第十七話
「玲央、玲央!」
「ん?」
自身の名前を呼ばれながら、体を大きく振るわれる。
眠っていた体を起こすと、眼前には俺の親友、成田星斗の姿があった。
彼は制服ではなく体操服に着替えており、切迫したような顔つきで俺を覗き込んでいる。
「授業中寝てるのは気づいていたが、チャイムが鳴っても起きてないなんて、、、」
「なんで体操服、、、、はっ!!」
そこで八神玲央は思い出す。
昼食後の五限、授業は古文。
連日の部活での疲れも祟って授業中であるにも関わらず、瞼の重さに負けて、眠りについていた。
そして、六限の授業は、
「体育の田畑じゃんか!!」
そう、何を隠そうサッカー部の顧問である人間の授業である。
なにかと生徒たちへと嫌がらせのような授業を展開することで、ほとんどの生徒から嫌われている。
一部からは呪いをかけられているような、そんな面倒くさい男。
そんな男の授業に遅れでもしたら、、、
授業はおろか、部活でも何をされるかわかったものではない。
「い、急いで着替えないとおおお」
「なにやってんだよ、、、、」
「なんで起こしてくれなかったの!」
「まさか熟睡してるなんて思わないだろ。」
恨み言を並べてみるが、自業自得である。
そのことも玲央自身自覚しており、それ以上何もいうことはない。
部活で鍛えた早着替えスキルを駆使して魔法少女顔負けの速度でコスチュームチェンジする。
鍵を閉めるべく待っていた星斗と2人でグラウンドへ走っていく。
玲央も星斗も身体能力には自信がある。
ダッシュで走るとすぐにクラスメイトの集団に合流できた。
チャイムがなる前に、なんとか危険を回避する。
「今日は欠席はなし、、か。」
「先生機嫌よさそう。」
「忘れ物も遅刻も欠席もいないしね。」
コソコソと話をしている中、田畑が生徒たちを震撼させる言葉を発する。
その発端である生徒は、田畑の視線を1人独占している。
さすがにその視線に気づくも、直視することもできず、目を地面に向けてしまう。
「五限目の古典の古河先生の授業中に、失礼にも爆睡かました馬鹿野郎がいたそうだな。」
背中に嫌な汗が流れるのを玲央は感じていた。
それが誰のことを指しているのか。もっとも心当たりがある人間だった。
急いで準備を済ませて、危機回避したと思った矢先の出来事だった。
「八神、立て!」
「ハイ!」
俯いていた頭を持ち上げ、天を仰ぎ立ち上がる。
上を向く必要はないのだが、前や下を見ていると周囲の突き刺すような視線を浴びて心が壊れると思ったから仰ぎ見た。
おかげで視線は感じないものの、予想通りの光景だろうことは間違いない。
「お前は普段の部活動でなにを学んでいるんだ!!!」
「サッカーを」
「それだけか!!」
「違います!!」
「だったら何を学んでいるんだ!!」
内心、学生の部活に学びも何もねえよ!
と食ってかかりたくなる衝動をグッと堪えて頭を回転させる。
学んだことといえば、、、、
「何も学んでいないんだな、だから居眠りなんかするんだな!!」
「すみませんでした!!」
「謝って済むか! 今すぐ職員室に行って非礼を詫び入れてこい!!!」
*
散々な目にあった。
職員室で古河と話をしていると学年主任が、担任が、副担任がと次々大人が増え、そのたびに頭を下げなければならなかった。
だいたい、なぜ俺だけこんな目に、と。他の生徒だって寝ていたではないかと思うが。
大袈裟な謝罪行脚を終え、いそいでグラウンドへと向かうとクラスメイトが、1、2、1、2、と足並みそろえて声を張り上げて走っていた。
そこで、玲央の冴え渡っていた脳は瞬時に理解する。
普段から顧問が欠かさず言っているセリフを。
それを今この場で実行しているということを。
この夏の暑い中、もうすぐ水泳授業が始まるか否かという季節の中、悪夢のような掛け声をあげているということは。
「お前ら! クラスメイトがやったことは連帯責任だ!
お前らが寝ているやつを起こさないでいたからこんなことになったんだ!!
お前らが悪いんだぞ!!!」
「ハイ!!!!!!」
そう、あの馬鹿顧問がグラビア写真集よりも女子生徒へのセクハラよりも、離婚した妻と娘よりも好きな連帯責任。
なぜあそこまで連帯責任が大好きなのか、玲央はまだ部活に参加して1ヶ月ほどだがすでに100回は降らない程に聞いている。
今戻れば、俺も長いこと走らされる。
急いで廊下に戻り、トイレの個室へと向かう。
外からは、トイレの扉と個室の扉を貫いて顧問のバカみたいな怒号とクラスメイトたちの哀れな叫び声が聞こえてくる。
戻るのは嫌だ。少しでも長く怒られたことにして、走る時間を短縮しよう。
そうだ、そうしよう。
一度教室に戻る。
鍵がないのにどうやって入ったのかと聞かれれば、いつも開けっぱなしの窓から侵入してスマホを立ち上げインスタを流して見る。
インスタにはクラスメイトの投稿や、彼女である長谷川茜のものも。
思わず、頬が緩む。
加工はされているものの、その可愛さは抜群で、こりゃあ、先生に嫉妬や反感を買ってしまうのもわけないか、と少し酔いしれる。
「ん?」
一つの投稿、
「こんなやつフォローしてたっけか。」
海外の人のアカウントかな?
知らない言語のアカウントには、剣をもって戦う男の姿が。
CGにしてはリアルだなと感じた。
目覚ましい技術の発展を直に感じているが、そこでふと我に帰る。
時間を見るとすでに残りの授業は半分と残っていなかった。
「すみませんでした!!!」
「随分とこっ酷く縛られたようだな!!」
「本当に失礼なことをしたと反省しております。その気持ちを古河先生にも伝え、誠心誠意謝罪してきました!!
どうか授業に参加させてください!!!」
「断る!!!」
「そこをなんとかー!」
という、先生特有の(田畑が特別めんどくさいだけ)のノリに付き合ってあげること数分。
やっとのことで許しを得て俺も罰走に参加することになった。
絶対に文句を、反感をクラスメイトたちから買うと思っていたが、彼らの反応は意外なものだった。
「まためんどくせぇことになったな玲央。」
「こりゃ今日の部活も連帯責任ランニングかー。」
「俺らも寝てたけど、お前が人柱になってくれたおかげでなんとかなったぜ。
サンキューレンタイセキニンボーイ!」
「まじで迷惑かけたは!
みんなあとでジュース奢るから許して!」
「やりー、言ったからな!」
「そこ、私語慎め!!!!!!」
「ハイ!!!!!!!!」
こんなクソみたいな環境だが。
そこには揺るぎない青春があって。
俺は高校生活を謳歌する。
まじで理路整然としない脳みそにスクラップを詰めて口にニンニクを飼っている顧問も。
脳天をハゲ散らかしてそれでも隠そうと必死にロン毛のかつらを被るがいつもすこしズレてて入学3日でバレた担任も。
実は隣のクラスの社会教師と不倫してる副担も。
全部が全部、俺の青春にはかけがえのないもので。
ともに汗を流して笑い、遊び語る部活メンバーも。
教室で過ごすかけがえのない時間を共有する親友も。
そして、2人きりで育む恋の階段を隣で歩く恋人も。
全て、俺の青春に必要な、鮮やかに彩るためのものだった。
***
「レオ!! レオ!!! レオ!!!!」
遠くで誰かが俺を呼んでいる声がする。
「星斗、、、」
「レオ! レオ!! 気がついたか!!」
「むん? っん!!!」
眠気まなこを擦ろうと右肩を上げると、信じられないような激痛が走る。
あまりの痛みにつかみ取ったばかりの意識を手放しそうになるが、口内から溢れる血の塊が、すんでのところで堪えさせる。
心なしか、全身が熱い。
いや、熱いなんてそんなもんじゃない。
熱がある? なにか病気にでも罹ったのか?
インフルなどで体が痛むという話を聞いたことがあるし、それと同じような。
「あああああああああああああ」
病気による全身の痛みとは訳が違う。
明らかに違う、文字通りレベルが違う痛み。
目を向けると自身の右肩に包帯が巻かれている。
その包帯にはジンワリと血が浸透して、白い包帯が赤黒く染まっていた。
「ああああああ、はあ、はあ、あああ!!」
そこで、気を失う直前までの記憶が呼び戻される。
玲央にとって思い出したくない、二度と経験したくないと感じたあの瞬間のことを。
患部から止めどなく血が流れてあわや命が。死ぬかもしれないという今際の際まで辿り着いていた瞬間を。
「俺は、死ぬのか!? いやだ、いやだいやだいやだ!!
死にたくない! 死にたくたない!」
恐怖が全身を支配し、そのまま体を小さく縮めようとする。
しかし、今の玲央には、少しの筋肉の動きでさえも、自由に取れる体ではない。
無理やり動こうとすれば、その代償を払うことになる。
「あああああああああああいやだあああああああああ!!!!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!」
「レ、レオ!? 一旦落ち着け!!」
今もその主張を強めてレオの肩にどっかりと居座る傷口は、まるで悪魔のように感じた。
肩で息をすることすらも躊躇われる。
涙で血で顔はぐちゃぐちゃになっている。
自分は今のどんな状態でいるのか。
そんなことを正確に、落ち着いて受け入れられる精神状態にない。
今のレオの心には「死」への恐怖と、強まる「苦痛」だけ。
誰かの声なんて届きやしない。
たとえそれがどれだけ大きな声で呼びかけようとも、鼓膜が破れているかのように、聞く耳を持たず、ただ己に降りかかる苦しみに翻弄されて絶叫するだけだ。
「ああ、あああああああああ。」
暴れても痛いだけだと漸く気がついたのかレオの身動きが止まる。
絶叫も鳴りを潜めるが、今なお顔の穴という穴からは彼の体液が流れ続けている。
「くそ、どうなってやがる。ただの傷で、冒険者なら誰でもこんくらいはあるだろうに。」
レオより傷口は浅いが、傷以外の外傷の激しいガレルバがレオの異常な精神の錯乱を眺めてぼやく。
彼のいうように、冒険者とは常に命の綱渡をしている。
いつ死んでもおかしくない。
怪我するなんてのは当たり前。
部位欠損しようが命が残って儲けもの。
そんな職業で、生計を立てている者なのだからレオにだってこの程度の経験は慣れっこだと思っていた。
なにより、ガレルバがはじめに見た姿は、強者そのもの。
海賊だろうがなんだろうが、向かう所敵なし。
同じ人間とは思えない怪力で、野球ボールを投げるような速度で人を投げている姿だった。
それもあって、まるで大人に虐待されて絶望しているような子供のような今のレオの姿がは、ガレルバにとっては異様と異様。
心にはそのまま受け取りづらい、見てはいけないものを見てしまったという感情があった。
「やっと落ち着いたか、、、」
「ガレルバ、か。」
顔面を青白くさせて、表情もぐちゃぐちゃにさせ、苦悶の表情や絶望する顔など高速でつらがわりしていくレオの顔をスッと見据える。
「俺が誰だかわかるか。なら自分のこともわかるよな。
おい、なにがあったか覚えているか?」
ガレルバの問いに、レオは最小限の動きで、首を引いてその質問に肯定する。
しかし、その質問でまた新たに、心に闇が差したのか、彼の表情はまた暗黒へと突き抜けていく。
そんなレオを見てられなくなり、まるで子供をあやすかのように柔らかな口調で説得を試みるも、これまた聞く耳を持たず絶えず「死にたくない」と壊れたおもちゃのように呟き続けるレオ。
いったいどうすれば良いのだとガレルバは頭を悩ませる。
見た目以上に傷が深いのかと考えるがそんなこともなさそう。
たしかに完治するまで時間がかかるが、塞がらないようなものでもないし、ガレルバ自身素人ではあるが、命に別状があるような傷にも見えない。
いったい何にそんなに怯えているのか、本気でわからず、むしろガレルバの方がレオを怖いと感じてきた。
「ガレルバくん、その子どんなもんかな。」
「ソルフィアか!」
ソルフィアと呼ばれた胸の辺りまで髪を伸ばし、薄紫と白と桃色のローブをきた女性がレオが眠っていた部屋に入ってくる。
部屋に入るとレオの方へと目を向けて、
「なにがあったの?
その、廊下まで丸聞こえで、相当に苦しいんだと思うけどさ。
今は随分と落ち着いておられて」
レオ自身、少しだけ冷静さを取り戻しつつある。
しかし、いまだに脳を破るような激痛はある。肩の傷も、熱だって。
レオから目線をガレルバに向ける。
ガレルバの顔面にはアザが大量にあり、レオは気づかなかったが骨も折れている。
そのことに気がついたソルフィアは急いで駆け寄り患部に優しく触れると、治癒魔術を行使する。
少しの苦悶の表情を浮かべたガレルバだったが、グッと口を結んで堪えている。
すると、みるみるうちに全身にできた怪我や傷が元通りになっていく。
ソルフィアの額には脂汗が滲んでおり、そのことに気がついたガレルバは、
「ソルフィア!? 無理しなくていいぞ。それに、治癒魔術を使うくらいならこっちのレオの方に」
ガレルバがソルフィアの手の甲に自分の掌をそっと添えて治癒魔術の行使を静止させようとするが、その手を魔術を行使していない手で握って払い除けると、
「そんなになるまで、どうして人の心配するのよ。
誰かのことを思いやれるのは立派ですけど、自分のことをちゃんと面倒見てあげられて初めて成立するということをよく頭に入れてくれなきゃ」
「俺の心配はみんながしてくれる。ソルフィア、君もこうして心配してくれているじゃないか。」
「なっ! こ、こ、これでいいでしょ!!」
そういうと治癒を終えたソルフィアが患部だった顔に勢いよく張り手をかます。
「えぶす」という情けないセリフを吐いて地面を転げ回るガレルバと、一連のやり取りを眺めさせられていたレオが無言で2人を見つめる。
その視線に気がついたガレルバが、
「この人、見た目以上に怪我が酷くて、治癒魔術かけてくれると」
「でもガレルバ、その人めっちゃ強いって言ってたし」
「それはそうだけど、怪我してるしさ?
治してあげてほしいんだ」
「そもそも、この人のせいでガレルバがボロボロになったんでしょ?
惚けてないでなにかいいなさいよ。お礼はしたの?」
横になっているレオへと刺々しい態度で詰めるソルフィア。
そんなソルフィアの態度にガレルバはワナワナと身震いしている。
彼も困っている様子だとレオは感じた。
「ガ、、」
言われたように、お礼をしようとするが、喉に何かが詰まっているような異物感がある。
その様子を見ていたソルフィアは、眉間に皺を寄せながらレオに綺麗な人差し指をビシッと差して
「大丈夫らしいわよ。」
と、まだ何も言っていないレオの言葉を代弁してやったりといった様子だった。
あまりの扱いの酷さに、さすがのレオも腹に積もるものがある。
指を刺しながらも、綺麗な目を細めてこちらを睨みつけてくる。
なぜ話したことも、あったのでさえこの瞬間からである人間に、ここまで好感度が低いのかと頭を抱える。
理由は、彼女にとってガレルバが大切な人だからで、彼が傷つく原因になった自分のことを恨めしく思っているというところであるのは想像に容易い。
容易いが、それはちょっと無理のある、逆ギレではないのかとレオは苦言を呈したい。
ただ、彼がきてくれていなければ自分は死んでいた。
死んでいた?
なぜ、俺は死にかけたんだ。
〜「ああ、ぐっ、どうして、俺を。」
「そんなの、君が一番危険だからよ坊や。仲間から聞いてるの。今回の護衛で一番強いのは坊やだって。それはそれはもう熱心に語ってたは〜。
幹部であるワタシにも気をつけるようにって、生意気だとも感じだけれど、忠告されていた通りの実力だった。
ちゃんと聞いててよかった〜。部下を信じるワタシって結構いい上司だと思うよね?」〜
仲間、部下、忠告。
いったい、誰が。
目の前にいるこの男はどうして俺を助けたんだ。
彼にとって、理解できないことに俺は強い存在と言っていた。
敵わないと。
そんな人間のことを心配して助けた理由はなんだ?
なにか見落としているんじゃないのか?
例えば、一番気の緩む瞬間を作り出すために、俺の好きを作るために。
『剛体化Ⅰ』を、すぐに展開する。
何が起きるかわからず恐怖からの展開であった。
目的が必ずある。タダより怖いものはない。
レオは、元いた世界で聞く、稼げる話は稼げない。や、親切心に気を許してしっぺ返しを食らったという話を思い出した。
自分の人生でそんな体験がなく、半ばドラマの中の話だと思っていたがどうだ。
このドラマですら見たこともないような世界観の世界で、常識の通用するような、善悪100%なんてことはありえない。
安易に治癒魔術を受けて高額の医療費をふっかけられても払えるのかどうか。
払えなくてどうする? 踏み倒すのか?
この満身創痍の俺は、自由に冒険者から逃げることはできるのか?
「頼むよ。レオを助けてやってくれよ。あとでいうことなんでも聞くから。」
「ええ!? 今なんでもってぇ、言ったぁょね?」
2人の会話には耳にシャッターをかけてブロックする。
レオの肩にソルフィアの左腕が伸びてくる。
指先がどんどんと患部に近づく様子に、レオは全身から溢れる汗を止められない。
腹も背中も太ももも、滝のように汗が流れて、顔は青ざめ髪が顔に張り付いている。
「ああああああああああ!!!」
港での出来事が閃光のような速度で脳内を駆け抜けて、その描写が永遠と再生され続ける。
〜「どうして気づかれたんだ〜」
「ワタシは羅刹会幹部、セラ・シャドウレイル。」
「どんな手品を使ったのか教えてよ〜」
「肩痛むの? すぐに楽にしてあげるのに。楽にしてあげよっか?」
「坊や、今のは本当に怖かったな〜。女の子に普通そこまでするぅ〜?」
「坊やを直接殺すのは難しそう、でも、血が流れすぎてるわよねぇ〜。」
「どれだけ強い戦士も所詮は人間。自然の摂理には抗えない。死への恐怖を克服することはできない。
その恐怖に支配された時、狩人は獲物を逃さないものなんだよ〜!」〜
「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
「ちょ、いきなりなんなのよ。」
恐怖に身を任せて、『剛体化Ⅰ』の継続したまま『加速Ⅲ』を起動する。
壁をぶち破り、そのまま外に飛び出す。
勢いよく外に飛び出た結果、海へと放り出される。
夜の海は穏やかであった。もともと内海である永青海は荒波とは無縁である。
少し泳げるような人間であれば溺れるようなことはない。そんな穏やかな。
しかし、精神に異常をきたし、パニックに付け加えてまともに体を動かせないものが落ちたらどうなるだろうか。
「ぐぼあ、ごぼあ、ぐほあ」
水面でバタバタと大暴れするレオであるが右肩には海水が染み入りうまく呼吸もできない。
風が耳元を唸り、冷たい風が顔を叩く。
海水は冷たく、まるで無数の針が全身を突き刺すように感じた。
「ぼぼぼ、うぼぼあ。」
自身の周りの海面は赤く染まっていく。
あまりの激痛に思わず叫びたくなるが、喉から出たのは気泡だけだった。
塩水が患部を浸透していく。
炎が燃え上がるような痛みが肩を伝って全身に広がっていく。
必死に水をかいて浮上しようとするも鉛のような体にはうまく力が入らない。
少し海面から顔を出して、大きく息を吸う。
しかし、肺に流れ込む空気は冷たく、塩の味が喉を焼いた。
限界をゆうに超えていた体は海底へとレオの体を引き摺り下ろしていく。
「や、だ。しにたく、ない!!」
体は言うことを聞かない。
動くたび、足掻くたびに傷口が広がり命との距離が開いていくのを感じる。
しかし、動かなければ確実に命が尽きる。
足ももつれるように動かなくなる。
空には拒絶され、海には歓迎されているなと感じた。
足に錨を吊るされているものだと感じた。
体の感覚は麻痺していた。しかし、それと変わるように刺激はすべて脳に、ダイレクトに届いていた。
視界は揺れ、海中から覗く月明かりがぼやけて見える。
海水が喉と口に流れて、むせかえるように咳をする。
暗闇の中で、レオは浮力を失いゆっくりと海底へ沈んでいく。
酸素が不足し、胸が締め付けられるように苦しい。
肺が空気を求めて痙攣し、口から無意識に気泡が溢れる。
肩には感覚がなかった。海中には赤い霧のように血液が広がっていた。
深海へと沈み続けて、光は遠ざかる。
耳に聞こえてくるのは、体を伝って頭を揺らす心臓の鼓動だけだった。
ドックン、ドックン、激しく脈打っていた心臓もだんだんその勢いに陰りが見えてくる。
レオは最後の力を振り絞って瞼を開く。
しかし、目の前には何もなく、ただただ絶望だけが思考を寡占する。
{死にたくない。まだ、死にたくない。}
肺に流れてくるのは冷たい海水だけ。
飲み込んだ海水が熱を持っていた内臓を刺激する。
劇物が反応したように腹がはぜるような感覚に襲われて身悶えする。
もう涙が出ているかもわからない。
思えばこの世界に来て良かったことなんてなかったように思う。
なぜ自分は普通の人生を送れなかったのか。
こんな理不尽な世界に投げ出され、最後は誰にも知られることなく、寂しくも1人海底へと誘われるのか。
死にたくない。
死にたく、ない。
死にたく、、、
ない。
ものを考えるために必要な酸素が残っていなかった。
酸素を運ぶ血が残っていなかった。
浮かび上がる気力が残っていなかった。
逃げ出した先で自分が死ぬ。
逃げなくても死ぬ。
逃げた先で、死ぬ。
逃げなければ、死ぬ。
逃げなくても、死ぬ。
逃げることは、死ぬこと。
{嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ}
死の間際にレオの脳内にあらゆる記憶が駆け抜けていく。
東京で生まれ、育ち、私立の中高一貫に進学した。
だが、高校は公立高校へと進学し、そこで新たにできた友がいて。
その結果異世界に飛ばされて、訳のわからないスキルやらなんやらに負け込まれ。
大切な人を失った。捨てられた。
人間の底を見せられた。
自分の愚かさを知った。
自分の無力を知った。
自分の実力を知った。
この世界で、自分は死ぬことはないと思っていた。
ハズレスキルを与えられたが、使い方次第では強敵とも渡り合えると驕っていた。
カンナが昏睡状態へと移行した時、自分は強いから関係ないと、助けてあげないとと傲慢な考えを持っていた。
ハズレだなんだと馬鹿にされていたが、自分が本気を出せば誰だって敵わないと見下していた。
関わらないのも復讐だなどと下に見ていた。
足を引っ張るだけだと、捨てられた側であるのにも関わらず、捨てた側だと主張したかった。
傷つきたくなかった。
無力だと思いたくなかった。
自分が弱いだなんて思いたくなかった。
自分より下だと思っていた奴らに、見下されるのが無性に嫌だった。
そんなことを考えたことがなかった。
見下され、捨てられ、初めて弱者の気持ちを理解した。
醜い感情が、八神玲央を、レオへと変貌させた。
取り憑かれた感情に振り回されて、ダークヒーローにでもなったつもりでいた。
{死、ぬ、、のか}
自分は特別じゃない。
ただの見栄っ張りなだけの小物だった。
能力にかまけて基礎を怠った結果、なにもできなくて。
《『逆転』を使用しますか?
成功率:83%、失敗率:9%》
その提案は、喉から手が出るほど欲しかったものだ。
こんな暗闇の世界で。
誰1人としてレオに手を差し伸べてくれる人はいない。
唯一、レオを見捨てないでいてくれた『ユニークスキル』。
{助けて、くれ}
《 》
《 》
《 》
《『逆転』は失敗しました。新たなる『逆転』参加の権限の取得に失敗しました。
これを持ちまして『逆転』を終了致します。》
、
、
、
、
{あ、}
成功確率は低くなかった。
運も実力のうち。
なんて、
{受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ない受け入れられる訳ないどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っているこんなの間違っている}




