42 祈り
前)第三王子の死
《アリル、あなたをここに呼んだのは私です》
《私たちは呪いの力と護りの力、そして癒しの力を持っていた》
フィエラは私にそう言った。
シティメも私が癒しの力を使っていると言った。
ならば、私にも出来るはず。
プリエラの城の奥、誰も知らない泉でアリルは祈っていた。
水面が光り輝き、柔らかな霧がふわりふわりと空に昇っていく。
少し治まっていた痛みが、今はまたアリルの体を引き裂こうとしていた。
《アリル……どうして?どうしてお前はプリエラだけでなくロルギニスまでも癒やそうとしているの?ようやく……ようやくあの国を終わらせてやれるのに》
フィエラの声が聞こえても、アリルは祈り続けた。
報復を繰り返しても傷つく者が増えるだけ
もちろん大切な人や土地を奪われたら恨んで当たり前よ
あなたたちがロルギニスを許せなくて当然だわ
でも許せない相手とも共に生きていく道を探さなきゃいけない
呪いで沈めてしまうなんて間違ってるのよ
〈私がしたことを間違いだと言うのか〉
シティメの声が聞こえる。
ええ、そうよ
でもそれは、あなただけのせいじゃない
あなたはそうせざるを得なかったんですもの
〈ではセルヴェル国王の過ちだと?そもそも過ちを犯したのはロルギニスだ〉
誰がとか、どの国がとかで考えていては先に進めないのよ
皆そうせざるを得なくてそうしてしまったんでしょう?
私だって
もしロルギニスのエフィカ様と手紙のやりとりをしていなければ
ロルギニスがどうなろうと構わなかったかも知れない
でもエフィカ様を知っていて良かった
ロルギニスがやったことを恨んでも
あの国のすべての人を呪いに沈めるのが当たり前だなんて思わずにすむもの
国が違っても、人はきっと同じように生きているのよ
プリエラで子が産まれるように
ロルギニスにも子が産まれるのよ
《けれどロルギニスの民はプリエラへの侵攻を許しているのに》
そうね、そうよ
積極的にそうしようとした人たちは少数でも
沢山の人がそれに加担してるんだわ
きっとその人たちはプリエラのことを何も知らない
だから、これ以上間違わないようにするには
きっともっとお互いを知らなきゃいけないのよ
違う国のことを
姿が違う人のことを
違う力を持つ人のことを
共に生きていくために
〈もうお止め……お前の魔力が尽きてしまうよ〉
《魔力だけではないわ。そのままではあなたの命が……》
それでも
それでも私がやらなければ……
ああ、そうね、そうなんだわ
私はここですべてを祈りに変えなければいけない
運命
いいえ、私は嬉しいのよ
これは私の望みだわ
私はずっと誰かの役に立ってみたかったんですもの
この痛みは私の誇りよ
祈り、祈り続けて。
やがてアリルは痛みを感じなくなった。
そして、その瞳が赤い涙を流したとき、ルトラのお守りの石が静かに砕けた。
それでも祈り続けるアリルの髪からは青い色が失われていく。
どうか、すべての子どもたちが安心して眠れる世界に
どうか、今日が悲しみの中にあっても、明日希望を持てる世界に
どうか、人々が憎しみ合わず、お互いを尊重できる日が来るように
どうか世界が、少しでも穏やかになるように……
〈お止めアリル、それ以上はお前の命が持たない〉
でもまだ……
まだ足りない
アリルは祈り続ける。
空が赤くなり、日が暮れようとしていた。
ノヴェスト村からようやく城に着いた馬車の中でルトラが叫んだ。
「大変だ!アリルが!アリルが……」
「どうしたの?」
「わからないけど……アリルに何かがあったんだ!」
青い顔で震えるルトラの糸を見てイレアは息を呑んだ。
(アリル……この糸、あなたまるで消えてしまいそうじゃない!)
「アリルの無事を確認したら私も行くから、あなたたちは城に避難してきた者たちの状況を確認していて!」
イレアは兵に指示をし、ルトラと共に城を駆け上がった。
あれほど太かったアリルとルトラの糸が急に細くなるなんて……。
今朝、魔女の森で一体何が起きたの?
あの光は、地鳴りは、風は、あの黒い雲は。
母様やモジュは……?
アリル!どうか無事でいて!
糸を追い走る二人は書庫へたどり着いた。
壁の穴の先へ細く糸が続いている。
「何ここ……?私こんな通路知らないわ!」
空はもうすぐ深い青の時間を迎えようとしていた。
通路の先の泉に、二人は白い人影を見た。
「アリル!」
光る、水しぶきが上がった。
むせかえるほどの花の香りの中を突っ切って、ルトラはアリルを抱きしめた。
「……アリルなの?」
泉の前で立ち止まったまま、イレアは驚いていた。
青い髪も、青い瞳もそこにはなかった。
白い髪の少女の赤い瞳が微笑んだ。
「ルトラ……」
瞬間、少女の姿は消え、ルトラの手にはぐったりとした白い猫が残された。
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