31 迷子
前)日記
(こんなことならエフィカ姉さんに方位磁石つきの腕輪もらっとくんだったな)
満天の星空の下、プリエラの北ではロルギニス第三王子のラフィが道に迷っていた。
(ポトシについてきてもらえば良かった……でもマルカとゆっくりしろって言ったの僕だし)
ラフィ王子は生まれてこの方ほとんど一人行動をしたこともない。
虫の声なのか鳥の声なのか、時々聞こえてくる音や木々のざわめきまでもが得体の知れないもののように感じられていた。
迷ってはいるけれど、ちゃんとプリエラに入っていることはわかる。
プリエラにしか咲かない懐かしい花が咲いている。
だいたい何なんだよ何でロルギニスがプリエラに侵攻なんかしなきゃいけないんだよ。
どうせ王が魔女嫌いだからってくらいの理由だろ。
パレチアが港に連行されてたのも、リュゼス兄さんが言わなかったのも、全部これなんだ。
いっつもそうだよ。
皆知ってるのに僕には知らされない。
ルシウム兄さんのところで話を聞いて、翌朝すぐに王のところに乗り込んだけど全く相手にもされなかった。
なんだよ!ルシウム兄さんのとこはソアレの姫と結婚して戦なしに併合したじゃないか。
なんでプリエラの魔女とじゃダメなんだよ!
しかも呪いの魔法石まで使うだって?
セルヴェル王国を沈めた石を百年取っておいてなんで今更使おうだなんて言うんだよ。
城であれだけ魔女の森に行くって言いふらして来たんだぞ!使えるもんなら使ってみろ!
威勢良く城を出た王子ではあるが、まともに単独行動したこともない者が馬一頭のみで隣国の村を目指すのは難しすぎた。
日中煙のあがった魔女の森を目指していたはずが、暗くなって方角もわからなくなり今は途方に暮れながらぼんやり遠くに見えるおぼろげな明かりをたよりに暗い森をさまよっているのだった。
ふいに、茂みの向こうに小さな明かりと人の声を見つけた。
「腹減ったな……」
「魚なら馬車にいるけど」
「いやいやいや。それはさすがにちょっと」
「でも、あの人らはそもそも東の敵だったんだろ」
「……」
男達の間に沈黙が漂ったところに、ラフィは割って入った。
「こんばんはー!プリエラの人?じゃないね。ロルギニス軍の人?ダメだよプリエラと戦うなんて!」
「なんだこいつ……」
「でもなんか身なりは良さそうだぞ?」
「そりゃ身なりは良いよ。ロルギニスの第三王子だからね」
兵たちはざわついた。
「ホントかよ!」
「ためしてみるか……?」
「なに?何なの?」
馬を降り、訝しむラフィを馬車へ誘う。
「王子様、ちょっとこの中の桶を見てやってくだせぇ」
馬車には少年が一人座っており、そこにはいくつかの桶や盥が並んでいた。
ラフィは近づいていって桶をのぞき込む
「ん?なにこの魚……うぎゃ!」
次の瞬間、桶から複数の手足が生えた。
「え?え?なに?え、人?」
「隊長!」
「戻った!」
「え、じゃあこのバカっぽい人が……」
「あ、あーこれはロルギニス王国のラフィ第三王子でいらっしゃる……ので、ぼうず、そういうこと言っちゃいけないよ」
濡れた手で少年の頭を撫でながら、先ほどまで魚だった男の一人がラフィに深々と頭を下げた。
「遊学に旅立たれるとき港までお送りした中の一人です。お帰りなさいませ。この度は命を救っていただき心より感謝申し上げます」
他の者たちも口々に感謝の言葉を述べ、奥からさらなる桶が差し出され、ラフィの小さな悲鳴と共に魚はすべて人に戻った。
「ぐぅぅぅぅ」
人を見て安心したラフィの腹が鳴るのを聞き、先ほどの男は立ち上がると奥に行った。
「良かった良かったウチの馬車だわ。やっぱり離れたところに隠して置いて正解だったなー」
男は御者席の下からいくつかの袋を取りだした。
「多少は食べ物もあります。ぼうず、これ皆に配ってくれ」
隊長達は濡れた服を乾かしつつラフィ王子に事の次第を説明した。
「自分たちは作戦に失敗したので、このまま戻っても罰を受けるかもしれません」
「ありゃあ結局幻の炎だったのか?じゃあ、もう一度作戦を練り直してノヴェスト村に戻るべきなんじゃな……」
「だからダメだったら!ロルギニスのプリエラ侵攻は中止!」
ラフィは片方の手袋をはずして渡した。
「これを持ってロルギニスに戻ってほしい。第三王子を助けたと言って第二王子か第一王子に取次いでもらえばきっと大丈夫だから」
そばで聞き耳を立てていた若い兵が大げさにため息をついた。
「俺たちさぁ、もしかして残りの金の受け取りできなかったりする?」
「かもしれねぇな」
「でも、プリエラの魔女、昼間は竜になったんだぜ?隊長たちもせっかく人に戻れたのにまたあんたらまで魚になる気かよ」
一人が言うと数人が首を振った。
「なんで皆プリエラと戦おうなんて思うんだろ」
つぶやくラフィの言葉を聞き、兵の不満が湧き上がった。
「おい、俺たちが好きで戦ってると思ってんぞ、王子様は」
「お偉いさんたちが全然生活を良くしてくれないから仕方なく兵になってるに決まってんのにな」
「多少金のあるやつは反乱軍に入りましたよーだ」
少年がラフィのそばまで来て言った。
「俺は親に売られた」
ラフィは目を閉じて項垂れた。
「……ごめん」
眉間にシワを寄せて反省しているラフィの顔を少年がじっと見る。
「おいおいどうした?」
少年の肩に手を置いて声をかける細身の青年の方を向いて少年は言った。
「なぁ、コゼオのにーちゃんの方がよっぽど賢そうなのに、あっちの方がずっと偉いの?」
ラフィは背中からぐっさり刺されたような心持ちになりながら、口の片側にかろうじて笑みを作り言った。
「ああ、そうだね。ただ産まれた場所が城だったってだけでね……」
「すんません王子。こらぼうず!ラフィ王子は賢いんだぞ。大陸まで行かれて他所の国の言葉までわかるんだからな。お前……読み書きはできるのか?」
後ろからやってきて荒く頭を撫でた隊長の問いに少年は首を振った。
「そうか。でもまぁお前が読み書き出来ないのはお前のせいじゃないけどな」
隊長の言葉に頷いたコゼオがラフィに言った。
「俺が小さい頃は東にもまだ学校があったんです。国がロルギニスになってから、学校は無くなって……まともに考えたら国民が皆賢い方が国が発展して良いに決まってると思うんですよ!」
言った後、コゼオは恐る恐る王子の顔を伺う。
ラフィはコゼオの目を見て頷いた。
「うん、大丈夫。何でも言っていいよ」
「その……国の、物事を決めるところに悪い奴らがいて、下の者はずっと下のまま搾取されてりゃいいとか考えてんだろうと思うんです」
コゼオもラフィも揺れる火をじっと見つめた。
「俺の知り合いにも貧しいけど学びたい人間はいっぱい居るんです。みんな村を良くするために何かしたいって思ってる。そういう奴らが学べなくて、金を稼げる場所が戦しかないってのは……その、よくないと思う」
ラフィは頷いた。
「ロルギニスが今のままでいいなんて僕も思わない」
為政者がまともなら、彼らは戦う必要なんかない。
ラフィは握った手を見つめた。
「僕は魔女の森を目指してるんだ。あそこに酷い魔法石を使うって聞いて。だから僕が行って止めなきゃ……」
「酷い魔法石……?」
「セルヴェルを沈めた呪いの魔法石だよ。何か聞いてない?」
ラフィの問いに隊長は首を振った。
「今日の昼間に正規軍が数隊魔女の森へ行くというのは聞いていましたが……」
「あ!ねぇ、すぐロルギニスに帰らないなら魔女の森まで一緒に……」
聞いていたコゼオが隊長を見ながら全力で首を振る。
(なんか絶対この人と一緒に行っちゃダメな感じがする!)
隊長はそれを見ながら言った。
「王子、どっちにしろ夜は動かない方がいいですよ。今日のところはお休みください」
ラフィは少し湿り気のある馬車に寝場所を貰い眠った。
薄明るくなった頃馬車を降りると、隊長と少年が何やら食べ物の話をしていた。
ラフィに気付いた隊長は地図を取り出しラフィに渡す。
「今がこのあたりで、ここから東に向かえば川に行き当たるのでそこから川に沿って日がある方へ向かえば魔女の森です」
「ありがとう……本当に、僕は貰ってばかりだね」
ラフィはついでにもう一つお願いをした。
「ロルギニス王国に戻ったら第三王子が魔女の森へ行ったと街の皆に広めてほしいんだ。王子はプリエラ王国との戦なんて望んでないって」
「わかりました王子」
朝日を受けながら、ラフィはロルギニスの兵たちを見送った。
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