47 それから
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プリエラでイレアが王になってから三か月が過ぎていた。
ロルギニスでは第一王子ルシウムが王を継ぎ、第二王子リュゼスの他、元反乱軍の者たちも力を合わせて城の再建、城下の復興と国政の改革に取り組んでいる。
エフィカ達は城から少し離れた屋敷で暮らしていた。
もともと住んでいたのはベリントス派の貴族だが、彼らは旗色が悪くなるや王都から逃げていったのだった。
「すごいわ!手を放して立てるようになったのねロレル!」
「日に日に成長されますねぇ」
両親を亡くしたロレル王子はエフィカ達のもとに引き取られている。
あの日、足を怪我していた侍女もそのまま世話係を続けていた。
「さぁロレル様、カウフ、お昼寝の時間よ」
呪いの雨の中リュゼスが守り石を渡した赤子も、ロレルの乳兄弟として今は共に暮らしている。
「エフィカ様戻りました」
入れ違いにポトシ夫妻が部屋に来た。
「ポトシもマルカもお帰りなさい。街はどうだった?」
「なかなかまだ大変で……あ、そうそう姫様、このようなものが出回っていましたよ」
「何やらエフィカ様は大人気だそうで」
「どういうこと?」
エフィカはマルカから本を受け取った。
庶民向けの薄く簡易な娯楽冊子である。
絵の多い本をパラパラめくりエフィカは困惑した。
「なあにこれ?……え、え!なにこれ私が魔女ってこと?」
その本のあらすじはこのようなものだった。
魔女嫌いのレアギン王に幽閉されていた魔女姫エフィカ。
ベリントス公爵の指示でプリエラに呪いの魔法石が使われたとき、ロルギニスにもまた呪いが降り注ぐ。
しかし、城が崩壊しこの国が危機に瀕したその時、姫は立ち上がった。
民を助け、獣憑きになった第二王子を正気に戻し、そしてそのリュゼスの熱い口づけによりその力を解き放つ。
呪いを退ける黄金の雨を降らせ、ロルギニスを浄化したエフィカは魔女の力を失ってしまったのだった……。
「なんなのこれ!うそよ?大嘘じゃない!一体誰がこんな!」
エフィカは真っ赤になって顔を覆う。
ドアをたたく音が聞こえた。
「帰ったよエフィカ……どうしたんだ?」
「お帰りなさいリュゼス兄様、ストレタ」
あれ以降ストレタはリュゼスの補佐を続けている。
エフィカは今でも癖で兄様と呼んでしまうが、もうお互い触れることにためらいはなかった。
「いえ、それが、巷でエフィカ様を魔女にした本が流行っていまして」
ポトシの言葉に、リュゼスは驚かなかった。
「ああ、ルシウム兄さんが作らせた本か」
「まあ!王様が」
「兄様知っていたの!」
「ああ、いや、前にプリエラの王妃と大臣が来ただろう?その時にプリエラで魔女の地位向上のために絵本を作った話を聞いて、ロルギニスでも本を作ろうと……どうしたエフィカ怖い顔をして」
「読んではいないのね」
「ああ」
「兄様も読むといいわ。きっと頭を抱えるから……」
「ええ?」
エフィカが本を押しつけたリュゼスの手には一通の手紙があった。
「あ、ああそうだ。パレチアがプリエラからの手紙を届けてくれたよ。ラフィも元気だって。これはエフィカ宛」
アリルからの手紙は魔法石で封をされていた。
「あら、秘密の手紙ね」
一人になった部屋でエフィカは手紙を開いた。
幼かったアリルはすっかり大きくなり、大変な思いをしてプリエラやロルギニスを護ってくれた。
その後、アリルの体調はすっかり良くなったらしい。
それこそ魔女の力をすべて失ったからではないかとのことだった。
そして、いつまでもふわふわしているように見えた弟も、それなりにプリエラの役に立っているようである。
「ふふ、良かったわ。ラフィはイレアと上手くいってるのね」
手紙には呪いに沈んでいたセルヴェルの一部に人が立ち入れるようになった事も書かれていた。
この話はロルギニスにも伝わってきている。
おそらくアリルとセルヴェルの二人の魔女の降らせた金の雨は、プリエラとロルギニスだけでなく、セルヴェルにも届いたのだ。
そして、泉に咲いていた花でセルヴェルの土地の浄化を進める検討をはじめていることが書かれていた。
これらは追ってプリエラから正式にロルギニスに通達されるだろう。
「はじまりの王の名前のルトラは、再興の王になるかも知れないわね……」
手紙にはルトラのことが続けて書かれていた。
ーー
リュゼス兄様のおかげで、ルトラはお父様に会うことができました。
ルバルスト様はすごく大きな方でびっくりしたわ。
それで、ルトラを抱きしめて労った後、母様の魔法で猫になっていた私ごとルトラを肩車したの。
幼いルトラはこれが好きだったんだって。
高く高く視界が開けて、まるで世界を見渡すようで。
お城の窓からの景色も好きだけど、周りの人の笑顔が見えて、体がふわふわして、何だか空を飛んだような気持ちになったの。
ルトラも笑顔で、何だか懐かしい感じがするって言っていました。
その後、ルトラはルバルスト様と一緒にドリンおじい様の家で暮らすようになりました。
二人ともプリエラの復興のために働いてくれているけど、それだけじゃなくルトラは今たくさん勉強もしているのですって。
それで、なんだか会うたびに背が高くなってる気がするの。
食事の量が増えたからって言ってたけど、ルトラもルバルスト様みたいに大きくなるのかしら?
それで、エフィカ姉様、私ね……
ーー
「あらあら、あらまぁ……もうアリルったら!」
エフィカは口元に手を当てながらアリルの手紙を読み終えた。
手紙は小さな音を立てて燃え尽きる。
幼く体の弱かったアリルが、すっかり健康な年頃の娘らしいことに悩んでいるのをを嬉しく思いながらエフィカは窓の外を眺めた。
戸を叩く音が聞こえ、ミサリーが顔を見せた。
「エフィカ。帰ったわ」
「お帰りなさいミサリー。お城はどうだった?」
「ええ、今日のルシウム王は大層ご機嫌だったわよ」
「ああ!ようやくエディーナ様のところへ旅立たれるのね」
「ええ、名目上は北部視察みたいだけど。このところ本当に連日酷いお顔だったもの、ゆっくりして来られるといいわね」
「ミサリーも、とうとう行ってしまうのね……荷造りはもう済んだの?」
「ええ。ちょっと里帰りするだけよ。また帰ってくるわ」
赤子の泣き声が聞こえ、廊下から大きな足音が近づいてきた。
「あら、どうしたのかしら」
勢いよくドアが開き、顔を真っ赤にしたリュゼスが本を片手にわなわなと震えていた。
「ど、ど、どういうことだミサリー!」
「あら、読まれてしまいましたか」
涼しい顔のミサリーを見ながら、エフィカの顔が固まる。
「あ、あ……あなた、城でルシウム王から依頼されてた仕事って、まさか……」
エフィカを魔女にした本を書いたのは他でもないミサリーだった。
「だっ、なっ、この……なんなんだこの、くっ……」
リュゼスはミサリーに本を突き出し言葉にならない抗議をしている。
「だって、私はお二人の再会の場面を見逃してしまったのですもの。本っ当に残念に思っているわ」
ミサリーの言葉に、その時の事を思い出したエフィカは顔を覆った。
「二人とも詳細を教えてくださらないから、周りで見ていた皆様の言葉をもとに創作したまでですよ」
「ミサリーあなた本当に!」
真っ赤になったエフィカに詰め寄られ、ミサリーは楽しそうにしていた。
「じゃあ本当のところを詳しく教えてくださる?」
大男は地に伏していた。
「こ……こんな……読んだ者たちに、俺は顔を見せられない……」
「大丈夫ですよ坊ちゃん。しばらくはルシウム様の代わりに城勤めですから」
「ええ、大丈夫です。城の者たちは何も言いませんよ。ちょっと微笑ましく見るくらいです」
リュゼスは唸りながらポトシとストレタに抱え起こされ引きずられていった。
「また猫の面を買って来た方がいいかしらね」
「まったくもう……私が魔女じゃないってミサリーが一番よく知ってるでしょうに」
「あら、それはルシウム王からの直々のご依頼だったのよ?あなたを魔女にして物語を書けって」
「本当にもう、どうしてそんな大嘘を……」
「この国はずっと魔女を迫害してたでしょう?大きく方針転換するには物語が必要だったのよ。それにちょっと、王は本当にエフィカを魔女だと思ってる節があったわね」
ミサリーは口元に手を当てて笑った。
「なによそれ。この国を救ってくれたのはプリエラのアリル姫なのよ!命をかけてくれたっていうのに!ちゃんと皆にもそう伝えなくちゃ」
「じゃあ……もう一度、本を書きましょうか」
「そうよ!ちゃんと正しいことを書いてちょうだい!あなたプリエラにも寄るのでしょう?アリルに話を聞くといいわ。セルヴェルのことも」
「そうね。タイトルは……『四人の魔女の物語』でどう?」
「あら、いいわね。四人の魔女……アリルとイレアと、テイニー様と?四人目はラフィを救ってくれたククサ様?あ、セルヴェルの魔女……は二人いたのよね。それともさかのぼって建国の魔女?」
ミサリーは物語を諳んじるように抑揚をつけて言った。
「一の魔女の運命の糸は王様に繋がった。二の魔女と三の魔女はその娘……」
「ふんふん」
頷くエフィカを見て続ける。
「四の魔女はエフィカに決まってるじゃない」
「どうしてそうなるのよ!」
「どうしてって、あなたを魔女にしておかないとルシウム王に怒られちゃうわ。それに……」
ミサリーはニヤリと笑みを浮かべた。
「私が書きたいのは恋物語だもの」
「んもうミサリーったら!」
二日後、ミサリーはパレチアの馬車に乗った。
大陸に渡るため、まずはプリエラに寄り、港町へ向かう。
港町までは、海を見に行くラフィとイレアも同行する予定だ。
「絶対に帰ってきてね!」
屋敷の前で、エフィカ達がそれを見送る。
長年待ち続けた大男だけでなく、幼子たちや従者たち。
ひとり部屋に閉じこもっていたエフィカの周りはすっかり賑やかになった。
「本当に良かった……」
ミサリーが小さくつぶやくのを聞きパレチアは言った。
「じゃあ行きますか!」
空は青く、暖かな風が吹いている。
馬車は動き出しミサリーは笑顔で手を振った。
「それでは皆様ごきげんよう!また会う日まで!」
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