16 猫面の第二王子リュゼス
前)エフィカ姫の秘密の部屋
「お帰りなさいませ、ラフィ王子」
「ごきげんうるわしゅう、ラフィ王子」
ゴテゴテと飾り立てた貴族たちに囲まれながらロルギニスの第三王子ラフィは笑顔を取り繕っていた。
(みーんな似たような恰好しちゃってさ、何が面白いんだか)
この国では女たちは16で髪を結うし、男たちは髪を切る。
身に着けるものにも流行りがあり、結果、おおむね似たような姿かたちばかりになる。
大陸ではそんなことはなかった。
そもそも人や物が随分遠くまで行き交っているものだから、肌の色や髪の色などの容姿も異なるし、何歳だからこの髪型などということもなかった。
そういうものを見てしまうと、どうにもこの国の普通の、当然の髪形にするのがどうも嫌な感じがして、ラフィは国に帰っても髪を切らずにそのまま後ろでくくっている。
どうしてこの国はこんななんだろう。
年々肥大化する国土、取り込んだ地から重税をとり、一部の貴族ばかりが肥え太る姿は醜く見える。
まぁ自分だってそうだけど。
王家に生まれたというだけで良いものを食べふかふかのベッドで休み上等な服を身にまとっている。
そのうえ、海の外の異国巡りまでさせていただいた。
まことに贅沢極まりない。
それで帰ってきてこのように貴族を集めてもてなされている。
この上なくありがたいことである。
よその国を見てきて再度この国を見て浮かんでくるのは、これは長くは続くまいという思いであった。
東の大陸では、もはや王を持たぬ国も少なくない。
つまり王が民衆に首を取られるなどしている。
民の生活を苦しくしては王家も存在できはしないのに。
そのことがわかる人間がこの場にどのくらいいるやら。
多くは貴族内の地位ばかりを気にしている。
嘆かわしいことだ。
そしてこれまで何を成したわけでも、これからの展望があるわけでもない自分が情けなくもある。
などと世を儚みながら、ラフィ王子はグラスの酒を飲みほした。
ふりをした。
手袋には細工がしてあり、グラスを傾けた時に手袋の中に酒をこぼせるようになっている。
あまりにも酒に弱いラフィを案じてエフィカ姫が作ってくれた秘密道具の一つである。
飲みたくても飲めない民も多いというのにもったいないこと極まりないが、王子が酔わずに舐められずに夜会を乗り切るためにはこういうものも必要なのである。
入口付近ににわかにどよめきがあがった。
離れていてもすぐわかる。
猫の面をつけた大男が登場したからだった。
「兄さん!」
もともとリュゼス第二王子は貴族が大勢集まるような場所には滅多に来ない。
昔から碌でもない噂話や陰口を聞かされることが多かったからだ。
加えてこの数年はその容姿によるところも大きい。
「ああ、お帰りラフィ!お前にもらったこの仮面の礼を言おうと思って!」
リュゼスは産まれた時に母を亡くし、その母の実家はそれから間もなく取り潰された。
そして成長するにつれ、その容姿から王の子ではなく、すでに亡きかつての王の重臣の息子なのではと噂されるようになった。
はじめは第一王子と共に北の塔で暮らしていたが、ラフィ第三王子が産まれると子守役として西の塔に押し付けられたのである。
そしてラフィ王子の姉エフィカが髪上げをする年になると、王国軍の金狼隊に入り東の戦地へ。
そして隊員を助けて大怪我を負ったのだった。
頭頂部から目のあたりまでの肌は焼け、その痕が消えることはないという。
それ以降、ずっと目深にフードをかぶっており、華やかな場には似つかわしくないからと、いよいよ表に出ることはなくなっていた。
ちなみにこの第二王子リュゼスも、従軍したら髪を結んでいる方が都合がよかったとかなんとか言って長髪のままである。
ラフィはこれをエフィカが髪を結わないのと同じものという受け取り方をしていた。
「すまなかったな、港街まで迎えを出すはずだったんだがちょっと色々あって」
「いやいや。それより兄上、よくお似合いですよ」
パレチアに渡した時にはただの猫面だったが、それに毛の飾りががつけられている。
(傷痕も隠れてるしそれに……なるほどエフィカ姉さん経由だとこうなるのかー)
ラフィ王子は姉の仕業に感心した。
もともと、海外に様々な仮面があると聞いて、猫の面を見つけたら買ってくるようにと注文をつけてきたのもエフィカ姫だった。
「大男に面白くない仮面つけたって怖いだけでしょう?なるべく親しみやすそうな可愛いものがいいと思うの」
という姫の意図はちゃんと成功している。
フードをかぶっていた時の陰気さや高圧感はなくなり、仮面をつけているだけでそれとなく愉快な雰囲気を醸し出している。
「銀猫の皆にも喜ばれたよ」
リュゼス王子は今、城周りの警備を行う銀猫隊の隊長をしていた。
王国軍には金銀黒と獣の名を冠した隊がある。
猫の他にも先見や伝令を担う鷹や、調略に走る狐、戦闘を請け負う狼などがある。
そして金がもっとも前線に赴く過酷な部隊、つまりかつてリュゼスの属した金狼隊は最も激しい戦地へ赴く隊であった。
「気軽に付け外しができるし髪がないところのカバーまでしてくれて助かる」
嬉しそうに言う大男に、しかし周囲の貴族は若干冷ややかな目を送っている。
貴族連中はリュゼス第二王子を快く思っていない。
それというのも、この怪我を負ったとき庇ったのが田舎の農家の三男坊で、その時一緒にいたベリントス公爵の息子には怪我をさせたというのが広く知られているからでもある。
主に公爵が吹聴して回ったのだが。
もっとも当人はどこ吹く風で、なぜ公爵の息子を助けなかったのかと聞かれても、
「公爵の息子はほかの誰かが庇うだろうと思ったんだよ。それに怪我したって丁重に手当てしてもらえるだろう?」
と、逆に何を疑問に思うのかわからないと言った具合だった。
そういう人だから、ラフィ王子はこの兄を信頼している。
軍でも同様に、特に後ろ盾のない者たちを中心に、第二王子は慕われていた。
王子たちは騒がしい部屋からひんやりとした風が吹くテラスに出た。
「兄さん、城に戻る途中にパレチアと会ったんだけど、なんか港まで強制送還されてるみたいだったんだ。何か知ってる?」
「パレチアが?いや、今朝俺のところにこの面を届けてくれて……じゃあその後すぐ何かあったのか?」
「プリエラはいい国ですよって言ってたけど何だろう?」
「ああ、それは……」
リュゼスは言いかけて止めた。
「パレチアのことは調べておくよ」
(何か、あるんだな)
とラフィは思ったがそれ以上は聞かなかった。
聞いたところで何も言ってはくれまい。
「そういえば、面を買うように言ったのも、毛をつけてくれたのもエフィカ姉さんですよ」
うっかり誰かに聞かれることのないようにラフィ王子は小声で耳打ちする。
「そうか……さすがエフィカだ」
リュゼスは嬉しそうに仮面の飾りを撫でた。
「たまには会ってやってくださいよ」
「いずれな。また手紙を書くよ」
微笑むけれど、決して会いには行かないのだとラフィにもわかる。
(姉さんはずっと待っているのに。兄さんあなただって)
下の方で何やら声がする。
衛兵たちの動きが騒がしくなってきたようだった。
「何かあったんですか?」
「ああ……このところちょっと色々あってな。国に反旗を翻そうとする者たちも増えてきたので今は取り締まりを強めているんだ」
「へぇ……」
(この自分ですらこのままではまずいと思うくらいなのだから、民から見ればもっと危機感あって当たり前か)
「俺もこのあと見回りだ」
「兄さん、危ないことからは極力逃げてくださいよ」
「ああわかってるよ、邪魔したな!」
一人残されたテラスで、今までとこれからが同じではいられないことをラフィ王子は痛感していた。
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