35 泉
前)隠された通路
鈴の音が聞こえる。
プリエラの城には長い間隠されていた泉があった。
その水に体半分漬かったままアリルが目を開けると、青い空が見えた。
首を傾けると目の前には星のような形をした白い花が咲いている。
「あなたなのねフィエラ……」
口に出すと、頭の中に別の声が聞こえた。
〈姉の名を呼ぶのは誰?〉
ぼんやりと、泉の端に薄く光る人の姿があった。
「あなたは……」
光る影はじっとこちらを見ている。
〈どうして、そのお守りをお前が持っている?〉
「フィエラの、妹。シティメ……」
〈お前、癒しの魔法を使っているね?〉
声は頭の中に直接流れ込んでくる。
「私が魔法を……使う?」
〈どうして私たちの名を知っている?なぜここに来た?〉
「どうしてって……」
〈お前には、フィエラの血が入っているのか。お前は呪いと癒しの力を使えるね?〉
「私に……力?」
アリルはまだ痛む体を起こした。
「王家の血は魔女に呪われたって聞いていたけど……本当は違ったのね?」
〈フィエラは王を呪ったことになっているのかい。哀れだね。故郷のセルヴェルを捨ててまでプリエラの王を助けてやったのに〉
シティメは側まで来てアリルを見下ろしていた。
金の髪に青い瞳、それは先ほどの幻に見た娘の姿に違いなかった。
そしてその表情は氷のようだった。
〈プリエラの国土を侵略から護るためにあの子が王にかけた魔法も薄れて、お前にはほとんど受け継がれていないね〉
アリルの耳には、なお鈴の音が響く。
「お父様が亡くなって、フィエラの魔法が終わったから、プリエラにロルギニスが……?」
シティメの顔は険しい。
〈セルヴェルを沈めた呪いは、フィエラになら癒やせるはずだったのに。姉さんはそれをしなかった。せっかく助けたプリエラも今、フィエラの魔法石で呪いに沈みはじめた。皮肉だな〉
「どうして……」
アリルの口元が歪む
「セルヴェルを地図から消したのと同じ石がプリエラで使われたって言うの?それじゃあ、皆は、プリエラの皆は……」
〈助けを請うた私を泉に沈めてまでフィエラが守ろうとしたプリエラももう終わりだ〉
悲しげに鈴が鳴る。
「シティメ?あなた……あなたまさかフィエラがあなたを殺したと思っているの?」
シティメはアリルを冷たい目で眺めている。
シティメのスカートに伸ばしたアリルの手は何の感触もなくすり抜け水に落ちた。
「……見えないの?聞こえないのシティメ?フィエラはここにいるのに!」
《だめなの。シティメはずっと怒りと憎しみに囚われていて、私の声は届かない》
鈴を振るような声でフィエラは言った。
アリルの傍らでシティメを見上げながら。
〈フィエラがいるだと?〉
「あなたが泉に沈められたすぐ後に、フィエラもここで……。あなたたちを殺したのはプリエラの人間だわ」
《シティメの願いに私は応えられなかった。王と子を助けられはしたけど、プリエラの人たちは魔女の力を恐れた。私のところに来たばかりにシティメの命まで……》
「フィエラはプリエラの王を助けたのに、それなのに……シティメ、あなたもずっとここで憎しみ続けていたの?」
恨まずにいられるわけがない
憎まずにいられるわけがない
私を殺した者を
国を襲ったロルギニスを
フィエラを連れていったプリエラを
セルヴェルを助けなかったフィエラを
私に呪いの魔法石を作らせたセルヴェルを
呪いの魔法石を作らざるを得なかった運命を
セルヴェルの民を助けなかった私を
フィエラを憎んでいる私を
国を沈めた私を
許せない
許せるわけがない
〈どうして……フィエラの声が私には聞こえない。どうして……ずっと、ずっと憎んできたのに、姉さんは国を見捨てて私を葬って、ここを閉じて、それで幸せに暮らしていたのではないの?〉
額に拳をあてうずくまるシティメにフィエラの淡い影が寄り添う。
(どうして……どうしてこの魔女たちはこんな酷い目に遭わなければならなかったのだろう……あんなに幸せそうに幼子を慈しんでいたのに)
アリルは水に広がる波紋を見ていた。
鈴の声が言う。
《アリル、私の作った呪いの魔法石はシティメの作ったセルヴェルの魔法石とは少し違うの。もしも、もしもあの時来た魔術師が失敗してロルギニスに石が奪われても確実に報復できるようにと》
「報復……?フィエラどういうこと?」
《呪いの魔法石はプリエラに使われてしまった。けれど、使った側のロルギニスにもこれから呪いが発動するわ》
「何を、言ってるの……フィエラ」
《ロルギニスもこれから呪いに沈むのよ》
「そんな……やめて!ダメよ!ロルギニスまで呪いに沈めるなんて」
《どうして?百年前も、今も、セルヴェルにもプリエラにも酷いことをしたのはロルギニスよ。ようやく報いを受ける時がきたんだわ》
「そんな……だって、ロルギニスにだっていい人もいるわ!」
《セルヴェルにもプリエラにもいい人はいたわ。ロルギニスは石を使ったのよ?》
「そんな、みんな……みんな死んでしまうの?」
(だって、ロルギニスには……エフィカ様!)
アリルはただ悪い夢の中にいるような気持ちだった。
次)風が吹くとき




