンが付いている。

 そんな少女、アルゲディがいた。


 「巻き戻っている?」

 「はあ? 貴方なにを言っているのかしら。」

 

 俺の独り言を聞いて、アルゲディが訝しむ様子でこちらを見ている。

 このまま何もしなければまた『蚊王』による虐殺が始まる。

 なんとか逃げなくてはならない。

 逃げなければ、また脳みそが貪られる。

 それは、それだけはいやだ。


 「なあ、一度ここから出よう。みんな、急いで。」

 「ねえ、急にどうしたの」

 「あいつ、『蚊王』がいるんだよ。もう時期来るんだ。はやくここから逃げなきゃ全員殺される。」


 突然なにを言っているのだお前はという表情でみてくるアルゲディとメサルティム。

 しかし、『光輝教団』の敬虔な信徒であるメラクは眉間に皺をよせ、


 「それは本当ですか!?

 冗談では許されませんよ!?

 わかっているのですね!?」


 と、鬼気迫る様相で俺に歩み寄ってくる。

 その巨躯からは、今までのような穏やかさはなく、真剣そのもので圧倒される。

 しかし、そんな彼に怖気付いてなんていられない。


 「本当だ。早くここから逃げないと。」

 「よくわからねぇけどよ! 

 俺はそこのレオ(あんちゃん)のことを信じてみるぜ!!!!!!」


 それだけ言うと、マルカブは扉の取手を掴んでスライドさせて右に曲がって走り抜けていく。

 その様子を見ていたアンティリエがいそいそと部屋を出て、

 

 「みんなも、早く!!」


 と声を出す。

 それに釣られて龍怜やアルゲディ、メサルティムも渋々といった表情で部屋を出る。

 それに続いてメラクが、


 「私たちも」


 と言って俺と共に部屋を後にした。





 あの読み聞かせ部屋のような場所から逃げて、その途中で『蚊王』とバッティングすることはなかった。

 別の部屋に逃げおおせる。

 その部屋は他の部屋とは少し異なり、地面には土、壁は岩で天井は木造りと突然現実に引き戻されたように感じた。


 息を切らせながら全員がへたり込む。

 そんな中、アルゲディの鋭い視線が俺の視線と交錯する。

 その眼差しには、どういうことか説明しなさい、とでも言いたげであった。


 「まず俺は〜」


 そこで、俺が経験したこと。事細かに説明した。

 『蚊王』のこと。

 みんなが殺されたこと。

 自分も殺されたこと。

 スキルで応戦しようとしたが、発動できなかったこと。

 気がついたら時間が巻き戻っていたこと。


 そこまで話して、全員の反応はと言うと、


 「怖すぎ!!!!」とアンティリエ。

 

 「妄言」「戯言」とアルゲディとメサルティム。


 「特徴は確かに、、、」とメラク。


 「本当なら末恐ろしい」と龍怜。


 「俺はお前を信じてやろう!!!!!!」とマルカブ。


 六者六様の反応。


 「信じられないかもだけど、本当なんだ。

 俺も、今も思い出しただけで震えが止まらない。」


 少し安全が確保されて、落ち着いているが、さっきまで心臓の音が聞こえるくらい響いていた。

 骨を突き破って飛び出してくるのではと錯覚するほどに。

 恐怖で冷や汗が流れるのも感じていた。

 もうトラウマ植え付けられている。

 どういう原理か、自分の時だけが巻き戻っており、それが今自分が生きている唯一の理由。


 「貴方、もしそれが本当ならどんな苦しみを」


 カン、カンと全身の毛が逆立つのを感じさせる足跡がする。

 俺の表情の変化に気がついた6人は、扉に注視していた。

 だんだん音は近づいてくる。

 あの悪魔の様なフォルムが脳裏に焼き付いて離れない。

 生臭い血と肉と内臓の匂いが、鼻の裏にこびりついて離れない。

 あの全身を包み込む様な恐怖が、魂を縛り付けて離れない。


 カン、カン。


 突如、扉とは正反対の、壁だった場所に穴が開く。

 その穴から「早く、入って!!」という必死の叫び声が聞こえて一番近くにいたアンティリエが、


 「うああああああああ」


 という雄叫びを上げながら駆け出して飛び入る。

 その声に気が付いたのか、近づく足音の速度が速くなるのを感じる。

 それを聞いてかアルゲディたちは、「ひぃ」と小さく悲鳴をあげ、転びながらも突如できた穴の中に入っていく。


 「レオさん?」

 「くそ、こうなったら俺が!」

 「私が運びますよ。」


 恐怖で腰が砕け、歩けずにいた俺のことを担いだメラクが穴へと向かう。

 いち早く穴の前まで来ていたマルカブが、「こっちだ!!」と一丁前に手を振っている。

 俺たちより一足先にマルカブが穴にはあると、後を負ってメラクも穴へと入っていく。

 

 入るとそこは秘密基地の隠し通路の様になっており、長い滑り台を潜りかけると、やがて白い光が見えてくる。


 「どわああああああああ」

 「うぐ、」

 「えぶす、」

 「うわああああああああああああ」


 到達した場所は、妙に温かみのある空間だった。

 だれかが暮らしている様な、そんな温かみだ。


 「あの、降りて。」

 「アンテの上からもね。」

 「ああ、すみません。」


 そういうと、メラクはマルカブの上から、俺を担いで降りる。

 メラクと俺が降りると、マルカブがアンテの上から降りた。


 「大丈夫? 八神くん。」

 「うえあ、ああ。ちょっと、びっくりしただけ。」

 「本当? 顔青いよ。あの人みたいに。」


 そう言って部屋の奥の方を龍怜は指差す。

 そこには確かに青い何かがいた。

 それは、頭から青いペンキを被ったような、全身青一色の、人? 人型のなにか?

 この世界にはいろんな人種があるし、肌が青い人もいるということか?


 俺たちのそんなやりとりを、興味深か気にながめていたアルゲディの視線には気が付かなかった。


 青い人? 髪の長さは長いから女?

 は、柔らかい顔つきでこちらを見やると、


 「危なかったね。」


 とひと言言い放つと、


 「ボクはポラリス。一応、魔物だけど、人だと思って欲しいな!」


 命の恩人、ポラリスは指を天に突き立ててくるりと回った。


 「ま、魔物?」


 そう疑問を呈したのはメサルティムである。

 敵意がないことは見て取れるが、それでも魔物とか聞いて手に持った立派な杖をポラリスへと向けている。

 いつでも魔術を使って殺そうということか。


 そんなメサルティムの結果盛んな様子を見てか、両手の腹を上げて、降伏しているといった形をとる。

 すると、


 「本当に本当に悪いものではないのです。

 ボクもあの蚊王(怪物)には何度殺されかけたか。

 皆さんが生きてて本当に良かったと思っているんです。

 お願い、どうか、どうなご慈悲を〜。」


 メソメソと地面にひたいを擦り付けながら訴えかける。

 それでも杖を下そうとしないメサルティムへ、師匠であるアルゲディは杖を下ろす様に指示する。


 「ポラリスさんでいいかしら。私はアルゲディ。

 ここ、『ヴァンデミアトリックス幽域』に探索に来たの。貴女はここの住人?」

 「住人というよりは、ボクはここの住魔?

 まあ、なんにせよここに住んでかなり時間が経つかな。」

 「どれくらい?」

 「さあ、数年とか数十年とか?」


 こんなところに数十年!?

 魔物ってのは頭のおかしな生き物なのか?

 知性とか理性とかはなさそうな感じするけど、野生生物ですら怪物の縄張りには近づかないと思うんだけれど。


 恐れ知らずの青い女型の魔物?

 乳房があるし、たぶん自認が女の魔物、ポラリスは続けて、


 「でも、一度もここから出られたことがないんだよね。」


 と、今俺たちがもっとも聞きたくないであろうセリフをサラリと言った。

 それを聞いて、おそらく脱出方法を聞きたかったのであろうアルゲディは深いため息をつく。

 見ていたポラリスは「え、ボクなにかやっちゃいけないことしましたかね。申し訳ないです。」としゅんとしてしまった。

 心なしか、体躯が一回り、いや、二回りくらい小さくなった様な、、、。


 「そんな、気にしないで。貴女が謝ることじゃないわよ。他にも聞いてもいいかしら?」

 「ばっちこーいです。」

 「『蚊王』ってのは、なに?」

 「『蚊王』? あの暗くて気持ち悪いやつのことですか?

 アレはバカみたいに強いんで手出さない方がいいですよ。殺されたくなければ。」

 「詳しいのね。戦ったことあるの?」

 「いや、ないはずなんですけどね。」


 首を捻っては、あーでもない、こーでもないと1人でなにか考えだすポラリス。

 そこで、メラクが手を挙げて、


 「『蚊王』というのは、『サムムカーティル』の七俊傑(しちしゅんけつ)一柱(ひとり)。インセクターズの中の、モスキート種の中でもとりわけ異質。

 人の脳みそや脊髄だけを好んで食べる姿からついた名前は『暴食』。

 第三次人魔戦争のとき、人々によって滅ぼされたと聞いていましたが、生きていたとは、、、。」


 と捕捉解説してくれる。

 ナイスアシスト!!


 しかし、その説明で俺も納得することがある。

 たしかに脳みそを吸われた。

 アレはもう二度とごめんだ。ていうか他の死に方もごめんだけどね。

 

 なぜ他の人の脳は吸わなかったのかは疑問が残るところではあるが、今そのことに関して深く掘り下げる必要はないだろう。

 

 「『蚊王』っていうのか。たしかにモスキートにしては強すぎるし、『王』ってついてても疑問なっしーだね。

 私も体の一部を触れた時は、もうこの世の終わりかと思ったことがあったなー。」


 と、遠い目をしながらつぶやくポラリスに視線をやる。

 なんというか、骨や、血や肉が通っている様に感じない。

 他の面々も感じているのか、龍怜がポラリスに、「魔物は魔物でも、どの分類に属するんですか?」と問うていた。

 その問いに対して、ポラリスは、


 「スライム、スライム。」


 と、己の手をまるでゼリーのように変形させながら答えた。

 いきなり体を変形させられて、流石にショックを受けざるをおえない。

 ハンマーで頭を後ろからぶっ叩かれた様な衝撃が全身に広がる。

 それでも脳は処理し切ると、ポラリスは本当に魔物であったのだと、ほら吹きではなかったのだと理解し直した。


 「そこのレオ(男の子)なんだか失礼なこと考えたような。」

 「気のせいです。気のせい、気のせい。気のせいやー。」

 「うーん、ほら吹き扱いされたような、そんな気がしたんだけれど、、、」


 勘が鋭い!!

 さすが本能の生き物魔物様々だ。

 しかし、魔物であるポラリスのことも『蚊王』は襲うのだな。

 ということは、『蚊王』は魔物ではないのか?

 でもモスキートといっていう種類の魔物なんだろう?

 仲間殺し?

 それとも種族が違えばあんまり気にしない感じ?

 なんにせよバケモノの生態というのはレオにとって、理解の範疇をやつに変えているのだろう。


 「あのさー、ひとつだけ、ボクからもお願いがあると言いますか〜。」

 「むう?」

 「んん?」

 「みなさんのことを知りたいな〜と。ほら、ボクは『ポラリス』って自己紹介したわけだしさ。みんなのことも教えてよ〜。的な?」


 ああ〜とひと言言うと、


 「アルゲディ様よ。こうべを垂れなさい」

 「アルゲディさん。よろしくです!」


 「龍怜天音です。天音でいいですよ!」

 「アマネ!! アマネよろしく!!!」


 「アンティリエ・カステコだよ。魔物と人間ってヤレるのかな。あ、アンテって呼んでね。」

 「アンカス死ねゴミカス。」

 「なんでー!!」


  「やあ、ポラリス嬢!!

 俺の名前は、マルカブ・パンパン!!

 (ヒト)・エルフ・ドワーフ・獣人族(闘馬族)の混血児にして、世界最高の探検家!!

 大妖精使いというのは、俺のことだ!!!!!!

 気安くパンパンと呼んでくれ!!!」

 「おお、よろしくパンパn」


 「おっとあぶなーい。」


 後ろからポラリスの口を強引に両手の平で塞ぐと、その大勢のまま自己紹介に入る。


 「あいつはマルさんでいいよ。

 俺はレオ。レオって呼んでくれ。」

 「レオ! レオよろしく!!」


 振り返って俺の目を見てくる。

 魔物であるはずなのに、どこか可愛げがある。

 魔人族なんかより100倍くらい可愛いぞコイツ。

 ガシガシと頭を撫でてやると、くすぐったそうに、でも嬉しそうにキャッキャキャッキャと喜んでいる。


 そんな俺たちの様子を見ていたメラクの表情は心なしか硬く感じた。

 アルゲディが、


 「ほら、メラク(貴方)の番よ。」

 

 と、自己紹介するように促すも、どこか受け入れられていない様子だった。

 鋭い視線が俺、否、俺の腕の中でくすぐられているポラリスへと向けられている。

 彼は自身のカバンから白い傷だらけの本を取り出すと、


 「この聖典には、魔物と人とが仲良くなって良いなぞという、記述はどこの章にも載っていません。

 むしろ、魔人族やその魔人族が生み出した魔物の魂は汚れたものであると教えてくれています。

 皆さん、冷静になってください。

 魔物の中には人を騙す種族もいるのですよ。

 魔人族なんてものは、人の言語を使う魔物です。

 そこのポラリス(魔物)もそうです。

 いつ私たちのことを襲うのか。

 今はまだ、そうやって取り入ろうとしていますが、いま本性を見せることかと考えたら気が気じゃありません。

 アルゲディさん、そのバケモノ、殺す許可をください。もしくは拘束して身動きが取れないようにしましょう。

 でなければ危険です。今すぐに、殺しましょう。

 さあ、殺しの許可を!!」


 物々しい様子でポラリス討伐の許可を願うメラクの様子に、流石にドン引きする。

 こいつがあのセンドルワヤーとかと同じだと言うのか?

 そんなわけないだろ。

 たしかにすこしひんやりしていて人の温かみのようなものは持ち合わせていないが、それでも心にある思いやりはメラクだって感じたはずだ。

 あの時、ポラリスがいなければ俺たちはまた『蚊王』によって惨殺されたことは間違いない。

 そしてその時、運良く時間が巻き戻ると言う保証もない。

 

 「流石に命の恩人に、殺そうなんてのはどうなんだよ。」

 「レオさん、確かにそいつは私たちを助けましたよですが、獲物を他の魔物に取られたくなかっただけじゃないですか?

 自分だって久々の餌にありつけて、他の魔物に奪われないようにと、虎視眈々眈々眈々眈々眈々眈々眈々と狙っていたのではないですか!?」


 目を血走らせなが、俺の服をぎゅっと掴むポラリスに向けて戦斧を向けて立っている。

 彼は巨人族ということもあり、とても高圧的ですくみ上がってしまいそうになる。

 

 「ああああ、そうやって庇護欲を掻き立てて油断した隙を見つけて寝首をかくのだそうに決まっている絶対にそうだ。そうに違いない!!」

 「落ち着け!!」


 大きく振りかぶった戦斧を、アルゲディが放った土魔術が跳ね飛ばす。

 魔術を打った先、アルゲディへと血走った目で見据えるメラク。

 

 「あああああああああああ、なぜですか。

 なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ皆さん。なぜですか!!

 ソイツは怪物。

 人を殺すんですよ。

 アルゲディさん、スライムだって人を殺せます。

 腹の中に入れて、生きたまま人を溶かして捕食するんです。それは苦しみながら死ぬことになる。

 だめだだめだだめだ。そんなことだめだ許せん許せない許せるわけがない許していいはずがない魔物は許されない生きることすら許されない神に愛されない罰せられるべき存在なんだあああああ!!!」

 「ひょいっとな!」

 「ぐは、」


 狂気を覗かせていたメラクの首筋を、アンティリエが一撃いれる。

 そのままメサルティムが鳩尾に杖を刺し、最後にマルカブがこめかみへと拳を入れた。

 急所三連撃に、さすがの巨人族といえども意識を手放す。


 「すまない、彼は魔物や魔人族への嫌悪感が人並みのそれとは比べ物にならないレベルでね。

 悪意があるわけではないと思うんだが、どうもね。

 彼は本当に敬虔な『光輝教団』の信徒なんだ。

 彼とポラリス(貴女)ができる限り会わないようにこちらも注意するから、そこのところは、みんなも承知していてね。」


 それだけ言うと、アルゲディは弟子のメサルティムとともにメラクを担いで、それでも人手が足りずアンティリエと龍怜を連れて担いで、ポラリスが暮らしているという隠れ家の中の一つの部屋へと連れて行く。


 ぎゅっと掴まっていたポラリスを見ると、ガクガクと身を震わせながら怯えていた。

 俺は初めて、魔物が人に本気で怯えている姿を見た。

 それはまるで、人が魔物に怯えておるような姿であった。

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