34 隠された通路
前)破壊
「シティメ!フィエラ!」
注ぐ日差しの中、赤い表紙の本を抱えて走ってくる幼子。
胸元にメダルが光る。
薄茶の髪に、深い森の緑の目。
腕の中に笑顔で飛び込んでくる。
プリエラとは違う、青い丸屋根が見える、どこかの城。
光る星のような白い花が点々と咲いている。
アリル姫は夢を見ていた。
自分ではない、誰かの目線で。
隣には金の髪に青い目の娘。
笑顔で親しげに話している。
けれどそれは知らない言葉。
手は幼子から本を受け取り頬を撫で、座った膝に乗せる。
本を開き、読み始める。
鈴を振るような澄んだ声。
ページをめくると暗く鬱蒼とした森が描かれていた。
挿絵を怖がって抱きついた幼子の背をさする。
隣の金の髪の娘が幼子の頭を撫で、歌い始めた。
どこか悲しく、優しいメロディー。
(ルトラの子守歌だわ……)
目を覚ましたアリルの体は床に横たわっていた。
書庫で空が光るのを見た後しばらく気を失っていたのだった。
「……っ!」
体中を激痛が走る。
ぼんやりした視界に酷い耳鳴りとめまい。
荒い呼吸をしながらアリルはルトラのお守りに触れる。
(何が、起きたのかしら)
お守りの石は不思議な光を放っていた。
しばらくして呼吸が落ち着き体を起こすと、アリルは書庫の中がめちゃくちゃになっていることに気がついた。
本は棚から落ち、散乱した本のページが風に吹かれている。
木窓は半分失われていた。
窓辺に手をかけると、窓の外、遠くに巨大な黒い雲が見えた。
(光ったのも魔女の森の方だった……)
酷い耳鳴りで外の音があるのかどうかもわからない。
ふと、ルトラのお守りから光の糸が伸びていることに気づいた。
書庫の奥。
壁だったはずの場所には穴が開いていた。
(呼ばれている……)
アリルはその光の先に向かわねばならないと感じていた。
落ちた本を避け、這うようにしてそこへ向かう。
崩れた壁の先には、薄暗い石の壁の通路があった。
ひんやりと冷たく、奥から静かに風が吹いている。
(痛い……)
先へ進もうとしても力が入らず、静かな風すら今のアリルにとっては刃のように感じられた
アリルの意識は再び遠くなり、頭の中にはまた誰かの景色がちらつきはじめた。
白い、建物。
まっすぐ迷わず先に進む。
中にはベッドがいくつも並んでいた。
酷い怪我をした者、熱にうなされている者。
次々にその手を取り、祈る。
そのたびに呼吸が荒くなる。
それでも祈る。
淡い光に包まれて、その者の顔が穏やかになるまで。
そして次第に視線はぐらつく。
「フィエラ」
呼びかけられ振り向いた先、身なりの良い者たちがいる。
じっと見つめる美しい男。
何かを言い、手を差し出す。
その手を取り何かを言う。
揺れる馬車、見える小山のような城。
横に水車が回っている階段を上る。
「本当によろしいのですね?」
鈴の声、さっきとは違い、プリエラの言葉だった。
「ああ、それでプリエラを守れるのならば」
視線の先には美しい男。
「王家とプリエラの契約を……これより百年の時、プリエラの土地をその王家の血で守り給え……」
美しい光が広がっていく。
美しい男に冠を授けられ多くの人に祝福され。
やがて赤子を抱く。
そしてまたあの子守歌。
(あ……)
アリルの手の先には石の壁があった。
(あの人、父様に似ていた。それに、あれはプリエラの城だった。これは夢?それとも誰かの記憶なのかしら)
アリルはルトラの子守歌を口ずさみながら歩みを進めた。
歌があれば少しは意識を保っていられるようだった。
それでもアリルの意識は度々混濁し、誰かの目線の夢の断片が現れては消えていった。
マントの男が現れ、切実に何かを訴える。
また、知らない言葉。
目線は頷いた。
美しい男は心配そうな顔で首を振る。
けれど目線もまた首を振り目を閉じた。
一人、部屋に籠り石に力を注ぐ。
長い、長い間。
背後に人の気配。
そして、あやしく光る魔法石が出来上がる。
それを手に取り、ふらつき座り込む。
再び現れたマントの男に石を渡す。
男は沈痛の面持ちで石を受け取りながら何かを告げる。
手が震え視線が床に落ちる。
男は走り去る。
別の男たちが現れ周りを取り囲む。
「セルヴェルは石を使って呪いに沈んだぞ!」
「お前もその石を作ったのか!呪いの魔法石を!」
「石を渡せ!」
首を振る。
「石は……もうここにはありません!」
「王の命ももう持たない!あの石で大国と交渉して助けを請わねばプリエラは……」
「王の命?王はどこ!」
城の中を走りたどり着いた部屋。
険しい顔で一斉にこちらを見る者たち。
寝台に横たわる美しい男と赤子。
今にも途切れそうなかすかな呼吸。
そして。
「フィエラ!」
振り向くと金の髪に青い目の、あの娘。
両の腕を兵に掴まれながら、幼子と居たときとは違う、険しい顔とボロボロの姿で。
彼女もまた切実に何かを訴えている。
けれど、視線は首を振り続ける。
懇願し、すがりつく娘。
視界は涙で滲んでいる
「私の運命はセルヴェルを助けない。私の運命は、私の王と子を助ける」
周りの者たちに宣言する声は凜と響いた。
赤子を抱え、ベッドに腰掛け王の手を握る。
視界が歪み、涙が落ちる。
そして、ただ祈る。
二人を包んだ光が透明になり、その呼吸が落ち着くまで。
そして。
赤子を王の横へ降ろすと、視線は床に崩れ落ちた。
誰かの靴が近づいてきて、視線が持ち上がり揺れる。
視線は石の壁の通路を眺めていた。
(この壁だわ。怖い!嫌……嫌よ……やめて)
アリルは上手く呼吸できない。
壁が終わり、通路の先には緑に囲まれた泉があった。
泉には、何かが浮いていた。
それは、人の姿をしていた。
金の髪の。
そして、視線もまた、その泉へと落ちていった。
幻が消え、今はただ水面が光っている。
泉の周りには点々と、白い花が咲いていた。
(どうして……)
アリルの青い瞳から涙がこぼれる。
痛みや苦しさからなのか、視線の主に同調したのかわからない。
ただ、ただ止めどなく涙があふれていた。
(あの魔女は……プリエラの王妃、フィエラ)
アリルは思い出していた。
プリエラ王家の系図を。
名前が塗りつぶされた王妃のことを。
ふらつき、地面についたつもりの手は水を撫で滑った。
アリルは泉に身を浸しながら意識を失った。
次)泉




