29:平和への旅
ミッドガル聖教皇国の中央聖堂、最上階に位置する謁見の間は、広さ500平方メートルを超える巨大な空間だった。
床は黒曜石を磨き上げた鏡面仕上げで、足音が硬く反響する。天井は高さ30メートル、全面ガラス張りで、外界の光が差し込むが、特殊な偏光処理により内部の光景は外部から見えない。
壁面には、聖教皇国の紋章である双頭の鷲が金箔で刻まれ、間接照明がその輪郭を浮かび上がらせていた。
中央には、直径10メートルの円形テーブルが置かれ、表面に埋め込まれたディスプレイパネルが、世界地図やデータグラフを投影する準備が整っている。 ルーファス、アルファ、クレアの三人は、テーブルの前に直立していた。
ルーファスは、白の軍服に金糸の装飾が施されたマントを羽織る長身の青年。
アルファは、灰色の制服にデータパッドを携えた中肉中背の女性。
クレアは、赤い革製の戦闘服に細身の剣を佩いた魔剣騎士の少女。
部屋の奥、少年神祖が座していた。見た目は14歳程度の少年だが、その瞳には異常なまでの知性が宿る。
白いローブに身を包み、背後の壁に投影された聖教皇国の紋章が、彼の存在を一層際立たせていた。
「ジェノバ災害の影響は、予想以上に深刻だ」
少年神祖が操作パネルに触れると、中央ディスプレイに世界地図が浮かび上がる。
東大陸沿海部に集中する赤い円、内陸部の黄色マーカー――飢饉と疫病の証。
映像が切り替わり、崩壊した都市、避難民、医療テントの負傷者。無音で流れる無機質な現実。
「各国エージェントの通信途絶率は30%超。情報精度低下。ジェノバ完全殲滅未達。終末装置出現リスク増大」
少年神祖の声は、感情を排した報告書。
ルーファスは姿勢を正し、アルファはデータ入力、クレアは眉をわずかに動かす。
「均衡は監視と介入の結果。ジェノバ災害はそれを破壊。ライフライン崩壊で他国統治機構麻痺。我が国自給自足だが、他国の混乱は時間の問題」
沈黙。三人の顔を見回し――「ルーファス、アルファ、クレア。君たちには世界復興支援使節団として各国を巡り、復興支援を展開してもらう。表向きの任務だ。真の目的は、復興停滞国の統治機構に秩序をもたらすこと」
ルーファスが口を開く。
「内政干渉を伴う他国掌握の任務、ということですか」
「その通り。だがルーファス、君は英雄騎士として派手な復興支援に専念。表舞台で注目を集めろ。裏は専門チームが処理する」
「了解しました」
少年神祖の視線がアルファとクレアへ。
「質問は?」
アルファは首を振り、クレアが一歩前へ。
「私、この任務に必要ですか? エリザベートのような吸血鬼の方が、魅了能力で人心掌握に適しているはずです」
少年神祖は小さく笑う。
「エリザベートやアロラは裏の任務に割り当て済み。『血の女王』『厄災の魔女』の悪名は表舞台に不向き。
君は魔剣騎士としての実績あり。ルーファスの英雄イメージ、君の戦闘力、アルファの調整能力――この組み合わせが最適」
クレアは頷き下がる。アルファが手を挙げる。
「各国秩序化に異論なし。だが復興後の統治は? 異なる宗教・文化の支配は我が国に負担。革命後のロベスピエール的な混乱のリスクは?」
少年神祖の表情に満足が浮かぶ。
「良い質問だ。統治は各国に委ねる。我々は復興支援と必要最低限のバックドア設置に留める。
ジェノバ・終末装置リスク増大のため強引な手段も必要。だが使節団は純粋な復興支援に集中。現政権を軸にライフライン復旧を進めて」
「御意」
翌朝:中央飛行場 汎用輸送型航空戦闘空母「クジラ」が駐機。
全長200,000m、幅8,000m、灰色装甲に白の聖教皇国紋章。
4基の第二太陽・星命エネルギー複合タービンが低く唸る。 搭載物資50,000トン、乗員20,000名。
レーザー砲塔、対空ミサイル、電磁シールド完備。
マッハ1.8、航続距離100万km。
機内乗員区画――2,000m四方の空間に革張り座席が整然。ルーファスは窓際の席で、コンテナ運び込む作業員たちを眺める。
食料、医薬品、星命炉、浄水装置。
作業員、整備士、管制官――それぞれの役割が連鎖し、一つの目的へ。
ルーファスの胸に、静かな満足感が広がる。
この旅が、平和のための第一歩だと信じて。




