29 炎と魚
前)後から来た者
深い青の時間が終わり、ノヴェスト村の空に星が瞬きはじめた。
子どもや老人はルトラの家に避難し、プリエラ兵は村の外、戦うことを決めた村人は丘や村の端に数人ずつで見張りに立っていた。
そして魔女たち。
湖の側の鐘つき台にイレア姫と青髪の魔女ミルビーナ、資材を集め篝火を灯した『舞台』のそばに王妃テイニーと黒髪の魔女ヘイゼが陣取った。
そして、その時が来た。
イレアが叫ぶのと、プリエラ兵が村に駆け込むのとほぼ同時に、はじめの火矢が村の入り口の木に当たった。
ミルビーナは鐘を打ち鳴らした。
舞台では王妃が小さな小さな竜に姿を変えた。
手のひら程度の大きさだが、それが今の王妃にできる最大限だった。
そして、その竜と篝火にヘイゼは魔法をかけた。
ノヴェスト村全体を包むほどに大きく大きく炎の幻影が揺らいだ。
そしてその中で巨大な竜の影が咆哮を上げる。
燃えさかる炎に向けてさらに火矢をかける者はなく、村に突入した敵はたじろいだ。
竜の炎が壁を作り敵を湖へ誘導する。
イレアの金の目は夜の暗がりでも確実に狙うべき銀の甲の者を見つけていた。
湖に敵が近づいたところでイレアの指示によりミルビーナが狙う敵を魚に変えていった。
「魔女の国に手を出したことを後悔しろ!」
「陸で干上がりたくなければ湖を目指すんだな!」
後から来た敵は先行隊の長が魚にされるのを目にしてそのまま後退するものや脇目もふらず湖を目指す者など入り乱れた。
「イレア!銀の甲まだ居る?」
ミルビーナもそろそろ息切れをし始めた頃、甲の者は見当たらなくなっていた。
「いえ、もういないと思うわ。甲も、胸当てをつけてる敵も見当たらない……でも、あの人たちあそこから動かないのなぜかしら」
湖の端に、竜と炎をじっと見つめる者たちが集まりつつあった。
誰も、村に攻撃をしかけもせず、逃げるでもなく、ただ、ただ炎を見ていた。
村全体を覆うように揺れる炎を眺めながらロルギニスの兵、コゼオが言う。
「やっぱりこれさぁ、東の魔女の魔法っぽいよな?」
銀の甲の隊長たちが魚になり、胸当てをつけた隊員たちが逃げた後、残っていたのは東から来た者たちだった。
「ああ。昔見たなぁ幻影芝居」
幼さの残る少年たちは首をかしげるが年かさの隊員たちは懐かしそうに頷く。
「あ、ほら、やっぱりそうだよ。炎熱くないし」
「じゃあ、ここには誰か東の魔女がいるんだ!」
誰かが歌いはじめた。
かつて東の国で歌われていた歌を。
声はいつしか重なり、大きな合唱になっていった。
「歌?何?どういうこと?」
イレアたちは鐘つき台から降り炎の影の中を王妃たちの元へ向かった。
二人はうずくまるヘイゼと息切れしている小さな竜を見つけた。
「どうしたのヘイゼ!怪我はない?」
「母様もういいわ。銀の胸当てをつけた兵たちは行ったみたいだけど、なんだか動かずに炎を見てる人たちが多いのよ。なぜかしら……」
イレアに言われて舞台から降り人の姿に戻った王妃は、顔を覆って泣きじゃくっているヘイゼの肩を抱いて言った。
「ロルギニスの兵には、東の、元々オステオラ王国の人たちがたくさんいるのよ。私が乗った馬車に乗ってた人たちもそうだったわ」
この王妃は作戦がダメになる可能性も大いにあるそんな大事なことを、なぜ今になって言うのかと口に出す替わりにイレアは静かに拳を握りしめた。
歌はなおも続き、丘からデント爺たちも降りてきた。
「これは賢者の歌だ……東の歌だ。残っているのは東の者たちなのか?」
聞けば、この歌はかつてオステオラ王国では誰でも歌えるものだったらしい。
そして、あの戦の時も繰り返し歌われたのだと。
「ということは多分こっちらへんに本物の炎があるはずなんだよなぁ……」
コゼオたちは東の魔女を確かめようと炎の中へ入っていた。
そして、青と黒と金の髪の女たちを見た。
「コゼオ!」
青い髪の女に不意に名前を呼ばれてコゼオは驚く。
「テイニーちょっと!」
ミルビーナが驚いて名を呼ぶとその響きにコゼオがハッとする。
「テイニー……テイン?竜になって飛んでったテインなのか!」
テイニーは叫ぶ。
「あなたたち逃げるって言ってたじゃない!逃げてよ!お願いロルギニスに帰って!」
コゼオの後ろから少年が言った。
「だって、隊長が……旨いもん喰わせてくれるって約束したもん」
あとからやってきた数人の兵が黒髪の魔女に声をかけた。
「やっぱりそうだ!あんた東の魔女だね」
「なあなあ!あれやってくれよ!幻影芝居の最後のやつ!」
一人が言うと他の者たちも口々に願い出た。
「俺も子どもの頃に見たきりだよ!頼むよ見せてくれよ!」
黒髪の魔女は涙を拭い笑顔で立ち上がった。
「ええ、おしまいにしましょう」
ヘイゼが踊るように手を翻すと、村全体を覆う炎は少しずつ切り離され中央に集まってきた。
そして炎は魔女の手のひらの上で一つの燃える小さな球になった。
そこに息を吹きかけ、天へと捧げる。
球は天高く昇り、昇り。
爆ぜた。
きらめく無数の星が、見守る者たちの上に降り注ぐ。
そうして幻影は幕を閉じた。
拍手と歓声に包まれ、先ほどまで赤く炎に染まっていたノヴェスト村に夜の闇が戻ってきた。
篝火のもと、イレアがもとはオステオラの、今はロルギニスの兵たちに言葉をかける。
「プリエラ王国はロルギニスの支配を受けない!あなたたちには国へ帰っていただきたい!」
テイニーは舞台にしていた桶を両手に掴むと歩き始めた。
「隊長さんたちはお返しするから!ついてきて!」
湖のほとりにつくと、テイニーは桶を水に入れながら声をかけた。
「隊長さーん!ロルギニスに帰してあげるからここに……」
言い終わる前に、桶には数匹の魚が群がった。
「きゃあ!」
「そりゃまぁ全員助かりたいよなぁ」
「他にも入れ物貰えないか?」
そして、いくつかの桶や盥に魚になったロルギニス軍の隊長たちが入れられた。
「ちょっと!あたし達の国を焼こうとしたやつらだよ!ただで帰してどうすんのさ」
テイニーの肩に手をかけてミルビーナが言う。
「でも、だって、全員が悪い人じゃないのよ」
テイニーは力を振り絞り、魚に魔法をかけた。
ある条件を満たせば人に戻れるように。
「テインは、魔女だったんだな」
「そうよ!しかもこのプリエラの王妃なんですから!」
テイニーはふんぞり返った。
「へぇ!王妃様?やっぱ俺の見る目はすげえや」
コゼオは笑った。
「隊長は元に戻る?」
少年が心配そうに聞く。
「戻るわよ!ロルギニスのうんと偉い人に会ったら戻るように魔法をかけたの。だから大丈夫よ!偉い人にちゃんと褒美も貰えるわよ!」
王妃は少年の頭をなで、少年も笑ったが、東の男たちにはどんよりとした空気が流れた。
果たして作戦に失敗した者たちに褒美を取らせる偉い者など存在するだろうか。
こうして魚になった隊長たちを一台だけ残った馬車に乗せ、ロルギニス兵たちはノヴェスト村から引き上げて行ったのだった。
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