02 ふたりの姫
前)プリエラ王国
「じゃあ、また寄りますよアリル姫」
「ええ、ありがとうパレチア。エフィカ様によろしくね」
小山の上部分をくりぬいたようにそびえる城から、青い髪の少女は旅商人を見送った。
北向きの橋の先で川に沿って道は二手に分かれている。
キラキラと水が光り、水辺の花が揺れている。
旅商人はおそらく右の道へ進み、その先の村へ寄った後、さらにその先の大国へと向かうはずだ。
やわらかな日差しと風が心地よい。
「アリル。体はいいのか?」
「ええ、今日は気分が良いわ、おじい様」
少女の青い瞳に豊かなひげを蓄えた老人が映る。
祖父代わりのドリン大臣である。
「イレアのところにか?どれ、ワシが持ってやろう」
アリルが商人から受け取った数冊の本をドリンに渡すと、小さな本が一冊すべり落ちそうになった。
「おや、これは。大陸の言葉かね?色までついて」
つまんだ本にドリンが驚いている。
「ええ、そうなの。翻訳して向こうの国で出版したのですって。私この本ちょっと変なお話って思っていたけれど、国の歴史のお話はどこもちょっと変なものだってパレチアは言ってたわ」
「はははそうかもしれんのう」
ドリンは本を持ち直し、二人は並んでアリルの姉イレア姫の部屋に向かった。
建国の魔女と、呪いの魔女、そして王に嫁いだ魔女。
三人の魔女の物語はもともとこの王国内の子どもに読み聞かせるためにつくられた墨摺りの本である。
小さな絵本の最後のページに描かれているのはアリルの両親。
王に嫁いだ魔女こそ彼女の母親である。
「まだ魔女がいる遠い異国なんてのは、アタシらの国にとってはなかなかに魅力的ですからね」
と旅商人のパレチアは言っていた。
かの国ではもう魔女は絶えてしまっているそうだ。
もっとも、こちらで絶えてしまっている精霊はあちらには少し残っているというので世界というのは不思議なものである。
どこかにはまだ幻獣が残っている国もあるかもしれないと思わせてくれる。
父である国王が亡くなって三か月が過ぎていた。
百日を待って姉のイレア姫が王を継ぐまであと少し。
とはいえ、この国では代々の王が短命なこともあり、主に四人の大臣がほとんどの国政を担っていて、王は比較的お飾りに近い。
それでも姉、イレア姫は昔から王に相応しくあろうと努力をしてきた。
勉学のみならず、体を鍛え、民の声を聞き、外の国がどうなっているのか情報を欲した。
すべて異国の言葉で書かれている数冊の本はイレアのために大陸から取り寄せたものである。
イレア姫の金の目はこの国以外の言葉も読める。
立場に相応しい魔女の力を持つ姉をアリルはうらやましく思っていた。
二人の母である王妃は人の姿を変えたり、運命の糸を見ることもできる。
この国の魔女は青い髪に金の目。
のはずが、イレアは金の髪に金の目、アリルは青い髪に青い目と少し様子が違っていた。
そして、アリルは何の力も使えない。
昔から体が弱く、三か月前の王が亡くなる頃などはアリルもずっと臥せっていたのだった。
建国の魔女の時代から長い長い時が経ち、魔女の力はどんどん弱くなり、今は王妃やイレアほどの力を使える魔女もそう多くない。
魔術師曰く、血が薄まっているからだろうとのことである。
薄まった魔女の血に、王家の呪われた血が入ったことで、体は弱く魔女の力も持たないのだというのが魔術師たちのアリルに対する見立てである。
ドリンの持つ本から流れて揺れるリボンを見ながらアリルは思った。
(『鍵の乙女の物語』の続きが届いて良かったわ。たまには姉様も息抜きしなくちゃ)
王が亡くなってからというもの、連日大臣たちと話し合っていたりと忙しそうな姉に、大陸で令嬢に人気の恋物語は癒しになるだろうと。
この本はリボンで綴じてある特徴的な装丁で、背の一番上にある結び目に布で作った花をあしらってある。
イレアは初めてこの本を手にしたときに、
「大陸ではこのような娯楽小説まで印刷製本されているのね」
と、いたく感激していた。
「娯楽小説こそ、その国の生活や表に見えない色々がわかるものなのよ!」
と、その本のあらすじをアリルに力説し、続きを強く要求してきたあたりを見るに、純粋に年頃の乙女としてこの恋物語が気に入ったのだろうなとアリルは思っている。
部屋の前まで来ると、イレアの声が響いていた。
強く非難する口調にアリルとドリン大臣は顔を見合わせた。
「それで、どうして父様が亡くなって大変なこの今!今になってなんで母様が家出してしまうのよ!あなた母様のお目付け役なのに何してたのよ!」
どうも詰められているのは魔術師のモジュのようだ。
「王妃はこのところまともに口も聞いてくださらなかったのですよ」
モジュは、王妃がまだ魔女の森で暮らしていたころからのお目付け役であり、現在も王妃付きで城にいる。
「姉様どうなされたの?」
戸を叩いてアリルが部屋に入るとモジュが項垂れていた。
「ああアリル、母様がね、一人で城を抜け出してしまったの」
「母様が?いったいどこへ?」
王妃は夫を亡くしたこの三か月をほとんど自室にこもってふさぎ込んでいた。
出かける元気が出たならばそれは良いことかと思ったが、イレアの様子を伺うにあまりよろしくない何かがあるようである。
「これが置手紙よ」
おそらくイレアが強く握りしめたせいでシワの入った手紙を受け取った。
「『やるべきことをやります』とだけ?何かしら?」
「王妃は……そもそも王妃がこの城に来たときのお役目を再びなさろうとしているのでしょう」
モジュの言葉を聞いて、イレアがため息をついた。
「ははぁ、王妃は娘たちに味方をつけようと考えたようだの」
傍らの机に本を置きながらドリン大臣が言った。
「そうだと思います。王を廃してしまおうと考える大臣も以前いましたからね」
モジュが口を添えた。
「そのうえ女の王は初めてのことじゃからの」
「女であっても私が継ぐと以前から決まっていたではないの!そもそもこの国を作ったのは魔女よ!女だわ!」
苛立つイレアにドリンが言う。
「それを反故にしようという動きも確かにある」
「王が亡くなったらあとは女だけだからってあのクソ大臣……」
魔術師の物言いがくだけると、
「モジュ、言葉に気をつけなさい」
人の振り見て正気を取り戻したイレアが静かに諭す様子を見て、アリルは吹き出しそうになった。
「この部屋におる者が振る舞いに気を付けた方がいいのは確かなことじゃ。ワシらを蹴落とそうと画策する輩がどこにおるかわからんよって」
ドリンの忠告に二人の姫と魔術師は頷いた。
「でも城に来たときのお役目ってどういうこと?この城に来たときの母様は父様に嫁ぎに来たわけでしょ?」
問うアリルに、イレアは机の上の小さな絵本を取った。
「あなたこのなれそめをそのまま信じているのでしょう?本当は少し違うのよ」
イレアの金の目は語られないこともよく見えるものだった。
「母様ね、私たちの運命の相手を探しに出かけたの」
イレアが眉間にしわを作って言う。
「なんですって!私たち母様が連れてきた人と結婚するの?」
アリルは突然のことに困惑した。
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