37 脱出
前)風が吹くとき
ロルギニス城の西の塔ではエフィカ姫と侍女のミサリーが隠し部屋に閉じ込められていた。
「天窓が割れなくて助かったわねミサリー」
「ええ、でもドアが開かなくなってしまったわ」
いつもなら内側から簡単に開けられるはずが、ボタンを押しても丸きり反応がない。
「次がくるかもしれないし、早くここを出ないと。昨日第一王子から守り石が届いたのはこれが分かっていたからなのね……」
「ミサリー、とりあえずあなたもこれ被って。何か光ってから揺れと風が来たから地震って感じでもなかったけど、一体何が起きたのかしら」
リュゼスに送るために試行錯誤した衣類などの山からエフィカは使えそうな物を取り出していた。
「かなり大きな音がしたからあちらの部屋は天井が落ちたのかも」
ミサリーは何か脱出方法がないかと部屋の壁や小さな窓の周りを探っている。
横にある小さな窓からでは外の様子がよくわからない。
「あれだけの揺れと音だったもの。外に出られても大変かもしれないわね。これと……これも何か使えるかしら」
エフィカはあれこれ衣類を着込んだりベルトを巻いている。
「あら、この奥?」
ミサリーが道具棚を小脇へどけると、床に引き手がついている。
持ち上げると土埃が舞い二人は咳き込んだ。
「……階段があるわエフィカ!」
「まあ!風が上がってきてるから外に通じていそうね」
「ええ、降りてみましょう」
階段の先、小さな扉を抜けるとそこは周囲より少し低い小さな草地で、背後にあったはずの扉はまったくただの壁にしか見えなかった。
見上げると塔の東側は崩れており、エフィカの部屋のバルコニーの手すりの一部も落ちているようだった。
「かなりひどく崩れているみたいね。書庫が無事だといいけど」
「ミサリー……あなたって本当に」
ぽつりぽつり空から黒いものが降っていた。
「これ、何だかただの雨じゃないみたいだけど……」
「嫌な感じね。直接触れない方がよさそうだわ」
二人はフードを深くかぶり直し、人の声がする方へ急いだ。
雨の量は増えていき、あたりが暗く、黒く塗りつぶされていくようだった。
塔の南側に回ると、人の姿が見えた。
怪我をしている者も多い。
ほとんどが城働きの者たちのようで、覆いも無く黒い雨に打たれていた。
二人は自分たちのスカートを剥ぎ取ると崩れず残っている壁の側の木々にそれを広げて簡易テントを作り怪我人たちを運んだ。
ズボン姿で手際よく働く赤い髪の娘が、長年臥せって部屋から出ない王家の姫の名を告げたので周囲の人間は大いに驚いた。
「一体何があったか誰か分かる?」
皆一様に首を振る。
「この西の塔よりも中央側はもっと崩れていました」
「光ったのは東の塔じゃないか?魔術師が何かやったんじゃ……」
エフィカたちは顔を見合わせた。
「ラフィの部屋は東にあるのよ!」
「行きましょうエフィカ!」
いくつか使えそうな道具をけが人に渡し、エフィカたちはその場を離れた。
西の塔の東側まで来ると、傘を差した赤い髪の人影が見えた。
「お母様!」
「あら、エフィカ、ミサリーも元気そうで良かったわ。早く!大きなものはいいわ!宝石類だけでいいから!」
瓦礫の側で指示を飛ばしている。
「お母さま?御髪をどうなされたの」
母、カノーラ妃の髪はエフィカ並に短くなっている。
「ああ、そうだ、あなたがちょうどいいわ。はい」
「え」
エフィカは不意に渡された髪の束に驚いた。
「この塔がここまで崩れているのよ。王座も崩れていると思わない?」
「……お母様?」
「崩れていなかった場合は……わたくし、この城の崩壊に巻き込まれて死にましたの」
「え……どこへ行かれるのですか?」
「帰るのよ。私の故郷へ。ようやくよ、やっと!ついに!もういいでしょう!」
贅沢をして奔放に生きているとばかり思っていた母も籠の鳥だったことを今初めてエフィカは知ったのだった。
「ああ、そうだエフィカ、お別れにあなたにいいこと教えてあげるわ」
カノーラはエフィカの頬に触れた。
「ラフィと違ってあなたに王の血は流れていないわよ」
幼子にするように額に口づける。
「お母様!」
「幸せにおなりなさいね。ラフィが生きてたらよろしく伝えて。さあ!行くわよみんな!」
従者たちに声をかけるとカノーラは颯爽と歩きだした。
あっけにとられていたエフィカが後ろ姿に呼びかける。
「ありがとう母様!お元気で!」
カノーラは振り向かずに手だけ振った。
エフィカの手に残る髪をみつめてミサリーが言う。
「意外だわ。よく似た母娘だったのね」
「私も初めてそう思ったところよ」
エフィカは微笑み母の姿を見送った。
次)崩壊




