41 第三王子の死
前)再会
「終わった……のか?」
いつの間にか空が明るくなっていた。
呪いを含んだ黒く重い雨に変わり、今は光の雨が降り注いでいる。
三人を包むように広げていたマントから手を離し、魔術師モジュは倒れるように座り込んだ。
「魔女の森が……何にも……無くなってる……」
テイニー王妃もククサ婆から手を離しその場にへたり込む。
懐かしい故郷にいたはずなのに、家も、木も、生き物の気配も何もかも失せ、辺り一面は荒野になっていた。
「生きておる……一体どうして……ワシの力ではない何かが……」
不可解な奇跡にククサ婆は首をかしげる。
死ぬはずだった。
この若者を守り死ぬのが自らの運命だったはずだ。
「ししし死ぬかと思ったぁぁぁぁ」
亀を抱きしめ婆にすがりついたまま若者は涙を流し情けない声を上げた。
「テイニー、モジュ、あれはお前たちの力か?」
「テイニーには守りの石を使っていましたし少しは魔力の足しになったでしょうが、魔法石も尽きていましたし私は何も……」
「私にも全然無いわよ、あんな強い守りの力なんて……」
そうだ、今にも守りの陣が壊れるという時に、ククサ婆の力と同等、あるいはそれ以上の力の発動があった。
あれがなければ一番下に隠れていた若者以外生き残れはしなかったはず。
「ああぁぁ!お守り割れちゃった!」
若者が緊張感のない大声を上げた。
「おヌシそれは!」
まだ恐怖に震えるその手に乗った石の欠片を見て婆は驚きの声を上げた。
傍らで転がされた亀がもがいている。
「まぁ!ククサ婆様の魔法石じゃない!どうしてあなたそれ持ってるの?」
テイニー王妃も驚く。
「というか、君は一体誰なんだ!?」
眉間にシワをよせたモジュはククサ婆がなぜこの若者を待っていたのか、この森を荒野にしたのは何なのか、黒い雨のあと光の雨が降っているのはなぜなのか、わからないことだらけで頭が痛い。
もっとも、頭痛の原因はその前に柄にもなく大声を張り上げたりしたせいかもしれないが。
亀を膝に乗せなおし、若者は言った。
「あ、僕はラフィと言います……あの、第三王子です……ロルギニスの」
「ロルギニスの王子が?一体なぜ?」
(話せばこの男に殴られる……くらいならいいけど、殺されるかもしれない。この森を消したのは自分の国なのだから。けれど、守ってくれたのもこの人たちだ)
ラフィは一瞬迷ったが、正直に話すことに決めた。
「ロルギニスが、呪いの魔法石を使いました」
「呪いの魔法石って……婆様!」
テイニーに応えて婆が語りだす。
「セルヴェル王国を沈めた石だね」
ラフィ王子は頷いた。
「かつて西のセルヴェル王国はロルギニスに攻め入られ、しかし国を渡すことを拒んだ。そして、ロルギニスの兵も、残っていたセルヴェル王国の民も、全てを殺し尽くし、土地に呪いをかけて誰も立ち入れないようにした。それに使われたのが呪いの魔法石だね」
「それを……それをロルギニスがプリエラに使ったと?」
モジュが肩を震わせる。
「しかし、ワシはこんな光の雨は聞いたことがない……」
天を仰ぎ見る。
西の国と同じものなら、あの雨の呪いで死の土地になるはず。
先ほどから降っている光の雨はそれを打ち消しているようだった。
「ああ……ラフィ王子、そうよ!あなたなのね?すっかり大きくなって」
伸ばされた手にラフィはビクリとしたがテイニーはその頭に優しく触れた。
「小さかったから覚えていないかしら?あなた昔プリエラのお城に来たことがあるのよ。私は王妃のテイニーです」
「イレア姫の母上……」
「ええ!ええそうよ。イレアのことも覚えているのね!」
身体こそ大きくなったが涙を流して震える姿はかつて兄姉と共にこの国に来た幼子と何も変わらない、そう思いながらテイニーはラフィの頭を撫でた。
「あの、このお守りはそのときイレアにもらったものです……。あ、プリエラ王が亡くなられたとのこと、お悔やみを申し上げます」
ラフィがずっと身につけていた石は今は砕けてその色を失っていた。
「ありがとうラフィ。そう、そうだったの。イレアがあなたに……無くしたって言ってたけどあの子。ふふ、じゃあこれは私が城に入る時に婆様が持たせてくれた守りの石だわ。なるほどねぇ」
石のかけらをつまみ王妃は目を細めた。
「今よりずっと力があるときに全力で作った石じゃものな。そりゃ強いわ」
ククサ婆も頷く。
ラフィのそばにモジュが膝をついた。
「ラフィ王子、私も以前お会いしたことがあるプリエラ城の魔術師です。あなたはロルギニスがこの石を使うと知った上でここへ来られたのですか」
「……僕が来れば、止めてもらえるかもと思って」
でもダメだった。
そうだ、僕は父上に殺されたんだ。
ロルギニス第三王子はここで死んだのだ。
今度こそ殴られると思って身体を強張らせたラフィの肩をモジュは抱きしめた。
「あなたはプリエラを救おうとしてくださった。心より感謝いたします」
ラフィは声を上げて泣いた。
モジュはその背中をさすりながらラフィを抱きしめ続けた。
土からのぼる呪いの気配が少し薄くなった頃、日は傾き始めていた。
淡い光の雨はなお降り注いでいる。
「婆様寝ちゃってるわ。くたびれたのね」
スヤスヤ寝息をたてる婆の肩をテイニーが撫でる。
「王妃、とりあえず城に戻りましょう。村の皆はもう城に着いているはずです」
顔をグズグズにしているがようやく落ち着いたラフィを離しモジュが言った。
ふと、ラフィは何か思い出したような顔をしてモジュとテイニーの顔を交互に見た。
モジュはそれに気づいて王妃を見たがすぐに目をそらして咳ばらいをする。
そしてそれに気づいた王妃の動きが一瞬固まった。
「え、ええ、そうね。じゃあちょっと婆様にはヘビにでもなってもらってと」
上ずった声で応えた王妃はあわてて魔法をかけた。
姿を変えた婆を、くるくると首に巻く。
「えええ?」
「ラフィ王子、その亀ちょっと地面に置いてくれる?」
ラフィの膝から離された亀は甲羅から少し頭を出し、次の瞬間には元の馬の姿でたてがみを振った。
しばし天を仰いでいたモジュは一息つくと困り顔で大げさに手を広げた。
「さぁ、次は私だろうテイニー!」
どことなく嬉しそうでもある。
「あらモジュ、察しのよいこと」
いたずらっぽい笑顔で王妃は魔術師を馬に変えた。
「ふふ、懐かしいわねモジュ」
たてがみを撫でられ馬は身体をかがめる。
慣れた仕草で馬に乗ると王妃はラフィに笑いかけた。
「さぁ、あなたも馬に乗って、ついて来てちょうだい!」
次)祈り




