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9話:研究所襲撃①


 カプセルに入れられた少女達が、無数の機械やセンサー類によって検査されている。

 ルーファスが驚いたのは、そこに男性や人間種がいないことだ。人類種の近縁種でありエルフや獣人などが殆どを占めていて、純粋な人間が黒龍ウィルスに犯されているのとは無かった。

 男性は一人もいない。


 完全装備をした魔剣騎士や強化兵士たちが銃を向けながら、防護服を着て調査を行う人達を見守っている。今のところ暴れる様子はなく、18歳くらいの少女達は静かにカプセルの中で眠っていた。


「彼女達はこれからどうなるのかしら」

「そうですね……貴重なウィルスサンプルですし、丁重に扱われるでしょう。少なくとも人権に配慮した扱いにはなると思いますよ」

「人権? それって何かしら? 最近できた概念?」


 ルーファスは血の女王エリザが人権を知らないことに驚いた。しかし彼女は吸血鬼であり、支配層だ。


 みんな平等で、誰でも生きて良いなんてスローガンの基本的人権という概念を、考えるはずが無いのは当然だった。

 ルーファスは言葉を選びながら呟く。


「基本的人権というのは、神祖の提案した概念で、誰でも生まれたからには自由で、法律の名のもとに平等で、社会から支援を受ける権利を有している。というものです」

「そんな概念が生まれたのね。神祖様は本当に支配者として素晴らしい方」

「はい。本当に。無論、星命炉と第二太陽の恩寵ありきではありますが、それを踏まえてもそれを独占せず、人民に配分する度量は驚きです」

「星命炉と第二太陽……この国のエネルギー源。二つのエネルギー源を使用することで無限のエネルギーを獲得できる夢のシステム」

「はい。第二太陽のエネルギーは人を進化させて、魔力のほかに異能を与える事もできますし、様々な分野で応用できると聞きます」


 ルーファスとエリザベートは待機室にある監視カメラの映像の中の一つで、一人の少女が目覚めた様子が確認できた。少女はひどく取り乱しており、まさに武装部隊に射殺されそうな勢いだった。 


 待機室のドアが開いて、一人の研究員が入ってくる。


「失礼します。騎士ルーファスとエリザ様。被検体アルファが目覚めました。そこでエリザ様に異常が無いか検査してもらいたいのです」

「ええ、分かりました。行きましょう、ルーファス卿」


 二人は、研究員に先導されながら被検体アルファのカプセルまで歩いていく。そこでは体を隠しながら、カプセルの奥で身を庇っているエルフの少女がいた。

 エリザが武装部隊の間を通って、少女の前に出て、手を翳す。


「問題ないわ。黒龍ウィルスに適合している。彼女の血を研究すればワクチンを作れるでしょう」

「そうか、ならば」


 すぐさまエルフの少女を取り押さえて、血を採取しようとする研究員達に、ルーファスは待ったをかけた。


「少し待ってほしい。彼女は怯えている。私は丈夫だから私に会話をさせてもらえないか?」


 ルーファスの言葉に武装部隊や研究員達は頷き、少し距離を取る。そしてルーファスは武器を、エルフの少女から見える位置に置いて、無防備な状態であることを示しながらゆっくりと近づく。


「私はルーファスだ。君の名前は?」

「……分からない。長い絶望の中で忘れてしまった」

「そうか、ならばアルファと名乗ると良い」


 ルーファスは片手を上げて、エルフの少女の頭を撫でる。そしてにこり、と笑って、自ら纏っていた聖騎士のマントを与えた。


「彼らは君に痛いことや、苦しい事をしない。だけど、君の身に起きた現象を解明するために協力してあげて欲しいんだ。無論、君の人権は尊重する。どうだろう?」

「貴方が一緒にいるなら」

「ああ、付き合おう。君が安心できるなら」


 ニコッと笑いかけると、アルファはポッと顔を赤くした。理想の騎士として演技を練磨されたルーファスは、肉塊にされた少女にとって特効の効果を発揮した。

 研究者達は「流石だ」と尊敬する一方で、エリザは少し眉を顰めた。


「聖騎士様、私も一緒にいてよろしいですか? ウィルスの暴走を抑えられるのは私だけですし」

「ああ、むしろこちらからお願いしたい」


 白い塔の内部、研究所の最奥に位置する隔離室へと向かう道程は、まるで無機質な迷宮のようだった。無数の金属製の廊下は、冷たく輝く表面に青白い光が反射し、足音だけが反響する。


 壁に埋め込まれたセンサーが、彼らの動きを逐一監視し、微かな電子音が空気を震わせていた。空気は消毒液とオゾンの匂いで満たされ、まるで生命そのものが排除された空間のように感じられた。


 隔離室に到着すると、巨大な自動扉が静かに開いた。部屋は純白に統一され、壁も床も天井も、まるで光そのものを閉じ込めたような輝きを放っていた。


 部屋の中央には、強化ガラスと魔力障壁で囲まれた検査エリアがあり、その中には重厚な拘束装置が設置されていた。


 装置は、黒と銀の金属で作られ、無数の細い管と光ファイバーが絡み合い、まるで生き物の血管のように脈動していた。


 被検体アルファ——黒龍ウィルスから救出された少女の一人——は、セーフティチョーカーを首に装着され、四肢を拘束ベルトで固定されていた。


 チョーカーの赤いランプが点滅し、暴走の兆候を検知すれば即座に起爆する仕組みが、彼女の命を冷酷に縛っていた。


 ルーファスは、理想の騎士の仮面を保ちながらも、内心で動揺を抑えきれなかった。この少女は、つい先ほどエリザベートの力で肉塊から解放されたばかりだ。


 美しい外見を取り戻した彼女だったが、その瞳にはまだ恐怖と混乱が宿り、時折、身体が微かに震えていた。ルーファスは彼女を見つめながら、黒龍ウィルスの恐ろしさと、神祖の技術の冷徹さを改めて思い知った。


 エリザは、静かに少女の側に立ち、研究員の指示を待った。彼女の紅い瞳には、哀れみと決意が混在していた。


「この子たちから、黒龍ウィルスを取り除くことはできるの?」


 彼女の声は低く、しかし確かな意志を帯びていた。 研究員の一人——白い防護服に身を包み、顔を覆うバイザー越しに無機質な視線を向ける男——が答えた。


「エリザ様のお力で、肉体はほぼ元の状態に戻っています。しかし、黒龍ウィルスの影響は精神と細胞レベルにまで及んでいます。完全な回復には、さらなるデータと実験が必要です。彼女たちを隔離し、検査を続けることで、ウィルスの進行を抑制するワクチンや、完全な除去方法を見つけ出したいと考えています」


 ルーファスは、研究員の言葉に眉をひそめた。


「彼女たちは、実験材料として扱われるということですか?」


 研究員は事務的な口調で答えた。


「聖騎士ルーファス、彼女たちは人類の存続に関わる重要な鍵です。黒龍ウィルスは、大崩壊の再来を引き起こしかねない脅威です。更にこの子は星と繋がる才能さえあるかもしれない。この子たちが犠牲になることで、ミッドガル、そして世界が救われるのです。ご理解ください」


 ルーファスは唇を噛んだ。理想の騎士として振る舞う彼だが、少女たちの怯えた瞳を見ると、胸の奥に刺すような痛みが走った。神祖の命令に従い、悪を討つことには慣れている。だが、目の前の少女たちが「悪」ではなく、ただの被害者であることは明らかだった。


 それでも、彼には抗う術がなかった。 エリザは、被検体アルファの額にそっと手を置いた。彼女の魔力が微かに流れ込み、少女の震えが一時的に収まった。


「可哀想な子」


 研究員は、感情を排した声で続けた。


「エリザ様、引き続き、彼女たちの体内構造の安定化にご協力をお願いします。また、ルーファス様には、この隔離室の警護を担当していただきます。万一、被検体が暴走した場合、聖騎士の力で即座に制圧する必要があります」


 ルーファスは頷いたが、その目には複雑な感情が宿っていた。


「了解しました。ですが、彼女たちが暴走しない方法を優先してほしい」


 研究員は無言で頷き、端末にデータを入力し始めた。部屋の壁に埋め込まれたモニターには、被検体アルファの生体データが映し出され、心拍数や魔力濃度、ウィルスの活性度がリアルタイムで表示されていた。


 データは無機質な数字の羅列だったが、ルーファスには、それが少女の命の重みを計る冷酷な秤のように見えた。


 隔離室の空気は重く、静寂が支配していた。拘束された少女の微かな呼吸音と、機械の低いうなり音だけが響く。


 ルーファスは聖剣を握りしめ、警護の任に就いたが、彼の心は揺れていた。


(俺は神の使徒として、悪を討つために存在する。だが、この子たちは悪ではない。ただ、運命に翻弄された犠牲者だ。なのに、俺にできることは、彼女たちを監視し、場合によっては……)


 エリザは、ルーファスの硬い表情に気づき、そっと声をかけた。


「ルーファス、貴方はこの子たちを助けたいと思っているのね?」

「もちろんです。だが、俺には神祖の命令に従うことしかできない。彼女たちを救う力は、俺にはありません」


 エリザは静かに微笑んだ。


「貴方は立派よ。神の道具として生きながら、それでも人の心を持っている。そんな貴方だから、きっと何かできるわ。私も、彼女たちを救うためにできることをするつもりよ」


 その言葉に、ルーファスの胸に小さな灯がともった。だが、すぐにその灯は、研究所の冷たい光に飲み込まれた。隔離室の扉が閉まり、三人は再び静寂と対峙した。被検体アルファの瞳が、虚空を見つめている。



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