26 竜
前)魔術師モジュ
魔術師のモジュ達が魔女の森の見える場所まで来ると、村の北側から中央あたりまでの家のいくつかから火が上がっていた。
「止まって!ただの火事ではない。様子がおかしい」
モジュが馬を止めるとプリエラ兵たちも頷く。
「戦の備えを……ここに来ているということはノヴェスト村の方も危ないかもしれないな」
いつかその時がくるかもしれないと多少の訓練はしているものの、この国の兵に実戦経験はない。
魔女の森が襲撃されているというのがわかっても、皆一様に不安な顔をしている。
「身体強化の石を使いますが決して無理はしないで。とにかく人命優先に行動してください」
モジュは同行した者たちに魔法石を手早く使っていった。
「あなた達は馬を南側へ回してください。ネルヴィとフィリルという魔女がいれば馬車が作れるから、それで弱い者達から城へ逃がすように」
モジュは手持ちの魔法石を確認する。
「くそ……大して強い攻撃が出せるものなどないな」
森に来ているロルギニスの兵は東の農家の者たちなどではなく正規軍の三隊だった。
「どうせ明日には何にも無くなっちまうんだから、もらえるモノはもらっとけ!」
正規軍であろうと、粗暴な隊もいる。
こうして、突如としてプリエラにもたらされた悪意は、火を注ぎ、その中を掻い潜ってプリエラの宝石をかすめ取り、その手を女達にも伸ばそうとしていた。
燃える火の向こう側にちらりちらりと銀の胸当てをつけた男達の姿が見える。
モジュが敵に見つからないよう木陰や建物の陰を伝いながら村に入ると、にわかに雨を浴びた。
よく見ればそれは天からではなく、湖からもたらされていた。
湖まで走ると見知った顔があった。
「ナキルさん!無事ですか?一体何があったんです」
「モジュ?あんたモジュかい!」
相手も懐かしい魔術師の顔を認めた。
「あたしらだってよくわからないよ!あいつらが突然村に火を放ってきたんだ」
「守りのククサ婆はどこかに?」
「ああ。こっちだ」
モジュが森にいた頃から婆だったククサという魔女は、強い守りの力を持っていた。
「ククサ婆、守りの石はあとどのくらいありますか?」
「既にほとんど使ってしもうたわ。これだけじゃ持たん」
はじめは森の北側で魔法石を使っていたが押し切られ、今はもう中央の広場あたりまで攻め込まれているという。
「何かやりようがないかねぇ。こんな時テイニーかミルビーナでもいれば……」
「ククサ婆、石を一つください。やれるだけやってみます」
先ほど南側に向かわせたものが二人走ってきた。
「馬車を二台作って城に向かわせました」
「モジュ様!どうしましょう!」
「あなた方は引き続き残りの住民を護ることを第一に行動して」
ククサは残った守りの石をプリエラ兵に託した。
「それぞれの効力は低いですが、湖の水に混ぜれば多少効果が出せるかもしれません。敵が来たらこれを」
モジュは手元の魔法石からいくつかをつまんでナキルに渡す。
「……わかった。敵が一所にまとまってくれたらやりやすいんだけどね」
「では、これから私が囮になってやつらの前に出ます。守りの石があるので私ごと流してもらってもかまいません」
「モジュ、あんた無茶なことをよく言うよ」
ナキルは呆れ顔で魔術師を見た。
「緊急事態ですから」
モジュは身体強化の石を重ねて使い、靴に風の石を使うと井戸の縁から小屋の屋根、家屋の屋根へと駆け上がった。
目立つように屋根の上を走りながら、刃の石や本来は暗闇の中の明かりに使う光りの石をいくつか周囲の敵に向けて打つ。
(追って……来ている、複数)
中央の広場近くまで来てモジュは動きを止めた。
「ナキル!」
「おっっしゃ!」
湖の水が氷のカケラをふくみ竜巻となって、追ってきていた男達をなぎ倒した。
「よし!」
ナキル達が拳を上げたが魔術師の顔は険しくなった。
「だめだな……これでは全然魔法石が足りない」
敵は火を放つ者、火の中をくぐりながら略奪に勤しむもの、村の中央付近では木に登っている者たちもいた。
(いくら強化の石を使っても20年前のようには行かないな)
魔法石を使いながら、敵を散らし屋根の上を駆け、息を切らしながら、モジュは若い頃の事を思い出していた。
(そうだ昔こうやって屋根の上を駆けて広場の塔に上って……)
そこへ、風が吹き、森の空に青い影が走った。
「……?」
「うわっ何だあれ!」
「幻獣だ!!喰われるぞ逃げろ!」
屋根の上で、魔術師モジュは我が目を疑った。
「まさか……本当に?」
それは思い出したかつての光景と重なった。
森の空から現れた竜は咆哮をあげ、声は木々を揺らし周囲に轟いた。
竜は刃のように木の間をすり抜け侵略者達を蹴散らしていく。
先ほどまで我が物顔だった男達は悲鳴を上げながら走り、木に登っていた者は下で待つ者の上に落ちた。
魔術師は広場の塔へ上った。
「テイニー!こっちだ来い!」
塔の横をすり抜ける竜めがけてモジュは飛んだ。
(そうだ……昔もこうやってこの背に乗った)
上下しながら敵を散らす竜の角をつかみ、姿勢を低くしてモジュは竜に語りかけた。
「イレア姫たちがロルギニスに向かっているから合流してノヴェスト村にも報せを!既に敵が入っていたら城へ戻って!」
モジュは残しておいた回復と強化と守りの魔法石をすべて竜に使った。
「石が尽きたから私は降ります。くれぐれも無理はせずに!」
竜はグルルと鳴いた。
「指令を出している銀の甲の者を遠くの川にでも放り込んでください!」
竜は低空を滑り、モジュは竜に向け矢を構える兵に向けて飛び降りた。
兵を蹴散らすと、竜は銀の甲の男をつまみ上げそのまま飛び去る。
兵は次々と森から逃げ出した。
木から落ちた男達も村はずれに留まる馬車に戻っていた。
「任務完了です!発動の石と併せて確かに設置しました!」
「よし撤収だ!負傷者を残らず回収して皆引け!」
モジュは北へ向かう竜の姿を見送っていた。
「王妃……くれぐれも無茶はしないでくださいよ」
モジュのところにプリエラの兵達が駆けてきた。
「敵は全部引き上げたようです」
「ああ」
兵から報告を受けたモジュはあたりを見回し眉間にしわを寄せた。
ナキルが消火をしているが、まだ所々煙が上がっている。
「よかった。よかったが……やけにあっさり引いたような気もする」
「竜に恐れをなしたんでしょう」
兵はじっとモジュを見つめていた。
「どうした?」
「……モジュ様って肉体派だったんですね」
「二度としないので忘れてください」
魔術師は足早に憧れのまなざしから逃れた。
「ククサ婆と話をしてきます、火の始末と、怪我をした者がいないか確認してください」
敵の去った魔女の森の中央の木の上では、不穏な石が光っていた。
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