14 第三王子ラフィ
前)ロルギニス王国
うららかな日差しの中、のどかな道を馬車が行く。
港街からロルギニス王都へ向かう道ではあるが、多くの馬車は道沿いに町や店の多い別の大きな街道を行く。
「幌もない馬車の方がやっぱり気分がいいねぇ」
「こんなのお城の方々に見られたら怒られてしまいますよラフィ坊ちゃん」
「いやぁ仕方ない仕方ない。たまたまあの町の馬車はこれしか空きがなかったんだから」
大嘘である。
開放的なものを好むこの王子が無理を言って安馬車を望んだのであった。
「まったく我儘にお育ちで」
赤子の時からそばで見守るポトシも若干呆れるほど、この王子は楽天的である。
「城に帰るとまた窮屈な生活が待ってるのかぁ」
「あなた様はこの国の第三王子なのですからね。そろそろしっかりこれからのこともお考えください」
「あ!もう一回どこか出かけようか?でももう船の旅はこりごりだなぁ」
二人は数年の間、大陸に渡っていた。
久しぶりに戻ってくる道中、船は大嵐に見舞われ、盛大な船酔いの療養に港街で数日過ごしたのちようやく王都に向かっているところである。
大陸へ行くようすすめたのはエフィカ姉さんだ。
見聞を広めることは将来の役に立つなどともっともらしいことも言っていたが、引きこもる自分の知的好奇心を満たすには可愛い弟を旅に出すのがちょうど良いと思ったのが本当のところだろう。
手紙を送るたびにアレを送れコレを送れと催促が激しかった。
今回の土産は先に王都へ向かうパレチアに託したけれど気に入ってもらえたろうか。
父上に会わなきゃいけないのは気が重いけど、やっぱり言葉に悩む必要もないし、自分の国にいるのは気が楽だな。
ポトシにも世話になりっぱなしだし、やっと帰ってきたんだから家にも帰りたいだろうなぁ。
「ポトシは5日くらい家で休むといいよ。マルカも待ってるでしょ」
「ありがたいことです。マルカにも立派になった坊ちゃんを見せてやりたいもんですよ」
ポトシの妻マルカはラフィ王子の乳母でもある。
「あ、じゃあ僕もポトシの家に」
「滅相もない。ラフィ様は城に着くまでに今一度ご自身の立場をですね……」
道は街道に合流し、馬車は王都に近づいていた。
「あれ、向こうから来るの城の馬車じゃない?」
「そうですね?」
馬車は双方止まった。
「どうして第三王子がそのような馬車に?」
「本当に王子なのか!」
向こう側の人々が騒然としている。
「あー、ええとたまたま港街の馬車がこちらしか都合がつかずこのように乗っておる次第で……」
ポトシが一番偉そうな人物に話をしている。
「王族をこんな馬車に乗せるとは何事か!賊に襲われてからでは遅いのだぞ!」
当然のように怒られているポトシを見てようやく、王族が覆いのない馬車に乗ってはいけない理由を知るラフィであった。
(ポトシごめんー。でもいかにも王族の馬車に乗るより思いもよらない馬車に乗ってた方が逆に安全だったりしない?)
あまり反省はしないタイプである。
「ラフィぼ……王子!馬車を交換していただけることになりました」
「そうか!それはありがたいなポトシ!」
ラフィは盛大な笑顔を向こう側に見せた。
「それでそちらには誰が乗っているんだ?」
「ハイハイどうもアタシですよ。ラフィの坊ちゃん」
馬車から降りてきたのはこの国では異質な、けれど見慣れた男だった。
「あれパレチア?どうしたの城の馬車なんか乗っちゃって。しかもなんか護衛いっぱいついてるし。いつもなら行きも帰りもこっちの道通らずにプリエラ経由でしょ?」
旅商人のパレチアは同じ船で帰ってきた後、先に港町を出てロルギニスに居たはずだ。
「聞いてくださいよもうアタシは……」
ラフィに近寄るパレチアを護衛の一人が止めた。
「ダメなのー?ああ、ハイハイわかりました」
パレチアは両手をあげた。
「何?どうしたの?」
「ああ、土産はちゃんとあっち経由でそっちに渡しましたからね」
パレチアは立てた指を交差した。
「ああ、ありがとうパレチア」
それにしてもどうにも様子がおかしい。
「アタシはどうかと思いますよ坊ちゃん!プリエラはいい国ですよ!」
「黙れ!」
「ラフィ王子、それでは」
パレチアは押し込まれるように馬車に乗せられ行ってしまった。
「これはどうもパレチアが何かやらかして港街まで強制送還されているようですが……」
「えぇ?何やったんだよパレチア」
「プリエラがどうとか。はて何があったのやら」
座り心地は良いが外の風も感じられない箱に乗り込んで、ラフィはプリエラ王国のことを思い出していた。
プリエラ王国には小さな頃一度行ったきりだ。
帰ったすぐあと、魔女嫌いのレアギン王が王子たちをプリエラに行かせた母上をひどく叱責し、二度とプリエラに行かせてはもらえなかった。
『これは大事な人の命をまもるのよ!』
帰りの船でも握りしめていた、あの時もらった紫の石。
革ひもがついているだけの質素なお守りを、ずっと身に着けている。
王に知られたら取り上げられるかもと思って、誰にも見せないように、ひっそりと自分だけ、ずっと大切にしている守り石。
あの時、結婚の約束をしたイレア姫。
金の髪に金の目の可愛い子。
もっとも、幼すぎてあちらはもうさすがに覚えて居ないのだろうけれど。
あのふわふわの、金色の子がずっと忘れられない。
いや、幼女趣味なわけでは決してないと思う。
母違いの妹、四番目の姫があの子くらいの年の頃にその友人のご令嬢やらが集まっている茶会に招かれたことがあるけど、そこで見たその年頃の子は皆まったくただの子どもだなという感想にしかならなかった。
ついでに、もっと歳の近いご令嬢たちにも全く心動かされはしなかった。
四番目の姫の母親、つまり五番目の妃は抜け目がないというかどうも権力を欲しがるタイプで、あのわらわらと小さなご令嬢を集めた会は、僕の見合い会場であったのだと後で聞かされて仰天したものだ。
ただ、どうも他にもやりすぎたようで、王の機嫌を損ねたのち母娘ともども辺境領地へ追いやられた。
それを聞いたうちの母上がしばらく怒り狂っていたのをよく覚えている。
王が魔女嫌いなのには理由がある。
可愛がられていた先々代の王がひどい魔女嫌いだったことも影響はしているだろうが、直接の理由は一番目の妃と娘を魔法石の事故で亡くしていることにある。
昔は今のように傍若無人な王ではなかったという話を聞いたこともあるけれど、僕が知っているのは我儘でろくでもない王だけだ。
王は歯向かうものに容赦なく、気に入らないことがあればわめき散らし物を投げつける。
そのへんの赤子と変わらないじゃないか。
いや、権力がある分脅しが加わるので赤子より質が悪い。
自分に媚びへつらうものばかりを取り立てた結果、その態度は年々悪化しているようにも思える。
そして王政の中心にはそんな王に取り入って自分だけが良い思いをしようなどという性悪ばかりが集まっている。
自分を叱る者がいなければ人はあれほど横柄になれるものなのかと血がつながっていることすら恥ずかしい。
先代の王の頭が上がらなかった先々代の王が溺愛したせいで出来上がったのがアレというから、可愛がって育てりゃいいというものではないなと思う。
それにしたって。
未だにプリエラの姫をずっと思い続けているとか、とてもじゃないけど誰にも言えない。
行けないからこそ会えないからこそ繰り返し思い続けて、僕はこれから一体どうするんだろう。
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