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第十八話



 「なーにみてるの」

 

 背後から腕を回し、背中に柔らかいものが押し当てられるのを感じで振り返る。

 そこには腕を回して俺に抱きついていた彼女、長谷川茜がいた。


 「インスタ。最近よく流れてくる人がいてさ。

 見て、けっこうリアルじゃない?」


 そう言って自分のスマホを茜に渡す。

 動画を見ながら、少しだけ興味をもった瞳で注視している。

 そうしてしばらくすると茜が俺にスマホを返し、


 「ちょっとリアルすぎてグロいねー。」


 画面にはぐったりと項垂れる怪物と、その怪物を討ち取ったのであろう投稿主と、彼が握る剣にはベッタリと禍々しい青紫色の液体と、鮮やかな桃色の筋繊維が張り付いている。

 たしかに、こんなものがR-指定もされず、バンもされないというのはいささか妙なことだとは思った。


 「だよね。でもなんかこのグロさがちょっとハマるんだよね。物珍しさというか。」

 「もうみたくなーい」

 「はいはい。もう茜には見せないよー。」

 「むー、なんか嫌な言い方ー!」


 頬を膨らませ、俺のおでこに「めっ!」と言って怒ってくる姿に心が跳ねる。

 一挙手一投足がキュートでプリティーで愛らしい。

 そんなデレデレしている俺に、「本当に怒ってるのにー」とまた可愛く拗ねる。


 「ごめんよー」と優しく頭を撫でてやると、満更でもなさそうに俺の胸の中にスッポリと収まる。

 甘いシャンプーの匂いが鼻腔を撫で、一瞬、脳がくらりとする。

 プラス、上目遣いにやられて思わず目線を逸らしてしまい、「玲央くん照れてるの可愛い」といいながら柔らかな体つきを密着させてくる。


 「うおっふ」


 情けない声をあげ、天にも昇るような心地だった。

 こちらからも強く抱きしめ返して、彼女の体温を強く感じる。


 「茜、俺」

 「ダーメ、私たちまだ高校生なんだから」

 「で、でも、ちょっとくらいなら」

 「しー」

 

 彼女から告白されて付き合った関係であるが、今ではすっかり俺がぞっこんにされている。

 飼い慣らされた犬のように、ただ従順にその包容力に支配されていた。

 

 「玲央くんは茜のものだから。他の女の子にえっちなこと誘われてもしちゃダメだよ?」

 「しないよ!」

 「即答!! 嬉しい。」


 生殺しだと感じながらも、自分のやりたいことを言いたいと思いながらも。

 そのことを伝えれば関係が壊れてしまうのではないのか。

 壊れるくらいなら、彼女の好きなようにすればよいのではないか。

 我慢していればいつかきっと彼女の方から、それまでは、自制しよう。


 「玲央くん! そろそろ帰ろっか!!」






 ***





 「おーい、起きろー!」

 「死んだの? この人?」

 「だから息はあるって。」


 「ん、、、」


 心地よい目覚めだった。

 瞼は軽く、目の前には男3人、女3人が俺の顔を覗き込んでいた。


 「お! 目が覚めたか!!」


 腕を床につけ、感触を確かめる。

 フローリングよりも硬く、コンクリートよりは柔らかい。微妙な感触がある。

 体を起こして周囲を見渡すと黄色と白と緑が中心となった、図書館などでよく見かける子供読み聞かせスペースを広げたような場所だった。


 「ヤガミくん、私がだれだかわかりますか?」

 「ヤガミ、、、?」


 そもそもここはどこだ?

 俺はなぜこんなところに。

 まったく身に覚えがない。

 寝てたってことはここで眠りについたのか?

 いや、そんなことはないと思う。

 直前の記憶を引っ張り出す。


 たしか、暗闇の中で、無我夢中で体を動かすと、肩が、痛くて、溺れそうになって、、、、


 「あああああ、」


 そこで完全に意識が覚醒する。

 俺は、ソルフィアとガレルバに襲われそうになって、いそいで宿を逃げ出したが、逃げ出した先が運悪く海で、そこで身動きが取れず溺れそうになって。


 まてよ、俺が溺れそうになったのは、肩の!!


 右肩に目をやると、裂けた服と綺麗な肩。

 裂傷はなく、触るとすべすべしていて我ながら気持ちいい。

 そんな様子を見ていた男女6人が訝しんだ表情で俺、八神玲央に目を向ける。

 その視線に気づいて会話の内容を反芻する。


 「八神、そう八神。ってお前は」

 「よ! わかる? 私のこと。」

 「うん、龍怜(りゅうれい)さん。」


 元クラスメイトの龍怜(りゅうれい)天音(あまね)

 彼女とは、入学したての頃はよく話していた。

 というのも、クラスでの出席番号が、俺が29、彼女が30で前後ということもあり暇な時によく話す間柄であった。

 そんなやりとりを見ていて1人の女性がつまらない、とひと言呟いて俺から視線を外した。

 

 その姿形に俺は愕然とした。

 どピンクの長髪に鴇色(ときいろ)の瞳をした女の子。黒い三角帽子に大きなリボンが付いており、手には黒とピンクの手袋。ピンクのドレスで主張が強い。

 肘から肩ぐらいの長さの細い杖を持っており先端にはハート、リボンが付いている。

 なんとも個性が強い。


 それに気づいて他の面々の様子も強烈であった。


 長髪に一本の銀色の(かんざし)を差している。首にはベルトが巻かれており、耳はピアスだらけ。真紅の瞳を爛々とさせながらこちらに興味津々なヒョロい男。


 茶色いブーツにサイズの合っていない緑色のシャツを着て、黄ばんだ歯を見せて満面の笑みを浮かべている、腰には木剣が携えられているが、、、。緑の帽子に赤い羽が付いている。目だけは輝いている小太り低身長ブ男。

 

 黒いアモン角に腰まである白髪。裏葉色(うらはいろ)の瞳を覗かせ、白くて厚めのコートを着ている、自分より大きな杖をもち、杖の先にはゴツゴツとした紅色の魔石が特徴的。最短な顔立ちの少女。


 神父のようなローブに黒の刺繍が入ている服を着て、3メートルをあろう巨躯からは考えられないような柔和な笑みを向けている。30〜40代の男。

 

 龍怜合わせて6人。

 一体どういった組み合わせなのか。

 俺が唖然としていると、つま先立ちをしながら小太りの男が、足をぴくつかせながら前に出てくる。

 そして、


 「やあ、君はアマネ嬢から聞いているよ!

 俺の名前は、マルカブ・パンパン!!

 (ヒト)・エルフ・ドワーフ・獣人族(闘馬族)の混血児にして、世界最高の探検家!!

 大妖精使いというのは、俺のことだ!!!!!!」

 「その嬢ってのやめてくださいとなんど言ったらわかるんですかマルさん。」

 「おかしいな、俺も女性陣にはマルやマルカブではなくパンパンと読んで欲しいと頼んだはずだが?」

 「・・・・」


 マルカブ・パンパンと名乗ったのはあの緑の小汚いおじさんのことね。

 なんなんだとドン引きしていると、龍怜が捕捉してくれた。


 「あの人全然妖精とか使役してませんから。

 私たちも騙されただけなので、いうことは鵜呑みにしなくて結構ですよ。」

 「お、おう。」


 そうこちらに耳打ちしてきてふと沸いた疑念がある。

 龍怜は俺のことをなんとも思わないのだろうか。

 龍怜も、女子とつるむようなタイプではなく、一匹狼系の、ダウナー女子だったし、あまり気にしないということだろうか。


 「こらこら2人とも、彼が困っているでしょう。

 大丈夫ですか?

 気を失っているところを私たちが見つけて、見たところ外傷などはなかったですが、痛むところなどは。」

 「大丈夫ですよ。えっと、その」

 「ああ、申し遅れました。私、光輝教団信徒のメラクと申します。ああ、怖がらなくて良いですよ。私は巨人族ですから、背は高いですが、そんなもの抜きにして関わってくださいね。」

 「は、はい。えっと俺はレオっていいます。

 多分龍怜さんから聞いていると思うんですけど。」

 「アマネさんの友達なのですね。意外ですね。」


 意外、という言葉を発して、龍怜の方へと目をやる。

 友達くらいいますよ? 

 とでも言いたがな表情でレオとメラク(俺たち2人)を眺めてきた。


 これで3人。あともう3人は、


 「えーと」

 「はあ、倒れてるのが女の子だったら犯してたんだけどなー。」


 耳に大量のピアスをつけた男が瞳を閉じてぼやいていた。 

 なかなかのゴミクズ発言であるが、周りは何も言わない。


 「んあ、はじめまして。アンティリエ・カステコっていいまっす!

 みんなはアンテって呼びま」

 「せん、みんなアンカスって呼んでるから。八神くんもアンカスでいいよ。」

 「ちょちょちょちょ、ちょいちょいちょいちょいちょい!!

 まだアンテが自己紹介してる途中なのに。

 あ! アンテでいいからね。本当、アンカスとかやめてね!」


 いや、アンカスでいいや。

 さっきのナチュラルゴミクズ発言で既に好感度マイナスカンストですから。

 

 「よろしく」

 「よろしっく!!」


 それだけ言うと真紅の瞳を羊系女子、というか羊を擬人化したような獣人族の少女に目を向ける。

 するとさも当たり前のように豊満な胸へと腕を伸ばすが、持っていた杖で股間を突かれて身悶えしていた。


 そんな羊系少女が、髪をいじりながら、


 「名前、メサルティムです。あの、ピンク・オブ・ピンク(師匠様)の弟子の。」


 それだけいうとおずおずと師匠様と呼んだ人の後ろへと下がっていった。

 既に個性的なメンツ揃いでお腹がいっぱいになっているのだが、一際主張の激しい女の紹介が残っている。


 道端の雑草を見つけたような目、目当てでない商品をスルーするときのような態度、もらって困るプレゼントをされたときのような表情で俺に、


 「アルゲディ様よ。私が誰かわかるかしら?」


 そう言われてもう一度シルエットを眺める。

 服の系統で言えば魔女か。

 杖というよりステッキ。

 魔術士というよりコスプレイヤー。

 綺麗より可愛い系。

 コンタクトなんてないはずなのに、目にはハートがあって不思議な、なんというか、

 やっぱり


 「魔じy」

 「そう、魔法少女よ!」

 

 コイツ、俺が魔女って言おうとしたから無理やり言葉を遮りやがったな。

 でも、そう言われてみれば、幼稚園生、保育園生が好きそうな、プリキュアに出てきそうな、しかも、主人公で出てきそうな個性豊かなキャラクターです。


 「レオくんだっけ?

 最初見た時はこの幽域(ゆういき)の関係者かと思ったのだけれど、すぐに龍怜天音(この子)が知人だっていったから既に興味のない存在。

 貴方、いったいどうしてこんなところで寝ていたの?」


 興味がないと言ってみたり、ちゃっかり質問してみたり、いったいなんなんだこの人は。

 そんな俺の表情をアルゲディは一言、


 「なによ」


 と不満ありげに呟いた。


 「そもそも幽域ってなんだ?

 EEZみたいなもの?」

 「それは排他的経済水域。ここは『サムムカーティル』の元守護者が使った領域。って言っても八神くんは『サムムカーティル』知らないよね。」

 「サメ向かってーるみたいな?

 サムに勝ってーる。みたいな?」

 「俺たちは『今向かってーる』ぜ!」

 「、、、サムムカーティルというのは第三次人魔戦争の引き金と言っても過言じゃない組織です。」

 「まてまてまて、なに戦争?」


 華麗に無視されたマルカブは置いておいて、なんだ、次から次へと俺の知らない単語が湧いてくる。

 『サムムカーティル』だけでも頭がパンクしそうなのに、『第三次人魔戦争』って、字面だけで沸騰しそうだ。


 「まーざっくりした、この世界での世界史、本当に、本当にざっくりした世界史を話すと、元いた世界でいう世界大戦みたいなことが3回あって、

 1回目では魔人族が今のポラトヴィアやステップラント、スカンディアに進軍したが盛り返した人類と膠着。

 2回目はスカンディアで『光輝教団』という魔人族許すまじみたいな組織ができて戦争になり、先の戦争で魔人族に恨みを持っていた人類が報復。

 3回目は魔人族の間で『サムムカーティル』という組織を作り上げて、2回目の戦争で攻撃してきた人類世界に叛逆した。

 そういう話です。」


 『光輝教団』?

 それってメラクさんが信仰してる宗教団体じゃないのか?

 その宗教団体って壺の押し売りとかしてきたりネズミ講みたいなことはないよね。さすがに異世界だし。


 「メラクさんは『サムムカーティル』嫌いですよね。」

 「大嫌いですね。」


 澄み切った笑顔で返された。

 そこまで断言するくらい嫌いなのなら、このメンバー的に『サムムカーティル』大嫌いです集団みたいなものかな。


 「ん?

 でもここって『サムムカーティル』の元守護者さんが使った幽域なんだろ?

 だったらどうしてそんなところに6人様はいるんだ?」

 「いろいろだよ。アルゲディ(わたし)とメサルティムは『サムムカーティル』を研究しているの。

 それで調査に同行しているのが残りの4人。」


 そのアルゲディの言葉にメラクは、


 「私は『サムムカーティル』の生き残りがいたら、屠ろうと思いましてね。」


 優しい顔で怖いこと言ってる。

 ガクガクと肩を振るわせる。

 両腕で体を抱き、少し距離を置いた。


 「天音(わたし)はアルゲディとは友達だから。協力してあげてるの。」


 なるほど。4人ともすごい真剣に、、、

 残りの2人は?


 「俺か!?

 俺は世界屈指の探検家だからな!

 未知の領域への冒険に、俺がいると心強いだろ!!」


 そういって親指をたて、黄ばんだ歯を見せる。

 白くないので輝くこともない。

 あと臭そうくさい。


 「マルカブ(このほら吹き)野郎、本当になんの役にも立たない。逃げても逃げてもついてくるからもう放置してるけど、最初は私たち逃げてたからね。

 本当騙された〜。」


 冷徹な目でマルカブを睨みつけるアルゲディ。

 そんなことどこ吹く風だとでも言わんとする様子である。

 最後に、1人目的が聞けていない人へと俺含めた6人が目線を向ける。

 銀色の簪を刺した男。


 「アンテ? そんなのメサルティムさんのおっぱいを追いかけてきたに決まってるじゃん。

 あのおっぱいを拝むまでは死ぬに死にきれんよ。」


 本人がいる前でどうどうと吐き散らすリアル狂人。

 あまりのデリカシーのなさに女性陣はドン引き。

 そもそも、どうしてこんなやつを連れてきたんだと玲央は頭の中で疑問を投げかけた。

 それに気づいたかのようにメサルティムが、


 「いたんですよ。いつのまにか。」

 「え、こっわ。」


 きっとくるー!

 きっとくるー!

 

 幽霊みたいな、そんなバカな。

 事実だと気持ち悪いけど、なにかの間違い聞き間違い。

 そうしておくことにした。


 「んじゃ、アンテたちも話すこと話したし、レオくんの話を聞きたいんだけれど。」

 「そうね。貴方だって話すべきよね。私たちは事情話したんだし。どうしてこんなところにいるのかも。」


 それは、知らないんだよな。

 どうして俺はこんなところにいるのかも。


 「俺はもともとアドリアノヴァにいたんだけど」

 「はあ!?」


 そこで大きく口を開けたのはアルゲディだ。

 彼女はその可愛らしい唇を丸くさせ、鯉のようにパクパクさせている。

 艶やかで、リップでも塗っているのか、開け閉じするたびに、ッンパ、ッンパという音が鳴っている。


 「ここはバルトニアよ?

 本気で言ってるわけ? アドリアノヴァなんて直進距離でも国境六回は越えるわよ?」


 もちろん、同じ国の国境を越えることもあるんだけどと捕捉しながらいうが聞いた限りだとかなり遠いな。


 海流に流されでもしたのか?

 いや、だったら死んでるはずだ。

 そもそもどうして俺は生きているんだ。

 見に起きていることがまったく把握できていない。


 「命を狙われてたんだ。それで咄嗟に逃げ出した先が海で、溺れて死ぬんだろうなって思ってたら、ここにいた。」

 「およそ事実とはお前ない。妄言ね。」


 というアルゲディではあるが声音は真剣そのものでいろんな考えが頭の中を回っているのだとわかる。

 俺も朝目が覚めた時知らない人の家で起きてます、酒を飲みすぎて記憶がありませんとかならギリギリ理解されそうだけれど。

 東京湾で溺れかけて気がついたらロシアのシベリアにいたんですよみたいな話をされたら妄言と切り捨てるだろうな。


 渋い表情をしている真面目組(アルゲディ、メラク、メサルティム、天音)に対し、何の話してるの?

 は? どしたん?という表情の間抜け組(マルカブ、アンティリエ)がとても対照的。


 「これも『サムムカーティル』の残したものなの?」と呟くアルゲディや、「『サムムカーティル』ならあるいは、、、」と含みを持たせた言葉をつぶやくメラク。

 俺の心配をしてくれている龍怜や、アルゲディを支えているメサルティム。


 そして、この世界に野球拳があるのかないのかわからないが、似たようなものがあるらしく、間抜け組2人は服を脱いだりしている。


 惨状をみるに4人が苦労していることだけはわかった。

 アルゲディがこちらを見て、


 「てことは貴方も不運ね。」

 「そりゃあね。訳もわからないところに来てりゃ誰だって。ん?

 貴方も?」

 「ええ、貴方も。私たちも。」

 「も?」

 「も。」


 そういうアルゲディの言葉に、冷や汗が流れる。

 なんだなんだ、もってなんだ。

 まるでお前たちも俺と一緒の状況みたいじゃないか。

 あれだろ? 探索に来てるんだろ?

 任意で来てるんじゃないのか?


 「それは、どういう。」


 固唾を飲んで次の言葉を待つ。

 その時間は本当に一瞬のことであったが、まるで永遠のように感じて。


 「出られなくなったのよ。ここから。」

 「そうか、そうか。え?」

 「だーかーら、閉じ込められているのよ。ここに。」

 「閉じ、へ?」


 なにを言っているんだ。

 閉じ込められたってのはなんだ。

 部屋に入ったら外から鍵が閉められて、外に出られなくなるって意味で、閉じ込められたって言ってるのか?


 俺の表情から何かを汲み取ったのか、メサルティムが、


 「文字通りですよ。八方塞がりです。

 倒れていたあなたなら外への道すじも知っているのではないかと起きるのを待ちましたが。」


 俺も当てにはならなかったと。

 ふむふむ、


 「俺のこと見捨てたりしないよね?」

 「もう保身に走るの、、、?」


 ため息をつきながらつぶやくアルゲディ。

 仕方ないじゃないかと玲央は思う。

 この子供読み聞かせスペースみたいなところから出られなくなったのか?


 「この部屋から出られないってことか?」

 「いや、この部屋からは出られる。

 この、『ヴァンデミアトリックス幽域』から出られないの。

 ここは『ヴァンデミアトリックス幽域』の中にある一部屋に過ぎないは。

 貴方が倒れていたから目を醒めるまで様子を見ていたの。」

 「なるほどなー」


 今のこの状況を四字熟語で表すならとても簡単。

 「絶体絶命」、大ピンチだ。

 生き残れたことに安堵したいのに、次から次へと問題が積み上がっていって全く休まることもできない。


 そうやって7人思案していると、部屋の外から足音が聞こえてくる。

 カン、カン、音は響いて聞こえ、心地いい。

 全員気がついたのか扉があるであろう方向へと目を向けている。


 「誰かいるのかしら。」


 一言呟くと、アルゲディが扉の取手に手をかける。

 そんなところに取手あったんだ。見づら。

 スライド式の扉を開けると、赤い液体が部屋に飛び散る。

 

 「えあ、はあ?」


 間抜けな声が漏れた。

 赤い液体がなぜ飛び散ったのだ。

 遅れてドサりという音が部屋に響く。

 音の発信地をみて、メサルティムが絶叫をあげる。


 「いやあああああああああ師匠様ああああああああああああああああ!!!」


 音の正体はなんと、アルゲディの頭が地面に落ちたことによって発生したものだった。

 そして赤い液体はアルゲディの首から噴水のように噴き出す鮮血。


 大の字に後方に倒れる胴体と、その胴体を踏みしめて入ってくるのはアルゲディの首を撃ち落とした張本人。

 

 腕が4本、足が2本。筋肉質な見た目だか体は外殻に覆われ、背中には6枚の羽が備わっている。

 獰猛な瞳をもち、長く尖った口が印象的。

 頭からは2本の触覚が生えており、触覚の見た目はフサフサの毛がたくさん生えているように見える。

 手先は鎌のように尖っており、その中の一枚には血がこびりついている。


 「蚊王、、、」


 メラクがひと言だけつぶやくと、


 「おおおおおおおおお!!!!」


 と、咆哮をあげながら怪物、『蚊王』へと突撃する。

 『蚊王』の全長よりも数十センチ大きな体格であるのは、さすがの巨人族というべきか。

 腰に携えていた戦斧を横薙ぎする。

 それを腕の一本で防ぐと戦斧に亀裂が入る。

 それでも構わず今度は首を狙った一振りに、血のついた鎌がメラクの手首を両断する。


 「うわあああああああ!!!」


 自身の切られた腕の断面をみて、メラクは阿鼻叫喚。

 白い骨と筋繊維が顔を覗かせ、一歩下がるが、下で倒れていたアルゲディに足を取られて尻餅をつく。

 そんなメラクの服を鎌で引っ掛けて持ち上げる。

 あの巨躯を軽々と持ち上げると残りの3本の腕の鎌で切り裂き肉片に変えてしまう。

 

 どどどどどど、、、

 という音とともに肉片が地面に落ちて。

 生臭い匂いが部屋の中を満たす。

 

 泣きながらメサルティムが蚊王へと杖を向けるが瞬時に距離をつめた『蚊王』がメサルティムの美しい顔面に蹴りを入れる。

 彼女は即死だった。

 脳みそが撒き散らされていた。

 

 その恐怖の象徴とも呼べる存在が、こちらへと目を向ける。

 俺の前にいたはずのマルカブは消えており、いるのはアンティリエと、クラスメイトの龍怜天音だけ。

 マルカブのいたところには『蚊王』が立っていた。

 立っていた?

 なぜ?


 そういうことなのか?


 「ひえ!!」


 悲鳴を小さく上げたアンティリエの胴体を蹴り上げて天井に突き刺す。

 突き刺さった場所からはだらりと血が滴り、瓦礫と埃が待っていた。

 

 刺さっているアンティリエの片足を血塗られた鎌で切り落とすと、信じられないような速度で龍怜に投げつける。

 炸裂音がし、龍怜の腹に、高速回転したアンティリエの片足が貫通する。

 龍怜の体が上半身と下半身で二つになる。

 二つになったのだ。


 「ああ、」

 「ああああああ!!!」


 『剛体化Ⅰ』と『加速Ⅲ』を起動、、、、


 「なんで、なんでなんで、スキルが使えない!!!」

 

 『蚊王』の鋭い4本の腕が俺の体を包み込む。

 肉が切れ、骨にまで食い込むのを感じる。

 あまりの痛みに喉からは鼓膜が破れるのではと思うほどの絶叫が響く。

 鉄の鎖に縛られているような力に、まるで身動きが取れない。

 『蚊王』の注射針のような口吻(こうふん)が俺の頭に触れた瞬間、冷や汗が全身を覆う。

 次の瞬間、鋭い痛みが頭蓋を貫く。


 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 口吻が皮膚を突き破り、骨を砕くような音が頭の中で響いた。

 視界が白くなり、絶叫が増す。


 「あああああああああはあああああはああああああわああああああわあわあわあわああああわあああああああああああわあああああああああいやああああああああああああああああ!!!!」


 痛みは想像を絶するものであった。

 まるで頭蓋の内側をナイフで削られているようだった。

 だが、それだけではなかった。


 口吻が脳に達した瞬間、奇妙な感覚がレオを襲った。

 ズルズルという、液体が吸い上げられるような音が頭の中で反響する。


 脳髄が、ゆっくりと、しかし確実に吸い取られている。

 レオの意識は痛みと恐怖で朦朧とし始めた。

 

 『蚊王』の複眼から視線を感じる。

 口吻はさらに深く突き刺さり、レオの脳髄内で蠢く。

 脳の奥深く、記憶や感情が宿る部分にまで侵入は及んだ。

 自分の記憶が奪われていく感触。

 レオの15年と数ヶ月の記憶が全て失われていく感覚がある。


 「ああああ、、、アアアアアアア!!!」


 力は失われ、体は痙攣し、指先が震えて視界は暗転する。

 だが、意識だけが失われず、『蚊王』がわざと苦しみながら死んでいくようにでも、まるでレオの死を楽しんでいるかのようであった。


 口吻がさらに動きを変えた。

 今度はただ吸うのではなく、脳内になにかを注入しているような感覚が加わった。

 焼けるような熱と、凍えるような冷たさが脳を駆け抜け、全身が硬直した。

 毒だと感じた。

 あるいは体液が脳内に流れ込んでいるようであった。

 その液体が、さらにレオの心に恐怖を植え付けてくるように。

 

 もはや、叫ぶ声すらも出ず、耳には『蚊王』の興奮する羽音だけが響いていた。

 『蚊王』の『暴食』は止まらない。

 口吻がさらに突き刺さり、脳の中心部に到達した。

 そこにはレオの自我本体が存在していた。

 『蚊王』はそれをじっくりと味わうようにゆっくりと吸い上げた。


 自分が『自分』でなくなるような感覚に襲われた。

 名前も、過去も、感情も、全てが剥ぎ取られていく。

 魂が吸い尽くされていく。

 どれだけの時が経っただろうか。

 やがて、『蚊王』の口吻がゆっくりと引き抜かれた。

 ズルリ、という不快な音と共に。

 頭からは血と脳漿が滴り落ちた。

 体は動かず、ただ地面に横たわっていた。

 目は虚に天井を眺めていた。

 口からは泡が溢れていた。


 ただ、驚くことに、レオの『心臓』は動いていた。

 『蚊王』がレオのことを殺さずに、生かしておいたのだ。

 『蚊王』がまた足音を鳴らして部屋を出ていった。

 意識が薄れながらも、まだ、そこにあった。

 なにも考えられない。思い出せない。あるのは恐怖と吸い取られた空虚な感覚だけ。

 やがて呼吸は止まり、心臓も活動を停止した。

 

 部屋には、六つの死体が並ぶ、最悪の惨状となった。



 


 ***




 「てことは貴方も不運ね。」

 

 『  』を憐れむような声が聞こえる。

 目の前には、どピンクの長髪に鴇色の瞳をした女の子。黒い三角帽子に大きなリボンが付いており、手には黒とピンクの手袋。ピンクのドレスで主張が強い。

 肘から肩ぐらいの長さの細い杖を持っており先端にはハート、リボンが付いている。

 そんな少女がいた。

 

 この人を、『  』はどこかで、見たことがあるような。

 そこで少し思案する。






 「おーい、貴方? レオくん?」

 「ふぇあ?」


 眼前には整った顔立ちの少女、『アルゲディ』の顔があった。

 息遣いが感じられるその距離感に、レオは後ろに飛び跳ねる。


 「どうしたんだいチミ!?

 突然魂の抜けたような顔ヅラしやがって!

 俺とキスでもしちゃったか〜い!?」


 んーちゅっ!?


 という不愉快な投げキッスが『レオ』に向けて射出される。 

 それによって精神的な疲労が溜まったような気がして。


 「なんだか、」


 昔にもこんなやりとりをしたことがあるような気がする。

 デジャブ? みたいな?

 

 「ほっとけ、あいつはなにかとキスしたがるからな。」

 「う、うげぇ、」


 心なしかさっき見た時よりも歯が黄ばんで見えるような気もしてきた。

 キモいからだろうね。絶対思い込みだわ()


 ただ、なにか、忘れているような、そんな感覚が抜けなくて。

 思い出さなきゃいけないような気がして。


 カン、カン、音は響いて聞こえ、なんだか胸騒ぎがする。

 全員気がついたのか扉があるであろう方向へと目を向けている。


 「誰かいるのかしら。」


 一言呟くと、アルゲディが扉の取手に手をかける。

 なんだ、この、変な感覚。

 心臓がうるさいくらい胸を叩いている。

 変な汗も出てきた。

 なんだ、なんだなんだ。なんなんだ。


 「待って」


 俺が言い切るよりも前、アルゲディは扉を開いた。

 開いてしまったのだ。


 スライド式の扉を開けると、赤い液体が部屋に飛び散る。

 

 「えあ、はあ?」


 間抜けな声が漏れた。

 赤い液体がなぜ飛び散ったのだ。

 遅れてドサりという音が部屋に響く。

 音の発信地をみて、メサルティムが絶叫をあげる。


 「いやあああああああああ師匠様ああああああああああああああああ!!!」


 音の正体はなんと、アルゲディの頭が地面に落ちたことによって発生したものだった。

 そして赤い液体はアルゲディの首から噴水のように噴き出す鮮血。


 大の字に後方に倒れる胴体と、その胴体を踏みしめて入ってくるのはアルゲディの首を撃ち落とした張本人。

 

 腕が4本、足が2本。筋肉質な見た目だか体は外殻に覆われ、背中には6枚の羽が備わっている。

 獰猛な瞳をもち、長く尖った口が印象的。

 頭からは2本の触覚が生えており、触覚の見た目はフサフサの毛がたくさん生えているように見える。

 手先は鎌のように尖っており、その中の一枚には血がこびりついている。


 「蚊王、、、」


 メラクのつぶやきで記憶が覚醒する。

 『蚊王』だ。俺の脳に自身の口吻をストローのようにさして貪った怪物の正体。

 思い出した。

 思い出してしまった。

 あの顛末を。

 恐怖が蘇る。

 

 「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」


 腰が抜け、その場で失禁してしまう。

 それでも少しでも距離を取ろうとして、全身を這わせながら部屋の隅へと逃げていく。

 

 俺が絶望の中で現状から逃げようとしている中、世界は、俺が見た世界の通りに進んでいく。

 メラクが殺された。

 メサルティムが殺された。

 マルカブが殺された。

 アンティリエが殺された。

 龍怜が殺された。


 そして、


 「いやだ、殺すなら即死させろよおおおおおおおおおおおお」


 4本の腕で俺の体を抱きしめる。

 『蚊王』の口吻が、俺の頭蓋へと、、、、

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