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25話:人間の基本性能

 ミッドガル聖教皇国の物流は、冷酷な効率と神聖な暴力の融合によって支えられている。

 その中心に君臨するのが、超超遠距離加速射出装置だ。 この装置は、古代遺跡タワーの旧世界技術、マストドライバーの末裔であり、単純な原理で動く。


 巨大な鋼鉄の箱に物資を詰め込み、電磁加速と重力制御の複雑な機構を通じて、音速の数十倍で虚空へと弾き飛ばす。


 空気は裂け、大地は震え、輸送物資は目的地に瞬時に到達する。箱の中では、精密機械も食料も、聖教皇国の威信を象徴する聖遺物も、等しく暴力的な加速に耐えるようにされている。


 この装置の運用には、聖教皇国の非情な合理性が色濃く反映されている。


 物資を守る箱は、ナノカーボンと聖別された合金で作られ、内部は重力緩衝フィールドで保護されているが、完全ではない。 荷物は目的地に到達するまでに、分子レベルで再構成されるほどの衝撃を受けることもある。それでも、聖教皇国は「神の意志」を理由に、損失を許容する。


 なぜなら、輸送の成功率は99.7%――神の完璧さに限りなく近いとされるからだ。そして、この装置の最も異様な運用法は、神の使徒ルーファスにまつわるものだ。 ルーファスは不老不死の肉体を持ち、聖教皇国の絶対的執行者として畏怖される存在。


 人間の限界を超えたその身体は、加速射出装置の内部に「荷物」として放り込まれ、緩衝材もなしに射出される。


 ルーファスの肉体は、加速の衝撃で骨が砕け、筋繊維が裂け、内臓が液状化しても、到達地で瞬時に再生する。


 彼の意識は、痛みと無の狭間で揺れ動きながら、聖教皇国の命令を遂行する。ルーファス自身は奥歯を噛み締めながら、表情を保つ。


 装置の起動時には、聖堂のような制御室で聖職者たちが讃美歌を唱え、電磁コイルの唸りが神の怒号のように響き渡る。


 射出の瞬間、装置の周囲では空気がプラズマ化し、青白い稲妻が走る。遠くの民はこれを「神の槍」と呼び、空を裂く光を拝む。だが、その光の裏では、ルーファスの肉体が一時的に崩壊し、物資が分子の嵐に晒される。 成功も失敗もすべて神の意図に帰する。


 このシステムは効率と信仰が共鳴し、個の苦痛は無視される。


(痛いのホントやめて欲しい。純粋に辛い)


 神祖とルーファスは飛翔する箱の中で、不老死や超速再生の際痛覚制御についての議論が交わされていた。 ルーファスは戦闘における痛覚の必要性に疑問を抱き、その意義を問う。


 一方、神祖は痛覚が単なる感覚以上の深い意味を持つことを、独特の口調で説明していく。


「なんで痛覚制御で、痛覚そのものを消さないんですか? 戦いで不利だし、不老不死で超速再生するから痛覚が戦闘においてメリットになること無いじゃないですか」


 ルーファスの問いは直球だった。

 不老不死である彼の視点では、痛覚は戦闘の妨げにしかならない。特に不老不死の肉体と超速再生の能力を持つ彼にとって、痛みは無意味な足かせに思えたのだ。


『あー、痛覚制御……というか感覚を減らす方向性のアプローチは人格に大きな悪影響を及ぼす。無痛症患者が近い例でね。感触や痛み、温度の表在感覚と、肉体の動きや位置を報告する深部感覚。それらが減ったり無くなるとどうなると思う?』


 神祖の声には、どこか余裕と含みのある響きがあった。彼はルーファスの疑問を軽く受け流しつつ、痛覚や感覚の喪失がもたらす影響について、医学的かつ哲学的な視点から話を展開する。


 無痛症患者を例に挙げることで、感覚の欠如が単なる不便さ以上の問題を引き起こすことを示唆していた。


「触っても感じないし、食べても味がしない。まぁ、我々と違って、生活に気を遣う必要があるから疲れる、とか」


 ルーファスは神祖の問いに、感覚の喪失が日常生活に与える影響を想像して答えた。彼の答えは現実的で、感覚がないことによる不便さを中心に据えている。だが、彼の言葉にはどこか他人事のような響きがあり、感覚を失った本人の内面的な体験までは及んでいない。


「その通り。そして、それは感覚があるから言えることであって、体感している本人は別のベクトルの話なんだよ。一言で言えば、何も得られない、ということだ」 


 神祖はルーファスの答えを肯定しつつ、さらに深い視点へと導く。感覚の喪失は単なる「不便」ではなく、人生そのものから「実感」を奪うものだと強調する。


 この「何も得られない」という言葉には、感覚が人間の存在や生きる意味にどれほど深く関わっているかが込められていた。


「何も得られない? 体の一部が物理的に無い人と比べればだいぶ優しいとは想いますが」


 ルーファスの反論には、彼の合理的な思考が垣間見える。身体の一部を失うことに比べれば、感覚の喪失はまだマシだと考える彼の言葉には、聖騎士としての冷徹さと、どこか純粋な疑問が混在していた。


『得られない、刺激がない。実感が湧かないんだ。まさにルーファスも同じ事を思って悩んでいなかったかい? 神から与えられたもので成功したけど、現実としてそこにあるのに自分のものとして感じられない。そこらの自己嫌悪とかは色々と違う部分はあるけど、ルーファスの体験した空虚感は似ていると思うね』


 神祖はルーファスの過去の経験を引き合いに出し、感覚の喪失がもたらす「空虚感」を説明する。ルーファスがかつて感じた、自分の力や存在に対する疎外感や空虚さ。


 それを感覚の欠如による空虚感と重ね合わせ、感覚が人格や生きる実感にどれほど重要かを訴える。神祖の言葉は、ルーファスの心の奥底に触れるものであった。


「空虚感……自分が操られている感覚や、見ているだけ、自分の主体性が失われている状態ということですか?」 


 ルーファスは神祖の言葉を咀嚼し、自分の理解で言い換える。彼の言葉には、感覚の喪失が単なる肉体的な問題ではなく、自己の主体性や存在感そのものに関わる問題であることを捉えた様子がうかがえた。


『概ねその通り。そしてそうなると、刺激がなく、空虚な人生を送る神の使徒は鈍くなる。戦闘もそうだし、日常生活も感情が失われていく』


 神祖はルーファスの理解を認めつつ、感覚の喪失が戦士としての鋭さや人間としての感情を徐々に削いでいく危険性を指摘する。戦闘における反応の鈍さだけでなく、感情そのものが希薄になることで、ルーファスが「神の使徒」としての役割を果たせなくなる可能性を示唆していた。


「なるほど。そうすると利用価値は無くなると」


 ルーファスの言葉は冷たく、道具としての自分の価値を冷静に評価するようだった。だが、その底には、神祖の言葉を受けて自分の存在意義について考える複雑な感情が潜んでいるようにも見えた。


『その通り。まぁ戦闘モードと日常モードで切り替えれば良いんだけどさ。能力を基準値から発動値に切り替える詠唱をスイッチとして。それだと日常モードで奇襲を受けたときに対応くれるんだよね。なんというか、どれだけ強化されても、デフォルトで搭載されている制御システムの質は高いと僕は思うよ、ホント』


 神祖は一つの解決策として、戦闘と日常で感覚のモードを切り替える方法を提案する。しかし、同時に人間の「制御システム」。


 つまり生まれながらに備わった感覚や自己制御機能—の優秀さを強調する。強化された能力を持つルーファスに対しても、元の人間の設計が持つバランスの良さを認め、どこか人間への愛着を感じさせる口調だった。


「特にバランス制御あたりは優秀そうですね」

『そうそう。筋力とか視力とか……あとは頭脳は盛れば良いんだけど、それらを統括して一定の水準でバランスを取るのは良くできているよ。そりゃあ壊れやすくもあるけどさ、精密機械を丁寧に扱わないと壊れるのは当たり前の話さ』


 神祖の言葉は、人間の身体や精神が持つ精妙なバランスを称賛しつつ、その脆弱さも認めるものだった。精密機械に例えることで、ルーファスに人間の設計の素晴らしさと、それを丁寧に扱う必要性を伝えた。


 会話は、ルーファスの疑問から始まり、人間の感覚や存在の本質についての深い洞察へと広がっていった。

 ルーファスと神祖の会話は、痛覚制御の議論からさらに進み、彼の戦闘者としての可能性と能力の使い方へと移っていた。


 ルーファスは自らの力をどう活かせば強くなれるのか、戦士としての成長に強い関心を示す。一方、神祖はルーファスの特性を最大限に引き出す方法を、独特の軽妙さと確信に満ちた口調で語る。


「自分も上手く動かせれば、強くなれますかね」


 ルーファスの言葉には、戦士としての向上心と同時に、どこか自分の力を完全に掌握しきれていない不安が垣間見えた。神の使徒として特別な力を与えられた彼だが、その使い道を模索している様子が伺える。


『君に神の使徒として力を与えたけど、現行の第三世代型のコンセプトである汎用広報担当モデルとしては、少し力を多く与えた。エネルギー出力とエネルギー量を増やした、派手に戦えることが大切だからね』


 神祖の答えは、ルーファスの存在が単なる戦闘者を超えた特別な役割を持つことを示唆していた。

 「広報担当モデル」という言葉には、ルーファスが戦場での強さだけでなく、象徴としての派手さや存在感を求められているニュアンスが込められている。


 神祖の口調は軽やかだが、その裏にはルーファスの能力設計に対する明確な意図が感じられた。


「なるほど、因みに第三世代型のコンセプトは?」


 ルーファスは神祖の言葉に興味を引かれ、第三世代型の詳細を尋ねる。彼の質問には、自身の能力をより深く理解し、戦士としての役割を明確にしたいという意欲が滲んでいた。


『第三世代は汎用性。第一世代は戦闘特化、第二世代は惑星環境整備能力だね。で、出力とエネルギー量が多いルーファスは、下手な技術を使うより無尽蔵のエネルギーと高出力エネルギーを雑に連打した方が強い』


 神祖は、歴代の神の使徒のコンセプトを簡潔に説明し、ルーファスの特異性を強調する。


 第一世代が純粋な戦闘力、第二世代が環境適応や創造に特化していたのに対し、第三世代は多様な状況に対応する汎用性が特徴だ。


 しかし、ルーファスはその枠組みから外れ、圧倒的なエネルギー量と出力で「派手に戦う」ことを重視した設計だと明かす。


 神祖の言葉には、ルーファスの力を最大限に活かすには複雑な技術よりも単純で豪快な戦い方が最適だという確信があった。


「大軍を一掃とか、強いモンスターとの戦いでは良いのかもしれませんが……聖都や人質救出などの細かい戦いではあったほうが」


 ルーファスは神祖の説明に納得しつつも、自身の能力が持つ限界を冷静に指摘する。大軍や強敵との戦いでは圧倒的なエネルギーが有効だが、精密な操作や繊細な状況、例えば聖都での戦闘や人質救出—では、細やかな技術が必要だと感じていた。


 彼の言葉には、戦士としての柔軟性や状況に応じた対応力を求める姿勢が表れている。


『そんなの高出力纏って殴る蹴るすれば良い。剣も使わなくて良いよ。無尽蔵の高出力エネルギーで肉体性能を高めて殴り殺せ』


 神祖の返答は、ルーファスの懸念を一蹴するような豪快さだった。複雑な技術や剣術に頼るのではなく、ルーファスの圧倒的なエネルギー量を活かし、純粋な力で敵を圧倒する戦い方を推奨する。


 神祖の口調には、ルーファスの能力を信じ、単純明快な戦法こそが彼の真価を発揮すると確信する様子が滲んでいた。


「その手がありましたか!」


 ルーファスの声には、驚きと同時に新たな可能性に気付いた興奮が混じっていた。

 神祖の提案は、彼がこれまで考えていた戦い方の枠組みを突き破るものだった。複雑な技術を磨くよりも、自分の持つ「無尽蔵のエネルギー」を最大限に活かす戦法に、ルーファスは新たな自信を見出したようだった



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