07 糸の先の少年
前)王国と幸せと
城を出た王妃は川に沿って歩き、北西側の湖のほとりにたどり着いていた。
(魔女の力とは一体何なんだろう)
印をつけた2本の光る糸をたどりながら王妃は考える。
私の力は繋がりを見ることと、姿を変えることくらいなものだ。
人の命をどうこうするような力はない。
王妃になってから、なんとか王の呪いを解くことはできないかと森の魔女にも聞いて回ったけれど、誰も呪いの力など知りはしなかった。
そして王の呪いを解くことはついにできなかったのだ。
それでも、前の王よりはずっとずっと長生きしたよとあの人は言ってくれた。
娘二人に恵まれたけれど、魔女の力はイレアにだけあるようだし、体の弱いアリルはやはり呪いを受け継いでしまったのだろうか。
糸はこの先二手に別れている。
アリルの糸はおそらくこの湖の先のノヴェスト村に。
イレアの方は随分遠そうである。
金の目を持つイレアは真実を見るという点においては私よりも強いのではないかと思っている。
だからこそ我が娘ながら時々少し恐ろしい。
アリルは魔女の髪を持つけれど、力を受け継ぎはしなかったらしい。
王と同じように体は弱いけれど、いつも優しく微笑んでいる。
いつだったか、腹痛に苦しみ大声をあげる大臣を見て、必死に祈っている姿を目にしたことがあった。
力がないのが悔しかったのか声をかけると大泣きしてしまった。
そうそう、私とイレアが秘密の手紙をやりとりするのに嫉妬したこともあったっけ。
力は使えないけれど優しい子だ。
「お姉ちゃんからと思っていたけれど、少しでも早く仲間を送りたいわね」
どうかこの糸の先があの子の幸せに繋がりますように。
「さて、おばあさんくらいがいいかしらね」
村に入るにあたり王妃は自分の容姿を老婆に変えた。
いくら糸で繋がっていても、その先の青年が老婆に優しくも出来ないような人間ならいっそ糸を切ってしまった方がいいかもしれない。
と、思っていたのがまるきり無用の心配だったことはすぐにわかった。
糸の先の青年……というには幼く、細い腕など見るにまだ少年と呼ぶ方が良さそうな彼は、王妃がかつて見たことのないほどの、善性の塊とでも言えそうな人物だった。
むしろ良い子すぎて見ていて心配になってきた。
とぼとぼ歩く老婆を一目見るや、一休みしていってはどうかと声をかけ、この先も旅をするなら今日はもう次の村までは行けないだろうからうちに泊まるようにとすすめ、そんな会話をしている最中にもたびたび村人に声をかけられ力仕事を手伝い、泣く子をあやし、どうも一日中ほかの村人に尽くすのがノトラと呼ばれているこの少年の生活のようだった。
だがそれは、一方的に尽くさせているように見えた。
村人は彼に仕事を押し付けているように見える、それでいて特に感謝の一言もなく、むしろ妙に高圧的なのだった。
彼が見知らぬ老婆と笑顔で話していても、その会話を中断させることに躊躇がない。
いくらなんでも失礼なのではと思ったが、
「俺はこの村に置いてもらっている身だから、村のために出来ることなら何でもしなきゃ」
とのことでますますおかしい。
そしておよそ村人が食べるのを諦めた残り物のような粗末な食料だけを受け取って小さな小屋へ帰るのである。
小川にかかる橋を越え、坂道で当たり前のように老婆を背負いながら少年は言う。
「もうすぐだよ。この坂を上って下った先に家があるんだ」
と、坂道を登り切ったところで、もう一度村人に呼びつけられた少年は謝りながら坂を下りていってしまった。
「やれやれ」
ちょうどよい石積みの上に腰掛けた。
ここは村が見渡せる。
中心部には広場と大きな建物、中心から離れるにしたがって建物は小さくなっていく。
風が夕餉の匂いを運び、家々の向こうに湖のきらめきが見えた。
少年の戻るのを待っていると、後ろから声をかけられた。
「あんたルトラの親戚かなんかかい?」
特に愛想のない頑固そうな爺さんである。
「いいや違うよ」
老婆らしく返事をする。
「ここに住むんか?」
「いいや、旅の途中じゃよ」
「旅をしているなら、あんたあの子を連れて行ってくれんか!」
デントというこの爺さんの話すところによると、村人にノトラと呼ばれている少年は10年ほど前にこの村に流れ着いたのだという。
小さな子どもとヨボヨボの婆さん二人、歩くのもおぼつかないような二人きりで一体どうやってここまで来たのか。
「ワシも同じ頃にこの村に来たんだ。だから多分、二人も同じように東の戦から逃れて来たんだと思うとる」
かつて東にあったオステオラ王国は今はもう地図に無く、大国に取り込まれてしまっている。
「婆さんと、まだ幼かったルトラだけだもんで村人も手を焼いてな」
この老人は少年のことをルトラと呼んでいる。
他の村人はノトラと呼ぶのに。
「この村の平地に住んでいるのは昔からここに住んでいる者たちだ。この丘からこっちに住んでいるのが後から入ってきた者たちよ」
湖に近い平地からだいぶ離れて、どうもこの丘から先にある家々は小屋といえる程度の簡素なものばかりだ。
「後から来た者には土地も仕事もまともなものはありゃせん。あの子は小さい頃からずっとああやって働いて婆さんの世話をしてきたけど、婆さんが死んだ後も平地の奴らは恩を返せだなんだとまともに金も払わずルトラを働かせとる。だからルトラはこんな村から出た方がええ」
村人の態度はそういうことだったのか。
「そうかい、考えとくよ」
虫の声を聞きながら日が暮れて、ようやく戻ってきたルトラは小さな小屋を自分の家だと案内した。
なけなしの夕餉を旅の老婆に分け与え、当たり前のように自分のベッドも譲って床に転がる。
「ばーちゃんのベッドが残ってたら良かったんだけど。あなたがいると懐かしい感じがして嬉しいよ」
「ありがとうよ。あんたの名前はルトラというのかい?」
「デント爺さんに会ったの?ばーちゃんはそう呼んでたんだ。でも村のみんなはノトラって呼ぶよ」
ルトラは王家の人間が使うような名前だ。
そして、彼にはなぜか不思議な力が宿っている気配がある。
呪いの逆、守護の力とでも言うのだろうか。
プリエラの魔女の使う守りとはまた違う。
そして、そんな魔法も、これまで聞いたことがなかった。
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