25 魔術師モジュ
前)戦う者たち
プリエラ王国のイレア姫の馬車は魔女の森とノヴェスト村の中間あたりの道を北上していた。
おそらくロルギニス王国の城に向かっているであろう王妃テイニーを追ってであるが、名目上は北部視察ということになっている。
魔術師のモジュと、形ばかり剣を下げた軽装のプリエラ兵も十人ほど、馬に乗り同行している。
国境まであと半日といったところだろうか。
風に混じって焦げくさい臭いが漂ってきた。
遠く東の木々の向こうに煙りが上がっている。
「魔女の森の方角ですね……」
魔術師モジュは眉をひそめた。
かつて私もあの森に暮らしていた。
幼い頃と、魔術師になってから。
私の母は魔女だった。
父は魔術師で王都に帰る時にまだ子どもだった私も連れ帰られた。
やがて父が病で死に、私は猛勉強して魔術師になり森に戻ったけれど、その頃には母もすでに亡くなっていた。
見た目は明らかに他と違う青い髪に金の目の女たちは、静かで美しいけれど閉ざされたあの場所に、それでも朗らかに暮らしていた。
森で魔女の監視と研究の任務を拝していた頃、気の善い魔女たちが、村を出ることを許されず、せっかくの力を活用できないのを見ているのが心苦しかった。
いや、苦しかったのは自分のためだ。
歳の近い、美しい魔女の娘に私の心は捕らわれていた。
いつも笑顔で他愛のないおしゃべりをしてくれる娘。
それまでも魔女と恋をする監視の魔術師は時々居た。
そのまま職を投げて村に住むものも居た。
城務めへ戻る時に妻子と別れる者も居た。
私はどちらも欲しかった。
魔女の妻と共に生き、城の仕事をしたかったんだ。
私が愛した魔女の魔法は、姿を変えることと、運命をつなぐ縁の糸を手繰ることだった。
「糸がつながってるから絶対に幸せになれるというわけでもないみたいだけどね」
娘は時折悲しそうに言った。
一人から複数の糸が出ている場合もあれば、つながっていたはずの糸が切れてしまうこともあると。
「では私の糸は?」
聞いてみたことがある。
「ふふ……ひみつ!」
はにかんだ笑顔に、絶対の自信を持ってしまった自分が返す返すも恥ずかしく悲しい。
それでも、近くにいたかった。
はじめの頃はともかく、王と彼女の仲睦まじい姿はそれはそれは美しい一対だった。
王は立派な人物になったし、彼女が王を愛していることなど一目瞭然でもはや嫉妬のしようもなかった。
昔も今も近くにいられる事が私の幸せそのものなのだ。
それでいい。
ああ、思わず余計なことまで思い出してしまった……。
「小火ではなさそうよ……何があったのかしら」
イレア姫が馬車から顔を出す。
あの森が燃えているのだとしたら心配だ。
かつてあれほど帰りたいと願った場所。
魔女の娘が王妃になって以降、魔女は住処を限定されることはなくなったが、多くは変わらず魔女の森に暮らしている。
「モジュ、あなた森に詳しいでしょう?こちらは良いから確認してきてちょうだい。あなたと……あなたたちも一緒に行って、何かあったらこちらと城に連絡を頼むわ」
イレア姫はまことにしっかりしたお方だ。
先日などは魔女の力は静かに埋もれさせては勿体ないから今後魔女たちや魔法石をどのように活用すればよいか考えているのだと言っていた。
よくあの両親からこれほど賢い子が。
「王妃のことくれぐれも……」
「恨めしそうな顔しないでモジュ、魔女の森をよろしくね」
イレアたちの一行に手を振り、魔術師のモジュと数人のプリエラ兵は魔女の森へと向かった。
森へ向かいながら魔術師の頭には尚も王妃についての事柄が浮かぶ。
王の子を産む運命だとテイニーは言った。
けれど、ろくでもない王の妃になって傷つき悲しむテイニーの顔を見続けるくらいならと。
一度だけ、王を殴った事がある。
あの時はもう、何もまともには考えられなかった。
王は早くに両親を亡くしていたし、王の周りにいる者たちは自分の立ち位置ばかり気にするような者たちだった。
私も早くに親を亡くしているから理解できる部分もある。
そのうえ呪いのせいで身体が弱いというのだから同情するところもあった。
けれど、テイニーに対する仕打ちは許されるものではなかった。
煮え立つ黒い感情をもうどうにもできなくなった時、あの美しい顔に手を上げた。
言いたいことを言って、王を傷つけて、これで私は処刑されるだろうと思っていた。
もうそれでいいと思っていた。
けれど王は、何も言わなかった。
目をそらし、何も言わずに立ち去った。
そして、私に殴られたことを誰にも言わなかった。
気位の高い王だ、私なんかにやられたとは言えなかったのだろう。
その後はテイニーに対していくらかマシな態度になっていったし、王らしい振る舞いをしようとしている事が見て取れた。
殴ったとき私が身につけていた魔法石のどれかが王の邪気祓いでもしたのかもしれない。
だからこそ、絵本には聡明な王だと書いた。
やがて産まれる子に、そういう王だと心から思われるようになって欲しかった。
だってテイニーが愛す男なのだから。
身体の弱い王が長生きできるようにと、大陸から薬草を取り寄せたり、魔法石を使ったり、色々試したけれど、王は老いることなくこの世を去った。
私は無力で、結局テイニーを悲しませてしまった。
家系として身体が弱いというのはかつての親族婚などの影響もあるのだろうか。
父の家にあった記録では、百年ほど前には王統派と魔女派で大臣たちも割れていたらしい。
一時増えすぎた王族を集約し、より気高いものへと考えた者たちと、この国の形を作った魔女こそが中心であるべきだと考える者たち。
より濃い血を求めた結果、王族は短命になり数を減らしたのかも知れない。
けれど、呪いの魔女以降、プリエラの魔女達も迫害された。
王家の呪いがどのようなものなのか未だに何もわからない。
百年前の魔女の呪い……そう伝わってはいるが詳細が記された記録などはどこにもなかった。
アリル姫だけでもどうか長生きさせる術を見つけ出さなければ。
あの子はいつも微笑んで、身体も弱いのにいつも他人を気遣っている。
よくあの両親からあれほど思いやりのある優しい子が……。
強い力で護られたあの少年と一緒に居ることで、少しは彼女の身体も良くなってくれないだろうか。
今では王の仕打ちも有難く思っている。
どういう形であろうと、私はテイニーの側に居続ける事ができたのだから。
けれど、王が亡くなってから、彼女は私を遠ざけた。
それはそうだな、いまだ自分に気のある男など今の彼女にとっては迷惑なだけだろう。
そうだ、王妃が城に帰ったら、今度こそ私は暇乞いをして離れなくては。
それを止める者はもういないのだから。
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