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四人の魔女の物語  作者: nyaa
大国
20/47

20 セルヴェル王国

前)投獄

 王妃を追ってイレアたちが旅立った後。

 プリエラの城の書庫では、アリルが棚からいくつかの本を取り出して窓辺に腰掛けていた。

 傍らにはもちろん昼間は猫の姿の少年ルトラがいる。



「ルトラはセルヴェル王国の話を聞いたことはある?」

 猫は頭を振った。

 アリルは本を開く。

「これがプリエラと周辺国の地図ね。ここがお城で、北西のノヴェストがあなたの村。そこから国境を越えてさらに先、セルヴェル王国があったのはここよ」

 アリルが指さした場所は黒く塗りつぶされていた。


 その国は、一年を通して穏やかな気候で、農耕と護りの力を使う魔女たちによって栄えていたという。

 状況が変わったのが今から百年ほど前。

 プリエラの王家に呪いがもたらされた頃。


 続く天災で周辺の国が不作にあえぐ中、変わらず豊かな実りを維持していたセルヴェル王国は助けを求める周りの国に魔女を向かわせたりもしていたらしい。


 そしてその豊かな土地を求め、大国ロルギニスはセルヴェルに侵攻した。

 しかし。


「セルヴェルの王様は国をロルギニス王国に渡すことを拒んで、その手で呪いに沈めたのだというの」

 今でも、セルヴェル王国のあった土地には誰も立ち入ることができないのだという。

 魔女が力を込めた呪いの魔法石。

「今も、もう一つ同じ力を持つ魔法石がロルギニスにあるんですって」


(一つの国を地図から消してしまった魔女の力はどれほど強力だったのだろう。そしてそれがまだこの世に存在しているなんて)

 アリルは猫をすくい上げ抱きしめた。

 猫は不安そうなアリルに顔を寄せ、にゃあんと鳴いた。


「ありがとうルトラ」

 アリルは猫を抱えたまま、別の本のページをめくった。

「あった、ほら、あなたのお守りはこれね」

 アリルが開いた本のページには、ルトラの首にかかっているメダルと同じ紋章が描かれていた。


 星と鳥と麦の紋章。

「西側の国の紋にはこの形の星がついていることが多いの」

 もっとも、それらの国は今では北の大国に飲まれてしまっている。

「星は魔女の力を表しているのですって。昔は西側の国々にも魔女が多かったらしいのよね」

(昔は多かった。今はまるで聞かない。西の魔女たちはどこへ行ってしまったのだろう)


 魔女の星、自由を表す鳥と、国を支える農耕の象徴としての麦。

 それがセルヴェルの紋章だった。


「西側の国々はプリエラやロルギニスとは言葉が違っていたの。けれど今はもうセルヴェル以外はロルギニス領土になっているわね。言葉なんかも変わってしまったのかしら」


 この書庫の何冊かの本には、今はなき国のことが書かれていた。

 けれど、どれもたった数ページ。

 かつて豊かだった国が、ロルギニスという大国に逆らい、国ごと呪いに沈んでしまったということだけ。



(戻るところはない……)

 ルトラは、この城に来る道中聞いた言葉を思い出していた。



 もしかしたら、ばーちゃんの言うとおり自分はどこかの王族で、いつか他の家族が迎えに来てくれるかもしれないなんて、そんな夢を捨てきれずにいたけれど。

 もしも家族に会えたとしても、帰る国はもうない。

 けれど、それでも。



 ノヴェスト村のノトラでは到底釣り合うはずのないこの姫の腕の中で、ルトラはこれまで持ったことがなかった欲が自分の中にふつふつと沸いてくるのを感じていた。

 たとえ帰れない国だったとしても、セルヴェル王国のルトラであればプリエラ王国のアリル姫の隣にこの先もいられるのではないかと。




「ばーちゃんはセルヴェル王国のことを色々知ってたのかな……」

 静かな夜の気配と薄明かりのなかでルトラはアリルが書庫から持ってきた本のページをめくっていた。

 入れ替わりに猫になったアリルはルトラの膝の上でくつろいでいる。

 昼間も見た紋章のページと手元のお守りを見比べる。

(このお守りを作ったのは誰だろう)

 セルヴェル王国の紋章に、だれが彼女の名を彫りこんだのか。



 自分が物心ついた頃には既にばーちゃんの記憶は不安定なものだった。

 時々夜中に助けを求めたり何かを怖がることがあったけれど、もしかしたらセルヴェル王国のことを夢に見ていたのかもしれない。


 一緒にいて、セルヴェル王国の話なんて聞いたこともなかった。

 けれどばーちゃんの持ち物、古い籠の奥にあった読めない一冊の本には何が書かれていたのだろう。

 小さな俺の手を引いて、それでも手放すことなく大事に持っていた本。

 そして、ばーちゃんの日記には一体何が書かれていたのだろう。



 俺は学校には行けなかったけれど、デント爺さんが教えてくれたから一応この国の文字を読むことができる。

 けれど、ばーちゃんの書く文字を読むことはできなかった。

 そして、亡くなる少し前にはその言葉を聞き取ることもできなかった。

 そうだ、村の皆には耄碌していて文字もまともに書けないと言われていたけれどあれは。


 もともと別の言語だったのではないか。

 聞き取れなかった、読めなかった、ばーちゃんの言葉には語るべき物語が詰まっていたのかもしれない。



「アリル。俺、一度家に帰ろうと思うんだ」

 膝の上の猫は悲しそうな声をあげた。

 ルトラは微笑んで、猫の顔をそっと撫でた。

「ばーちゃんの持ってた本に、大事なことが載ってる気がするんだ」

 やわらかな青い毛並みを愛おしみながらルトラは続けた。


「この先、王妃様が戻ってきた後も俺、ちゃんとアリルのそばに居られるようになりたいんだ。だから自分がどこから来たのか知りたい。大丈夫だよ、村に戻って本を取ってくるだけだから。また誰かの馬車に乗せてもらえれば猫の姿でもそんなに何日もかからないよ。今夜もアリルが眠るまでここにいるし」


 ルトラはお守りをアリルの首にかけた。

 猫はじっとルトラを見ていた。

「アリルの目は本当に綺麗だ。夕暮れのあとの深い青」

 ルトラは愛しい瞳をじっと見つめた。

(ルトラの目は、緑の、深い深い森みたい)

 猫はルトラの手に頭をこすりつけ、あとは視線を落として静かに子守歌を聴いた。


次)王妃テイニー

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