18 呪いの魔法石
前)第一王子の執務室
「全く、弟とは可愛いものだな」
まだ千鳥足のラフィを侍従に託して部屋に返したあと、ルシウムはラフィの報告書に目を通していた。
(やはり、この国はだいぶ遅れている……)
課題は山積みだが、そもそも王にその認識がないとどうにもならない。
「そういえば、結局これは何だったんだ?」
エフィカからという秘密の鍵は、コロンと可愛らしい形をしている。
片面にはでこぼことした文様がついていた。
不意にドアを叩く音が聞こえ、 側近の一人が声を潜めて、
「夜分すみません王子、エディーナ様からの使いがこれを」
と、一通の手紙を持ってきた。
エディーナは半ば王から奪い取って妻にしたようなものである。
王がエディーナを六番目の妃にすると言い出したのは、母である第二王妃ヴェチェレが病の床にあるときだった。
島国の姫は私より二つ年下で、子どもの頃何度か島で夏を過ごしたこともあり仲良くしていた。
「小さな島国だからといって国も姫も奪おうとは何と傲慢な!」
とソアレの国王は反発した。
当然のことだ。
美しいエディーナを、すでに何人も妃のいる実の父より年上の王にはいそうですかと差し出すはずがない。
最悪なことにそれを武力で押し通すつもりだったのだ父上は。
慌てて私が横から手を出したわけだが、父はともかく、もともとエディーナを知っている母や、ソアレの国王は喜んでくれた。
当のエディーナはどうだったろうか。
「アレよりはマシだろう?」
と言ったら笑ってくれたが、本当は心に決めた男でもいたのではないかと聞くに聞けないままである。
私は彼女に心から望まれた男ではない。
それはわかっている。
私が一方的に望んだのだ。
だからこそ大切にしたい。
父、ロルギニス王レアギンが愛したのは第一王妃のみだと母は言っていた。
その第一王妃と、はじめの姫は早くに亡くなった。
記録では魔法石の事故だったということになっている。
けれど、巷で語られているのは迫害された魔女たちによる攻撃だったという話だ。
だからこそ、王はますます魔女嫌いになったのだと。
それからの王は愛など忘れてしまったのだろうと。
愛どころか、人の心を丸々捨て去ってしまったのではないかと思うくらいだ。
ロルギニスの領土は年々広がっているがそこに住む人々のことを考えた政治が行われているとは言い難い。
王は魔女を追放しこの島をロルギニス一国で支配するのが先々代の悲願だなんだと言ってはいるが、そんなことをしたところで喜ぶのは大陸側くらいなものだ。
ロルギニスを攻めるだけでこの島が丸々手に入るならきっと今より楽だろう。
領地を広げたところで民を虐げていては国家の安泰にはつながらないのに。
今や城下でも反乱軍への加入を堂々と呼びかける者が出ているという。
そんな父に大陸から嫁いだ二番目の妃、我が母ヴェチェレは非常に厳格な人だった。
時折、その人生は何だったのかと思ったりもする。
それでも大陸の城から出たいという希望は叶えられたのだから十分だと母は言っていた。
愛されない子は力を蓄えていなければ生きていけないこともある。
だからこそ姉や私やリュゼスを厳しく躾けたと。
母が病の床にあるとき、大陸に嫁いだ姉からその厳しさに感謝する手紙が届いていた。
それを読み涙を流す姿を見たときに初めて、母が人であることを知ったような気がした。
母は常に正しく、正しいが故に自分にも周りにも厳しい人だった。
エディーナからの手紙には当たり障りの無い文章が並び、末尾にはこう書かれていた。
『気候穏やかで、作物もよく育っております』
つまり、母子共に順調であると。
エディーナが城を出る前に、この国の人間に気を許せない彼女があらかじめ決めておいた内容の手紙である。
うかつなことを書いて何かあってはと、手紙一つにすら気を遣わせてしまうのはやはり申し訳なく思う。
封筒の中には手紙の他に、小さく薄い銀の箱が入っていた。
中央に文様がついている。
「なんだこれか?」
先ほど受け取った銀の鍵を押し当てるとカチリと音がして箱が開き、中には小さくたたまれた手紙が入っていた。
手紙によると、なにやら帰りがけにエフィカ姫の見舞いに寄ったところ、姫と侍女におおむねの事情をさらりと言い当てられてしまった上、秘密の手紙箱をもらったのだとか。
これならば鍵を持つ者にしか開けられないから決めていたやり取り以外も書けると。
そういえば、エフィカ姫のところの侍女はたしか元々大陸から母のところに来た者だったはずだ。
であれば、もしかすると、このような道具も大陸ではよくあるものなのかも知れないが……いや?いやどうだろうな。
「まったく何者なのだかエフィカ姫は」
赤髪の妹をいっそ魔女だと聞いた方が納得できそうな気がしてきた。
手紙には続きがあった。
故郷に戻り、魔術師や魔女の話を聞いたと。
エディーナの国は北の小さな島国だ。
ロルギニスでは先々代の時代から魔女の迫害が続いていたため、その多くが周辺国に逃れている。
家族がもともとセルヴェル王国から逃れてきたのだという者が、呪いの魔法石はロルギニス王国に復讐するためにわざと渡したものであるという話をしたのだそうだ。
かつて、セルヴェル王国で使われ、その地を誰も立ち入ることができないものにした呪いの魔法石。
それと同じものがもう一つ、ロルギニス王国に伝わっている。
一国を呪いに沈めてしまうほどの邪悪な力を持つ石。
ロルギニスに報復しようとこの国へ入ったセルヴェルの魔術師が持っていた石だと言うが。
確かに、魔術師一人で上手くいかなかった場合に備えていたとしてもおかしくはない。
つまり、その石を今後どこかで使おうものなら、ロルギニス王国もただでは済まないと。
「やはり、使わせるわけにはいかないな。何とかして止めないと……」
ルシウムは唇を噛んだ。
長く封印されてきたその石を、ロルギニス王レアギンは今、プリエラ王国に使おうとしているのだった。
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