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5話︰御前試合②


 聖都の軍事訓練場は、ルーファス、アロラ、クレアの模擬戦を前に、祭りのような熱気に包まれていた。


 神の使徒ルーファスの戦いを見るため、騎士団員や訓練兵たちが集まり、ざわめきが場を満たしていた。ルーファスはそんな衆生の視線を浴びながら、内心で意気込んだ。


(神の力を示し、使徒としての威厳を保つ。それが俺の役割だ)


「では、始めましょうか」


ルーファスは悠然と構え、聖剣を握った。


「ええ、ぜひ」


 アロラは余裕げに微笑み、魔力を漂わせた。


「痛めを見せてあげる」


 クレアは挑戦的な目でルーファスを睨み、魔剣を抜いた。 判定員の合図が響き、風船が割れるような音が訓練場に鳴り響いた。

 戦いが始まった。


「聖剣よ、福音を鳴らせ。|草薙聖剣・雷霆墜ちる世界に邪悪なし《クサナギブレード・ケラウノス》」


 ルーファスは詠唱を始めた。

 神の使徒としての彼は、通常時でも人間離れした力を発揮するが、詠唱によって神の加護を呼び覚ますことで、その力はさらに増幅される。


 聖剣を振り上げるや、雷を模したエネルギーが迸り、周囲の地面を焦がした。轟音と雷光が訓練場を震撼させ、観客たちの間に畏怖と興奮が広がった。


 この派手な破壊力こそ、ルーファスが神祖に見初められた理由の一つだった。

 異能としては「弱い」とされる光り輝く破壊エネルギー。しかし、神祖によって底上げされた出力とパラメータを加味すれば、最上位の敵にも通用する力となる。


 軍事訓練場を破壊しないよう手加減していたが、その一撃だけで、観客たちは神の使徒と神祖の力を直感的に理解した。敵なら恐怖し、味方なら崇敬する——それがルーファスの存在意義だった。


「凄い力。今度は正面から防いでみようかしら」


 アロラは軽い口調で言った。


「貴方、正気!? あの火力を正面から浴びたらただでは済まないわよ!?」


 クレアは驚愕の声を上げた。


「大丈夫よ、不老不死ですもの」

「これだから化け物連中は!」


  クレアの叫びに、アロラは笑いながら彼女を抱えて素早く退いた。ルーファスの雷撃を回避しつつ、アロラは興味を掻き立てられていた。一方、クレアは恐怖を覚えながらも、隙を狙う戦術を選んだ。


「さぁ、もう一度。私に向けて撃ってみて」


 アウロラは挑発するように言った。


「次は火力を上げます。気をつけて」


 ルーファスは二撃目を放った。雷の奔流がアロラを直撃すべく唸りを上げた。だが、厄災の魔女の名は伊達ではない。

 アロラは無数の黒い魔力を津波のように展開し、雷撃を迎え撃った。激しい爆発が訓練場を揺らし、衝撃波が観客席にまで届いた。


 彼女の魔力は、世界を滅ぼすほどの莫大な量と質を誇る。アロラ自身、原初の人類の一人であり、黒龍すら彼女の劣化コピーに過ぎない存在だった。 だが、そのアウロラが目を見開いた。


「嘘、貫通された?」


 彼女の体は、雷撃によってところどころ焼き砕かれ、崩れ落ちていた。不老不死の体は即座に再生したが、魔力の津波で相殺しきれなかった事実に、彼女は驚愕を隠せなかった。


「どれだけ高出力なの。しかもこれで手加減って。神祖様もやり過ぎよ」


 アロラの声には、感嘆と苦言が混ざっていた。ルーファスは、単なる神の使徒を超えた存在だった。

 彼は現行最新型の生物兵器——神祖が作り上げた、量産可能な戦力の象徴だった。


  ルーファスの強さは、才能ではない。凡人である彼が神祖に見出されたのは、その凡庸なメンタルと容姿ゆえだ。

 神の力を付与された彼は、兵器としての理想を体現していた。頑丈で、扱いやすく、量産可能な戦力。それを広告塔として示すことで、神祖は自らの技術力と支配力を誇示していた。

  アウロラは、ふと複雑な感情に囚われた。


(ルーファスくん。貴方は……)


  彼には才能がない。神の使徒として活躍できるのは、神祖から与えられた力によるものだ。だが、広告塔としての役割を果たす彼の努力——その細やかな積み重ねは、誰にも評価されない。


 衆生は彼を「元々優秀だった英雄」と見なし、与えられた力だけを称賛する。彼の苦悩や努力は、煌びやかな栄光の影に隠れてしまう。


 アウロラは、世界を滅ぼせる超越者として、ルーファスの孤独を垣間見た。悲しく、辛い——彼女はそんな彼を応援したいと思った。


 その時、ルーファスとクレアは近接戦に移っていた。雷を封じ、剣技だけで戦うルーファスに対し、クレアは魔剣を振るう。剣術ではクレアが圧倒していた。


 彼女の技術は、才能と長年の鍛錬の結晶だった。だが、ルーファスの基礎ステータスの高さが、彼女を強引に押し潰していた。


「くっ、強すぎる……! 剣では圧倒しているはずなのに!」


 クレアは顔を顰め、叫んだ。


「アロラ!」

「ええ、クレアちゃん!」


 アロラが動いた。彼女の魔力がクレアに注がれ、クレアの基礎性能が飛躍的に上昇した。巨大な魔力を纏ったクレアは、一気に間合いを詰め、ルーファスの聖剣に魔剣を叩きつけた。


「くっ、ステータスでは圧倒しているはずなのに!」


 ルーファスは歯を食いしばった。クレアの剣術は、明らかに彼を上回っていた。それは才能であり、彼女が剣に捧げた時間の証明だった。


 ルーファスが国のために戦い、広告塔として振る舞う間、クレアはひたすら剣を磨いてきたのだ。


「しかし、負けるわけにはいかない! 彼らが見ているのだから!」


  ルーファスは見栄と使命感に突き動かされた。聖剣を解放し、雷が広がる。巨大な爆音と共に、訓練場が震撼し、クレアとアロラは衝撃に耐えきれず気絶した。 ルーファスは静かに剣を収め、観客たちに向かって礼を行った。


 訓練場は歓声に包まれた。だが、彼の心は、依然として空虚だった。


(これが俺の役割だ。神の力を示し、衆生を導く。みんなに凄い姿を見せて、信仰を集める。俺はそれが役割だ。大丈夫)


 ルーファスは自らの役割への自信が揺らぎながらも、それでも不安を飲み込んで、仕事に殉じた。

 夜、アウロラは神祖のもとへ向かった。アロラは世界を滅ぼす有力者なので神祖と謁見する手段があった。


 アロラは静かに神祖の前に立っていた。

 聖都の片隅、薄暗い回廊の奥にある神祖の私室は、簡素ながらもどこか荘厳な雰囲気を湛えていた。彼女の深紫の髪が、窓から差し込む淡い光に揺れる中、彼女は口を開いた。


「神祖様、少し良いかしら?」


 少年の姿をした神祖は、まるでその言葉を予期していたかのように微笑んだ。


「アロラか。そろそろ来ると思っていたよ。用件はたぶん、ルーファスの仲間に君とクレアを選んだことだろう?」


 アロラは一瞬、目を細めた。神祖の洞察力は、いつも彼女を軽く苛立たせる。だが、彼女は冷静に言葉を続けた。


「私はわかる。だけどクレアちゃんは分からないわ。彼女は精神も戦力も何も持っていない。ただの優秀な魔剣騎士よ」


 神祖は小さく笑い、椅子に腰を下ろした。その仕草は、まるで子供のような無垢さと、数千年の経験を重ねた老獪さを同時に漂わせていた。


「そうだね。だからこそ良いんだ。未熟な精神性と高いプライドはルーファスの良い刺激になる。それに弟に優しい部分もあるように、情けない男を助けたくなる性質もあるから、ルーファスには相性ばっちりだろう」

「彼が弱音を吐いたら腕を掴んで奮い立たせてくれると?」

「そうなるよ、きっと。方法はどうあれ、ルーファスが弱った時に前を向くきっかけになる。それは君も同じだけどね、アロラ」


 意外そうにアロラは首を傾げる。


「私? 彼の戦力的なサポート? 細かい攻撃とか苦手そうだし」


 神祖は首を振った。


「そうだけど、メンタルの話さ。君もルーファスに情を抱いている。母親が息子を見守るような庇護欲を」

「…………私にルーファスのママをやれって?」


 アロラの声には、明らかな戸惑いと反発が混ざっていた。


「そうなる。僕たちみたいな超越者は『頑張る人間』に弱い。分不相応だったり、現実的に可能不可能関係なく、『頑張る人間』にすごく弱いんだ。立派な人間に弱いっていうのかな。良くも悪くも手を出したくなる衝動に襲われる」

「そうかしら? 私はそう思ってないけど」


 アロラはそっぽを向いたが、その声には僅かな動揺が滲んでいた。 神祖は彼女の心を見透かすように、静かに続けた。


「そうかな?  神の操り人形でありながら、勇猛果敢で理想的な騎士をするルーファスに同情しなかったかい?  彼の心を考えは本当にしなかったかい?  そして、悲しい未来にならないように助けたいと本当に思わなかったのかい?」

「…………お見通しってことね」


 アロラは苦笑し、観念したように肩を落とした。


「頑張る人間は立派だし、尊い。だけどそれができない人間が大多数であることを超越者は知っている。だからこそ、優しさであれ、誠実さであれ、強さであれ、必死に生きる人間に関わらずにいられない。何故ならば僕らはそんな者達が目指すことが簡単に出来るからだ」

「だから私がルーファスを支える、と?」

「優しく、甘えさせ、抱きしめる。それだけで良いんだ。女性の優しさと、それができる女性の強さは素晴らしいと僕は思うから」


  アロラは一瞬、遠い目をした。


「貴方も、甘えた人がいたの?」


 神祖の瞳に、僅かな哀愁が宿った。


「いたね。大好きな人だった。共に生き、共に笑い、共に苦しみ、そして僕を残して逝ってしまった。あの人に出会ってから操を立てて、それ以降女性と関係は持たなかったくらいには、今も愛しているよ」


 その言葉に、アロラは静かに息を吐いた。神祖の人間らしい一面に、彼女はどこか心を動かされた。


「…………貴方に仕組まれているのは嫌だけど、ルーファスくんは関係ないものね。彼も頑張っているし、そこは別に考えないと」

「そうだね、ルーファスは逸材だよ。衆生を導く広告塔として仕事を全うしてくれている。悪いことをしないで、仕事を全うし、国に貢献する。素晴らしい人物だ」

「本人が鬱屈とした精神をしていても?」

「そこで君たちだよ。クレアで刺激し、アロラで癒す。飴と鞭だ。そういう風にチームを考えた」


 アロラは小さく舌打ちし、ため息をついた。


「本当に老獪ね……はぁ、嫌だわ。こんな子供に負けるなんて癪だわ」

「ははは、これでも数千数万生きた人間なんだけどね? 君は原初の人類とはいえ封印期間があるから経験や知識もそこまで重ねてないだろう」

「痛いところを突くわね」

「不老不死が自殺したり、封印されようとしたりするなんてね。僕らからすればメンタルが弱すぎるとしか言えないよ。不老不死の利点は試行回数を稼げるところだろう?  次があるのが不老不死で、だからこそ成長を止めないのが不老不死の真骨頂だ」


  アロラは自嘲気味に笑った。


「私は自分のことを人間だと思ってしまったから、自殺や自己封印を考えたのね。不老不死なのに、精神が止まってしまった。進むことをやめてしまった」

「じゃあそれこそルーファスのママをしてあげてよ。ルーファスはパンピーだからね。優しい女性の愛が必要なのさ」


 アロラはしばらく黙り込み、考え込むように目を閉じた。やがて、彼女は小さく頷いた。


「そうね、少なくともルーファスが嫌な人間にならない限り、支えるわ。貴方に翻弄された同士としてね」


 神祖は満足げに笑った。


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