39 怪物
前)崩壊
愛する妃と姫を葬ったのは魔法石だった。
事故だの迫害された魔女たちの抵抗だのという話になったが、そんな訳はない。
あれをやったのは先々代の王だ。
無能な先代を潰し、儂を後継として持ち上げるため、完璧な王妃を娶るべきだと。
魔女の王妃と姫ではダメだと。
そんなつまらぬ理由であれらは死んだ。
そして大陸から呼び寄せられた女。
まるで人形のような完璧な王妃。
完璧な姫に完璧な王子。
儂には似つかわしくない完璧な者たち。
家の揉め事から逃してやってほしいと頼まれた令嬢を形ばかり妃にしてやったら、子を産んで死んだ。
それを頼んだあいつ自身も金狼に志願して死んだ。
併合するため北から連れてきた妃には他の男の影があった。
姫も王子も誰の子やら。
咎めもしないが、決して解放してもやらない。
次の妃はさも自分が愛されているかのように振る舞って鬱陶しかったので遠ざけた。
北の島の姫ならもう少しマシだろうと思ったら第一王子が邪魔をした。
ようやく、ようやく再び愛せる者が現れたというのに。
だからこそ。
それなのに。
なぜ、私の王妃は許されなかったのに、あの国では魔女が。
王妃どころではない。
なぜ魔女が王になどなろうとするのだ。
なぜ、私の王妃は許されなかったのに。
沈めてしまえばもう魔女など思い出さずに済むと思ったのに。
なぜだ、なぜ邪魔をする。
なぜ私ばかり。
なぜだ……お前たちは私を許してはくれないのか。
「父上、お逃げください。そして王座を私に譲ってください。これからはこの国が真っ当になると伝えられれば反乱軍も……」
ルシウムはここで死者を出さないようにしなければと考えていた。
南側から怒声が聞こえる。
王の首を狙う者たちの人影が、すぐ側まで近づいてきていた。
「あれが王のレアギンか!」
「王妃は死んでるぞ!」
西側から赤子の声が聞こえてきた。
「ロレル王子を助け出せたんだなリュゼス!」
顔を向けたルシウムにストレタが青い顔で応えた。
「リュゼス王子が、崩れた壁の下敷きに……」
「な……銀猫隊!頼むリュゼスを!リュゼスを助けに行ってくれ!」
数人の隊員たちが走り出るのと同時に、
「王妃の首を切ってやれ!」
南側で誰かの声が上がった。
バルスルトが声の上がった方をにらみつける。
「お嬢様!」
ストレタの横にいた侍女が悲鳴を上げた。
「そうだ!諸悪の根源、王と王妃の首を取ろう!」
一人の同調者が現れると途端にそれはその場を風靡する。
「くだらないことを言うな!」
バルスルトの制止は遅かった。
首を取ることを正義としてしまった民衆にとって、最早それに反対するバルスルトも敵であった。
「だめだ……これでは」
ルシウムの背に冷たい汗が流れた。
民衆の声はさらに大きくなる。
(王だけではない。私もその対象だ……)
雨に打たれた民衆の真っ黒な影が王座に迫る。
「おい、あそこに魔弾の石を使え」
王座のレアギンは傍らの魔術師に冷たい声で指図した。
「王、魔弾の石は強力なのです……直接民に放っては皆死んでしまいます」
「聞こえんのか。使えと言ったのだ」
王に反論しても無意味だということを魔術師は知っていた。
「しかし……」
それでも今ここに見えている者たちを自分が直接殺すというのは魔術師にとっては恐ろしいことである。
王は魔術師に重ねて命令した。
「魔弾の石を使え。やらねばお前も、お前の家族もどうなるかわかっているだろう?」
魔術師の顔は蒼白になっていた。
「魔術師が何かしようとしているぞ!」
「殺せ!あいつを殺せ!」
十数人の男たちが衛兵の制止を振り切って走り出た時だった。
「やめろ!」
ルシウムがその間に入るのと、石が撃たれるのとがほぼ同時だった。
倒れ込んだ者に駆け寄る者、逃げ出す者、民衆は騒然となった。
「おいおい、心意気は買うが王子様に死なれちゃ困るんだよ」
ルシウムはバルスルトに守られていた。
「少ない。もっとやれ」
王がさらに命令する。
「だめだ!誰か魔術師を止めろ!反乱軍も止めろ!もう止めてくれ!」
ルシウムが叫んでも状況は良くなりはしない。
「王の首を取れ!」
反乱軍の後方からさらに声が沸き立つ。
「こちらも魔法石を使うんだ!」
民衆の後方に紛れていた魔術師が石を使い、氷の刃が王の周りに降り注いだ。
「何をしておる。死にたくなければ早く片付けろ」
王の横の魔術師は魔法石で刃を防いでいた。
しかし、はじめて自分の身を攻撃された魔術師は慄いた。
そして。
次々に魔弾を民衆に浴びせた。
「止めろ!どっちもだ!これ以上無益なことをするな!」
バルスルトも石を使いながら呼びかけるがもはやどうにもならない。
「これでは……これではだめだ」
側近に守られ、黒い雨に打たれながら、ルシウムはなすすべも無く双方から放たれる悪意を呆然と見ていた。
そして、怪物たちの悪意はもろくなっていた城の柱を打ち抜いた。
「逃げろ!皆早く!」
城は音を立てて崩れていった。
王座を隠すように。
降り注ぐ黒い雨の中、ルシウムたちは怪我人の介抱に追われていた。
魔弾を浴びた者、崩れる城に巻き込まれた者、結局双方に大きな被害が出た。
先ほど王妃の姿に悲鳴を上げた侍女もルシウムの側で衛兵の止血をしている。
もう一人の若い侍女はロレルを抱いたストレタと話しながら足の傷の様子を見ていた。
侍女はルシウムに気づくと、涙に濡れた目で問いかけた。
「お嬢様……あの、王妃は、反乱軍に殺されたのですか?」
「いや。はじめに城が崩れたとき、王を庇って身罷られた」
ルシウムが言うと、侍女は微笑み涙を流した。
「そうですか……それならばようございました」
「お前は昔から仕えていたのだね。申し訳ない、無理矢理王妃になどしたせいで……」
「いいえ、いいえ!無理やりなどでは!王妃は望んでレアギン王のもとへ来たのですから!」
「そうなのか?」
ルシウムは驚いた。
「まだ髪を結う前……五番目の王妃様のお茶会に呼ばれた際に、レアギン王に随分親切にしていただいたのだと……」
(私から見れば怪物のように思えていた王を、そのように見ていた者もいたのか)
ルシウムは人としての父の姿を初めて知ったように思った。
「リュゼス隊長が見つかりました!」
銀猫隊が数人がかりでリュゼスを抱え戻ってきた。
「いやよくあの状態で生きてたもんですよ。さすが俺らの隊長!」
(守り石が役に立ったんだな……)
気を失っている弟がそれでも命を取り留めた事に安堵すると、後方からにわかに歓声が聞こえた。
振り返ったルシウムは王座があった場所に群がる邪悪な者たちを見た。
怪我をした者たちを助けることもせず、死者を愚弄することを選ぶ、自らを正義と信じている怪物たちを。
次)再会




