04 イレア姫の憂鬱
前)王様と魔女
一人になった部屋でイレアは頭を抱えていた。
(甘え、これは甘えよ)
我が王家の犠牲になり続けている男に八つ当たりすることがいかに幼稚であるか自分でも痛いほどわかっている。
モジュを頼りにしすぎている自覚はある。
自分が王になると知ったとき、父様も母様もとても頼りなく見えた。
アリルのように父様を絵本の通りの人物だと思えればよかったのだけど……。
近くで一番頼れる人は誰かと考えたとき、それは母の後ろにいつもいる魔術師に他ならなかった。
モジュは賢く、沢山の知識を持っている。
それだけじゃなく、常に先を見ている。
それは私が王になるために必要なことだと思った。
だからたびたび押しかけては勉強を教わっていた。
邪険にされることはなかったけれど、壁はぶ厚かった。
昔も今も、何を言おうと何をしようとあの人は静かに許してくれる。
けれど決して心を開いてくれない。
それはそうよ、父様も母様も私も、あの優しい魔術師に酷いことしかしてないのだから。
それなのにも関わらず、モジュが今でもずっと母様を静かに想い続けているのは明らかなのだ。
わからないのは母様よ。
父様が亡くなってから、私ともモジュともほとんど会おうとせず引きこもって、やっと部屋から出たと思ったら勝手なことを。
確かに味方は多い方が良いけれど。
代々男の王が続いていたこの国で女が王になることに反対している者もいる。
私は女で、そのうえ魔女だ。
母が王妃になって以降、魔女が解放されたことを喜んだ者たちもいるがそうでない者ももちろん多い。
そもそもこの国を作ったのは魔女だ!といってもそれを見たものなど誰もいない。
けれど、プリエラの人々の生活はおとぎ話の昔とそこまで大きく変わってはいないのだろうと思う。
多くの人の一生が村ひとつだけでほぼ完結する。
男が農作や大工などの力仕事、女が炊事や繕い物など家仕事をするのがほとんどだ。
そして、その生活に疑問を持つものも少ない。
そうでない生活があることを知るものが少ないから。
大きな国になると道具が色々発達して、非力でも力仕事ができたりするのだという。
服屋や道具屋や食堂や、それぞれ専門の店が同じ町にいくつも並び、遠い町とも人や商品が行き交っているのだと。
王家や貴族の生活なども大国とプリエラでは違う。
この城では王家の人間も一人で行動するし、身の回りのことも自分でするけれど、大国の王家の人間などは何人もの従者に身の回りの細々としたこともさせるのだという。
女性は一人では脱ぎ着も、走れもしないような煌びやかなドレスで身体を縛っているのだというから意味が分からない。
そのような暮らしが馴染まず、体調を崩す姫もいるということは、従者の数が多くて贅沢ならば幸せだというものでもないのだろう。
何十年も魔女が隔離されていたことによって直接本当の魔女を知らない者も増えた。
知らないものは理解できないし、時に恐ろしいものでもある。
機嫌を損ねればすぐ動物にされてしまうとか、呪われてしまうとか、そう思われていることも多い。
特別な力があるとはいえ、こちらも何でも好きなようにできるわけでもない。
まあ実際母様などは気に入らない者を動物に変えることもできてしまうのだけれど、力を使うことはそれなりに心身を消耗させる。
それに力の代償、運命の縛りのようなものもある。
私は王にならざるを得ない。
周囲からは自ら進んでその道を選んでいるように見えるだろう。
けれどそうではない。
子どものころから、それが自分の運命だと知っている。
逃げられない運命だからこそ、どうにか立ち向かえるように準備を続けてきただけのこと。
この先は四人の大臣と協力して、国を治めねばならない。
ドリン大臣はもちろん味方だがこの先何十年もというわけにはいかないし、極端な偏りを作ってもいけない。
かつて大臣の一人が王を出し抜こうと画策したこともあった。
幸い他国を引き込む前に大臣の急病で企みは潰えたけれど、たかだか一人の娘と見て侮られればまた同じようなことが起きるかもしれない。
結婚でもしていればまだ、というのはああいう人たちには確かにあるのだろう。
そもそもこの国で今後も王政を続けるのなら自分が子を産まねばならない。
自分もとうに適齢期を迎えてはいる。
避けられない問題だと自分だって思っていた。
だからこそ、相談したかったのに。
話をする前に一人で勝手に城を出てしまうなんて。
「あーもう!」
ベッドに転がると机の上に積んだ本の中に花が見えた。
イレアは慌てて起き上がり、リボンのついた本を手に取る。
「続き!」
15年くらい前まで大陸で実際にあったという聖女制度をモチーフに描かれた恋物語『鍵の乙女の物語』のあらすじはこうだ。
四年に一度、選ばれる四人の貴族令嬢。
城に集められた娘たちは鍵を渡され、それぞれの役割を果たすことになる。
一の乙女は光の聖女、光の加護により人や土地を癒し、四年の後に一つ願いを叶えられる。
二の乙女は夜明けの聖女、三の乙女は夕暮れの聖女、二人は光の聖女の補佐役。
そして、四の乙女に残されたのは闇。
闇の聖女は夜の塔に閉じ込められ、その多くが四年を待たず命を失ってしまうという。
四の鍵を手にしてしまった主人公が精霊や他の聖女に助けられ、過酷な運命に抗う物語。
そして、恋物語らしく主人公の助けにはもう一人、幼い頃に出会って結婚の約束をした王子が……。
「くぅ」
ベッドに伏せて本を読んでいたイレアは足をジタバタさせた。
物語はクライマックスに差し掛かり、四の乙女はついに幼なじみの王子にあらためて求婚されたのである。
「幼い頃の約束を覚えていますか……」
セリフの一つを音読し、仰向けになってしばらく天井を見ていたイレアはリボンを本に挟んで起き上がった。
その端がいつもよりだいぶ長く伸びているのを見てふと思いつき、立ち上がる。
小さな宝石箱の片隅から柔らかく光る貝のボタンを取り出すとリボンの先に結びつけた。
「いつか、一緒に海に」
行くことがあるかしら。
見たことのない水平線というものを、あなたと見ることがあるのかしら。
でも。
「きっと覚えてなんていないわ」
王妃が探しに行くまでもなく、イレアは自分の糸の先を知っていた。
よほど繋がりが強いもの以外はいつも見えるわけではないけれど、よく見ようと集中すれば糸は見える。
ただ、自分の見える糸は母が見えるような運命の相手というわけではないらしい。
兄妹だったり、すでに結婚している者から二つ目の糸が別の相手と繋がって見えたりもする。
けれど、自分の糸がほかに繋がっているのを見たことはない。
だからきっと、彼なのだと思っている。
ずっと、ずっと昔、とても小さい頃にこの国に来た大国の王子。
「帰ってきたんだわ」
この数年王子は大陸へ渡っていて、糸も南東へ向いていたけれど、今は北西に向いている。
けれど。
本当かどうか確かめるのは恐ろしい。
確かめたところで、大国の王子が小さい頃一度行っただけの小国の姫と結婚などするわけがないじゃない。
自分だけがずっと糸を意識して何度も何度も思い返しているのが嫌になる。
母様、私はそんなこともあなたに相談したかったのよ。
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