12 国と金の目
前)手紙
(この国は小さいのよ)
金の目の姫は壁に貼られた三枚の地図を見ていた。
一番はじめにこの部屋に貼られた地図はプリエラ王国だけが描かれたものだった。
中央の城、取り囲む湖から×字に川が伸びてその先の湖のほとりにそれぞれ村がある。
そして周囲は山に囲まれている。
かつて、城から出たことがなかった私にはこの国はとても大きく見えた。
次に貼られた地図は、周辺国も描かれたものだった。
北側半分はロルギニス王国の領土で、ここに来た王子と姫がそこへ帰っていったのだと知った。
プリエラ王国は小さくなって島の中心近くにおさまっていた。
そして陸地のまわりに海が広がっていることを知った。
南の海の先には大陸の先端が小さく描かれていた。
その後に貼られたもう一枚の地図を見たときはショックだった。
大陸が描かれた地図では、この国どころかロルギニスすら小さく見えたからだ。
大陸はこの国がある島の三つ分よりまだ大きいだろうか。
世界は広く、私はまだ何も知らないのだという事実に震えた。
それから、何度か三枚の地図は貼りかえられた。
大陸の国々も広がったり、分割されたり、いくつかの動きがあった。
そして、この島の地図を替えるたびに北の国は広がっていったのだ。
辺境の小国を飲み込んで。
今では北側だけでなく、西も東も大部分がロルギニス王国になっている。
この国は小さいのだ。
5日もあれば国を一周出来るだろう。
町と呼べるのもこの城のまわりくらいで、あとは点在する村と広い森と国を囲む山。
何と言うほどの資源もないと思っていた。
だからこそ今日まで独立してこられたのだと思っていた。
けれど。
この国の山では宝石が採掘されている。
他の国にはない独特の輝きを持つプリエラだけの宝石。
そして、大陸では今、宝石ではなく黒い石が動力源として価値を持つのだという。
これまで邪魔になっていた黒い石が大陸で求められるその石と同じなのかを今確認しているところだ。
森の木だって、湖だって、人だってすべて資源と考えれば、この国にも相当の価値があるのかもしれない。
価値のある国は大国に飲み込まれてきた。
これまではたいして価値もない国だと思われていたプリエラだって、これからはそうではないかもしれない。
そして、この国にはもう一つ別の価値がある。
魔女だ。
大陸にはもう魔女はいないという。
魔女の力をもっと活用できないか。
大きな国と渡り合う事が出来るほどに。
糸の件でなくてもそろそろお伺いせねばならないのかもしれない。
このプリエラ王国が地図に存在し続けるために。
「こんなことならあの時すぐ母様に言っておけば良かったんだわ」
けれど言えなかった。
光る糸の先を見つけて無邪気に喜んだ幼い私に、大人たちの嘲笑は言葉を失わせた。
けれど。
あの人はあの時「またね」と微笑んで手を振ってくれた。
いつかは行かなくてはと思っていたけれど。
そう、いま母様を迎えに行かなければならないんだわ。
王が亡くなった時、まだ独立を保っている南側のいくつかの国からもお悔やみとともに色々な情報がもたらされた事がありがたかった。
港を拡大して大陸との交易に力を入れている国もある。
領主たちだけでなく同行してきた従者や馬番などからも色々な情報が得られる。
旅商人のパレチアは元々大陸の王家の人間で、各国の情勢などもよく掴んでいる。
そういうところの情報はアリルがよく教えてくれる。
アリルは愛想よく人と話したり、それを要約するのが上手い。
今はとにかく猫と楽しそうにしていて正直うらやましい。
あの少年ならきっと大丈夫ね。
たった数年生まれるのが先か後かで背負うものがこうも違うかと感じる事がある。
もっとも、アリルは身体の不調を背負ってしまっているので羨ましがられても心外だろう。
それに、少女時代を城でないところで過ごした母様に比べればアリルの方が随分しっかりしていると思う。
海の先の国では王や領主が国を治めるのでないところもあるとはじめに教えてくれたのはアリルだった。
この国が王国でなくなる時、どのような方法がとれるのか。
たびたび考えてきた。
けれど、私は王にならなければいけない。
そういう運命なのだから逃げられない。
けれど。
女の王に反感を持つ大臣もいる。
かつての大臣のようにこの国を大国に売ろうと考えることだってあるかもしれない。
そして。
王政を続けるのなら、私が子を産まねばならない。
大国はたくさんの小国を飲み込んだけれど。
この島の地図の左側には黒く塗られた箇所がある。
かつて小さな国があった場所、今は誰も立ち入れない場所。
最悪の場合このプリエラが黒く塗りつぶされる可能性だってあるかもしれない。
私の糸の先が大国の王子であるなら、この小さなプリエラの未来には何が待つのか。
私はよくよく考えて行動しなくてはならないのだ。
イレアは読み終わった恋物語のリボンの先のボタンに触れた。
「物語のようにはいかないわよねぇ」
ため息をひとつ。
「はじめからもう一度読み直したい……」
けれどもう、現実逃避をしている場合ではないのだった。
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