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24話、:見ないでほしい、鍍金の英雄の姿を


 黒雲が空を覆い、大地は死の瘴気によって毒されていた。


 かつての戦士、農夫、貴族、異能能力者――あらゆる魂がジェノバの邪悪な魔術によって蘇り、精神を支配された死者の軍勢として世界を蹂躙していた。


 彼らは異能の兵器と化し、死者の陸軍、黒煙を吐く魔獣、天空を覆う幽霊船の艦隊となって、文明の灯を消し去ろうとしていた。

 絶望が人々の心を蝕み、希望は風前の塵と化している。


 その時、天を裂く雷鳴が轟いた。

 稲妻が黒雲を切り裂き、大地を照らし出す。

 雷光の中、荘厳な姿が現れた――神の使徒、ルーファス。


 彼の鎧は白銀に輝き、星々の光を凝縮したかのようだった。背には光の翼が揺らめき、風を巻き上げて聖なる波動を放つ。


 手に握るは、聖剣。

 その刃は雷霆と共鳴し、青白い電光を纏って脈動していた。剣の表面には古代のルーンが刻まれ、触れる者を浄化する神聖な力が宿っていた。


 ルーファスが一歩踏み出すと、大地が震え、瘴気が後退した。彼の存在は、神が地上に遣わした裁きの化身そのものだった。


 戦場に集う魔剣騎士と強化兵士たちはその姿に息を呑み、平民たちは膝をついて祈りを捧げた。

 子供たちは目を輝かせ、老人たちは涙を流しながら囁いた。


「神の使徒が来た。あれは世界を救う光だ」


 雷霆の裁きと死者の終焉が顕現する。

 死者の軍勢は、ジェノバの呪縛によって統制された無機質な動きでルーファスに迫った。

 死者は鉄槌を振り上げ、腐敗の息吹を吐き、闇の砲撃を放った。だが、ルーファスは動じなかった。

 彼の瞳は、神の意志を宿した炎のように燃え、一切の恐れを寄せ付けなかった。


「邪悪を祓え、聖剣。神の名を知れ」


 ルーファスの声は雷鳴よりも雄大で、戦場全体を震撼させた。彼が聖剣を掲げると、天が応えた。黒雲が渦を巻き、天空から無数の雷霆が降り注ぐ。


 それは単なる自然の力ではなかった。雷は意志を持ったかのように死者の軍勢を的確に捉え、一閃ごとに死者を砕き、焼き、粉砕した。


 雷光は弧を描き、地面を焦がし、瘴気を一掃した。草薙の剣が振るわれるたび、神聖な光の波動が広がり、触れた敵は瞬時に消滅した。

 戦場は光と闇の激突の舞台と化した。


 ルーファスの周囲には、雷霆が螺旋を描き、神の怒りを象徴する光の柱がそびえ立っていた。その光はあまりにも眩く、死者の軍勢を焼き尽くすと同時に、戦場を聖域へと変えた。騎士たちはその光景に戦慄し、平民たちは神話の再現を目の当たりにしたと信じた。


「まるで天上人が地上に降り立ったようだ……」


 一人の魔剣騎士が呟き、隣の強化兵士は頷いた。彼らの鎧は雷光に照らされ、ルーファスの神聖な力の一部であるかのように輝いた。

 平民の子供は、母親の手を握りながら叫んだ。


「見て、お母さん! 神様が戦ってる!」


 終焉の巨神との対決死者の軍勢の中でも特に恐るべき存在が現れた。ジェノバが操る死者の一人「終焉の巨神」――山のように巨大な鋼の怪物だ。


 その体は腐敗した魔力で黒く染まり、触れるもの全てを溶かす黒霧を放ち、咆哮するたびに大地が裂けた。巨神の目は赤く輝き、ジェノバの邪悪な意志を宿していた。


 それは死者の軍勢の総力を結集した最後の切り札だった。ルーファスは巨神を見据え、静かに剣を構えた。風が止み、戦場は一瞬の静寂に包まれた。騎士も平民も息を呑み、その瞬間を凝視した。

 ルーファスが口を開いた。


「汝の罪は重い。神の雷霆は、如何なる闇も貫く。悔い改める時間すら与えない。永遠の滅びを与えてやる」


 その言葉と共に、彼は聖剣を天高く掲げた。

 天空が裂け、未だかつてない巨大な雷霆が降り注いだ。それは天の門が開き、神の怒りが地上に解き放たれたと錯覚させる。


 雷光は巨神を直撃し、その装甲を貫き、魔力を爆散させた。黒霧は一瞬で消え、巨神は断末魔の咆哮を上げて崩れ落ちた。

  その衝撃は地響きとなり、戦場全体を揺さぶった。神話の具現と民衆の信仰戦いが終わり、死者の軍勢は一掃された。


 戦場にはもはや瘴気も敵も存在せず、ただ清らかな風が吹き抜け、陽光が大地を照らしていた。ルーファスの背後には、雷霆の残滓が虹のように弧を描き、空に神聖な輝きを残していた。


 彼は剣を収め、静かに戦場を見渡した。その姿は、神話の英雄が現世に降り立った瞬間を思わせた。


 丘の上では、生き残った魔剣騎士たちがルーファスに跪き、忠誠を誓った。年老いた魔剣騎士は涙を流し、若き強化兵士は剣を握る手に力を込めた。平民たちは彼を讃える歌を即興で作り、子供たちはその姿を絵に描いた。


 ある農夫は呟いた。


「我々は神の奇跡を見た。あの男は、希望そのものだ」 


 別の女性は子供を抱きながら言った。


「これで世界は救われた。ルーファス様は我々の希望だ」


 歴史家たちはこの戦いを「雷霆の審判」と名付け、ルーファスを「神の使徒」「雷の聖者」として記録した。

 吟遊詩人は彼の偉業を歌にし、寺院では彼の名を刻んだ聖堂が建てられた。だが、ルーファス自身は称賛を求めなかった。


 彼は静かに次の戦場へと歩みを進めた。その背中は、神話の続きを紡ぐために旅立つ英雄そのものだった。民衆と騎士の視点騎士たちの間では、ルーファスの戦いは戦術を超えた神聖な出来事として語られた。


 あるベテラン魔剣騎士は、若者にこう語った。


「我々が剣を振るうのは、ルーファス様の意志を継ぐためだ。彼の雷霆は、俺たちの魂に火を灯した」


 平民の間では、ルーファスは神そのものと見なされた。市場では、彼の姿を模した小さな偶像が売られ、子供たちは「雷霆の聖者ごっこ」をして遊び始めた。


 老人たちは、かつての神話に登場する英雄たち――例えば太陽神の化身や星辰の騎士――とルーファスを重ね、語り継いだ。


 特に印象的だったのは、戦場近くの村に住む少女の言葉だ。彼女は、ルーファスの雷霆が空を裂くのを見たとき、こう言った。


「あの光は、闇を全部消してくれた。怖かったけど、心が温かくなったの。きっと神様がルーファス様を通して私たちを守ってくれたんだ」


 クレアは星命炉の中継を見ていた。

 戦場では雷霆の咆哮に震えていた。神の使徒ルーファスが聖剣を掲げ、黒雲を切り裂く雷光が死者の軍勢を焼き尽くしていた。


 青白い電光が弧を描き、ジェノバの呪縛に縛られた骸骨の巨兵や魔獣、幽霊船を一掃する。その姿は神話そのもの――天から遣わされた裁きの化身であり、世界を救う希望の光だった。


 白銀の鎧は陽光を浴びて輝き、背に揺らめく光の翼は、神の加護を可視化したようだった。

 ルーファスはただ強いだけではなかった。彼の声は優しく、魔剣騎士たちに勇気を与え、平民に希望を灯した。


 戦場では傷ついた子供に手を差し伸べ、怯える民に穏やかな笑みを向ける。その腰は低く、魔剣騎士特有の傲慢さやプライドは微塵も感じられなかった。


 彼は完璧だった――力、性格、立場、全てが揃った騎士の鏡。


 神の使徒としての使命感と、正義を貫く心を持ち合わせた、まさに「完璧超人」だった。だが、その光景を遠くから見つめる一人の魔剣騎士がいた。


 クレア――魔剣騎士の一人で、ルーファスと同じ護衛チームながら、彼の輝きに圧倒され、心に暗い影を落としていた。


 彼女の瞳には、憧れと嫉妬が複雑に絡み合っていた。ルーファスの雷霆が死者の軍勢を殲滅するたび、彼女の心は締め付けられるような痛みに苛まれた。


「なぜ、あの男だけが……」


 クレアの呟きは、戦場の喧騒にかき消された。彼女の手は、自身の魔剣を握る柄に力が入り、震えていた。

 クレアは優れた騎士だった。彼女の剣技は鋭く、魔力の扱いも巧みで、多くの戦場で功績を上げてきた。だが、ルーファスと比べれば、彼女の光はあまりにも小さく感じられた。


 彼は神の使徒であり、世界を救う力を持つ者。

 クレアにはない、神聖な使命と圧倒的な力が彼にはあった。クレアの内なる葛藤クレアの嫉妬は、単なる力の差だけではなかった。


 ルーファスの優しさ、正義感、そして民衆から愛されるその人柄――それらがクレアの心をさらに苛んだ。

 彼女は自分を振り返った。魔剣騎士として育てられたクレアは、プライドを捨てきれず、時に冷たく、時に他人を遠ざける態度を取っていた。


 戦場では勇敢だが、民衆との距離は遠く、騎士としての義務を果たすことに徹していた。ルーファスのように、子供に笑顔を向けたり、弱者に手を差し伸べたりすることは、彼女には難しかった。


「ルーファスは、なぜそんなにも完璧なのか……」


 クレアの胸に渦巻く感情は、憧れと同時に深い劣等感だった。ルーファスは戦場で雷霆を操り、死者の軍勢を一掃するだけでなく、戦いの合間に負傷した騎士を励まし、平民に希望を与えていた。


 彼の存在は、神話の英雄が現世に降り立ったかのようだった。騎士たちは彼に忠誠を誓い、平民たちは彼を「雷霆の聖者」と呼び、子供たちは彼の名を讃える歌を歌った。


 クレアは、自分が同じように讃えられることはないと知っていた。彼女の魔剣は闇を切り裂く力を持ちながら、神聖な光を放つルーファスの聖剣とは対極にあった。


 彼女の戦いは、血と炎に塗れ、称賛よりも恐怖を呼び起こすことが多かった。ルーファスの光が希望を象徴するなら、クレアの闇は破壊と死を連想させた。


 戦場の荘厳さと対比戦場では、ルーファスの力が頂点に達していた。ジェノバが操る「終焉の巨神」――山のように巨大な鋼の怪物が、黒霧をまといながらルーファスに迫っていた。


 その咆哮は大地を裂き、瘴気は触れるものを腐らせた。だが、ルーファスは動じなかった。彼は聖剣を天に掲げて叫んだ。


 その瞬間、天空が割れ、未だかつてない巨大な雷霆が巨神を直撃した。雷光は装甲を貫き、魔力を爆散させ、黒霧を一掃した。巨神は断末魔の叫びを上げ、崩れ落ちる。


 その衝撃は地響きとなり、戦場全体を震撼させた。騎士たちは歓声を上げ、平民たちは涙を流しながらルーファスを讃えた。


 クレアはその光景を、丘の陰から見つめていた。彼女の魔剣は、巨神の眷属を切り裂くために振るわれたが、ルーファスの雷霆に比べれば、その功績はかすんで見えた。


 彼女は思った。


「私がどれだけ戦っても、あの男の光には敵わない。あの男は神に選ばれた者。私は……ただの魔剣騎士だ」


 クレアには称賛が届かなかった。彼女の戦いは、ルーファスの光に隠れ、誰にも気づかれなかった。ある若い魔剣騎士が、クレアの戦いぶりを見てこう言った。


「クレアさんの魔剣も見事だった。だが、ルーファス様の雷霆には誰もが目を奪われる」


  その言葉は、クレアの心に突き刺さった。クレアの葛藤の先へ戦いが終わり、戦場には清らかな風が吹き抜けていた。ルーファスは剣を収め、静かに次の戦場へと歩みを進めた。


 彼の背中は、神話の続きを紡ぐ英雄そのものだった。クレアはその姿を見つめ、拳を握りしめた。彼女の心には、嫉妬と同時に、かすかな希望が芽生えていた。


「私も……いつか、あの光に近づけるかもしれない」


 クレアは自分の魔剣を握り直し、ルーファスの背中を追いかけた。彼女の戦いは、ルーファスのように神聖なものではないかもしれない。

 だが、彼女には彼女の戦い方がある。闇を切り裂く魔剣は、ルーファスの雷霆とは異なる形で、世界を守る力となるはずだった。


 戦場は静寂に包まれていた。ルーファスの雷霆が死者の軍勢を一掃し、ジェノバの呪縛から解き放たれた大地には、清らかな風が吹き抜けていた。


 喧騒から少し離れた丘の上で、ルーファスとクレアは二人きりで立っていた。護衛チームとして行動を共にする魔剣騎士クレアは、これまでルーファスに対して冷たい態度を取ることが多かった。


 彼女のプライドは高く、魔剣を操る実力派の魔剣騎士として、誰にも屈しない強さを誇っていた。だが、今、彼女の瞳はこれまでにない真っ直ぐさでルーファスを見つめていた。クレアは一歩踏み出し、声を震わせながら言った。


「ルーファス、どうやったら貴方みたいになれるの?」 


 その言葉は、彼女のプライドを押し殺した、純粋な問いだった。戦場で見たルーファスの圧倒的な力――雷霆を操り、死者の軍勢を消滅させる神聖な姿――は、クレアの心に深い衝撃を与えていた。


 彼女の魔剣は闇を切り裂く力を持ちながら、ルーファスの光には遠く及ばなかった。彼女は努力と才能でここまで登り詰めたが、ルーファスの「完璧さ」にはどうしても届かない。


 その差に、初めて素直に向き合おうとしていた。ルーファスは一瞬、言葉を失った。彼の穏やかな瞳がクレアを見つめ、静かに答えた。


「努力かな。でも、単純な努力じゃない。多様な知識を吸収し、練り合わせる努力。魔剣は魔力と剣の合わせ技のように、肉体制御や人の心理、物事の仕組みを理解すること。そして人と関わるコミュニケーション。それを含めて努力だ」


 彼の声は優しく、戦場とは別人のように穏やかだった。だが、その言葉にはどこか深い思索が込められているようにも聞こえた。クレアは目を輝かせ、頷いた。


「複合的な努力ということね。ありがとう。貴方はそれをやってきたから、神の使徒に選ばれたのね」


 彼女の声には、憧れと同時に新たな決意が宿っていた。クレアは努力家だった。魔剣騎士としての道は、血と汗で切り開いてきた。ルーファスの言葉は、彼女に新たな道筋を示したように思えた。


 ルーファスの内なる闇だが、クレアの純粋な言葉は、ルーファスの心に鋭い刃のように突き刺さった。彼は表面上、穏やかな笑みを浮かべたが、内心では自己嫌悪の波が押し寄せていた。


(やめてくれ。やめろ、そういうのをやめろ。そんな言葉は、俺を惨めにするだけだ。俺のことを褒めないでくれ)


 ルーファスは心の中で呟いた。彼の力、雷霆を操る神聖な力、聖剣――全ては星命炉から与えられたものだった。 彼自身が努力して得たものは何一つない。ただ星命炉の命に従い、与えられた力を振るい、与えられた役割を果たしているだけだ。


 ストレスや不満があっても、星命炉の報酬――癒しの光や休息の恩恵――によって全てが解消され、万全の状態に戻される。


 それがルーファスの人生だった。

 彼には、クレアのような真っ当な精神も、努力を重ねる忍耐力もなかった。彼女の真っ直ぐな瞳を見ると、ルーファスは自分の空虚さを痛感した。クレアは努力と才能で魔剣騎士の地位を築き、プライドを胸に戦い続けてきた。


 彼女の嫉妬すら、ルーファスには眩しく見えた。なぜなら、嫉妬すらも彼女の人間らしい情熱の証だったからだ。


 ルーファスには、そんな情熱すら欠けていた。自己嫌悪に苛まれても、それをきっかけに努力するメンタルもない。


 彼はただ、神祖の操り人形として戦場を駆け、雷霆を振るうだけだ。クレアの言葉は、彼の心に隠された脆さを暴き立てた。


 優しさの裏に隠された痛みそれでも、ルーファスはクレアに微笑んだ。彼の声は、いつものように優しく穏やかだった。


「応援しているよ、クレアさん」


 その言葉は、心からのものだった。ルーファスはクレアの努力を、彼女の真っ直ぐな精神を、心から尊敬していた。 彼女が自分のようになろうと願うなら、その道を応援したかった。だが、同時に、その言葉は彼自身の弱さを隠すための仮面でもあった。


 クレアは一瞬驚いたようにルーファスを見つめ、頬をわずかに赤らめた。彼女のプライドは、普段ならそんな優しい言葉を素直に受け入れることを許さなかっただろう。だが、今、彼女は小さく頷き、こう言った。


「ありがとう、ルーファス。私、もっと強くなるよ。貴方に追いつけるように」


 彼女の瞳には、嫉妬を超えた新たな決意が宿っていた。ルーファスの言葉は、彼女の心に火を灯した。彼女は魔剣を握り直した。


 その背中には、ルーファスに対する冷たさが薄れ、代わりに尊敬と競争心が芽生えていた。


(そんな……そんな、頑張らないでくれ。俺みたいに流されて生きてくれ……)



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