魔王殺しの冤罪
薄暗く、どこかどんよりとした闇黒が辺りを沈める。
ほのかに燭台の炎が裕翔とましろを照らしていた。
次第に暗闇に目が慣れ、辺りを見渡すとまるで廃坑のような黒いレンガで囲まれた道が後ろに続いていることが分かった。
その道に終わりは見えず、行ったら二度と戻ることは出来ないだろうと本能が告げる。
目の前にはというと、如何にも奥に重要なものが隠されていますと言わんばかりの重圧な扉が待ち構えていた。
普通教室のドアを開けると見慣れた学校の廊下に繋がる筈だが、これは一体何が起こっているのだろうか。
「おい、ましろ。俺達、教室のドアを通ったよな……。此処は━━━━どこだ?」
俺は突然の出来事に脳が追いついていなかったが、ここが学校では無いということは一目瞭然である。
振り返るとましろの体はカタカタと震えており、裕翔ゆうとの制服の袖をキュッと握っていた。
「私に聞かれても分かんないよ……。通ってきたはずのドアもいつの間にか無くなってる…。ゆ、裕翔の推理力でも分からないの?謎解きは裕翔の得意分野じゃない」
「だーから、俺のは推理力じゃなくて単なる観察力と探究心だって…いや、今はそんなこと言ってる場合じゃねーな…。俺達は教室から出ようとしていつも通りドアから出た。そしたらこんな如何にもラスボス直前ですみたいな扉の前に立たされている、そして後ろは何処に続くかも分からない暗闇、以上だ」
「そんな……ねぇ、私たちちゃんと家に帰れるよね?何かの冗談…そうだよドッキリだ!どこかにカメラがあるはず!」
そう言ってましろは俺の袖から手を離し、ペタペタと壁を触りながら辺りを見渡すがそれらしきものは見つからなかったようでしゅんと落ち込む姿が見えた。
俺もクラスの奴らが俺を相手にからかっているだけなのかとも考えたが、それにしては些か気合いが入りすぎているだろう。
それに、周りから慕われているまひろを巻き込んでこんな巫山戯たドッキリを仕掛けるとも思えない。
「ともかく、もっと情報が欲しい。…この扉を開けるしか他に道は無いだろうな」
いや、正確言えば後ろに道は続いているのだが誰だってこんな出口が続いているのかも分からない奇妙な道を歩きたいとは思わないだろう。
禍々しくは見えるが扉を開けたら外に通じている可能性もゼロではない。
「それもそっか。このままじっとしてても状況は変わらないし…。よし、裕翔開けよう」
その言葉を聞いた俺はゴクリと唾を飲み込み、両開きの扉の右側についていた丸い取っ手の一つに手をかけた。
しかし、禍々しい見た目の通りその扉は堅くて重く、俺は早々に取っ手から手を離し、全体重を掛けるように扉へと踏ん張る。
そんな俺を見かねたましろも左側の扉の前に立ち、俺と同じように力を込めていた。
ましろのような華奢な体では無理だろう、言葉にはしないがそう思ったのも束の間、少しずつではあるが扉が動いている感覚が伝わる。
力に自信がある訳では無いが、男として少し情けなくなる。
というかましろの力が強すぎるのだ、俺は今後ましろを揶揄う時は注意するよう心に決めた。
そんなことを考えていると、地響きのような音を出しながらズリズリと扉が開く。
「ましろ!あともう少しだ!!」
「う…ん!中から灯りが見える!もしかしたら外かも!」
そして扉が完全に開かれた。
俺達は荒れた息を整えながらだだっ広い部屋を見渡した。
まず目に入ったのは、中央から奥へと続く真っ赤なカーペット。
その左右を囲み、奥へ誘うかのように置かれた数多もの燭台。
そして、部屋の行き止まりには同じく禍々しさを感じさせる玉座が構え、誰かがそこに座っているのが見えた。
「おい、あの玉座。誰か座っている…のか?」
「私もそう思う…。……あの!すみませーん!!」
「馬鹿ッッ!いきなり話しかける奴があるかよ!」
俺がどう出るか悩む隙もなく、ましろが大きな声を出して謎の人物に話しかけた。
まずこのような場合は相手の出方を見るのが定石であろうが。
とは言え、話しかけてしまったものは仕方がない。
俺達はその怪しげな人物の返答を待つが何も返ってこない。
俺とましろはお互い不思議そうに顔を見合せた。
「寝てる、のか?いや、俺達が扉を開く時結構な音を出していたはず。人じゃなくて石か何かで出来た置物なのかも」
ともかくここでじっとしていても何も始まらない。
俺達は恐る恐る玉座へと歩みを進め、状況を確認する。
そこに座っていたのは確かに生きているものでは無かった。
━━━━━━━━死体だったのだ。
俺は呆然とその場に立ち尽くした。
隣から聞こえるましろの悲鳴が確かに現実なのだと再認識させてくる。
やはり置物や作り物なんかではない、しかし二度と動くことは無いであろうそれは明らかに俺達の視界に映っている。
そして、さらに驚くべき事実が俺達を襲った。
「ゆ、裕翔。この人の胸に刺さっているのって……」
「……あぁ。自然に息絶えたんじゃない。この人はここで……殺されたんだ」
玉座に座る人物の胸には短剣が刺さっている。
明らかに、殺人だ。
「こんなこと誰が……酷いよ…。裕翔、他に誰か人を呼ぼ?私達だけでどうにかなる問題じゃないよ。……裕翔?」
ましろが俺を呼ぶ声が微かに聞こえるが、俺の意識は目の前で息絶えている人物に向けられたまま動かない。
一体誰が、何のために、この人を殺したのか。
知りたい。解明したい。
此処で何が起こったのかを。
一人の人間が死ぬことになってしまった真実を。
「痛ッッ……」
その瞬間酷い頭痛が俺を襲う。
目眩に加え、目の奥がジンと燃えるように痛み出す。
思わず目を閉じるが瞼の裏で早送りした映像のようなノイズが流れる感覚に陥る。
その痛みに耐えながら俺はましろに尋ねた。
「……ましろ。お前、俺には推理力があるって言ってたよな」
「う、うん。裕翔は普通だと思ってるかもしれないけど、裕翔の推理力は並大抵のものじゃない。私が言うんだから間違いないよ。……って、まさか…」
幼馴染のお墨付きなんだ。
俺はましろのその言葉で覚悟を決めた。
「この事件━━━━━俺が解決する」
♢
まず殺害された人物、被害者の外見に目を向けた。
年齢は俺らよりも上に見えるが、性別は男性で、おそらく20代前半だろうか。
少し長めの黒髪にちらりと見える耳飾りの紅い宝石が輝いており、玉座のような立派な椅子に座っていることも踏まえると、被害者は何かしらの権力を持った人物だと考えられる。
顔立ちも非常に整っている方だと俺でも分かるレベルであり、服装からしてもどこかのおとぎ話の王子様にしか見えない。
ここで俺に一つの疑問点が浮かび上がる。
普通短剣を心臓目掛けて刺されたらならば、もっと苦しんだ顔をするものではないか?
しかし、殺されているというのに被害者には苦悶の表情が見られない。
そして、凶器が短剣ということから近距離での殺害で間違いないと思うが、それにしては争った形跡が無いのだ。
被害者が床に倒れるでもなく、そして衣服の乱れもなく玉座に座ったまま死亡していることからもそれは明らかである。
ここで一つの仮説が浮かび上がる。
犯人は、被害者にとって心許せる人物だった…?
信頼していた人物から突然急所を刺され、驚く間もなく息絶える。
心臓を突かれているのだ。
尋常ではない痛みで犯人に激しく抵抗することも出来ないだろう。
都合の良い推理ではあるが、それなら被害者の状況にも納得がいく。
が、しかし。
「それにしても情報が少なすぎるな…。第一自分が今何処に居るのかさえ分かってないんじゃ無理もないか…」
「そもそも私達の状況すら説明がつかないよ。さっきまで学校の教室にいたのに扉を開けたら殺人事件現場だなんて…」
俺の呟きにましろはそう返した。
俺が事件を解決すると言った後、最初は動揺していたましろだったが俺の捜査に協力してくれている。
ましろをこんな恐ろしい現場に留めてしまうのは可哀想な気がしたが、一人で別行動させるのも不安だ。
本人も気持ちを切り替えて、捜査の手助けをしてくれていた。
「そこなんだよな…。俺達がどうしてここに飛ばされたのか。この事件と何か関係が……ん?」
すると、俺は被害者の足元に何かキラリと光るものを見つけた。
ひょいと拾い上げたそれは紅色に輝くひし形の宝石が付いたペンダントだった。
「被害者のかな?綺麗な宝石……」
先程まで暗かったましろの表情に少し笑みが見えて俺はどこか安心する。
確かに中々の一品だ。
宝石の善し悪しなど全くもって分からないが、その輝きから到底自分には釣り合わない高価な品物なのは理解できた。
「被害者のものか…犯人の落としていった証拠品の可能性もあるな。何にせよ分からないことだらけだ」
と、その時。
俺達が決死の思いで開いた扉の奥から、何やらこの部屋へと向かってくるような足音が聞こえる。
その足音はどんどん大きくなっており、その数は一人や二人ではなく、金属の擦れるような不快な音と共にに鳴り響いていた。
「なんだ!?こっちへ何かが向かってくる!」
そして、その音の主達はすぐに現れた。
黒い甲冑に身を包み、まるで西洋の暗黒騎士のような風貌の者たち。
ざっと十数人はいるだろうか、その中でも騎士達の先頭に立つ一人の男に目がいった。
その男は一人だけ甲冑の兜の部分を付けておらず、表情を読み取ることが出来たが、その顔はおぞましい程の鋭い眼光で恐怖からかまともに直視できない。
唐突に現れた騎士達に動揺は隠せないが、俺は自分の中の恐れを振り払い、状況を説明するべくその男に話しかけた。
「あの…!俺達怪しいものではありません!!突然ここに飛ばされてきたというか……。そう、死体!部屋に入ったと思ったら人が亡くなっていて……」
気は動転していたものの取り敢えず殺人事件のあったことは伝えなければ。
そう思い、言葉を発した瞬間だった。
目の前の男が耳を疑うような言葉を告げた。
「弁解などいらぬ。今この瞬間が真の真実なり。貴様らを魔王様暗殺の重要罪人として見極めた。その愚行、万死に値する」
その一声で周りの騎士達が一斉に鞘から剣を抜き取った。
「…………冗談だろ」
俺達はどうやら、魔王を暗殺したことになってしまったらしい。