38 崩壊
前)脱出
黒い雨の中、反乱軍のバルスルトとストレタ、第二王子リュゼスは、ロルギニス城に向かっていた。
「まったくなんてことをしてくれたんだ!」
熊のようなバルスルトが吠える。
潰れた家々、起き上がることのできない者たちを横目に見ながら、逃げ惑う者たちで混乱する城下を三人は走った。
橋の上には、打ち砕かれた馬車の残骸がある。
転がる豪奢な飾りはこれが貴族のものであったらしいことを告げていた。
ふと、調子はずれな子守歌が聞こえ、リュゼスは立ち止まった。
「すまない!先に行ってくれ!」
二人の背を見送り、振り向くと懐かしい人物を見つけた。
「マルカ!マルカなのか?ラフィの乳母の……」
猫面の大男に驚きつつ、子を抱えた女が顔を上げた。
「まさか!リュゼス坊ちゃんですか!」
毛布を被りマルカの横に座っている若い女は気を失っているようだった。
「ああ!無事か?その赤子と娘は……ポトシもいるのか?」
「それが、うちの人ここまで一緒に来たんですけど、そこの馬車のとこで何か……ラフィ坊ちゃんを探しに行くって言ってどこかへ……」
マルカの声が震える。
「ラフィとポトシも城か……無事だと良いが」
「この子たちは城の近くから避難してきたみたいなんですけどもう……もう、この子、呼吸が弱くて……」
今にも泣き出しそうなマルカと、その腕の中の小さな命を見つめる。
「……これを」
リュゼスは薄青の石を取り出すと、赤子の手に握らせた。
石は砕け、柔らかな光が赤子を包む。
「リュゼス坊ちゃん!これは……」
「隊長!」
リュゼスを見つけた銀猫隊員が手を振り駆けて来た。
「無事で良かった!皆は城下の救護に当たっているか?」
「はい。半分はここで救護に当たっています。あとは城へ」
「あの、そこの馬車を襲撃した者たちが……」
隊員はちらりとマルカの方を見て後は小声で言った。
「貴族の首を掲げながら城へ向かっています」
「……反乱軍か?」
「だけではなさそうです」
リュゼスは雨の先の城を見上げた。
「まったく碌でもないことしやがって!」
バルスルトは城へ上がる中央階段で、武器を手に取り王座に向かおうとする男たちの前に立っていた。
「そこをどけ!お前は王政派か!」
「冗談じゃねぇ俺は反乱軍だ!だが闇雲な暴力には断固反対する!」
自分たちを正義だと思ってしまった人間は厄介だ。
これまで自分たちを押さえつけていた悪を叩き潰そうと、より過激なことを求めはじめる。
傍らには痛めつけられた人間の首が転がっていた。
「こいつらは自分たちだけ逃げようとしたんだぞ!」
「誰だって逃げれりゃ逃げるだろ!出会う貴族片っ端から殺したって悪い奴か良い奴か分からねぇだろうが!それに一番悪い奴なんてのは事が起きる前に逃げてるもんなんだよ!」
「そんなの構やしねぇ!」
「貴族なんか皆殺しでいいだろ!」
「俺はお前たちに人間でいろっつってんだよ!」
バルスルトと反乱軍の数人、衛兵や銀猫隊も一緒になって壁を作っているが、怒りにまかせて興奮した民衆に数で負けている。
「なんということだ……」
階段下に駆けつけたリュゼスと銀猫隊員に気づいたストレタが駆けてきた。
「このまま民衆が城になだれ込んだら、王だけじゃなく王子も危ないぞ!」
「裏から行こう。ストレタお前も来てくれ」
リュゼスたちは別の道へ走った。
第一王子ルシウムは崩れた塔を見ていた。
「ひとまずお前たちも無事で良かった」
側近や侍従たちに良かったとは言いつつも唇を噛む。
彼らがいつも居た執務室も今ではその場所の特定すら困難になっていた。
「結局……使ってしまったのだな……」
それぞれ多少の怪我はしているが程度は軽い。
どうにか手配して身近な者たちに配った守り石はそれなりに機能したようだった。
「王子、血が」
ルシウムの頬にも血がにじんでいる。
「ああ。このくらい構わない。それよりこの雨……」
白い服を雨が黒く染めていた。
一撃で国すべてが消え去るような事は無かったようだが、呪いの魔法石がロルギニスにもたらす被害が果たしてこれで終わりなのか、これからなのか、見当がつかない。
エディーナからの手紙の後、書庫の本を探させもしたが、セルヴェル王国がどのようにして呪いに沈んだのかの記録は見つからなかったし、周辺の国の記録にも光や風などの断片的な記述はあれど詳細な経過などは書かれていなかった。
つまり、セルヴェル王国でそれを経験したものが生きて記録を残すことはなかったのだろう。
呪いに沈む……沈ませるだけの雨がこれから降るのかも知れない。
「城下も広範囲に被害が出ているようだし……」
「先ほど煙も上がっていました」
「王子、一先ず遠方に避難されては」
辺りを見渡そうとしても雨で視界が悪い。
城の中央付近も大きく崩れているようだった。
「いや、すぐに反乱軍の誰かがが王の首を取りに城へ来るだろう。それを阻止しつつ、王に退いていただかなくてはならないから……まぁ、王が生きていればの話だが」
ルシウムたちが城の中央近くまで来ると、崩れた瓦礫の向こうに王座が見えた。
王の部屋の壁や天井の一部は落ち、豪奢な床敷きは赤黒く染まっている。
「王……ご無事でしたか」
王座の人物を確認してルシウムが言う。
「ルシウム王子、第六王妃が……王を庇って身罷られました」
ベリントス縁者の魔術師が駆け寄ってくる。
赤い床敷きの上には、美しいスカートの膨らみが見えていた。
頭部には光沢のある布がかけられ、青白い手だけが見えている。
「……ベリントス公爵は?」
「今朝はこちらには……」
(早々に逃げたか)
ルシウムは眉間をつまんだ。
周りには瓦礫が散乱し、年若い王妃の他にも数名が倒れていた。
「お前……なぜ皆に守り石を持たせなかった!」
ルシウムは魔術師の胸倉を掴んだ。
「……魔女の石など持たせてたまるか」
王レアギンが力なく玉座で小さくつぶやく。
「どうして…………ばかり……」
奥の方からかすかに赤子の泣き声が聞こえた。
「ロレル王子か?」
「おそらく王妃の部屋に……しかし奥は崩れていて」
「誰も助けに行っていないのか!お前は一体何をやっている!」
魔術師を責めるルシウムの耳に背後から声が聞こえてきた。
「反乱軍がもう来たのか!」
黒い雨を浴びながら、人影がこちらに向かってきた。
「兄さん!無事か!」
駆け寄ってきたのはリュゼスだった。
「怪我人がいるな……泣き声?ロレルは無事なのか!」
「ああ、いや、奥が崩れていてまだ誰も救助に向かっていないらしい……」
「そうか。銀猫隊は怪我人の救助と介抱にあたってくれ!ストレタ、一緒にロレルを助けに行ってくれないか?」
「ああ、あんたに貰った命だ。何かあればあんたに返すつもりだ」
覚悟の表情で答えたストレタにリュゼスは狼狽えた。
「ああ、いや、違うんだ!銀猫隊には赤子に慣れた者がいないからロレルが見つかったら抱いて逃げてほしいんだよ」
拍子抜けしながらストレタは頷いた。
「兄さん、大勢の民がこちらに向かっている。衛兵やバルスルトたちが押さえているが話の通じなさそうな者も多い。気をつけて、決して無理をせず逃げてくれ」
「あ、ああ……」
ルシウム王子は自分の不甲斐なさを感じながら颯爽と進むリュゼスを見送った。
崩れた部屋を迂回したリュゼスたちは城中央部北側の廊下に出ていた。
「赤子の声が聞こえない……どこだ?」
声を頼りに進んでいたストレタにリュゼスが道を示す。
「おそらく王妃の部屋だろうから、この先だ。こちらは今のところそれほど……」
部屋の前までたどり着いたが、そこにドアは無かった。
「崩れているな」
「……かすかに、人の声が聞こえるような」
「こっちだ。王の部屋から回れるはずだ」
進んだ道を少し戻り、二人は王の寝室に入った。
先ほどルシウムたちがいた部屋の崩れた壁の反対側である。
「ここもダメか……」
「この奥は進めそうです!」
先へ行くと壁の先から赤子の泣き声が聞こえはじめた。
「大丈夫だ!生きてる!」
「ああ、急ごう」
比較的崩れていない場所を探し進んで行くと、王の部屋の奥の小部屋に入った。
埃をかぶった小さな石が並んでいる。
「どこかで見たような石だな……ああ、昔ラフィが持っていたお守りに似てるのか」
リュゼスが紫の石をつまんだ時、壁から何かが落ちた。
鮮やかな青色が目を引くそれは一枚の絵だった。
「魔女……?」
青い髪に金の目の女、そして同じ色の髪の赤子。
そしてその隣には王レアギンの若き姿。
「ああ、昔大人たちが言ってたレアギン王の第一王妃が魔女だったってのは本当の話だったのか」
「何だって?」
リュゼスは耳を疑ったが、目の前の絵はそれを肯定していた。
「亡くなった第一王妃と姫が、魔女……?」
「俺が子どもの頃はそういう話をしてる大人がいたんです。でもそんな話したら捕まるって。だからか最近は聞かなくなったけど」
市井でそれなのだ、城でそんな話を聞く訳がない。
(では、王は……)
「誰か!誰かいるのですか!」
「助けて!」
奥から赤子の泣き声に加えて女たちの声が聞こえた。
「今行く!」
リュゼスたちが瓦礫をどけ崩れた壁の奥へ向かうと、そこには二人の侍女と赤子が居た。
ロレル王子を抱え、震える彼女たちの頬は濡れている。
その奥の崩れた一角には侍女のドレスと同じ色が覗いていた。
(ここも、いつ崩れるかわからんな)
にわかに床が揺れ、パラパラと何か落ちる音が聞こえていた。
「ストレタ、お前がロレルを抱えて侍女を先へ行かせてくれ」
「わかった!」
泣き声をあげる赤子を受け取ると、ストレタは今にも倒れそうな侍女たちに明るく声をかけ励ました。
「大丈夫だ。俺は甥や姪が赤子の頃よく抱いてたんだ。良く頑張ったな。こちらから出られるからな!」
二人を王の部屋へ通すと王妃の部屋から何かが崩れる音が聞こえた。
「早く廊下へ!」
侍女の一人は足を怪我している。
床に散らばる瓦礫に苦戦するのをもう一人が支えてなんとか進んで行った。
追い越したリュゼスはぐらつく出口の柱を背で押さえる。
「大丈夫だ!さあ早く!……ストレタも!」
赤子を抱え、侍女二人と共に廊下へ出たストレタは後方のリュゼスに声をかけた。
「無事出られましたね!」
しかし、振り向いた先に猫面の男はおらず、ただ、大きく崩壊の音が響いたのだった。
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