45 家族
前)朝
「ロルギニスから来た者がラフィ王子をどうしようと考えているかもわかりませんし、王子も寝ているなら猫のまま連れて行ってまず話を聞きましょう」
イレア姫の抱えた籠の中の猫を見ながらモジュは言った。
「それもそうね」
王妃の姿に戻ったテイニーとアリルたちを魔術師の部屋に残し、イレアとモジュはロルギニスから来た者に会いに行った。
「この男は今朝国境を越えてきたんですが、なにやら向こうの城も崩れたらしくて……一応敵だと思うんでくくって来ました」
兵に差し出されたこぢんまりした男は腕を腹にぐるぐると縄で巻きつけられ、項垂れていた。
「イレア姫たちが泉で聞かれた通り、魔女の森だけでなくロルギニスにも呪いが注がれたのでしょうね……」
モジュの言葉に頷き、イレアはロルギニスの男に問いかけた。
「あなたの知っていることを教えてちょうだい。それに、ラフィ王子を探しに来たそうね。探し出してどうするつもりかしら」
男は顔を上げた。
「どうって……ただ、ただご無事であれば……でも、でも魔女の森は壊滅と聞きました。ラフィ坊ちゃんはもう……」
イレアの指示で縄は解かれ、ポトシと名乗った男はロルギニスを突然襲った風や雨、プリエラから引き返して来たという兵にラフィ王子が魔女の森に行ったと聞いたことなどを話した。
途中、籠の中で目覚めた猫は男の傍らに移動してじっとその話を聞いていた。
「あら!ラフィ王子はロルギニスの隊長さんたちを人に戻してくれたのね!」
振り向くと部屋の入り口にテイニー王妃がいた。
ポトシは自分の方を向いている猫の目をじっと見ると肩をふるわせて涙を流した。
「あの……」
声をかけようとしたイレアにポトシは言う。
「すみません。私は何だかこの猫が……ラフィ坊ちゃんによく似てるように思えて」
「まあ!よくわかったわね!」
王妃は指を振った。
ポトシの前には先ほどまで猫の姿をしていたラフィ王子が涙目で座っていた。
「へ?え!ぼ……坊ちゃん!」
その姿を一目見るなり号泣し嗚咽が止まらなくなっているポトシにラフィは問いかけた。
「ポトシ……城が崩れたってどうして。皆は?」
べしょべしょになった顔を王子が覗き込む。
「城は、魔術師の塔を中心に大きく崩れたのだそうです……城下も家が崩れたり火が上がって……私はすぐにプリエラに向かったので、お城の皆さんがどうなったかは……」
それを聞いた後、ラフィは険しい顔で言った。
「ポトシ、僕は城で魔女の森に行くって王に言ったんだ。だから、第三王子のラフィは魔女の森でレアギンに殺されたんだよ。僕はもうロルギニスには帰れない。帰らない。あの国の第三王子じゃない、ただのラフィなんだ」
「さようですか坊ちゃん。ええ、ええ、それでようございます……坊ちゃんが生きておられれば、私はそれで十分です」
泣き続けるポトシの背をラフィは撫でた。
イレアは二人をドリンの家に案内し休ませ、今後のことについてモジュや大臣たちと検討することにした。
夕刻、ロルギニスから今度は立派な馬車がプリエラの城に着いた。
馬車から降りた黒髪の大男と赤髪の娘は、案内された部屋で弟を抱きしめた。
「ロルギニスの王が死んだですって?」
大国の第二王子リュゼスとエフィカ姫のもたらした情報にイレアたちは驚き、ラフィは言葉を失っていた。
(僕を、殺そうとしたレアギンの方が死んだ……?)
「ああ、今後は第一王子のルシウムが王になり、反乱軍とも手を取ってロルギニスは民のための国になる。もちろんこれ以上プリエラに手出しすることはない。この度の損害についても共に調査し復興に協力させてほしい」
リュゼスは続けた。
「それで。プリエラとの関係を治めるためにも、ロルギニスの王子であるラフィをプリエラに婿入りさせたいと思うのだが……」
「え?」
ラフィは声を上げた。
「僕は……僕はもうただのラフィなんだよ?ロルギニスの王子は魔女の森で死んだんだ!」
「坊ちゃん……」
横でポトシが心配そうに見ている。
「お嫌でしょうけど、あきらめてロルギニスの王子として私と結婚してちょうだい。私もそれが一番プリエラの民に納得してもらえる方法だと思うわ」
「え……イレア?」
「ではイレア姫とラフィの婚姻をもって両国の和睦を結ぶということで……」
リュゼスはなにやら持ってきた書類に追記をしてイレアに見せ、それを確認したイレアも何か書いている。
「ラフィ王子が魔女の森の破壊を止めに来たことを民にアピールしておいた方がいいかもしれません。王子が報せに来たことで王妃が竜になって兵を追い払えたという順番にして話を書きましょうか」
モジュは絵本の構想を練っていた。
「え……ええ……?」
「ラフィよかったわね」
姉のエフィカに笑顔で言われてもラフィの心にはモヤモヤしたものが残った。
そりゃあ元々それを望んでいたけど……。
なんで自分のことなのに僕そっちのけで話が進んで行くんだ。
大体僕は殺されかけたんだぞ。
母上は僕の安否を確認しようともせず城を出たっていうし。
そりゃリュゼス兄さんとエフィカ姉さんの血が繋がって無かったのはよかったけど。
僕はなんて最低な両親のもとに産まれたんだろう。
こんな最低な親ほかに……いや、いるんだろないくらでも。
親に売られて兵になった子もいたじゃないか。
僕はこの歳までのうのうと生きて生きてこれたんだ。
恵まれてる、十分に恵まれてるんだ。
イレアとこの国で暮らせるんなら、望んだ通りじゃないか。
なのに……なんだこれ。
膝で握った手を見つめ、強ばった表情のラフィをイレアは見ていた。
戸を叩く音が聞こえ、アリルとルトラが顔を覗かせる。
長く手紙のやりとりだけをしていた姫に会えたことをアリルとエフィカは喜んだ。
「それであなたがルトラ。その名前どこかで……ああ!セルヴェルの英雄ね!」
「ご存じなんですか?」
ルトラとイレアは驚いた。
「ええ!セルヴェルの『英雄ルトラの物語』という本があって。心優しい青年が、毒の荒野を豊穣の土地へ変えていってセルヴェルのはじめの王様になるのよね?」
「いえ、あの、ちゃんと本を読んだことはなくて……」
ルトラは驚いたまま言った。
「あら、まだ読んでないなら結末まで話さない方がよかったかしらね」
「ルトラはセルヴェルの王家の血筋なんです。エフィカ様はセルヴェルの言葉まで読めてしまうの?」
アリルはエフィカにもイレアの金の目のような力があるのかと思いながら言った。
「あ、読めるのは私じゃないのよ。私の侍女、ミサリーっていうのだけど、大陸の出身でね。それはもう賢くて、彼女がロルギニスの書物庫の本を色々読んで聞かせてくれるの。それでセルヴェルの本も知ったのだけど……そうそう、彼女本を書いていてね、イレア姫は読んでくださったんでしょう?『鍵の乙女の物語』を」
「まぁ!あの物語を書かれた方がエフィカ様の!」
イレアが歓喜の悲鳴を上げている横で、立ち上がったリュゼスが震える手をルトラの肩に伸ばしていた。
「セルヴェルの……はじめの王の……ルトラ!家族はいるのか?」
「いえ。あの、今は……。ばーちゃんが、いや、ばーちゃんのばーちゃんだったらしいんですけど、東の戦争から逃げるとき北へ行く家族とはぐれてプリエラに来たみたいで……」
「間違いないぞ……大変だ!」
「どうしたの兄さん?」
あまり見たことのない兄の慌てぶりにラフィも驚いていた。
「早く知らせなければ!ラフィ、あとはよろしく頼む!ルトラ!父上を連れてくるから待っててくれ!」
リュゼスはラフィの乗ってきた馬ですぐに城を発った。
次の日の朝、エフィカとポトシもロルギニスに向かう馬車に乗った。
ラフィは一度一緒に帰らないかと言う二人に首を振り、そのままプリエラに残った。
馬車を見送るラフィに、イレアは声をかける。
「あなたの希望も聞かずに話を進めてごめんなさいね。でもそうしないと治まらないから。5年、いえ3年でいいから我慢してちょうだい。お嫌かもしれないけど……私は子を産みたいわ!」
「えっ……イレア?」
動揺するラフィを残し、イレアは眉間にシワを寄せたまま言うだけ言って去った。
一人残ったラフィ王子のもとには、ひげを蓄えた老人がやってきてその背を叩いた。
イレアが早足でモジュの部屋に向かうと、その入り口にはアリルとルトラがいた。
「姉様。わたし父様から預かっていた手紙をモジュに渡そうと思って……」
昨日ロルギニスの王子と姫が来たことで、やはり家族のつながりなどではない運命の糸が見えていたことをイレアは知った。
「そう、父様がモジュに……」
部屋にはモジュと、テイニーもいた。
ぴったりと寄り添う娘と少年を見て、王妃は言う。
「アリル、ルトラ……あなたたち、思っていたよりだいぶ距離が近いわね」
「何言ってるの。そう仕向けたのは母様でしょ」
ちくりと刺すイレア側の耳を塞ぎつつ、テイニー王妃は二人を指さした。
「今度は昼と夜の真ん中で入れ替わるようにしたから」
はらりと落ちた手紙と猫をルトラが拾い上げる。
「あら、秘密の手紙じゃない?」
「あの、これ、王様が亡くなる前にアリルに預けていたものです」
猫に促され、ルトラが手紙を差し出す。
「モジュ宛てよ」
イレアが口を添えた。
手紙をモジュが受け取ると、封は静かに開いた。
皆が見守る中、モジュは咳払いをひとつしてそれを読み始めた。
青くなったり赤くなったりする魔術師を皆静かに見つめる。
読み終わると手紙はチリっと音を立てて一瞬で燃え尽きた。
「何が書いてあったの?」
問うテイニーに、モジュは少し考えてから答えた。
「私が言えるのは……王があなた方を愛していたということだけです」
王妃と、二人の姫を見ながらモジュは微笑む。
「ええ、そう」
「そうね、知ってるわ」
「ニャー」
笑顔で即答した三人に目を丸くしたあと、モジュは声を上げて笑った。
そして母と娘たちは、この城で初めて聞いた魔術師の笑い声を心の底から喜んだのだった。
次)どうぞよろしく




