1.プロローグ
——静寂。
俺は、ずっと暗闇の中にいた。
時間の感覚もない。ただ、どこか深い水底に沈んでいくような、意識が遠のいたままの状態が続いていた。
しかし、その沈黙はある日、唐突に破られる。
「……封印が、解ける……?」
微かに聞こえたのは、どこか懐かしい声。
遠くから響く鈴の音。かすかに感じる冷たい風。
——そして、俺の身体が「現実」に引き戻される。
次の瞬間、俺の視界を埋め尽くしていた闇が弾け飛んだ。
「……っ!!」
激しく息を吸い込むと、肺に冷たい空気が流れ込んでくる。
体が重い。まるで長い間眠り続けていたかのような、鈍い痛みが全身を襲った。
目の前には、見覚えのない遺跡が広がっていた。
無数の石柱が並び、壁には古代文字らしきものが刻まれている。
そして、俺が横たわっていたのは巨大な石造りの台座の中央だった。
「……封印が、解かれた?」
ありえない。俺はあの時、封印されたはずだった。
百鬼夜行を率い、人間どもと戦い、最終的にはあの陰陽師たちによって封印された。
そして目覚めたのは、明らかに日本ではない——異世界!?
「これは……どういうことだ?」
俺はゆっくりと体を起こし、周囲を見渡した。
だが、事態を整理する暇もなく、背後から聞こえてきた声が、俺の疑念をさらに深めた。
「っ!? い、異端者が封印の地から……!」
俺は振り向く。そこには、見慣れない鎧を身にまとった兵士たちが、驚愕の表情でこちらを見ていた。
そして、その中の一人が震える声で叫ぶ。
「間違いない……! こいつは千年前に封じられた魔王だ!!」
……は?
俺は眉をひそめた。
魔王? 何を言っている。俺は妖怪達の主ではあったが、魔王なんかでは——
「魔王が目覚めた! 討て!!」
兵士の指示とともに、無数の槍が俺へと向かって放たれた。
——チッ、問答無用で襲ってくるのかよ!!
槍が俺の身体を貫こうとする、その瞬間——俺の記憶がフラッシュバックする。
~~~~~
俺は、妖怪たちを率いていた。
河童、天狗、九尾の狐、鬼……数多の妖たちが集まり、俺を主と呼び、共に戦った。
人間たちは、俺たちを「化け物」と呼び、排除しようとした。
それでも、俺たちは誇りを持ち、この世界で生き続けようとした。
だが——
「——封印する!」
陰陽師が叫び、空を覆う巨大な術式が俺を包んだ。
「百鬼夜行の王よ……貴様の力は、この世に存在してはならない!」
——この世に存在してはならない?
そんなバカな話があるか。
しかし、俺は抗えなかった。
仲間たちは散り散りになり、ある者は封印され、ある者は討たれた。
そして俺自身も、封印されたのだ。
それが今、なぜか異世界で解かれた?
……くそっ、何が起こっている?
~~~~~
——って、今は考えてる場合じゃねぇ!
迫りくる槍を、俺は無意識のうちに手で払いのけた。
ガギィン!!
金属が砕ける音が響き、兵士たちが一斉に後ずさる。
「な、何だこいつ……!」
「馬鹿な、魔王は封印されていたはず……!」
「だから魔王じゃねぇっつってんだろうが!!」
俺は全身に力を込める。すると、久しく感じなかった妖気が体内に流れ始めるのがわかった。
俺は、まだ……生きてる。
ならば、やることは決まっている。
「妖怪達の主として、俺はもう一度、この世界で旗を掲げる!」
俺が手をかざすと、地面から黒い霧が立ち昇る。
わずかだが、妖怪たちの力を感じる。この世界のどこかに仲間たちの魂が封印されている。
ならば——
俺が、もう一度解き放ってやる!