22 決別
前)王妃テイニー
ロルギニス城、第一王子の執務室には耳を疑う報せが届いていた。
「ラフィが魔女の森に向かっただと?」
「ええ、何でも今朝、王のところにラフィ王子がすごい剣幕で駆け込んで、その後まわりに『僕は魔女の森に行く』と言いふらしながら城を出て行ったそうで」
「あのバ……誰か従者はついて行ったのか」
「いえ、それがどうも止める周りを振り払ってお一人で馬に乗って行かれたとか」
ルシウム王子は眉間をつまんで深いため息をついた。
大陸から帰って来たばかりのラフィの周りは手薄だったか。
まったくもう、無茶なことを。
どうせ王も機嫌を損ねているに違いない。
もう少し待ってくれれば私が話をしたのに……。
それに魔女の森はこれから大ごとになるんだぞ。
「ルシウム王子どちらへ」
「王のところへ行く。何としても止めねば」
王の部屋へ向かう途中、赤子の泣き声が聞こえた。
「ロレル王子は元気そうだな」
歳の離れたこの弟と、これから産まれる自分の子らが大人になる頃、一体この国はどうなっているだろうとルシウム王子は考えた。
(穏やかな変化はもう望めないだろうか)
案の定、レアギン王の機嫌は最悪だった。
「魔女を妃にするなどと血迷ったことを言うたのだ。虫唾が走る。あんなもの魔女と一緒にプリエラで沈めばよい」
(あんなもの、か。どうにもならんなこれは)
王の傍らにはベリントス公爵ともう一人、魔術師がいた。
(たしかあの魔術師も公爵の縁者だったか)
王の足下の豪奢な金色の床敷きを眺めながら、ルシウム王子は腹に重りが溜まっていくような心持ちになっていた。
それでも簡単に引き下がる訳にはいかない。
「王、例の魔法石ですが、使用する側にも同様の呪いが注ぐという噂もあるようです。今一度お考え直しいただけませんか」
「いやぁレアギン王、ルシウム王子は随分と弟君想いのようですなぁ。それだというのに第二王子も第三王子も、いや全く困ったものですな」
ベリントス公爵が嗤う。
「ふん、あれらを失ってもまだロレルがおるわ」
(ラフィだけじゃなくまさかリュゼスにも何か?)
ルシウムのところには第二王子についての報せは何も届いていない。
「呪いの魔法石は予定通り使う。お前に口出しできることはない帰れ」
「しかし、王……」
崩せそうなところがなくても引くわけにもいかないルシウムに、王は冷たく語りかけた。
「お前の妃は郷に帰っているらしいな」
「はい。侯爵夫人が危篤なもので」
「国ごと危篤にしてやってもいいんだぞ」
「は?」
「くだらん噂はおおかた魔女の多いソアレでの話だろう。プリエラに使うのがそんなに嫌なら、石をそちらに使ってやっても良いと言っているんだ」
「な……」
「これ以上話すことはない」
王の部屋を後にしたルシウムの険しい顔を見て、外で待っていた側近たちも状況の悪化を悟った。
「ルシウム王子……」
「話にならん」
声を潜める。
「いかがなされますか、このまま魔術師の塔へ向かわれますか?」
「以前お話だった反ベリントス派の貴族への文を用意しておきます」
「ああ、そうだな。よろしく頼む。私は魔術師の塔へ行こう。それと誰か、リュゼスのところへ行っておくれ」
(いくら王が決めたことでも、魔術師たちがやらなければ……)
しかし、その思惑は恵まれたものの甘い考えだった。
城の東の端に魔術師の塔がある。
忌み嫌いながらも、強力な力を持つ魔女や魔術師たちをロルギニス王国は完全に手放しているわけではなかった。
呪いの魔法石の任を背負わされていたのは一人の若い魔術師だった。
どうにか止められないかと話をしたが、魔術師は静かに首を振った。
「それを使うことでお前も無事ではいられないのだ。どうか考え直しておくれ」
重ねるルシウムに、項垂れながらもそういうわけにはいかないのだという。
「私は魔女の母親1人に育てられ、それでも王城で働かせてもらえることで妻子を持てました」
魔法の研究ができる環境は手放せないありがたいものなのだと魔術師は話した。
いくら第一王子の話でも、王の言うことに反抗するなど到底できない。
言われればやるしかない。
やらなければ首が飛ぶ。
自分だけならば構わないが、家族も許されないだろうと。
それに、もし自分がやらなかったとしても、別の誰かがやるだけだと。
魔術師は静かに深々と頭を下げた。
「心づもりができました。教えてくださってありがとうございます」
「おや王子、魔術師の塔に何かご用が?」
部屋に入ってきたのは先ほど王の後ろにいた魔術師だった。
(こちらの考えなどお見通しだろうな……)
「いや、ここの魔術師の王への忠誠心は立派なものだね」
ルシウムは上げた手を若い魔術師の肩に置いた。
「せめて、守り石などかき集めておくれ。あれを使えばお前だけでなくこの国ごとどうにかなってしまうかも知れないのだからね」
魔術師は静かに頷いた。
「さてどうしたものか」
ルシウムは側近たちと執務室へ向かう回廊から城下を眺めた。
ひんやりとした風が抜けていく。
かつてセルヴェル王国を呪いに沈めた石の力がここに注がれたら。
いや、魔女の森ならいいという話ではない。
どこにだって、そんなもの使わせてはならないのだ。
「せめて城下の者たちにも噂を流せませんか?もし本当に呪いがロルギニスにも来るのなら……」
呪いの魔法石を使うことを止められず、本当に使った側にも災いがもたらされるのなら、城内にも、城下にも、もしかしたら国中に備えが必要になる。
「そうだな、もういっそ反乱軍の力を借りるか……」
「大変ですルシウム王子!」
執務室の前まで来ると、リュゼスの元へ行った者が息を切らして走ってきた。
「第二王子は……昨夜反乱軍の男といるところを捕らわれて!」
「なんだって?」
(まったく、王子を地下牢に入れるとは……いや、王も知っていたようだし、リュゼスが反乱軍に加わっていたのがはっきりしているということなのか?)
急ぎ地下牢まで来たルシウム第一王子の耳に、何やら数を数える声が聞こえた。
(リュゼスにラフィのことを伝えればプリエラに行ってしまうかも知れないな……)
牢の中程まで進むと、声の主は上着を脱ぎ何やら身体を鍛えている第二王子リュゼスだった。
「お前は……こんなところで何をやっているんだ」
「ああ兄さん、いや、余計なことを考えるより体でも鍛えておいたほうが有益かと思って」
「これ以上大きくなる気かお前は」
言いながら第一王子は眉間をつまんだが、状況の割に元気そうな弟の様子には安堵していた。
ルシウムが牢に近づくと、リュゼスも立ち上がった。
「お前、反乱軍に加勢しているのか?」
「ああ、いや、そういうわけではないのだが……見知った者がそちら側だったようなんだ」
「そうか……」
「兄さん、俺は首を刎ねられるんだろうか」
「そんなことを言われたのか?」
「それでもいいのかなぁと思ったんだ昨夜」
「おいおい」
リュゼスは上着を羽織った。
「でもなんか、そのあとだんだん腹立ってきて……」
「それでいい」
リュゼスは鉄格子に顔をつけて入り口を伺うが、冷たい石の壁が見えるばかりである。
「見張りは居るのか?」
「外にな」
「……俺やっぱりここ出ようと思う」
「ああ、そのために私が……え?」
ルシウムが掲げた鍵は所在なく揺れた。
リュゼスはいつの間にか牢の錠を外し、何やら金具のようなものを髪留めにしまっていた。
「……それもエフィカ姫の秘密道具か。我らが妹君は一体何者なんだ?」
「エフィカに会ったのか?」
「いや、ラフィに聞いただけだ」
「そうか」
「お前ここから出てどこに行くつもりだ」
「反乱軍に加わる」
(やはりそれしかないか)
ルシウムは頷いた。
次)反乱軍




