40 再会
前)怪物
なんだろう?
俺は死んだんだろうか。
まわりに人の気配はあるけれど、声が聞こえない。
自分の呼吸ばかりがうるさい。
立っているはずなのに手足の感覚が遠い。
視界が白くぼやけている。
左側だけ少し眩しい。
ああ、仮面が半分割れたのか。
右でなくて良かった。
エフィカの一房がちゃんと視界にある。
遠くで男たちが王の首を掲げている。
そうか、父は死んだのか。
バルスルトや反乱軍の者たちと話をせねば。
第一王子ルシウムならば、レアギン王のような悪政を敷かないと民に伝えなければ。
ああ、ストレタは、ロレル王子は助かったろうか。
……あれ?
左に赤色がある。
いや、仮面の房は右にある。
それとは別に同じ色が近づいてくる。
ああ、走り寄って来るのはエフィカじゃないか。
髪を短くしたといつかの手紙にあったな。
短い髪も似合っている。
ああ、泣かないでエフィカ。
そうだ、髪上げの時に贈った耳飾り。
身につけてくれていたのだな。
きれいだ、エフィカ。
やっぱり俺は死んだんだな。
腕の中にエフィカがいる。
ずっと、ずっと会いたかった。
ずっと、ずっとこうやって抱きしめたかった。
愛しい赤い髪、なめらかな肌、やわらかく、甘い。
ベリーとはちみつの。
懐かしい匂い。
エフィカ。
俺のエフィカ……。
「バチン!」
と音がして、リュゼスの目の前に小さな雷が走った。
「はぁはぁ……まさか護身用に仕込んだ道具をを兄様相手に使うことになるとは思わなかったわ……しっかり!しっかりして!目を覚ましてください!聞こえますか!リュゼス兄様!」
エフィカ姫はリュゼス王子の両頬をぱちぱちと叩く。
小柄な娘に覆いかぶさる大男は複数の男たちの手で引き剥がされた。
「大丈夫かい嬢ちゃん!」
「あんた魔女かい?俺等にも止められねえ隊長を一体どうやって止めたんだ?」
「隊長が獣憑きになっちまって嬢ちゃん食われちまうのかと……」
「なるほど。もう良さそうだな」
小さく魔法石が砕ける音がして、大きな手がリュゼスの頭をわしわしと撫でた。
「ありがとうもう大丈夫。あなた方は他の方の手当てに戻ってください」
エフィカは起き上がり、周りの男たちに声をかけると、リュゼスに向き直った。
「目は覚めましたか兄様」
人の声が戻ってきて視界がはっきりすると、リュゼスは自分のしでかしたことを認識し、その顔は血の気を失っていた。
「あ、エ……エフィカすまない、あの、どうか今のは忘れてくれないか。てっきり俺は死んだかと思ってその……」
大きな手が宙を泳ぐ。
「おかえりなさい、兄様」
「あ、ああ」
「私一生忘れません」
「あの……本当に、その、俺は妹に対してなんてことを……」
「違ったんです」
エフィカは座り込んでいるリュゼスの横に来た。
割れた仮面から覗く目元の小さな傷痕を撫でる。
「母が白状しました。私は王の子ではありません」
「じゃあ……」
「はい」
「いいのか……」
リュゼスはエフィカの頬に触れた。
流れる涙が光っている。
「ええ、いいのです!」
エフィカは微笑み、リュゼスはその顔を近づけようとしたところで横から頭を小突かれた。
「あた」
「こらこらこら、お前たち、少しはまわりの目を気にしなさい」
ルシウム第一王子の呆れ顔がそこにはあった。
引き続きちらちらと様子を見守っている者も多い。
「エフィカ姫、お元気そうで何よりだ」
「はい!おかげさまですっかり元気になりました!」
ルシウム王子は声を上げて笑った。
「まぁ気持ちは分からんでもないが……ん?」
先ほどまで黒い雨を降らせていた重い雲は消え、白くなった空からふわり、ふわりと何かが降ってきた。
ただの水とは違う、やわらかな光の雨が辺りを包む。
不意に、赤子の泣き声が聞こえてきた。
「王子?ロレル王子はどこに!助かったのか?」
リュゼスは大事なことをようやく思い出した。
「大丈夫です隊長!赤子に怪我ぁありません!」
銀猫隊員が抱えた赤子を見せに来たがなかなか泣きやまない。
見かねたエフィカが立ち上がる。
「そう、あなたがロレル王子なのね」
赤子を受け取ったエフィカが身体を揺らすと王子の声は落ち着いてきた。
「ふふ、可愛い。ねえ兄様?ラフィを思い出すわね」
リュゼスも立ち上がってその顔を覗き込む。
「そうだな」
そうだ、かつて同じように幼いエフィカと赤子の顔を見た。
小さな小さな弟の顔を。
ラフィは今どこにいるだろう。
兄と姉が再会したことを、きっと満面の笑みで喜んでくれる弟は。
「ロレル王子。あなたのお母さまはどこかしら?」
伸ばされた小さな手に指を掴ませながら赤子に語りかけるエフィカの言葉に答えられる者はいなかった。
王座があった方では男たちが衛兵に捕らえられている。
「ルシウム兄さん、ロレル王子の今後についてなんだが……兄さん?」
振り向いたリュゼスの視線の先で第一王子は険しい顔をしていた。
遠くからエフィカを呼ぶ声が聞こえた。
「ミサリーここよ!」
エフィカが応える。
ロレル王子を抱えたエフィカの変わりにリュゼスが大きく手を振った。
ミサリーがエフィカに駆け寄るのを見届けて、ルシウムはリュゼスに声をかけた。
「リュゼス、話がある」
「あ、ああ、ロレルのことなら」
「いや……」
ルシウム王子は唇を噛んだ。
これから、魔女の森へ向かったラフィの話をしなければならないのである。
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