46 どうぞよろしく
前)家族
朝、書庫の木窓を取り付けながら、ルトラは様子を見に来た魔術師に聞いた。
「魔法に匂いってついてますか?」
外の景色には白い点がいくつか見える。
「匂いですか?」
金の雨が降った後、泉の周りに咲いていた白い花をあちこちで見かけるようになっていた。
窓の開閉を確認して、座ったルトラの膝にすかさず白猫が乗る。
「アリルが癒しの力を使っていた時に、あの白い花の匂いがしてたんじゃないかと思って」
猫を撫でながらルトラは言った。
「私は普段この魔法石の眼鏡で魔法の色を見ているのですが……。色のない魔法、そうか、匂いか。考えたこともなかったな」
モジュは窓から花の様子を見渡した。
「もしかすると、あの花にも癒しの力があるのかもしれませんね。ありがとうルトラ」
モジュはルトラの頭を撫で、彼らの笑顔をアリルは好ましく見上げた。
「じゃあ、ノヴェスト村の平地もあの風で結構な被害が出ているのね。魔女の森方面も皆が帰れるかどうか確認に行かなくちゃ」
イレアは大臣たちと顔を付き合わせている。
「ああ、それならこの地図に……」
ドリンが取り出した地図には魔女の森に×が書かれ、「更地」「呪い濃い」「ガレキ」「倒木」「被害なし」など細々と書き込みがあった。
「ラフィ王子が城に来るまでの道中、テイニーに場所を聞いて状況を書いてくれたそうじゃ」
「へぇ……そうなの」
イレアはその美しい筆跡をじっと見ていた。
イレアが廊下へ出ると、話をしているモジュとラフィ王子がいた。
「ああ、お疲れ様ですイレア姫」
気づいたモジュが声をかける。
「ええ。あの、ラフィ王子。地図をありがとう」
「……ああ、うん」
ラフィはどうにもぎこちない返答をしてしまったと思い、話を振った。
「そういえばプリエラは昔からずっと四人の大臣で政策を決めてるって聞いたけど……どうして増やしたりしないの?」
「どうしてって?」
イレアは考えたこともなかった。
ただ、ずっと昔からそうだったのだ。
おそらくは四つの湖のもとに四つ村があったからだとは思うが、それを変えようなどという発想はこれまでカケラもなかった。
「あ、いや、あの、大陸に行った時にさ、国によってはすごく沢山の大臣がいるところもあったんだ。野良猫がすごく多いところで猫大臣なんてのがいたところもあったりとか……」
余計なことを口にして、一体自分は何の話をしているんだろうと思いながらラフィがイレアを見ると、彼女の金の目は違う方を向いていた。
「そう、そうね、対策が必要な事柄ごとに大臣を……そうよ、そういうことをしてもいいんだわ……いけないわけないわよ」
イレアはじっと魔術師を見る。
「モジュを大臣にするわ!」
「は?」
言われたモジュは驚いて固まっている。
「母様のお目付役なんてもう不要でしょ?」
「あ、ああ……はい。魔女の森の復興のために城の職は辞そうと考えていますが……」
「これから魔女の森の復興と、ロルギニスとの交渉もしなくてはならないから、それをあなたにお願いしたいの。母様も連れてっていいから!」
「え」
困惑したモジュを残したまま、イレアは四人の大臣がいる部屋に駆け戻り、有無を言わせぬ熱弁でそれを決定したのだった。
その後、魔女の森の復興計画はモジュとテイニー、ラフィ王子も加わって、魔女たちと共に話し合いが行われた。
「村で建物を作るときはネルヴィとフィリルに頼む事が多いのですが……」
建物を作れる魔女たちがいても、今は素材になる木が随分遠くまで行かなければ見当たらない。
すぐに森へ帰った者たちから、建物の再建に手間がかかり避難者をすぐ呼び戻せる状態ではないという声が届いていた。
「じゃあロルギニスから建材をプリエラに回してもらった方がいいよ。あらかじめ加工した素材を送ってもらえば建てるのも早く済むし。なんなら作業に当たる人員も一緒に呼べばいいんだよ。ロルギニスはそのくらいするべきだ」
ラフィの案を手紙に書いて、翌日モジュとテイニーはロルギニスへと旅立った。
イレアとラフィは遠くなる馬車を見送っていた。
「イレア、眉間のシワがすごく深くなってるよ」
ラフィに言われてイレアはハッとした。
「そうね、私が不安な顔をしていてはいけないわね」
イレアはシワを伸ばすように眉間を押さえて深呼吸をした。
「あ!それでか!」
急な大声に目を丸くしたイレアにラフィが言う。
「ルシウム兄さん……いや第一王子、今は王か。よくやってたんだ眉間を押さえるの。あれ険しい顔を作らないようにだったんだなぁ」
イレアはじっと、遠くを眺めるラフィを見ていた。
(どうにかして3年の間に籠絡しなければ……私にはこの人が必要だもの。いえ、でも……そうね、嫌そうだったわね)
「あなたは本当にロルギニスに帰らなくていいの?」
イレアはぽつりと口にした。
ラフィは目線を落として言った。
「僕は……ロルギニスの第三王子は父に殺されたからね。母も僕を探しもせず帰郷したらしいし」
「でも、ポトシさんやリュゼス様やエフィカ様や、新しい王様も、あなたの家族でしょう?」
「そっか……そうだね。うん。でも、いいんだ。それに僕は人質だしね」
遠くへ続く道を見ながらつぶやくラフィの横顔を見ながら、
「ごめんなさい」
イレアは小さくつぶやいた。
仕事を終えイレアが一息ついていると、アリルが部屋を訪ねて来た。
「姉様、泉で聞いたことを書き出してみたの。あの、プリエラ王家の系図に……フィエラの名前を戻したいと思うのだけど」
「ええ、そうね。系図はあなたにお願いしていいかしら。あの絵本の、呪いの魔女のところも変えられないか、モジュが帰ったら聞いてみるわ」
「ありがとう姉様」
イレアは数枚の紙を受け取った。
間の一枚は文字を書き慣れないルトラが一生懸命書いたらしかった。
「それにしてもアリル、ルトラが一緒じゃないなんて珍しいわね?」
アリルは少し考えてからイレアを見た。
「あの、姉様。母様が城を出てすぐの時に私、おじい様に言われたの。糸が繋がっていても無理に結婚する必要ないって。だから……姉様だってそうなのよ?糸が繋がってるからとか、プリエラのためとか、そういう理由でお姉様が無理にラフィ王子と結婚するなら……」
真剣な顔のアリルにイレアは戸惑った。
「あ、ああ、アリル心配してくれてるのね?違うのよ。違うの、むしろ……」
少し悩み、目を泳がせながらイレアは言った。
「あの……私、そういう風に見えなかったかも知れないけれど、望んでるのよこれでも」
「そうなの?」
「だって!ほら!大陸に数年いた人よ?私にはない発想が出来る人だから王になったらとても助かると思うし」
「やっぱり王になるからなのね……恋物語を楽しんでらしたから、きっと本当は胸を焦がすような恋がしたいと思ってらしたのじゃないかと思って」
「あの、ああ……」
まだ心の底から悲しそうな顔をする心優しきアリルを前に、イレアは手のひらを眉間にあててしばらく悶えていた。
そして、一つ深呼吸をすると、棚からリボンのついた本を取り出し、その後ろに顔を隠しながら言った。
「アリル……あのね、違うのよ。だから、その、私がこの物語を好きなのは、幼い頃に約束した二人が再び出会うからなの!」
揺れるリボンの先に貝のボタンがきらめいている。
アリルは真っ赤になった姉をただ驚いた顔で見ていた。
モジュたちが帰ってきて、魔女の森やノヴェスト村の復興計画がある程度固まってきた頃、イレアの戴冠式の日取りが決まった。
「やあ、アリル姫」
書庫の窓辺のアリルにラフィ王子が声をかけると、すかさず猫が間にやってきた。
「こんにちは、モジュ様から聞いたよ。あの花に浄化の力がありそうだとはじめに気づいたのはルトラなんだってね」
ラフィが撫でると、猫は喉を鳴らした。
モジュはロルギニスに向かう道すがら、花と呪いを観察し、泉の花を植えることで呪いが浄化出来ることを突き止めたのだった。
「あの、アリル姫、少しイレア姫の話をさせてもらってもいいかな?」
アリルは頷き、猫はその隣に座った。
「あの……イレア姫は、本当は王になりたくなかったり、その、僕と結婚するのがすごく嫌だったりするんじゃないかと……」
しどろもどろに言うラフィに、アリルは少し考えてから言った。
「魔女には運命に従わざるをえない時があるのですって。それで、姉様は抗えない運命として王になるんだって」
「そっか」
「でも、あの……ラフィ王子は姉様をどう思ってらっしゃるの?」
聞かれたラフィは頬を掻いて窓の外を見る。
やわらかな風が吹いていた。
「僕は……元々イレアに結婚を申し込もうと思ってたんだ。幼いときに会ったきりで、もう忘れられてるかもとは思ってたんだけど」
「幼い頃から……姉様をずっと想っててくださったの?」
「ずっと昔のことだけど、あの、結婚してくれるって言ってくれたんだ。約束をしたんだ、海を見に行こうって。貝のボタンをイレアにあげて、代わりにもらった守り石をずっと身につけてたんだ。あの石のおかげで僕は今生きてる。イレアには感謝してる。それで、久しぶりに会ったらすごく綺麗で……」
ラフィは猫になってイレアに抱えられた時のうっとりした心持ちを思い出しかけて自制した。
「あ、あの、王になる覚悟も、姿勢も立派だし。尊敬するよ」
微笑むラフィを見て、アリルは言った。
「あのね、姉様は大陸の『鍵の乙女の物語』という本が好きなの」
「ああ、それなら僕も知ってるよ」
「私が言ったって姉様には内緒にしていただきたいのだけど」
アリルは前置きをした。
「幼い頃に約束した二人が再会するから好きなんですって」
「へぇ……」
「それで、姉様はその本のリボンに貝のボタンを結んでいたわ」
「そっか」
ラフィは顔を赤らめた。
「ええ、それに自分に無い発想が出来るラフィ王子が側にいたらとても助かるって」
「……そっかぁ!」
嬉しそうに笑うラフィをアリルは微笑ましく見た。
「イレア、少し話をいいかな」
日が暮れる頃、ラフィは部屋へ戻るイレアを呼び止めた。
「あの、僕は……イレアにもらった石に助けられたんだ。だから改めてお礼を言いたくて。それに、あの時テイニー王妃が頭を撫でてくれたりモジュ様が抱きしめてくれたおかげで心も助けられたと思う。だから、僕はこれからプリエラのために役に立てればと……イレア?」
妙に険しい顔のイレアに驚いてラフィは話を止めた。
「……母様に頭を撫でられてモジュに抱きしめられたですって?」
「え、うん」
「なによそれ!私もされたことないのに!」
イレアの口が尖る。
「え、いや、あの、ほら、あの時は死にかけてたし……て、え?イレアはされたことないの?」
「だって……父様とアリルの体が弱かったから、物心ついた頃には母様は二人に付きっきりだったし、モジュは私たちに一線を引いてたし」
「そうか、イレアは甘やかされてなかったのか」
「ええ、これからも無いでしょうね。私は王になるんですもの!」
イレアは腰に手を当て胸を張った。
「じゃあ……」
イレアの頭にラフィが手を伸ばす。
「じゃあ僕がイレアを甘やかしてあげるよ!」
ラフィはイレアの頭を撫でた。
反応のないイレアの顔を覗き込むと赤い顔で唇を噛んでいる。
「あっわっ!怒った?ごめん!」
「……ちがう。もっとして」
耳まで赤いイレアを見て微笑み、ラフィは言った。
「幼い頃の約束を覚えていますか?」
はっとして顔をあげたイレアの手を取り笑顔で続ける。
「海へ行こう!イレア、今すぐには無理でも。何度でも、歳を取ってからも、二人で一緒に海を見よう!もちろん子供が出来たらその子も一緒に!」
そっとイレアに歩み寄り、腕を伸ばして抱きしめる。
「イレア。僕と結婚して、家族になって、一緒に生きてください。王のイレアを僕が支えるよ」
ラフィの腕の中、イレアは小さな声でそれに応えた。
通常は城の中で限られた者たちだけで行う戴冠式を、イレアは城の外で行い、皆に見守られながらプリエラの新しい王になった。
そして、その隣には王配になったラフィの姿があった。
次)それから




